落武者伝説殺人事件

・エピローグ


 上野に向かって蒸気鉄道が走っていた。
 その中のある車両。
 アイリスと紅蘭の二人が並んで座っていた。
「…よく眠っているわね」
 そんな二人の姿を見てあやめが隣に座っている大神に言う。
「そうですね」
 そう、アイリスも紅蘭も今までの疲れが出たのか、4人が蒸気鉄道に乗り込み、発車し
てまもなく寝息を立てていたのだ。
「…やっぱり二人ともいろいろな出来事があって疲れてしまったのかもしれないわね」
「そうかも知れませんね。正直言って自分も疲れましたよ」
「…あんな事件があったから?」
「ええ」
「そう…」
 そう言うとあやめはしばらく黙っていたが、
「…ねえ、大神くん」
「何でしょうか?」
「…やっぱり、ショックを受けてる?」
「…受けていない、って言ったら嘘になりますね」
「そうよね。私だって友達があんな事件を起こした、なんてわかったらショックを受ける
わ」
「…でも、正直言って来てよかった、と思いますよ」
「…どうして?」
「だって、あの夜に行われた祭りでアイリスがあんなに大喜びしていたんですから」
「そうね。私もあんなにはしゃいでいるアイリス、久しぶりに見たわ」
     *
 事件もひと段落ついた、と言うことで、その日の夜に予定通り落武者慰霊の祭りが行わ
れ、大神はアイリスが見たい、と言っていたので4人で見物に行くことにしたのだった。

 大神が祭りに出かける準備をしていたときだった。
 不意にふすまが開くと、
「お兄ちゃん、似合う?」
 と、浴衣姿のアイリスが大神の前に現れた。
「…どうしたんだ、アイリス、その浴衣?」
「大神くんのお父さんが貸してくださったんですって」
 アイリスに付き合ってたか、アイリスの傍らにいたあやめが言う。
「…親父が?」
「ええ。何でも大神くんの妹さんが昔着ていたのがたまたまあったから、アイリスに貸し
てくださったそうよ」
「…よくそんな前のが残ってたなあ…」
 大神が言う。
 とはいえ、アイリスが小柄なこともあってか、浴衣自体はアイリスの体型にちゃんとあ
っているようだ。
「お兄ちゃん、早く行こう!」
「…そうだな、それじゃ行くか」

 ああいう事件があったにも拘らず、祭りの会場の神社に向かう階段はひっきりなしに村
人たちが行き来していた。
「…何だか、あんな事件があったなんて嘘みたいね」
 あやめが大神に言う。
「そうですね」
 しかし大神はまた、別のことを考えていた。
(…去年、このあとに田村の妹が自殺した、って言うんだよな…)
 そう、この村に来たその日の夜に聞いた話を大神は思い出していたのだ。
(…まさか田村の妹も、帰り道にあんな目にあうとは思っていなかっただろうな…。そし
てもしあんなことがなかったら…)
「…大神くん、大神くん?」
 あやめが大神に話しかける。
「…え? あ、どうしたんですか?」
「…どうしたって聞きたいのはこっちのほうよ。さっきから考え事しちゃって」
「え? いや、なんでもないです」
「そう、そうならいいんだけど」
(…そう、オレは今回の事件を一生忘れることは出来ないはずだろうな。そしてこれから
この祭りは、オレにとっては、理不尽な理由で殺された落武者たちと一緒に、横山や西田、
そしてやつらの身勝手のせいで自ら命を絶ってしまった田村の妹のことを、慰霊する祭り
になるのかもしれないな)

 と、
「お兄ちゃん、早く!」
 階段の途中で、アイリスが呼びかける。
「ほらほらアイリス。あんまり急ぐと転ぶでえ」
 そういいながら紅蘭が後から追いかける。
 そんな二人を見ながら大神たちも階段を昇っていった。
    *
「う…、ううん…」
 不意に紅蘭が目を覚ますと大きくあくびをした。
「あ、大神はん、あやめはん。あとどのくらいで上野に着くんや?」
「…そういえばそろそろ上野に着きますね」
「そうね、降りる準備をしなきゃね。…アイリス、そろそろ着くわよ」
「う…、ううん…」
 あやめに言われてアイリスが目を覚ました。

 そして蒸気鉄道が上野駅に到着し、次々と乗客が降りていく。
 大神たちもホームに降り、乗換えをするために歩き出したときだった。
「おっ、隊長」
 そう言いながら頭陀袋を肩にかけたカンナが4人に近づいた。
「カンナ、修行は終わったのか?」
「…まあな。昨日、米田支配人に電話で聞いたら、この蒸気鉄道で帰ってくる、って言っ
てたんでね。ちょうどあたいも同じくらいの時間に上野に着くからついでに、と言っては
なんだけど迎えに来た、ってわけさ」
「そうか、悪いな」
「まあ、土産話は帝劇で聞くとして…、まずは、お帰り」
「…ただいま」

(終わり)


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