時計じかけの華撃團

・第6話〜太正12年9月6日〜


 朝。大神は着替えを済ませると1階の事務局へと行った。
 大帝国劇場の1年に一度の大規模な総点検、という事で大神は米田やあやめから毎朝必
ず事務局で打ち合わせに参加するように言われているのだ。

「支配人、あやめさん。おはようございます」
「おはよう」
「大神くん、おはよう」
 既に事務局に来ていた米田とあやめが挨拶をする。
「…それじゃあ、始めるとするか」
 そういうと米田は手帳を取り出した。

「…と言うわけだ。まだ始まったばかりだから色々と大変だと思うが、現場のことは大神、
全ておめえに任せてあるからな。何かあったらすぐ連絡をよこせ」
「はい、わかってます」
「…ところであやめくん、業者の方は?」
「そろそろ入ってくる頃だと思いますが…」
 あやめが事務局にかかってある柱時計を見ながら言う。
「よし、じゃあ、後は頼むぞ。オレも後で見に行くから」
「承知しました」
 そういうと大神は事務局を出て行った。

 程なく帝劇に業者が次々と入っていった。
 受付を兼ねている事務局で受付を済ませるとそれぞれが持ち場へと行く。

「…失礼ですが」
 と、一人の男が事務局の受付にやってきた。
「はい、何の用でしょうか?」
 由里が男に聞いた。
「先ほど急な連絡を戴きまして。劇場の方の電気の様子が変だから観てくれ、といわれま
して」
「劇場の方の…?」
「…そんな連絡あったかしら…」
「変だな…。先ほどこちらの関係者だという人から連絡があったんですがね…」
「何かも間違いかもしれないけど…。ついでだから見ていただけませんか?」
「承知しました」
 そして男は劇場の方に向かっていった。
 由里はどことなく不審な点を感じたが、それから後も次々と業者が入ってきて。受付の
作業の方に追われてしまい、いつしか男の事も記憶の片隅に追いやってしまっていた。
    *
 それから何時間か過ぎた頃。
 そろそろ12時になろうとしていた頃で業者も食事にしようと言うことなのか次々と帝
劇の食堂に集まっている。
 事務局の三人は業者にお茶を出したりする仕事を任されていた。

「…みんな揃ったかしら?」
 あやめが由里に聞いた。
「…あれ?」
 由里はあることに気がついた。
「…どうしたの?」
「いえ、まだ一人来てない人がいるんですが」
「来てない人?」
「…どうしたんだい、由里くん?」
 大神が由里に聞いた。
「いえ、まだ来ていない業者さんがいて…」
「来ていない、って?」
「ええ。何でも劇場の電気関係の点検に来た、と言う業者さんなんですが…」
「劇場の電気関係?」
「ええ、確かにそう言ってました」
「…変だな。今日は劇場の方に業者は入らない予定なんだけど」
「…確かにそうだったわね」
 あやめも言う。
 と、そのときだった。
「…まさか!」
 大神の頭の中にある閃きが走った。
 次の瞬間、大神は食堂を飛び出していた。
「大神さん、どうしたんですか?」

 階段を登ろうとしたとき、大神は丁度階段から降りてくる紅蘭を見かけた。
「丁度よかった!」
「丁度よかった、…って、どうしたんや、大神はん?」
「紅蘭、ちょっと来てくれ!」
「来てくれ、って…。どうしたんや、大神はん?」
「とにかく来てくれ! もしかしたらこの帝劇の中に犯人がいるかもしれない!」
「なんやて?」
 そして二人は劇場のほうに走って行く。
    *
 劇場に入った二人は辺りを見回す。
「…大神はん、あれ!」
 紅蘭が指を指した方向を見ると、一人の男が背を向けてなにやらやっていた。
 二人はゆっくりと男に近づいていく。
「…ちょっといいですか?」
 大神がそこにいた男に話しかける。
「…なんか用ですか?」
 男は大神たちに背中を向けたまま聞き返した。
「…何をやってるんですか?」
 大神が男に聞いた。
「電気系統の点検をやっているんですが、それがどうかしましたか?」
「…今日は劇場の方には業者が入る予定はないんですがね」
「…いや、こちらから連絡があったんですがね」
「そうですか? 自分はそんな連絡をした覚えはありませんよ」
「…」
「自分は米田支配人から、今回の大帝国劇場における総点検の現場責任者を任されてます。
何かあったら必ず自分のところに連絡が来るはずだし、業者などへの連絡は必ず自分がや
ることになっています。つまり他の人は勝手に出来ないことになっているんですがね」
「…」
 そういうと男は無言で立ち上がった。
 そして逃げ去ろうとしたところを、
「…待て!」
 大神は咄嗟に男の肩を掴んでいた。
 男が大神に殴りかかろうとするが、大神も海軍とカンナから教わった格闘術の心得があ
るからか、難なく男の拳をかわすと、男を後ろ手にねじり上げ、後から抱えた。
「…あんた…」
 男の顔を見た紅蘭が絶句する。大神も男の顔を見て驚いた。
「…お前、もしかして…」
 そう、男の顔は紛れもなく、二人が怪しいと思っていた今回の発明コンテストで審査員
を務めている大学教授の助手の男だったのだ。
「…そこまで調べていたか。そうだよ、審査員の先生の助手だよ。そして、今回の事件も
全部オレがやったことだよ」
 男の声を聞いて紅蘭は自分に電話をかけてきた男と同じ声だったのを確かめた。
「…なんで、あんなことしたんや」
 紅蘭が聞く。と、
「…全てはお前にあるんだよ」
「ウチに?」
 思わず紅蘭が聞き返す。
「ああ。オレも昔から発明が好きでね。今回の発明コンテストを知ってオレの実力を試す
絶好の機会だと思ったんだ。勿論オレの大学の先生が審査員を任されてたのは知ってたさ。
でも、それでもオレは黙って応募したんだ。オレにも自尊心と言うのがあるからな」
「まあ、それは応募するのは個人の自由や。でも、何でウチがそれに関係するんや?」
「…先生から聞いて驚いたぜ。お前も応募していたと知ってな。大学の知り合いにも郡の
関係者が多いし、オレも帝劇の話は聞いていたから、お前が発明好きだというのは以前か
ら噂は聞いてたんだけどな」
「…それと、今回の爆破事件がどう関係あるんや?」
「…参ったぜ。お前が応募したとなるとどう考えたってオレはかなわないからな。だった
らお前に今回のコンテストに何とかしてお前に応募を取り下げて欲しかったんだよ」
「そんな事ウチができると思ってんのか?」
「勿論オレだってそんなことは思ってたさ。だったらなんかの事件を起こせばコンテスト
自体が中止になるかと思ってね」
「…それが仕掛けたのが連続爆破事件だった、と言うわけか?」
「ああ。でも結局は発表が一種間延びただけだったけどな」
 それを聞いた瞬間、
「この野郎!」
 大神が男を殴りつけていた。
 男が床に転がる。
「…大神はん!」
 思わず紅蘭が叫んだ。そう、紅蘭自身、大神が相手を殴りつけたのを初めて見たのだっ
た。
 大神が大きく肩で息をしている。
「…だからと言って他の人を巻き込んでいいと思ってるのか? お前のその勝手な考えの
せいでどれだけの人が迷惑を被ったと思ってるんだ? お前は自分のためなら、自分が正
しいと思ったら何をやっても許されると思っているのか? ひとつだけ言っておくぞ。海
軍ではな、お前のようなヤツが一番嫌われるんだ。お前のようなヤツが戦場では真っ先に
逃げ出すんだよ!」
 大神が握りこぶしに力をこめる。
 男の口から一筋の血が流れ落ちた。男はそれを拭うと、
「…それより、こんなところでこんなことしていていいのか?」
「…どういうことだ?」
「この中に爆弾が仕掛けてあるんだよ」
「…あんた、いい加減な事言うと承知せえへんで!」
「冗談でこんなことが言えると思うか? この帝劇の建物の中に時限爆弾を仕掛けてある
んだ。午後1時には爆発する仕掛けになっているんだ」
「なんやて?」
 と、そこへ、
「どうしたの、一体?」
 騒ぎ声を聞いたか、マリアがそこにやってきた。
「あ、マリアはん、大変や!この帝劇に時限爆弾が仕掛けられたらしいで!」
「時限爆弾?」
「この男がこの帝劇に仕掛けた言うんや。早よせんと獏発してしまうで!」
「何で爆弾がここに仕掛けられたの?」
「…詳しい話は後や! 今はとにかく爆弾を捜さなあかんわ!」
「わかった。みんなを呼んでくるわ」
「頼むで、マリアはん!」

 程なくマリアが花組とあやめを連れて戻ってきた。
「爆弾が帝劇に仕掛けられた、ですって?」
 あやめが紅蘭に聞く。
「どうやらそうらしいんや。勿論、嘘なのが一番ええんやけど、ここ最近起きとる爆破事
件を考えるとあながち嘘だとも言えんし…」
「…じゃあ、私はこの男を警察に引き渡すから、みんなは爆弾探しのほうをお願いするわ。
業者の非難はかすみたちに頼んでおくから」
 あやめが言うと、
「お願いします!」
 そして一同はその場から離れた。
    *
 そして七人は二手に分かれて帝劇に仕掛けられた爆弾を捜し始めた。
「隊長、そっちはどうだ!」
 二階席の方を探しているカンナが大神に叫んだ。
「今のところ見つかってないが…、そっちはどうだ?」
「こっちも見つかってねえ!」
「…一体どこにあるんだ?」

 そんな中、舞台に上がった紅蘭は辺りを見回す。と、
「…?」
 何か時を刻むような物音が聞こえたのだ。
「…どうした紅蘭?」
「しっ。静かにしてや!」
 そして紅蘭は耳を澄ませる。
 そして紅蘭は舞台の隅の目立たないところになにやら置いてあるのを見つけた。
「…あれは…」
 そして紅蘭が近寄ると、目覚まし時計に何か箱のようなものが接続してあるものを見つ
けた。
「…これは?」
「見つかったのか?」
 大神が紅蘭に近づく。
「…これは…」
「見つかったの?」
 マリアたち5人も周りに集まった。
「…確か爆発するのは午後1時といってたな…」
「…あと10分しかないよお!」
 アイリスが叫ぶ。そう、爆弾に接続してある時計は12時50分を指していたのだ。
「…大丈夫や。ウチがこの時限爆弾、分解したる」
 紅蘭が言う。
「…でも10分でできるの?」
「このまま爆発を待っているより、やるだけのことはやったほうがええやろ! …みんな、
頼むわ。ここから出てってくれへんか? 被害は最小限に食い止めな」
「…紅蘭の言うとおりね。みんな、ここから出ましょう」
 マリアたちが外に出た。が、大神は動こうとしなかった。
「…大神はん。大神はんも出てってえな」
「いや、オレはここにいるよ、紅蘭」
「爆弾分解、ってものごっつ危険なんやで! 大神はんに何かあったら大変や! 大神は
ん、頼むわ。こっから出てってや。死ぬのはウチひとりで充分やから……」
「馬鹿野郎! 隊員をほっといて隊長が逃げられるか!」
「…大神はん…」
 紅蘭は大神の表情に決意みたいなものを感じ取った。
「…わかったで、大神はん。ウチを手伝ってや」
「紅蘭。地獄までの道案内、してやるからな」
「そんな縁起の悪いこと、言わへんでほしいわ」

 二人は爆弾を舞台の真ん中に持ってきた。この時点で残り時間は六分弱である。
「…ほな行くで、大神はん」
 紅蘭は慎重に螺子を外した。蓋を外すと配線がむきだしで出てくる。
「…大丈夫か、紅蘭?」
「こんなの、光武の点検に比べたらまだまだ子供の遊びやで」
 紅蘭は配線を見ながら、どこを切っていくべきか頭の中で考える。そして、
「大神はん、ペンチくれへんか?」
 大神がペンチを渡す。
 紅蘭は慎重に配線を切っていく。
 その間大神は息を潜めて紅蘭の解体作業を眺めていた。

「…最後は、これや!」
 紅蘭が最後の線を切った。
「終わったのか?」
 大神が言う。
「…終わったで。これでもう大丈夫や」
 紅蘭がこう言ったのは後数秒で午後1時になろうというときだった。
 午後1時を過ぎて何も起こらなかったのを知ってようやく大神も安どの表情を見せた。

 やがてあやめの連絡で男が警察に連行されていき、警察の事情聴取や現場検証で大帝国
劇場はてんてこ舞いの忙しさとなってしまい、結局、この日は点検が出来ずじまいとなっ
てしまった。
    *
 翌日のことだった。

「紅蘭、いるかい?」
 大神一郎が封筒を持って花組のもとに来た。
「…何の用や? 大神はん」
「お待ちかねの結果が来たようだよ」
 大神が差し出した封筒には「銀座四丁目大帝國劇場内 李紅蘭様」と書かれた宛名の裏
に「帝都日報社」と書かれてあった。
「どうやら発明コンテストの結果のようね」
「ねえねえ、なんて書いてあるの? アイリス見たーい!」
 いつのまにか花組の面々が紅蘭のまわりに集まっていた。
「まあまあ、待ちいや。今見てみるさかい」
 紅蘭は封筒を開き、中に入っている便箋を取り出した。
「えー…『李紅蘭様 前略、此度は弊社主催の発明コンテストに御応募戴きまして誠に有
難う御座います。厳正なる審査の結果、貴殿の作品は見事一等となりました。お目出度う
御座います。つきましては賞状並びに賞金の授与式を執り行ひますので九月十五日に弊社
までご足労願ひたいと思ひます。早々 帝都日報社』…い、一等やて?」
「紅蘭すごーい! 一等だよ!」
「紅蘭、おめでとう!」
「すげえじゃねえか、紅蘭」
「いやー、恥ずかしいわあ。あんな発明が一等なんて」
「いや、紅蘭は十分に一等を取れるくらいの実力はあるよ」
「それで、授賞式には出るの?」
「そのつもりや。みんなに言いたいこともあるしな」
「言いたいこと? それはなんだい?」
「ま、授賞式までのお楽しみ、と言うことや」


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