時計じかけの華撃團

・第5話〜太正12年9月3日〜


 帝劇の食堂。その一角に大神と紅蘭が向かい合って座っている。
「…で、大神はん。どんなことがわかったんや?」
「ああ、色々と帝都日報社や海軍で聞いてみたんだけどね。今回の事件は例の発明コンテ
ストがなんらかの関係があるみたいだね」
「…それはわかっとるわ。何でも帝都日報社が社運をかけた一大企画やからな」
「どうしても、ってことで帝都日報社で教えてもらったんだけどね。今回のコンテストは
かなりの大物が審査員を勤めているようだよ」
「…それホンマかいな?」
「ああ。帝大の教授に貴族院議員に陸海両軍の大佐、勿論帝都日報社の社長も審査委員長
として参加している。それだけ箔をつけようとしているらしいんだな」
「…でも大神はん。このあいだ聞いたけど、審査の内容は社外秘どころか審査員しかしら
ないんろ?」
「…果たしてそうと言い切れるかな?」
「…どういうことや?」
「海軍で聞いたんだけど、審査員になっている海軍大佐は、審査のあるときだけ帝都日報
社に出かけていて、後は普通に海軍で仕事をしていたそうだよ」
「それはそうや。兵隊さんには兵隊さんの仕事があるさかいな」
「そういうこともあってかあらかじめ審査員にはその、発明品の内容を収めた冊子を配っ
ていたらしいんだ。残念ながらその冊子は見せてもらえなかったけどね」
「ふーん。じゃあ、その気になれば…」
「ああ。海軍で話を聞いてみたら結構、海軍の中にも紅蘭が応募していたのを知っていた
ヤツも多かったぞ」
「ははは…」
 それを聞いた紅蘭が思わず苦笑いを浮かべる。
「…それともうひとつ。冊子は見せてもらえなかったし、具体的には教えてもらえなかっ
たけど、今回のコンテストは紅蘭のように発明好き、と言った人物ばかりではなく、そう
いう大学の助教授とか、機械を専門に扱っている業者からの応募も結構あったらしいんだ」
「…となると…」
「ああ。結局はどんな秘密主義に徹したところでどこからか情報は漏れてしまうものなん
だよな」
「…となると犯人は何処かでウチがコンテストに応募したのを知った…」
「普通に考えればそうだな。それで…」
 そこまで言うと不意に大神は黙り込んでしまった。
「? …どうしたんや、大神はん?」
「ん? いや、なんでもない。ここから先はオレでもわからないことだらけだからな」
     *
 その翌朝のことだった。
「…由里、大神はんどこ行ったか知らんか?」
 紅蘭が由里に聞いた。そう、大神の姿が見当たらないのだ。
「ん? 大神さんならなんか用事があるとか言って、さっき出かけて行ったわよ」
「用事、ってなんやろ…?」
「さあ…、あたしもそこまでは聞いてないから。それよりどうしたの、紅蘭」
「ん? いや、大神はんに用があったんやけどな。まあええわ」

 そして大神が帰ってきたのは昼過ぎのことだった。
「…どこ行ってたんや、大神はん?」
 紅蘭が聞く。
「いや、まだちょっと事件のことで気になることがあってね。色々と調べてきたんだ」
「調べてきた?」
「…今からいいかい?」
「ああ、ええわ」
 そして大神は紅蘭を自分の部屋に招いた。

「実は今回の事件を最初から考えてみたくてね」
「最初から?」
「ああ。そもそも今回の事件は紅蘭に一本の電話がかかってきたことから始まったんだ
ろ? 『どっちの発明が優れているか』とか言って」
「まあ、そうやな」
「それで、犯人はどこで、どうやって紅蘭が今回のコンテストに応募したのを知ったんだ
ろうか、ってずっと気になってたんだけど、可能性がひとつ見つかったよ」
「…昨日大神はんが言ってた『どこからか情報は漏れてしまう』いうアレか?」
「ああ。今日は帝都大学の方にも行ってきたんだけどね。結構学生の間でも話題になって
いたようだよ」
「ふーん。じゃあ、結果までは知らなくても誰が応募したか、くらいのことは知っている、
いうわけやな」
「ああ。それからこれを見てくれ」
 そういうと大神は一冊の本を取り出した。
「…これは何や?」
「帝都大学について書いてある本だよ」
「帝都大学?」
「…ああ。何でもオレがこっちに来たのと入れ違うかのように、海軍に帝都大学から来た
人がいてね。その人に事情を話して借りてきたんだ。…その中でもっとも気になるのがこ
の男だ」
 そう言うと大神はある頁を開いてそこにある写真を指差した。
「…この男は?」
「今回の発明コンテストで審査員を勤めている大学教授の助手だ。どうも今回のコンテス
トにその教授には内緒で応募したらしい」
「でも、そんな事できるんか?」
「帝都日報社だっていちいちそこまでは調べることができないだろう? それにあくまで
も一個人として応募するのを誰だって止められないよ」
「まあ、たしかにそうやな…。でもなんで大神はん、この男が怪しい言うんや?」
「海軍でこの本を借りた後に帝都大学の方へ行って話を聞いてみたんだけど、何でもこの
男が遅くまで研究室にいてなにやら機械を作っていたらしいんだ」
「機械を?」
「ああ。あのコンテストは4月に応募を開始して7月末日が締め切りだっただろ? 丁度
その頃にその、助手と言う男が機械を作っていた、って言うから時間的には一致するんだ。
それに…」
「それに?」
「…ここ数日の連続爆弾事件に関しても大学は夏休みだと言うのに大学に来て研究室に閉
じこもっていた、と言う証言もあったし…」
「それが事件とどう関係あるんや?」
「その男は、大学で機械の事を教えていてそっちの方にはかなりの知識を持っているらし
い。紅蘭も前に言っていただろう? 『今回の爆弾は機械の知識がある人物なら簡単に作
れる』って」
「…確かにそうは言うたわ。でもそれだけじゃ…」
「ああ。確かに犯人とは言い切れないからな。何か決定的な証拠が欲しいが、現時点では
その証拠も見つかっていないし…。とにかく、この男が犯人かどうか、なんて言い切れな
いんだよ」
「…まあ、とにかく、今はこれ以上事件が起こらないようにするだけやな」
    *
 その次の日のことだった。
 大神に警察から至急来てくれ、と言う連絡があった。
 何故警察が自分なんかに、と思いながら大神は警察へと向かった。

「…失礼します」
 そして大神は部屋の中に入った。
 そこには三人の刑事がいた。
「…まあ、楽にしてください」
 真ん中に座っていた男が大神に椅子を進める。
「…失礼します」
 そして大神はそこにあった椅子に腰掛けた。
「それで、何の用でしょうか?」
「いや、海軍から『どうしても大神少尉に伝えて欲しい』と言われましてねえ」
「…自分にですか?」
「ええ。先日、海軍の武器庫から何者かによって盗まれたのは知っていますね?」
「はい、その件に関しては先日も海軍で話は聞きました」
「…そのことなんだが…、実はあの後有力な情報があったんですよ」
「本当ですか?」
「ええ。なんでも海軍の中で武器庫から犯人の姿らしきものを見た、と言うものが現れた
んですよ」
「それで、その人物とは?」
「いや、ちょっとそこまではわからないんですけれど…、ただちょっと気になることがあ
りまして」
「気になること?」
「ええ。我々もその軍人に来てもらって色々と話を聞いてみたんですが、その男の人相と
かまではよくわからなかったのですが、ここ最近起きている連続爆破事件の犯人と姿かた
ちや特徴が似ているんですよ」
「…それじゃあ…」
「ええ。おそらく同一人物ではないか、と思うんですよ。今大急ぎで情報提供を呼びかけ
るチラシを作っているところですが…」
「…そうですか。どうもありがとうございました!」

「そうか、そういう証言があったんか」
 大神から話を聞いた紅蘭はそう言った。
「…それから、その後興味深い報告を聞くことができたんだ」
「興味深い報告? どんなや?」
「ああ。四越百貨店の爆破事件なんだけど…」
「新しい発見があったんか?」
「ああ。あの事件で爆発物が仕掛けられたのは時計売り場なのは知っているだろ?」
「そういえばそんな話しとったな」
「実はあの日にすみれくんが見かけた、と言う怪しい人物が時計の修理を頼みたい、とい
って店を訪れていたらしいんだ」
「ホンマか?」
「ああ。後で修理しようとして店の奥に置いていたところ、それが爆発したのではないか、
と言うのが警察の考えらしい。その爆発した時計の部品と思われるものや破片などからそ
の修理を依頼した時計が爆発した、と見ているらしいんだ」
「…そうか…」
「それと、その爆破事件があった日の時計店の店員は重傷を負ってしまってまだ病院で治
療を受けているそうだけど、他の店員の話によると、爆発したのと同じ形の時計を以前売
ったことがあるそうなんだよ」
「ホンマか?」
「ああ。そしてその店員を呼んで話を聞いてみようとしているらしいんだ」
「…じゃあ…」
「ああ。これで連続爆破事件の犯人と海軍から火薬を盗み出した犯人は同一人物かもしれ
ない、と言うことはわかった。後はその人物が誰か、と言うことだけだな」
    *
 帝国華撃団は帝国歌劇団、と言うもうひとつの顔も持っている。
 確かに連続爆破事件のことも気になるが、それ以外の時はもうひとつの顔、歌劇団とし
ての仕事もしなければならない。
 9月は劇場内の設備の大規模な修理及び点検(今で言うメンテナンス)、そして次回公演
への準備、という事で歌劇団の公演も1ヶ月休みなのだが、それでも稽古はしなければい
けない。
 紅蘭は稽古をするために自分の部屋で準備をすると舞台の方に向かっていった。
 そしてある窓を見たときだった。
「…?」
 ふと気になって窓の外を見る。
 しかしそこには誰もいない。
「…なんやろ…」
 今、外に誰かがいたような気がしたのだ。
「…どうしたんだい、紅蘭?」
 そんな様子を不審に思ったのか、大神が紅蘭に話しかけてきた。
「あ、いや、なんでもないわ」
「…そうかい。今月は色々と大変だからね。色々と出入りも多いし、紅蘭にも手伝っても
らうことが多いかもしれないけれど、その時は頼むよ」
「わかっとるわ」
 そして大神がその場を去る。
「…業者はんやったのかな? …でも業者はんやったらこそこそ隠れたりしないで正面玄
関から堂々とやってくるわな」
 そう思いながら紅蘭が事務局の前を通りかかった時、不意に事務局の電話が鳴った。
 紅蘭が見回すが、かすみも由里も買い物にでも出かけたのかいなかった。
「…しゃあないな」
 そして紅蘭が電話を取る。
「もしもし。大帝国劇場です」
「…紅蘭か」
 その声を聞いた紅蘭の顔色が変わる。
「…あんたか?」
 そう、相手はあの、紅蘭に何度も電話をかけてきた男だったのだ。
「色々とオレの事を調べ回っているようだな」
「当たりまえや。ウチはアンタのことは絶対に許せへん。例えどんなことがあろうと、例
え地の果てでも追いかけて行って、アンタの事を絶対にふん捕まえて見せるわ」
「…たいした自信だな。まあいい。俺もそろそろ終わりにしようか、って思ってな」
「終わりにする?」
「ああ。そろそろオレも潮時かと思ってるからな」
「潮時やて?」
「まあいい。今度は銀座のある有名な建物だ」
「有名な建物? どこや、そこは?」
「知りたければ自分で探すことだな。いいか、近いうちに銀座のある建物が吹っ飛ぶこと
になるぜ」
 そして電話が切れる。
 紅蘭は慌てて辺りを見回す。と、丁度大神が事務局の前を通りかかった。
「大神はん、ちょっとええか?」

「…なんだって?」
 紅蘭の電話のやり取りを聞いた大神が言う。
「…確かにそう言うたわ。『今度は銀座の有名な建物が吹っ飛ぶ』って」
「…それにしても、一体どこを吹っ飛ばそうとしているんだ」
「さあ、、ウチも犯人の目的が何処かさっぱりわからんわ…」
「…銀座には有名な建物が多くあるからねえ…」
 そういうと大神も紅蘭も黙ってしまった。
「…とにかく、前向きに考えよう」
「前向きに?」
「ああ。相手は『これで終わりにしよう』って言ったんだろう? つまりそれは相手もそ
れだけ必死になっている、ってことさ」
「必死になっている?」
「ああ。これ以上何かすると自分に警察の手が及ぶと思っているのさ」
「じゃあ…」
「ああ。相手もそれだけ追い詰められている、って言うことは必ず何処かに綻びが出るは
ずだ。それさえ掴めれば後は一気に捕まえることができるさ」
「…そうやな。よし、後一歩や思うてウチらで犯人を捕まえようやないか!」
「ああ。とにかく今は、次の犯行を未然に防ぐことだな」


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