美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜




第5章 事件の核心

(その3)

 時人たちを乗せた車がその洋館に着いたときにはさすがに日も暮れようとしていた時だ
った。
 その洋館の周りには何もなく、しかも、その洋館に明かりがついておらず、不気味なほ
どのたたずまいを見せていた。
 梅雨明け間近とは言え、なにやら湿った空気が流れると余計に不気味さを感じるもので
ある。

「…いくぞ」
 諸星警部に促され、時人たち3人は諸星警部の後についていく。

 諸星警部が扉のドアを乱暴に叩く。
「…警察だ! 扉を開けろ!」
 しかし中からは何も応答がない。
 諸星警部はもう一度乱暴に叩くが中から反応はない。
「…仕方ねえ、ドアをぶち抜くか」
「…そんなことよりもっと簡単な方法がありますよ」
 そういうと小暮は胸のホルスターからモーゼル・ミリタリーを取り出した。
 そして鍵穴に近づけると、鈍い銃声がして鍵穴が吹っ飛んだ。
「…さ、行きましょう」
 随分と荒っぽいやり方だったが、とにかく洋館の中に入ることが出来た4人は辺りを見
回す。
 洋館の中は暗く、明かりひとつ点いていない。
「…念のために持ってきておいてよかったぜ」
 そういうと諸星警部は背広のポケットから懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れる。
 僅かにあたりを照らした程度だったが、それでも彼らにとっては有難い明かりだった。
     *
 4人はまず2階を探し、次に1階を探したが、まったくと言っていいほど人影が見当た
らなかった。

「…どこにもいねえな」
「やっぱり、ここにもいないんでしょうか?」
「…いや、まだ、見落としているところがあるんじゃないでしょうか?」
「とにかく探してみましょう」
 そして4人が、又探し始めたときだった、
「警部、あれを!」
 時人が叫ぶ。慌てて時人の叫んだ方向に光を当てる諸星警部。
「…これは…?」
 そう、床に畳1枚ほどの板が嵌まっていたのだ。
「…なんだ、こりゃ?」
 よくよく見てみると目立たないところに取っ手の様な物が付いていた。
 時人がそれに近づき、取っ手を引っ張ってみると、ほとんど何の抵抗もなく、扉が開い
た。
「…これは!」
 そこにいた全員が驚いた。
 そう、そこには隠し階段があり、地下へと繋がっていたのだ。
「…行ってみますか?」
 時人が言うと加世田少尉が、
「…しかし、罠かもしれませんよ」
「…でも、何かわかるかもしれないかないですか」
「…警部さんはどうするんですか?」
 小暮が聞く。
「…一応栗山にはもしものことがあったら突入しろ、とは言ってるが…」
「…とにかく、入ってみましょう」
 時人の声に他の3人が頷くと、彼らは階段を降りていった。
     *
 地下に降りてみると、意外にもランプが点っていた。
 ひょっとしたら、ここで何か今回の事件の秘密が隠されているのかもしれない。
 そう思いながら4人はある部屋の目を通りがかったときだった。
「…時人様!」
 聞き覚えのある声が時人の耳に入った。
 時人は慌てて声のした方向を見る。
「久御山君!」
「時人様!」
 そう、鉄格子の嵌まった牢のような部屋があり、そこに滋乃が閉じ込められていた
のだ。
「…時人様ッ!」
 時人の姿に気づいた滋乃が鉄格子に近づいてきた。
「久御山君、大丈夫ですか?」
「え、ええ。私は大丈夫ですわ。それよりも、この隣に礼乃さんとエリスさんが…」
「なんですって?」
 その声に慌てて隣の牢に向かう諸星警部と加世田少尉。
「久御山君、今出してあげますからね!」
 そして時人は鉄格子をガチャガチャと動かすが勿論そんなことではびくともしない。と、
「お嬢さん、後ろに下がって!」
 小暮がモーゼル・ミリタリーを鍵穴に近づけた。
 慌てて後ろに下がる滋乃。
 次の瞬間、銃声が当たりに響き、鍵穴が吹っ飛んだ。
 そしてその壊れた鉄格子の扉を開け、牢の中に入る時人。
「久御山君、怪我はありませんか?」
「え、ええ。私は大丈夫ですわ」
「とにかくここを出ましょう」
 そして二人は牢を出た。
 その間にも小暮たちがそれぞれの牢からエリスと礼乃を救出していた。
「…美和さんは?」
 時人が聞く。そう、救出した中に美和の姿が無かったのだ。
「…そうでしたわ! 美和さんなら時人様たちが来る少し前にこの奥に連れて行かれて
…」
「何ですって?」
「…こりゃあ、早くしねえと彼女も危ねえぜ」
 諸星警部が言う。
「…そうですね、行ってみましょう」
「じゃあ、僕も行きます!」
 小暮が言う。
「…わかりました。加世田少尉は諸星警部とともに彼女たちをお願いします」
「わかりました!」
 そして時人と小暮が向かおうとしたときだった。
「…あ、そうだ、先生!」
 諸星警部が呼び止めた。
「…なんですか?」
「何かのためだ、持って行け」
 そう言うと諸星警部は自分の背広のホルスターから拳銃を取り出すと、時人に渡した。
「…すみません!」
 時人が頭を下げる。
「まあいいってことよ。…必ず返せよ」
「わかりました」
「…さあ、こっちだ!」
 そして諸星警部の誘導で滋乃たちは外へと逃げた。
     *
 地下の奥へと進んでいく時人と小暮。
 その突き当りの部屋にはに大きな扉がはまっていた。
「…どうやらあそこのようですね」
 時人が言うと小暮が頷いた。
 小暮はモーゼル・ミリタリーの弾倉を引き抜き、弾丸の残り数を確認すると、それを再
び中に戻した。
 時人も諸星警部から借りた輪胴式拳銃の弾倉の拳銃に入っている弾丸を確認する。
「…行きますよ」
 そして時人も借りた拳銃を握り締めるとゆっくりと進んでいく。

 扉の前に立ったときだった。
 その大扉の前すぐ脇にもうひとつの扉があったのだ。
「…なんでしょう、ここは?」
「入ってみますか?」
 小暮の言葉に時人が頷き、時人はノブをひねった。
 意外にもその部屋は鍵がかかっていなく、あっさりと中に入ることが出来た。
「…うっ、寒い!」
 二人の体を猛烈な寒気が襲った。
 いくら地下室とは言え、この寒さは異常である。
「…ここは…?」
 そして辺りを見回す二人。すると、
「御神楽さん!」
 小暮が叫んだ。
「どうしました?」
「あれを…」
 そして小暮が指差した方向を見た時人は思わず絶句してしまった。
 そこには何台ものベッドが置かれており、それに何かが寝かされているかのように横た
わっており、布が掛けられていたのだった。
「…なんですか、ここは…?」
「…まるで死体安置所のようですね…」
 時人が呟いたその時だった。
「…これは!」
 あるベッドの布をめくって中を見た小暮が思わず叫んでいた。
「…どうしたんですか?」
「…この人は、間違いありません。美園綾さんですよ」
 そういって小暮が時人にその女性の顔を見せた。
 そう、布の下で一糸まとわぬ姿でそのベッドに寝かせられていた女性こそ、時人と小暮
が初めて会うきっかけとなった事件での被害者となってしまった美園綾の変わり果てた姿
だったのだ。
 既に絶命しているのは誰の目にも明らかだった。
 おそらくこの部屋の寒さは、死体の腐敗を防ぐためにこの部屋は何らかの形で冷やして
いる影響だろう。
 そして、その遺体のその傍らには何故か空になった注射器と薬瓶のようなものが転がっ
ていた。
「…これは何でしょうか?」
 そう言いながら小暮が時人に注射器を見せる。
「…何かの注射に使ったのだけはわかるんですが…」
 確かに彼女の遺体の右腕には何か注射をしたような痕が残っていた。

 そして時人と小暮の二人はベッドの布を何枚かめくって顔を確認する。
 いずれも例の連続誘拐事件で誘拐された女性達だった。
 ただ、その中に美和の姿は無かった。
「…となる美和さんは…」
「ここにいない、と言うことは、まだ、大丈夫、という事ではないでしょうか?」
「探してみましょう!」
 そして二人はその部屋を出た。
    *
 そして先ほどの大扉の前にやってきた。
 扉に近づくとそっとノブをひねる。
 しかし、例によって鍵がかかっていた。
「…下がっててください」
 小暮が時人に言う。どうやらまたモーゼル・ミリタリーで鍵を吹っ飛ばそうとしている
ようだ。
 時人は頷くと2、3歩後ろに下がる。
 次の瞬間、銃声が響いて鍵穴が吹っ飛んだ。
 それを確認した二人は部屋に飛び込んでいった。
「美和さん!」
 時人が叫ぶ。
「…時人さん、来ないで!」
 美和が叫んだ。
 見ると美和は両手両足を広げて、手術台に縛り付けられていた。
 その傍らに一人の男がメスを片手に立っていた。この男が高柳の言っていた佐伯医師だ
ろうか?
「…な、何だ、君たちは!」
 男が突然の闖入者に驚いたか、叫び声を挙げた。
「…失礼ですが、佐伯先生ですね?」
 小暮が言う。そう言っているときにも彼は何かあったらのためだろうか、モーゼル・ミリ
タリーを男に向けていた。
「…だとしたら、どうする?」
「あなたを、連続婦女誘拐事件の容疑者として捕まえるまでです」
「…う…」
 そういうと男――佐伯医師は手術台に縛り付けられている美和の首筋に、手にしていた
メスを突き当てた。
「美和さん!」
「…それ以上動くな! この女がどうなってもいいのか!」
「う…」
 時人が思わず歯軋りをする。
 そのときだった。一瞬の隙を突いて小暮がモーゼル・ミリタリーを発射し、佐伯医師のメ
スを弾き飛ばしていた。
 メスは壁に突き刺さり、佐伯医師が手首を抑える。
「美和さん!」
 それを見た時人は手術台に駆け寄ると美和を縛っていたロープを解いた。
「美和さん、怪我はありませんか?」
「え、ええ。私は大丈夫です」
「…き、貴様…」
 手首を押さえながら佐伯医師が言う。
「おっと、変な事考えたらこれが火を噴きますよ」
 小暮が拳銃を佐伯医師に向けながら言う。
「…う…」

「…佐伯先生、今回の一連の事件の犯人はあなただったわけですね? …我々はここに来
る前に、今回の事件の被害者の遺体が並べられているのを隣の部屋で見たんですよ」
「…」
「…佐伯先生、何であなたはこんな事をするんですか?」
「こんな事? …私は子供の頃から欲しいものは何でも自分の元に置いておきたい性質だ
ったんでね」
「欲しいもの?」
「そうだ。君達だってそうじゃないのか?」
 まあ、確かに時人は何か欲しいものがあると後先見ずに手に入れようとする悪い癖があ
るのだが。
「…それがあなたの場合、女性だった、というわけですか?」
「そういうことになるな。そして、君達は美しいものをいつまでも自分達の手元において
おきたいとは思わないのかい?」
「美しいもの?」
「そうだ、いくら美しい女性とは言え、年齢を重ねるとどうしても衰えが出てしまうもの
だ。そこで私は彼女達にいつまでも美しい姿のままでいてもらったんだよ」
「…つまり、あなたが彼女達を殺害した、と言うわけですか?」
「殺したとは失礼だな。彼女達には私の研究の成果を試してもらっただけだよ」
「研究の成果?」
「ああ。人間と言うのは悲しいもので齢を重ねるごとにおいていく生き物である事は君達
も知っているだろう? 私は永遠に、とまでは行かなくても少しでも老化を防ぐ薬品を研
究していたんだ。その段階の途中で人間の遺体の腐敗を遅らせることの出来る防腐剤をつ
くることができたのでね。私の以前からの夢と重なって彼女達に実験台になってもらった
のだよ。…人間と言うのは、自分の研究成果をどうしても試してみたくなるものだからね」
「しかし、だからと言って…」
「…人間の探究心は誰にも止められるものではないのではないのかね? だからこそ、今
日まで医療現場をはじめさまざまなものが発展してきたんだ」
「…」
「…私はこれからも研究を続けていくつもりだ。だから、ここで私の研究の邪魔をしても
らうわけにはいかないんだよ!」
 そのとき、奥の部屋から一人の黒ずくめの男が出てきた。
 そう、小暮が美園家で見たあの男だった。
「…この男は…?」
 小暮が呟く。
「私のもうひとつの研究の成果だよ」
「研究の成果?」
「そう、私は病人の治癒能力を推進するための薬品も研究していたんだ。そうしたら、人
間の筋力を増強させる薬品が出来てね。この男に試してみたわけだ」
「…それをなんでこんな事に…」
「結果的には失敗だったんだよ。確かに筋力は増強したが、その代わりに時勢氏が聞かな
くなる、と言う副作用があってね。…私もこいつには苦労したよ、ようやくある程度扱え
るところまで出来たから、私の手伝いに使うことにしたのだよ」
「それじゃあ、鹿瀬君たちが見た、と言う男は…」
「ああ、こいつだよ。しかし、ここまで知られてしまったからには君たちを生きてここか
ら出すわけには行かないんだ。…やれっ!」
 そして男がときと立ちに襲い掛かる。
「美和さん、ここは僕達が何とかしますから、美和さんは安全なところへ!」
 時人の言葉に美和が頷くと、扉の向こうへと隠れた。
 時人と小暮が拳銃を発射するが、男はびくともしない。
 すると、男が時人に掴みかかり、その首を締め上げる。
「うっ!」
 時人のうめき声が聞こえる。
「時人さん!」
 扉の向こうにいた美和の悲鳴が響く。
 そのとき男の背中から銃声が響き、一瞬男がのけぞった。
 見ると背中越しに至近距離で、小暮がモーゼル・ミリタリーの弾丸を男にぶち込んでい
た。
 その隙を突いて時人は何とか脱出に成功すると、落ちた拳銃を拾い上げ、小暮の脇に立
つ。
 小暮と時人が二人がかりで拳銃を発射し、男の身体にぶち込んでいく。
 確かに致命傷とはならなかったようだが、何発かは急所に当たったようで、黒ずくめの
男がひるむ。
 すると、黒ずくめの男はこの世のものとは思えないうなり声をあげ、完全に自制を失っ
たか、大暴れをし始めた。
「お、おい、どうした!」
 佐伯医師が叫ぶが、黒ずくめの男は落ち着くどころかますます暴れ、その手がそのあた
りにあった薬品が入ったビーカーやフラスコをなぎ倒し、さらには机の傍らにあったラン
プをもなぎ倒した。
 そしてその炎が落ちた薬品や薬品に引火したのだろうか、火の手が上がり始めた。
「お、おい、やめるんだ!」
 佐伯医師が言うが、その黒ずくめの男はギョロリ、と佐伯医師を睨みつける。
「うっ…」
 そして佐伯医師に襲いかかる。
「お、おい、何をする!」
 しかし黒ずくめの男は佐伯医師に掴みかかると、力任せに佐伯医師の首を締め上げる。
「お…おい…、よ…よせ…」
 佐伯医師がうめくように言うが、男は構わず首を絞め続けた。
 やがて腹に応えるような鈍い音が響き、佐伯医師がうなだれてしまう。
 どうやら首の骨が折れ、絶命したらしい。
 そうしている間にも、いつの間にかあちらこちらから火の手が上がり始め、あたり一面
が火の海になり始めた。

 自分達の目の前で繰り広げられている光景を呆然と見ていた時人達はようやく事態を把
握すると、
「…と、とにかく逃げましょう!」
 その声に小暮と美和が頷き、3人は大急ぎでその地下を脱出すると、階段を昇っていっ
た。
    *
「…先生!」
 外へ出ると諸星警部や巴たち、そしていつの間に来ていたのだろうか、高柳医師が駆け
つけていた。
「あ、高柳さん」
「…佐伯は?」
 そういわれて時人は後ろを振り向く。
 洋館は既に玄関からも火を噴いていて、後数分脱出が遅れていたら、時人たちもあの火
の海に巻き込まれていたところだった。
「…もう、間に合いませんね」
 高柳の言葉に時人が頷く。
 彼らはいつまでも燃え上がる洋館を見つめていた。

 そして帝都・東京を震撼させた連続女性誘拐事件は、その炎とともに終わりを告げよう
としていた。


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