美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜




第5章 事件の核心

(その2)

 時人は御神楽探偵事務所の階段を昇っていった。
 ドアを開けるかあけないかの内に、
「鹿瀬君、桧垣君!」
 と言いながら中に入ってきた。
「先生、どうしたんですか? そんなに慌てて」
 巴が時人に近づいた。
「いえ、これからちょっと忙しくなるんで」
「忙しくなる?」

「…という事で、君達は久御山子爵と帝国ホテルのほうに行ってくれませんか?」
「わかりました。千鶴ちゃん、帝国ホテルには私が行くから、千鶴ちゃんは久御山家の方
に行って。蘭丸君は私達の連絡が来るまで待ってて!」
「わかりました」
 そして巴と千鶴が事務所を出て行った。
「じゃあ、蘭丸君、後はお願いします」
「はい!」
 そういうと時人は事務所を出た。
「話は済んだんですか?」
 事務所の前で待っていた加世田少尉が時人に聞いた。
「ええ、ひとつは」
「ひとつは?」
「まだ行くところがあるんです、急ぎましょう!」
「まだ行くところ、って…」
    *
 警視庁捜査一課。
「諸星警部!」
 いきなり時人が捜査一課の部屋に飛び込んできた。
「…どうしたんだよ、先生。そんなに慌てて」
 肩で息を切らしている時人を見て諸星警部が聞いた。
「いえ…、ちょっと話したいことがありまして」
「話したいこと?」
「ええ、今回の事件でちょっと気になることがありまして…」
「気になること?」

「…と言うことなんです」
「…わかった。大至急所轄署に手配しておくぜ。それと、念のために浦出警部にも話して
おくぜ」
「浦出警部?」
「今回の事件では色々と世話になってるからな」
「…お願いします」
 時人は深々と頭を下げると部屋を出て行った。
「さて、あとひとつは…」
    *
 そして三人は高柳医院の前にいた。
「…ここに何の用があるんですか?」
「ちょっと高柳さんに用がありまして」
 そして時人は受付で高柳医師の在室を聞くと、診察室に入っていった。
「…どうしたんですか、御神楽先生?」
 いきなり診察室に飛びこんできた時人に驚く高柳医師。
「あ、いきなりすみません。ちょっと高柳さんに聞いていただきたい話が合って」
「聞いていただきたい話?」
「佐伯医師の事です」
「佐伯の…、ですか?」

「…そんな馬鹿な…」
 時人から話を聞いた高柳医師は意外、という顔をした。
「信じたくないのかもしれません。しかし、僕は今回の事件、その佐伯医師が事件に関係
している、と睨んでいるんです」
「…しかしなんだって佐伯が…」
「僕も詳しいことはよくわかりません。でも、とにかく、今は佐伯医師の居場所を突き止
めることが必要なんです。この件に関しては既に諸星警部に動いてもらっています。です
ので是非、高柳さんにも協力してもらいたいんです」
「わかりました。心当たりを当たってみます! …あまり役に立たないかもしれませんが」
「いえ、それでも構いません。何かあったら鹿瀬君たちか、諸星警部に連絡しておいて下
さい」
「わかりました」
    *
 そして時人たち三人は高柳医師に教わった佐伯医師の下宿、と言うアパートメントの前
に立っていた。
「…いますかね?」
 小暮が時人に聞いた。
「さあ…、僕はいないと思いますが、何か今回の事件の手がかりになるものでもあるとい
いんですが」
「…それにしても御神楽先生、何故また佐伯先生の事を?」
加世田少尉が時人に聞いた。
「…今回の事件、おそらく、その佐伯医師が関係していると思います」
「関係している? どういうことですか?」
「その通り。そもそも僕がこの事件に関わる結果となった美園邸の事件、カフェー『ティ
ーゲル』の女給であるエリス嬢の誘拐、そして久御山滋乃さんと礼乃さんの誘拐事件、全
てはある共通点があるんですよ」
 時人に変わって小暮が言った。
「共通点?」
「軍隊ですよ」
「軍が…、ですか?」
「そのとおり。美園邸の事件に関しては森南さんが知り合いだったという事で僕もあの場
にいたんですが、軍隊の関係者と言う人物が大勢いました。『ティーゲル』のエリス嬢の場
合はあの店そのものが軍人がよく行くカフェーだと言う話だし、久御山さんと礼乃さんの
場合も美園邸の事件と同様に軍隊が警備をしていた…」
「…じゃ、じゃあ、その守山美術の女性店主の誘拐は…?」
「美和さんの件については、軍医である佐伯医師が関わっています。何でも藤堂さんの証
言によると、その佐伯医師が事件の前の日に美和さんの店を訪ねてきていた、と言う話で
すし」
 時人が言う。
「でも、だからと言ってそれが即、軍が関係しているとは…」
 加世田少尉が言った。
「確かのおっしゃる通りかもしれません。でも、何で犯人は予告時間どおりに現場に現れ
ることが出来たんでしょうか? おそらく何らかの形で情報を知っていたとしか思えませ
んが」
「情報を?」
 すると時人が、
「…加世田少尉、軍がそういった警備をする際には警察のように知らせておくものでしょ
う?」
「え、ええ。よほどのことがない限り前日までには知らせておきますが」
「それですよ」
「それ、って?」
「警備と言うのは別に機密事項でもなんでもないんですから、自然と佐伯医師の耳にも入
ってくるはずです。あるいは誰かが佐伯医師に知らせていたのかも知れませんね。とにか
く、何らかの形でその佐伯医師が現場に行ったと考えられますよ」
「…じゃあ、その誘拐を実行したのも…」
「いえ、まだ確信は持てませんが、僕は違うと思います」
「違う?」
「なんとなく気になるんですよねえ。その、加世田少尉が話してくれた、事件の前に除隊
して、佐伯医師と一緒に行動していた、と言う兵士が」
「…」
「とにかく行って見ましょう」
 時人の声に二人が頷く。
    *
 加世田少尉が大家の部屋で事情を話して部屋の鍵を借りると、三人は佐伯医師が住んで
いる、と言う部屋の前に来ていた。
 ただ、加世田少尉が鍵を借りる際に、その大家は「最近佐伯先生の姿を見かけていない」
と言っていたから、もしかしたらその佐伯医師は来ていないのかもしれない。とは言うも
のの、もしかしたら手がかりになるものが見つかるかもしれない。
 そう思いながら3人が扉の前に立っていた。
 何かあったらのために、とでも思ったか、小暮がホルスターからモーゼル・ミリタリー
を取り出した。
「…どこでも持っているんですね」
 時人がつぶやく。
「何かと言うと便利ですからね」
 それを見た加世田少尉もホルスターから軍用拳銃を取り出した。
「…行きますよ」
 時人が言うと小暮と加世田少尉の二人が頷いた。
 時人が慎重に大家から借りた合鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回し、鍵が外れる音が
した。
 時人が思い切り扉を開ける。
「…いない…」
 時人が呟いた。
 そう、部屋の中には誰もいなかったのだ。
 しかも今逃げ出した、とかそう言うわけでもなく、部屋の中は綺麗に片付けられており、
数日前から誰もいなかったような感じがするのだ。
 三人は部屋の中を探したがどこにも人の気配が無かった。
「…どうやら、大家さんの言っていたことは本当だったようですね」
 時人が言う。
 そして三人は部屋の中を捜したが、これと言って事件に繋がるようなものは見つからな
かった。
「…もしかしたら…」
「そのようですね」
 小暮と時人が頷いた。
「もしかしたら、ってどういうことですか?」
 加世田少尉が聞く。
「…おそらく、佐伯医師は誰かがここに来る事を予測してあらかじめ何処かへと今回の事
件に繋がる証拠などを持ち出したんでしょう」
「と成ると、その佐伯なる医師が事件に関係ある可能性がますます高くなってきましたね」
 そのときだった。
「あの〜、御神楽さん、と言う方いませんか?」
 先ほど加世田少尉が合鍵を借りた大家が部屋にやってきた。
「…はい、御神楽は僕ですが、何か御用でしょうか?」
 時人が言う。
「いえ、警察の人が来て『ここに御神楽と言う探偵が来ている筈だから呼んでくれないか』
って…」
「警察? もしかして諸星警部かな」
 そう呟きながら時人は外へ出た。

「…先生、やっぱりここにいたのか!」
 諸星警部が時人に近づいてきた。
「…どうしたんですか、警部?」
「いや、今情報が入ってきてよ。その、佐伯医師らしい人物を郊外の洋館で見た、って言
う情報が入ってきたんだ」
「郊外の洋館?」
「ああ。ここからだと車で少し時間がかかるがな。何でも夜になると佐伯医師らしい人物
が洋館に入っていったのを見た、って言う証言が取れたらしいんだ」
「洋館、ですか…?」
 それを聞いた加世田少尉が意外、という顔をした。
「…どうしたんだ?」
 諸星警部が聞いた。
「いえ…、佐伯先生がそんな洋館を持っている、と言う話は聞いた事ありませんが」
「ああ、それなら心配ないぜ。どうやらある軍人の持ち家らしい」
「軍人の?」
「ああ、それで最近、その洋館に夜になると、その佐伯医師が出入している、と言う証言
が取れたんだ。なんでも周りの住民の間でも何だか近寄りがたい雰囲気があったらしいが
な」
「…やっぱり…」
 時人が呟いた。
「やっぱり、ってどうしたんだ?」
「いえ…。とにかく、警部、そこへ連れて行ってもらえませんか?」
「あ、ああ。わかった。もともとそのつもりで来たんだからな。今さっき事務所のほうに
も行って蘭丸にもこの事を言っておいた」
「そうですか、ありがとうございます。…とにかく急ぎましょう! でないと久御山君た
ちが危ない!」


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