美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜




エピローグ

 あれから1週間が過ぎ、帝都・東京も梅雨が明け、夏空が広がっていた。
 あの日――洋館が焼け落ちてから1週間、色々なことがあった。
 帝都・東京を震撼させた連続女性誘拐事件は一応終結したものの、諸星警部の語ったと
ころによると、容疑者である佐伯医師が死亡し、また、事件の数々の証拠と思われるもの
も焼けてしまったようで、事件の全容解明には相当苦労するだろう、と言うことだった。
 しかし、今の時人にとっては事件の全容解明はどうでもいいことだったかもしれない。
 なぜならば自分の役目は終わり、そこから先は警察のする仕事だ、と思っていたからで
ある。
    *
 そんな中、時人は久しぶりに浅草へ出かけると浅草凌雲閣、通称「十二階」の展望室に
いた。
 ここである人物と待ち合わせをしていたからである。
 眼下に広がる街は相変わらず人が行き来しており、ほんの一週間前まであんな猟奇的で
残忍な事件が起こっていたのが嘘のようである。

「…お待たせしました」
 ふいに時人の背中で声がした。
「やあ、来てくれましたか」
 時人がその人物に声をかける。
 そう、その人物こそ小暮十三郎だった。
「お忙しい中、わざわざ済みませんでした」
「いえ、丁度礼乃さんも森南さんと一緒に久御山家に行くところだったし、僕のほうこそ
あなたにお礼がしたくてね」
「お礼?」
「ええ、あなたがいなければ今回の事件は解決しなかっただろうな、って。礼乃さんがあ
のような姿になっていたら森南さんに何と言われていたか…」
「僕だって久御山君や美和さんがあんな風になっていたかもしれない、と考えるとゾッと
しますよ」
 小暮は背広のポケットをまさぐる。
「…すみません、煙草くれませんか?」
 そういわれた時人はポケットから自分の煙草を取り出した。
 小暮はそれをくわえると、自分のマッチで火をつける。
「…そういえば、前に見ましたけど外国煙草を吸っていたようですね」
「ええ、それが?」
「あれはやめた方がいいですよ。日本人の口に合わせて作ってないんですから」
 その言葉を聞くと小暮は何も言わず苦笑する。
 そしてゆっくりと煙を吐く。
「それにしても、佐伯医師はなぜあんな事を…」
 時人が聞いた。
「さあ、人の考えていることはいくらなんでも他人である我々にはわからないことですよ。
ただ、結局は己の欲望に負けてしまい、あんな形で暴走してしまった、と言うことかもし
れませんね」
「…ども、ある意味かわいそうな人だったかもしれませんね」
「かわいそう?」
「結局ああいった形でしか、女性をものにすることが出来なかったんですから」
「…あなたも結構いい事言いますね」
「そんなことありませんよ。…そういえば、明日、米国に戻るそうですね」
「ええ。明日の朝、横浜港を出るハワイ経由の船でね」
「…それでこれからどうするんですか?」
「さあ、いずれは日本に戻ってくるつもりだけど、もう少し向こうで修行を積んできます
よ。それに…」
「それに?」
「あなたのような探偵がいれば、当分東京は平和だろうし」
 そして二人の笑い声が響く。

 そして翌日、小暮たちは米国へと帰っていった。
 またいつか、二人で一緒に事件を解決する日が来るかもしれない。
 しかし、出来ればそんな日が来ないような平和な東京であってほしい、時人はそう思う
のだった。

(おわり)


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