美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜




第4章 二人の探偵

(その2)
「ようこそいらっしゃいました」
 ドアを開けると、一人の金髪の少年が小暮を迎え入れた。
「…ここは、御神楽探偵事務所だな?」
「ええ、そうですか」
「…御神楽時人という探偵に用があるんだが、いるかい?」
「…ええ、先生なら今いらっしゃいますけど、どちらさまでしょうか?」
「…小暮、と言えばわかるはずだ」
「小暮さん、ですね。…少々お待ちください」
 そう言うとその少年は奥の部屋へと入った。

 …やがて、
「…来ると思ってましたよ、小暮さん」
 そう言いながら御神楽時人が奥から出てきた。
「なるほど。さすがに帝都一の名探偵と呼ばれたお人だ」
「立ち話もなんですから…。蘭丸君、お茶を用意してください」
「はい!」
「それと、鹿瀬君と桧垣君は?」
「…もうすぐ来ると思いますよ」
「わかりました」
 そういうと時人は小暮を来客用のソファへと招いた。
    *
 蘭丸にお茶を運ばせると、時人は、
「…それで、僕のところに来た、ということは、例の誘拐事件について、でしょ?」
「そこまで考えていたとはね。やはり『帝都一の名探偵』といわれるだけのことはありま
すね」
「…僕もあなたを美園さんの家で見かけて、探偵と名乗った時からこの事件について調べ
てるのではないか、とは思ってたんですがね」
「…いや、礼乃さんがそちらの所員と一緒に誘拐された、ということを森南さんから聞い
て黙っていられなくなってね」
「森南さん?」
「僕のパトロンなんですよ。その娘が誘拐されたとあっちゃ、一大事ですからね」
「…まあ、確かにそうですけどね」
「…どうですか、御神楽さん。ここはお互いに腹を割って話し合いませんか? 今回の事
件に関してはあなたも捜査をしているようですけど、あなたしか知らない情報もあれば、
逆に僕しか知らない情報もある…。お互いに有意義になる情報ならば、お互いの手の内を
明かしておいたほうがいいでしょう? 船頭多くして船山に登る、と言いますし、このま
ま二人が好き勝手に捜査していては解決しない事件も解決しませんし」
 時人はちょっと考えると、
「…いいでしょう。蘭丸君、君は一寸席をはずしててください」
「…巴さんたちが来たらどうします?」
「そうですね…、とりあえず君の方から事情を話して下で待っているようにイって老いて
ください。丁度、藤堂さんが君たちに何か聞きたいことがあるといってましたよ」
「…美和さんのことでしょうか?」
「だと思います」
「…わかりました。それじゃ、下に行ってます。何かあったら呼んでくださいね」
「わかってますよ」
 そして蘭丸は事務所を出て行った。
「…なかなか礼儀正しい子ですね。僕もあんな助手が欲しいな」
 小暮がつぶやいた。
 彼が5年後に帰国した時、彼にもひとりの助手が着く事になるのだが、その少年はとい
うと…、というのはまた後の話である。

 そして二人は今回の事件についての情報交換を始めた。
 小暮が今回の事件に介入するきっかけになったのは例の美園家で起きた誘拐事件からだ
ったが、時人はそれ以前から事件を追っていたこと、そしてその事件の手口がどれもこれ
も、前もって予告状を送りつけてからであるということ、そして、誘拐された女性たちは
いずれも行方がわからないこと…、といった小暮が初めて知ることが多かった。
     *
 時人は何気なく部屋に飾ってある時計を見る。
「え? もうこんな時間ですか?」
 そう、あっという間に1時間以上が経っていたのだ。
 時人がポケットから煙草を取り出すのを見たか、小暮も自分のポケットから外国煙草を
取り出した。
「…外国煙草、ですか」
 時人が言う。
「あ、これね。…実は今僕はアメリカに住んでるんで」
「アメリカ、ですか?」
「ええ。さっきも言ったパトロンが実は米国に住んでいるんですよ。今回、パトロンに用
があって日本に一時帰国したんで、そのボディーガード――といえば聞こえはいいんです
けど、要はただの用心棒ですよ――として一緒に来たんですがね」
「…で、そのパトロンのお嬢さんが久御山君と一緒に攫われた、とこういうわけですね」
「そういうことになりますね」
「…でも、外国煙草はやめた方がいい。もともと日本人に会うように作ってませんからね」
「でも日本たばこは向こうじゃ滅多に手に入りませんからね」
 そして小暮は外国煙草を加えると火を点けた。
 そしてゆっくりと煙を吐き出す。
「…それにしても…」
「それにしても、どうしたんですか?」
「…なんかちょっと引っかかりますね」
「引っかかる? …それはなんですか?」
「いや、思い違いかもしれないし、やめておこう」
「なんですか? 何か気になる事があったら遠慮なく言ってくださいよ。ひょっとしたら、
それが事件解決への糸口になるかもしれない事ぐらい、あなたも探偵なら知っているでし
ょう?」
「…いや、話を聞いた限りでは、その、美園さんの家といい、その『ティーゲル』なるカ
フェーといい、久御山家の事件といい、ある一つの共通点があるんですが…」
「共通点?」
「…軍隊ですよ」
「軍隊?」
「そうでしょう? 美園良蔵氏は名士という事もあってか、軍の関係者が大勢来ていたと
言うし、久御山家の場合はその、久御山多聞子爵が個人的に軍隊にも警戒を頼んだ。そし
て『ティーゲル』は軍人が多くやって来る。…ただ、これだと一つ気になる事があって…」
「気になる事?」
「あなたの言う、その守山さん、という女性が誘拐されたときにこのことは関係なくなる
か…」
「それですか…。もしかしたら関係があるかもしれませんよ」
「関係がある?」
「ええ。藤堂さんから聞いたんですが、その美和さんが誘拐される前の日に訪ねた医師、
というのがどうも軍医らしいんですよ」
「軍医…ですか?」
「ええ。これもある意味軍と何らかのかかわりがある、ということじゃありませんか?」
「…確かにそうかもしれないな…」
「実はね、その美和さんを訪ねた軍医さん、というのが美和さんのかかりつけの病院の医
師と知り合いらしいんですよ。もしかしたらそっちの方で何かわかるかもしれないですね。
…行ってみますか?」
「…行ってみる?」
「ええ、この近くの高柳医院というところにいるんですよ。僕のほうから連絡しておきま
すので行ってみましょう」
    *
 時人が守山美術の入り口の扉を開けると。
「あ、先生」
 守山美術にいくといつの間に来てたのか、巴と千鶴が蘭丸や藤堂と一緒に店内にいた。
「…鹿瀬君、僕たちはちょっと出かけてきますよ」
「あ、はい。気をつけて」
「蘭丸君、事務所のほうよろしくお願いしますよ」
「はい!」
「それと鹿瀬君、桧垣君。ちょっと…」
 そう言うと時人は二人を呼び寄せた。
「なんでしょうか?」
「君たちにちょっとお願いしたい事があるんですが…」
    *
「高柳医院」と表札が掛かっている病院の前に時人と小暮の二人が立っていた。
「…ここですか?」
「ええ。今の時間はここにいるそうですから、丁度話を聞く事ができますよ」
 そして二人は受付で話をすると、診察室に向かった。
 診察室の扉をノックすると、中から高柳紀久男医師が顔を出した。
「…ああ、これはこれは御神楽先生。先ほど話は聞きましたよ」
「お忙しいところすみません」
「いえいえ、美和さんからいつも話は聞いてますよ。ささ、こちらへ」
 そういうと高柳医師は時人を診察室の中に入れた。
 高柳医師が進めた椅子に腰を掛けると時人は、
「…患者さんはいいんですか?」
「丁度今は休診の時間ですから暫くは構いませんよ。…ところで、そちらの方は?」
 高柳医師が小暮の方を向いて聞いた。
「ああ、この人は小暮さんと言って、その…、今僕が追っている事件のお手伝いをしても
らっている方ですよ」
「事件、って…例の連続誘拐事件ですか?」
「…なぜそれを知ってるんですか?」
 思わず時人は聞き返した。
「いえ、小耳に挟んだんですけど、何でも美和さんが誘拐された、とか言う話じゃないで
すか。もしかしたら先生はその事で話を聞きに来たんじゃないですか?」
「…なるほど、そう思っていたとはね。だとしたら隠しても仕方ないでしょう。その通り、
今回の事件についてお話が聞きたくて」
「…わかる範囲でならお答えしますよ」
「すみませんね。…実は藤堂さんが言ってたんですが…、何でも美和さんが誘拐される前
の日、高柳さんの知り合いというお医者さんが守山美術を訪れたそうなんですが」
「そういわれても、こういう仕事柄知り合いの医師は一杯いますからねえ。…一体誰なん
ですか? そいつは」
「確か佐伯さん、とか言ってたような…」
「佐伯が…、ですか? …アイツにそんな趣味あったかなあ?」
 そう言うと高柳医師は首を傾げてしまった。
「? どういうことですか?」
「いや、佐伯とは同期だからよくわかるんですけど、アイツにそんな骨董や絵画の趣味が
あったなんて聞いた事ないですけどねえ」
「でも、藤堂さんが言うにはその佐伯医師は、小さい頃からそういった美術品に興味があ
って、高柳さんから話を聞いて守山美術を訪れた、というんですけどね」
「確かに美和さんの店については、この間アイツがここに来た時に話しましたけど…。い
や、アイツは陸軍に勤めてるし、私が遠峰の御前や竹林会の兵藤さんとも知り合いだとい
うのを知ってるから、『軍の連中から骨董品や美術品が安く手に入る店がないかどうか聞い
ておいてくれ』ということを頼まれた、って私に言ってたんですけどねえ。それで美和さ
んの店を教えたんですが…」
「…本当にそういったんですか?」
「先生に嘘ついても仕方ないでしょう。さっきも言ったけど佐伯とは同期だから彼のこと
はよく知ってますけど、彼はどっちかというと、家の中で骨董品眺めているより、外で動
き回ってる方が好きだ、と言ってましたからねえ」
「ふーん…」
     *
「それにしても妙ですね…。その、佐伯医師がなぜ美和さんの前では嘘をついたんでしょ
うか?」
 帰り道。時人がつぶやくと小暮が、
「…嘘つかなければいけない理由があったんでしょう」
「…嘘をつかなければいけない理由?」
「…その、高柳医師の言っている事が事実だとすると、その佐伯なる医師は彼女に何か知
られたくない理由があって近づいた、とか…」
「知られたくない理由?」
「彼が軍医だった、ということは当然軍とも繋がりがある、ってことでしょう? 別に軍
とつながりのあるのは恥ずかしい事ではないのに、何でその佐伯医師はその、美和さんと
いう女性に嘘までついて近づいたんでしょうか?」
「うーん…。もしかしたら色々と詮索されるのが嫌だったのではないでしょうかね? そ
れで『美術品に興味があって、安く手に入る店がないかどうか聞いてみた』とでも言えば、
あくまでも個人的な趣味だと思う…」
「詮索?」
「…とにかく、その佐伯医師について調べてみる必要がありますね」
「でも…、相手は軍隊でしょう? そう易々と近づけますかね?」
「…いや、方法が無くはありませんよ」
「方法が?」
「…鹿瀬君と桧垣君が上手くやってくれるといいんですが…」
    *
「あ、先生!」
 事務所に戻ると巴たちが時人を出迎えた。
「あ、どうもすみません。…ところで、久御山子爵の方は?」
「ええ、なんでも軍隊にいる知り合いの方に話が行ったようで、1時間くらいなら話をし
てもいい、って言うことになったようですよ」
「そうですか、それはよかった。それで、先方はなんと?」
「…明日の10時までに陸軍省に来てくれ、とのことです」
「わかりました、ありがとう」

「…色々と参考になりましたよ」
 事務所の階段を降りながら小暮が言う。
「いや、こちらこそ。おかげで僕の知らなかったことが色々とわかりましたよ。…これか
らも協力していただけますよね」
「もちろん。ここまで来たら乗りかかった船ですからね」
 そして、外へ出ると長かった昼も終わり、いつの間にか夕方になろうとしていた。
「…それで、あなたはどうするんですか」
「…そうですね。森南さんにも話を伝えなければいけないだろうし…。これから帝国ホテ
ルに戻りますよ」
「…そうですね、それじゃ明日そちらに伺いますよ」
「…わかりました、それでは9時に」
 そして時人と小暮は事務所の前で別れた。


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