美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜




第4章 二人の探偵

(その1)

 滋乃たちがいなくなって程なくのことだった。

「警部。浦出警部からの連絡によると緊急配備は終了とのことです」
 栗山刑事が報告をする。
「わかった。…いいか、犯人はおそらく女二人を連れて逃走中のはずだ。しかも1人はこ
この令嬢である久御山子爵の娘だ。目立たないはずが無い。とにかく不審人物を見かけた
らすぐに連絡をするんだ。分かったな」
「はい!」
 そして栗山刑事は外へ出て行った。
 そして諸星警部は時人のほうを向く。
 解っていますよ、という風に時人が頷いた。
「…じゃ、警部。僕は久御山君の部屋を見てみます」
「わかった」
 そして時人は巴たちと共に滋乃の部屋に入った。

「…いいですね、どんな小さなものでも構いません。何か証拠になりそうなものを探して
ください」
「わかりました」
 そして3人は部屋の中を探し出した。
 とは言え。部屋の中は滋乃と何者かの間で激しい戦いが行われた事を証明するかのよう
にあちこちが散らばっており、3人の仕事はまず部屋の中を整理することから始まった。

「…先生!」
 千鶴の声がした。
「どうしたんですか、桧垣君?」
「これを見てください」
 そういうと千鶴はある一点を指差した。
 そこには破壊された1脚の椅子が転がっていた。
「この椅子がどうかしたんですか?」
「ここを見てください」
 そういう千鶴の指差した箇所にはなにやら赤いものがこびりついていた。
「…これは、血ですね」
「…やっぱり…」
 よく見るとその椅子の周りにはわずかではあるが床にも血が付いていたのだ。
「…とりあえず、これは諸星警部に報告した方がいいですね」
 そして3人はそこを荒らさないように注意しながら、部屋の片づけを続けた。
     *
 ある程度部屋が片付き、ようやく本腰を入れて部屋の捜索が出来るようになってからま
もなくのことだった。
「…?」
 それを見つけたのは巴だった。
 滋乃が寝ていたのであろうベッドの下に何か丸いものを見つけたのだ。
 そしてベッドに下に手を伸ばす。
「…巴さん、どうしたんですか?」
 千鶴が聞く。
「あ…、あとちょっとなんだけど…」
 必死にベッドの下で手を動かしているようだ。やがて、
「…届いた!」
 そしてベッドの下から何かを掴み出した。
「…? なんだろう、これ?」
 そして時人たちに手の中を見せる。
「なんでしょうか?」
 そう、巴の手のひらの中には少し大きめの錠剤のようなものがあったのだ。
「何か薬のようですね…」
「…桧垣君、済みませんが久御山子爵を呼んでくれませんか?」
「…あ、はい!」
    *
「…御神楽君、私に用ってなんだね?」
「あ…。久御山君、何か最近薬かなんか飲んでますか?」
 久御山多聞は一瞬「?」という表情をすると、
「何でそんな事を聞くんだね?」
「いえ、ちょっと気になったもんで」
「いや、滋乃はここの所、風邪一つひいてなく元気そのものだが」
「…そうですか、ありがとうございます」
 そういう時人の顔は何故かすっきりとしていた。

「…どうしたんですか、先生? 久御山さんが薬を飲んでるかどうかなんて聞いて」
「いえ…。もしかしたら、これは犯人の手がかりかもしれませんよ」
「手掛かり、ですか?」
「ええ。故意にか偶然にかは分かりませんが、何らかの形で犯人か落としていったものな
んですよ。この部屋の中では久御山君が犯人と格闘していたし、ベッドの中に入り込んで
しまったこともあって犯人も気がつかなかったのでしょう。…とにかく、諸星警部に頼ん
でこれを調べてもらいましょう。何かわかるかもしれませんよ」
    *
「…え? 久御山さんも、ですか?」
 御神楽探偵事務所。時人たちから話を聞いた蘭丸も驚きの色を隠せなかった。
「はい。でも心配はしないでください。彼女だって御神楽探偵事務所の一員なんです。き
っと大丈夫ですよ。それに、諸星警部にお願いした薬の件もありますしね」
「…本当に無事だといいんですけど…」
「…とにかく久御山君もいなくなった今、我々も捜査のやり方を見直す必要があるのかも
知れませんね。今から作戦会議です。蘭丸君、お茶を淹れてくれませんか?」
「はい!」
 そして蘭丸は厨房に向かった。
    *
 それから程なくのことだった。
「先生、いるかい?」
 そういいながら諸星警部が飛び込んできた。
「あ、警部。…どうしたんですか?」
「例の薬の分析結果が出たぞ」
「本当ですか?」
「ああ。鹿瀬のお嬢ちゃんが見つけた薬だがな、これはとんでもねえ薬だぞ」
「とんでもない、って…。まあ、とにかく座ってください」
 そして諸星警部は来客用のソファに座ると、ポケットから手帳を取り出した。
 蘭丸が程なく茶の入った湯飲み茶碗をテエブルの上に置く。
「お、ありがとよ。…実はな、科研の報告によると、あの薬の成分の中にある種の興奮剤
に似た成分がある、という結果が出たんだ」
「興奮剤、ですか?」
「ああ。その分析をした科研のヤツの言ってたことの受け売りなんだが、何でもコイツを
飲むと興奮して攻撃的になるらしいな」
「攻撃的に…、ですか?」
「ああ。それで鹿瀬や久御山のお嬢ちゃんが攻撃してもひるまずに攻撃できたんだろうが。
ただ…」
「ただ?」
「…そいつが言っていたんだが、その薬は薬屋に売っている、というわけじゃなく、病院
ででもなけりゃ手に入らねえ薬らしい、という結果が出たんだ」
「病院、ですか?」
「ああ。それで今、栗山が病院をあたっているところなんだが…、もう一つ気になること
があってな」
「気になること?」
「どうも犯人はその薬を犯行を起こす前に飲んでたんじゃないか、ということなんだよ」
「飲んでいた、と言いますと?」
「ほら、桧垣のお嬢ちゃんが見つけた血だまり、あれを調べてみたんだが、その血液に中
から僅かだがその薬と同じ成分が検出された、というんだよ」
「本当ですか?」
「ああ。これから詳しいことは調べなきゃならんが、とにかく、こいつはもうちょっと調
べて見る必要がありそうだぜ」
 そう言うと諸星警部は茶を啜った。
「…それで、警部はどうするんですか?」
「まあ、とりあえず薬の入手経路を調べてみるさ。そこから何かわかるかもしれないしな。
先生は引き続き久御山のお嬢ちゃんの行方を捜してくれ」
「分かりました」
 そして諸星警部は事務所を出て行った。
    *
「礼乃さんが…、ですか?」
 帝国ホテルの一室。小暮十三郎が森南進造から話をきき、そう言った。
「…すみません。僕が捜査に出かけていなければこんなことには…」
「いや、小暮君は悪くない。おそらくあの場に君がいたとしても同じことになったかもし
れないしな」
 そう、森南進造が礼乃を連れて旧知の間柄の久御山多聞子爵に会いに行く、という話を
聞いた小暮は彼らとは別行動を取り、誘拐された女性たちの周辺の聞き込み捜査をしてい
たのだ。もちろん「ティーゲル」にももう一度出掛けた。
 そして深夜帝国ホテルに戻り、情報の整理をし、寝ようかと思っていた矢先に森南進造
が一人で戻ってきて「礼乃が誘拐された」という話を聞いたのである。
「それで、誘拐されたのは礼乃さんだけですか?」
「いや、久御山くんの娘――滋乃さんというんだが――、も一緒に攫われたらしい」
「滋乃?」
 それを聞いた小暮は黙ってしまった。
「…? どうしたのかね?」
「いえ、どこかで聞いた事のある名前なんですが…。もしかして…」
「もしかして?」
「…その、久御山滋乃さんという人は探偵事務所に勤めている、とか言ってませんでした
か?」
「…ああ、そういえば言ってたよ。確か御神楽探偵事務所に勤めている、とか言ってたな」
「…やっぱり…」
「どうかしたのかね?」
「いえ、…森南さん、その礼乃さんたちが攫われた状況、というのを詳しく話してくれま
せんか?」
「状況?」
「いえ…、これまで聞いた話だと、あらかじめ犯人は犯行予告の手紙を送りつけているそ
うじゃないですか。ですから今回の犯人もその、久御山子爵の家に送りつけたのではない
か、と思うのですが」
「…確かに犯人は送りつけたようだ」
 そして森南進造は事件の概要を小暮に話す。

「…探偵事務所?」
 小暮は礼乃が久御山滋乃と一緒に探偵事務所に相談に出かけて、と言うのを聞いて意外
な顔をした。
「おや? 知らなかったか? 滋乃さんは御神楽探偵事務所という探偵事務所に勤めてい
るそうだ」
「…そうですか。それで彼女はその、滋乃さんと一緒に御神楽探偵事務所に行った、とい
うことですね」
「ああ。御園さんのパアティの時に滋乃さんと一緒にいたのを見かけて、その子たちが滋
乃さんと同じ事務所に勤めている、と聞いて相談に行ったらしいが…」
「そうか…、彼女たちも知り合いか…」
 小暮は御園家で助けたポニーテールの少女の顔を思い出していた。
「…それで、彼女たちも見張りをしていたが、礼乃さんたちは結局、攫われてしまったわ
けですね」
「そういうことになるな。…今にして思うと相談しに貸せたのは失敗だったかも知れんな」
「いうや、そうとは言い切れませんよ。少なくとも僕は賢明な判断だったと思いますよ」
「そう言ってくれるとありがたいが」
「それにしても…」
 そういうと小暮は黙り込んでしまった。
「…どうしたのかね?」
「…いえ…、なんかちょっと気になるんですよね」
「気になる?」
「ええ、確かにその、久御山子爵が警察に警護を頼んだのは懸命だと思いますが、軍隊ま
で出てくるとはねえ…」
「久御山子爵には軍関係の知り合いも多い、という話だし、その、君が言っていた御園さ
んの時に綾さんを攫った人物、というのは拳銃の弾丸も跳ね返した、というだろ? そう
いった事があって軍隊に協力を要請したんじゃないのか?」
「ええ、それはそうなんですが…」
「…何か納得の行かないような顔をしているね」
 森南進造は小暮の顔を見て言った。
 その言葉通り、小暮は何か割り切れないものを感じていたのだ。
「…とにかく、僕はこの事件をもう少し調べてみます」
「それは任せるが…。何とかして礼乃や、他の誘拐された人たちを助け出してくれよ」
「分かってます。…もしかしたら犯人側から何か連絡があるかもしれないので、森南さん
は出来る限りここにいてください。情報収集は僕がしておきますし、何かあったら連絡を
よこしますよ」
「…分かっておる」
    *
 長かった昼が終わり、心なしか暑さも和らいだように思える夕方。
 小暮十三郎は銀座の町並みを歩いていた。

…と、小暮はあるビルの前で足を止めた。
「ここは…?」
 見ると「守山ビル」と言う看板があったのだ。
「…そういえば、前に来たときに見たけど、ここの2階に御神楽探偵事務所があったんだ
よな」
 確かに以前ときたときと同じく階段に「二階 御神楽探偵事務所」と言う案内の張り紙
が貼られてあった。
「それにしても…、守山って名前どこかで聞いたことがあるような気がするんだが…」
 そう思いながら一階の店の玄関を見ると「キ合により暫くの闍x業致します 守山美術」
と言う張り紙がしてあったのだ。
「…まさか…」
 そう、小暮は女給のエリスの後に行方不明となった女性が守山美和、と言う名前で美術
商を営んでいる、という記事を新聞で読んだ覚えがあった。
「…その守山、って女性はここの店主だったのか? だとしたら、この上にいる御神楽時
人もこの事件を追っているのは間違いなさそうだな…」
 いくらなんでも下に住んでいる人間と何の関係も無い、と言う事は無いだろう。小暮は
そう思った。
「だとすると…。話を聞いてみるしかないかもしれないな」
 以前来たとき「もしかしたらもう一度来る事があるかもしれない」と思っていたが、そ
れがまさかこんなに早く来るとは…。
 小暮は苦笑すると。階段を上へと昇って行き「御神楽探偵事務所」と書かれたドアの前
に立った。
 そしてドアをノックする。
「はーい、どうぞ、開いてますよ」
 中から声がしたのを聞いて、小暮はドアを開けて中に入っていった。


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