美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜




第3章 新たなる標的(ターゲット)

(その2)

 美和が誘拐されたと知った警察は本格的な捜査に入り、時人も状況を聞きに警視庁に向
かった。
「…はい、はい。…わかりました。それじゃ先生、後はよろしくお願いします」
 そう言って巴は電話を切った。
「…先生なんて言ってました?」
 千鶴が巴に聞いた。
「うん。なんでも捜査会議が今も続いていて、諸星警部に話を聞くのはその後になりそう
だから、今日は遅くなるって。だから私たち、後は蘭丸くんに任せて適当なところで帰っ
ていい、って」
「そうですか…。じゃあ私はもう少しやることがあるので、巴さんと滋乃さんは帰ってい
いですよ」
「悪いわね、千鶴ちゃん」
「…あの、ちょっとよろしいかしら?」
 滋乃が巴と千鶴に話しかけてきた。
「どうしたんですか、久御山さん?」
「あ…、蘭丸くんもよろしいかしら?」
「ええ、いいですよ」
 そして蘭丸も滋乃のもとに来た。
「どうもすみませんわ。実は…、美和さんやエリスさんが誘拐された、と言うのにこうい
うことをお話しするのはどうかと思うんですが…」

「…ふーん。大丈夫だよ、先生のことだもん。久御山さんのことだから、って許してくれ
るよ」
「そうですの? 本当に申し訳ありませんわ」
「いいっていいって。私たちで何とかするよ」

 そして程なく巴と滋乃は帰宅し、それから30分ほどして千鶴も帰宅の途についた。
     *
 翌日。
「…おや、久御山くんは?」
 時人は滋乃がいないことに気がついた。
「あ、そうだ。先生、今日なんでも滋乃さん、知り合いが家に遊びに来る、とかで今日は
休むって言ってたんですよ」
 千鶴が言う。
「ああ、そうですか…。まあ、久御山くんの家もいろいろと付き合いがありますから、こ
ういうこともあるんでしょうね。鹿瀬くんが来るまで桧垣くん一人で大変かもしれません
けど、僕や蘭丸君も手伝いますから何かあったら言ってください」
「はい」
 やっぱり巴の予想は当たってたようだ。
    *
 久御山家の前に一台の車が止まった。
 中から二人の男と一人の少女が降りてくる。
 そしてその中の男がドアをノックした。
 中から一人の男が顔を出した。
「久御山くん、久しぶりだね」
「ああ、森南さん。お待ちしておりましたよ。ささ、こちらへ」
 そして出迎えた男――久御山家当主・久御山多聞は来客である森南進造たちを迎え入れ
た。
 そして多聞は来客を応接間に招きいれた。
「お久しぶりですわ、森南さん」
 応接間には既に滋乃が来ていて、一行に深々と頭を下げる。
「やあ、これは滋乃さん」
「お久しぶりですわ、滋乃さん」
 進造と礼乃が滋乃に挨拶をする。
    *
「…ところで滋乃さん」
 いきなり進造が滋乃に話しかけてきた。
「何ですの、進造さん?」
「…例の件はどうなんですか?」
「例の件?」
「…先日の誘拐事件ですよ。我々もあの現場に居合わせたものとして気になるので」
「…お前の話を聞いてるとかなりの難事件のようだね」
 多聞も滋乃に言う。
「ええ。詳しくはお話できないんですが、あれからも色々ありまして、まだ解決の糸口す
ら見つかっていないんですよ」
「そうか…」
「ところで森南さん。あの方はどうなされましたの?」
「あの方?」
「いえ、その美園さんのお嬢さんが誘拐された日に鹿瀬さんを助けた小暮、とか言う探偵
さんが一緒におられたはずですが…」
「ああ。彼は、ちょっと用があるとかで我々とは別行動を取ってるんだ」
 どうやら、その小暮なる探偵も独自に事件を調べているのだろう、滋乃はそう直感した。
 時人の所に勤めるようになってから、滋乃自身、そのくらいのことはわかるようになっ
ている。
     *
「旦那様」
 不意に応接間のドアが開き、一人のメイドが顔を出した。
「どうした?」
「先ほど郵便物が届いたんですが…」
「いつものところに置いといてくれ」
「いえ、その中にこんなものが…」
 そういうとそのメイドは一通の封筒を差し出した。
 その封筒にはただ「久御山多聞子爵へ」とだけ書かれてあった。
「…? なんだ、これは?」
 そういうと久御山多聞は封筒を開いた。

「…これは…」
「どうしましたの、お父様?」
 そして滋乃が多聞の脇から紙をのぞきこむ。
「…!」
 滋乃も何も言えなかった。
「…どういうことなんだ、これは?」
「いったい何があったんですか?」
 多聞は黙って森南父娘に紙を見せる。
「これは…」
 さすがに二人の驚愕の色が隠せなかった。

 それからしばらくの間その場を重苦しい沈黙が包んだ。
 やがて滋乃が口を開いた。
「…とりあえず、時人様に相談してみますわ」
「頼むよ、滋乃」
    *
 不意に事務所の電話が鳴った。
 蘭丸が電話を取る。
「はい、御神楽探偵事務所。…あ、滋乃さん」
 どうやら電話の相手は滋乃だったようだ。
「はい、はい。…解りました。先生!」
 蘭丸が時人を呼び、受話器を渡す。
「もしもし。どうしました、久御山くん? 君は今日、休みのはずですよね? …え?」
 不意に時人の顔色が変わった。
「…はい、はい。解りました。…そうですね。5時には鹿瀬くんも事務所に来てますから、
その時に。いいですね?」
 そして電話を切る。
 「先生、どうしたんですか?」
  千鶴が時人に聞いた。
「何でも久御山くんが急な相談があるとかで…」
「急な相談?」
「もしかしたら…」
「もしかしたら、って…」
「いえ、久御山くんが来たらはっきりするでしょう」
     *
「失礼いたしますわ」
 5時少し過ぎ、そう言いながら滋乃が事務所に入ってきた。
「いらっしゃい、久御山くん」
「ごめんなさい、時人様。折角休暇をいただいたというのに…」
「いえいえ、僕は構いませんよ」
 そう言いながら時人は滋乃の後ろについている少女に気がついた。
「…この人は?」
「あ、紹介いたしますわ。この方は森南礼乃さん、とおっしゃってお父様の知り合いの方
の娘さんですわ」
「そうですか。初めまして、御神楽時人です」
「はじめまして、森南礼乃です」
  そしてその少女は時人に挨拶をした。
「…で、礼乃さん、ここに来る途中でお話しましたわね。この方がこの探偵事務所の所長
で御神楽時人様。こちらの方たちがわたくしと同じ助手の鹿瀬さんに桧垣さん、それから
蘭丸君ですわ」
 一通り紹介を終えたのを見た時人が、
「…それで久御山くん、相談したいことというのは?」
「そうでしたわね。…これですわ」
 そういうと滋乃は時人たちの前に一枚の神を差し出した。
「…これは…」
 それを見た時人の顔が変わった。
 時人の脇でその紙を見ていた巴たちも絶句してしまう。

「久御山多聞樣
 今晩、娘の滋乃樣及びそちらにご宿泊なさっている森南進造氏の一人娘、禮乃孃を戴き
に參上いたします。
 尚、どのように警備がされていようとあなた方に阻止することはできませんので御了承
ください」

 と書かれてあったのだ。
「予告状ですね…」
「ついに犯人は久御山くんまでを標的にしたようですね。しかも大胆不敵にも『どのよう
な警備をしようと無駄だ』なんて書くとは…」
「じゃあ、これは…」
「おそらく、我々に対する挑戦です。だとしたら、何としても阻止をしないと。…それで
久御山くん、警察の方には?」
「ええ、ここに来る前にお父様の方から連絡するようにお願いしてまいりましたわ」
「そうですか。…じゃあこうしましょう。今から僕たちも久御山家に行きます。警察の方
とも相談しなければいけないし、久御山くんの身に危険が迫ってるのを黙って見過ごすわ
けにも行かないし…」

 そして時人は先に滋乃たちを帰し、蘭丸に飼い猫の十兵衛の世話を頼むと巴たちと共に
久御山家へと向かった。
    *
 久御山家に着くと多聞が連絡をしておいたのであろう、警察の車が何台か停まっていた。
「よお、先生!」
 一人の刑事となにやら話し合っていた諸星警部が時人に気づいたか、話しかけてきた。
「あ、警部」
 そして時人は諸星警部の下に駆け寄る。
「あ、君は確か…」
 諸星警部の隣にいた男が話しかけてきた。
「あ、確か浦出警部…、でしたよね?」
 時人も男が誰かに気がついた。
「ああ、この件については浦出警部にも協力をお願いしてるからな。…それにしても久御
山のお嬢ちゃんにまで予告状が来るとはな…」
「僕も驚きましたよ。まさか久御山くんにまで犯人の手が伸びるとは…」
「とにかく、久御山子爵のたってのお願いで我々も屋敷の内外を問わず警備をすることに
したからな。あんなこと言われたからって引っ込んでるわけには行かないからな」
「お願いします。それじゃ僕は中にいますので」
「ああ」
 そして時人が屋敷の中に入ろうとしたときだった。
「…だから、ここは警察に任せておけばいいんです!」
「こっちも久御山子爵から頼まれてるんだ!」
 なにやら言い争う声が聞こえた。
 見ると以前御園家の誘拐事件で見かけた浦出とか言う警部と軍服姿の男が言い争いをし
ていたのだった。
「…何ですか、警部。あれは?」
「ああ。何でも久御山子爵が知り合いの軍関係者を呼んだらしくてよ。警備のことで揉め
てるんだ。ま、いつものことだよ」
「はあ、そうですか…」
     *
 中に入ると既に巴たち3人が礼乃を交えなにやら話し合っていた。
「どうですか?」
 時人が巴に話しかけた。
「あ、先生。とりあえず、今夜は私たちが久御山さんの部屋の隣に泊まって見張りをしよ
う、って話が決まったところなんです」
「…礼乃さんはどうするんですか?」
「久御山さんのほうから森南さんに話して一緒の部屋に泊まろう、ってことになったんで
すよ」
「そうですか」
    *
 そして物々しい警備の中時間が過ぎていった。
 やはり事態が事態だからか、食事の間も誰一人として話そうともせず、その後も重苦し
い雰囲気の中ただ時間が過ぎていった。

「…あら、もうこんな時間ですの?」
 滋乃が柱時計を見て言う。
 柱時計はもう11時になろうとしていたのだった。
「お父様、おやすみなさいませ」
「ああ」
「…千鶴ちゃん、私たちも行こうか」
「はい」
 そして巴たちも立ち上がった。
「時人様はどうなさいますの?」
「…僕はもう少しここにいますよ。何かあったらすぐに知らせてくださいね」
「判っておりますわ」
 そして4人の少女は2階へと上がっていった。

「じゃ、久御山さん、気をつけてね」
「わかっておりますわ」
 そして滋乃と礼乃が寝室に入っていった。
 それを確認すると、巴と千鶴も隣の部屋に入った。
    *
 滋乃は不意に目を覚ました。
 時計が夜の2時を打つ音が聞こえた。
 滋乃は自分の隣で眠っている礼乃を見る。
「…よかった。ちゃんと寝ておりますわね」
 そして滋乃はもう少し寝ようと目を閉じた。

「…!」
 不意に滋乃は傍に人の気配を感じて起き上がった。
「…誰ですの!」
 そして辺りを見回す。
 窓の外に「そいつ」がいた。
 あたりが暗闇になっているためが、姿はよくわからないが、大柄な人物、と言うことだ
けはわかった。
 滋乃は礼乃をかばうようにして男の前に立つ。

 窓ガラスが割れる音がし、男が中に入ってきた。
 そして男が滋乃に襲い掛かる。
 滋乃は男の右腕を取ると、
「ええいっ!」
 気合と共に男を一本背負いに決めた。
 しかし男は何事もなかったかのようにゆらりと立ち上がる。
「…!」
 その意外さに滋乃は目を開いた。
「…あ…、あの背負い投げを食らって平気でいるなんて…」
 今まで何人もの悪人を叩き伏せた背負い投げが初めて破られたことに滋乃は驚きを隠せ
なかった。
    *
「…巴さん、巴さん!」
 千鶴の声がする。
「…どうしたの、千鶴ちゃん? もう交代の時間?」
「いえ、隣の部屋の様子がおかしいんです」
「何ですって?」
 そして二人は隣の部屋に意識を集中させる。
 なにやら滋乃たちの寝室で物音が聞こえてくる。
「行ってみようよ!」
「はい!」
 そして二人は部屋を飛び出した。

 隣室での戦いは続いていた。
「はあ…、はあ…はあ…」
 次第に滋乃の息が上がってきた。
 どんなに技を受けても次の瞬間何事もなかったかのように立ち上がってくる相手にさす
がの滋乃も手の打ちようがなかった。

 男が滋乃の上に乗りかかった。
「きゃあああ! 滋乃さん!」
 礼乃が悲鳴を上げた。
 男が滋乃の首を締め上げる。
 礼乃は辺りを見回す。と、傍らに椅子が置いてあるのが見えた。
 礼乃はそれを掴むと、男の頭に振り下ろした。
 鈍い音が響き、男が頭を抱えて倒れる。
「滋乃さんッ!」
 礼乃はそう叫ぶと、滋乃を下から引っ張り出す。
「礼乃さん、助かりましたわ」
「と…、とにかく逃げましょう!」
「判っておりますわ!」
 そして二人が逃げ出そうとしたそのときだった。
 二人の前に何事もなかったかのように男が立ちふさがっていた。
    *
 巴たちが部屋の目に来ると、既に部屋の前には時人と久御山多聞の二人が立っていた。
「久御山くん、久御山くんッ!」
 時人がドアを叩く。
 しかし、ドアは中から鍵を掛けているのだろうか、びくともしない。
「ドアが開かないんですか?」
 巴が聞く。
「どうやらそのようですね。…久御山子爵、彼女はいつもドアに鍵をして眠るんですか?」
「いや、そんなことはないはずだが…」
 久御山多聞が言う。

「先生、どうした?」
 諸星警部が部屋の前にやってきた。
「あ、諸星警部。実は久御山くんの部屋の中で何かが起こってるようなんだが、ドアが開
かなくて…」
「なんだって?」
 諸星警部がドアのノブをひねるか、びくともしない。
「…いったいどうしたんですか?」
 騒ぎを聞きつけたか、さらに一人の男が滋乃の部屋の前にやってきた。
「あなたは?」
 一人の男を見て諸星警部が言った。
「彼は森南さん、といって私の客なんですよ」
 久実やまたもんが手短に説明をする。
「久御山くん、いったいどうしたのかね?」
「いや、実は…」
 と久御山多聞傍らにいた森南進造にことの次第を話した。
「何だって? それじゃ礼乃も…」
「やむを得ねえ。ドアをぶち破るぜ。子爵、いいですね?」
 諸星警部が久御山多聞に言う。
「あ、ああ」
「僕も手伝いします!」
 時人が言う。
 そして諸星警部に時人が並んだ。
「よーし、行くぜ! 1…2…、3!」
 そして2人の男がドアに体当たりをする。
 何回か体当たりをすると、蝶番が外れたか、不意にドアが開き、二人は部屋の中に転が
り込んだ。
「滋乃!」
「礼乃!」
「久御山さん!」
 そこいた一同が口々に名前を呼びながら中に入った。
 しかし、既に部屋はもぬけの空だった。
「…久御山くん…」
「礼乃…」


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