China Connection
〜諸星警部対森松警部補〜

(第2話)



 現場に一台の車が到着した。
 その中から降りてくる栗山と御神楽探偵事務所の所員たち。
 そう、連絡を受けて程なく、栗山刑事が時人たちを迎えに来たのだ。
「おっ、先生、待ってたぜ!」
 諸星警部が手招きする。
 そして現場に入る一同。
「これは…」
 時人は死体を見て絶句した。
「…ああ。至近距離から心臓に一発ブチ込んでいる。おそらく即死だっただろう、っての
が鑑識の考えだ」
 確かにその死体――情報屋の松さんの死体だが――は心臓を拳銃か何かで撃たれたよう
な傷跡があった。
「それで警部、何か手懸りとかは?」
「いや、それらしいものは見当たらない」
「…まったくひどい事件ですな」
 その声に「?」となる時人。
「森松さんもいらしてたんですか?」
 そう、森松警部補達も現場に駆けつけていたのだ。
「あ、これは先生」
 森松警部補が時人に挨拶をする。
「…それで警部。目撃者とかはいなかったのですか?」
「いやな、ここは見ての通り人通りが少ないだろ? それらしい人物を見た、と言うよう
な情報は今のところないんだ」
「…そうですか…」
「…それにしても犯人の目的は何なんでしょうか?」
 巴が言う。
「うーん…。何か警察に知られてはいけない情報があったんでしょうか?」
「どういう事だ?」
 諸星警部が聞く。
「いえ、警部は松さんのことを情報屋として使ってましたよね?」
「ああ」
「だとしたら、松さんは何か握っていたから殺されたのではないか、と…」
「うん…」
 諸星警部が黙り込んでしまった。
「…? どうしたんですか、警部?」
 時人が聞く。
「いや、確かに先生の言う通りかも知れねえな。なにやらでかい情報を握っていたようだ
な」
 いくら気心知れた相手とは言え、必要以上のことを知られたくはない、と思ったのか、
諸星警部は適当にぼかして答えた。
「…となるとそれが原因で?」
 森松警部補が聞く。
「…しかし松さんはあれで結構口が堅いんです。そう無関係の人間にぺらぺらとしゃべる
ような人間ではないんですがねえ…」
 諸星警部が答えた。
    *
「一寸警視庁に行って諸星警部たちと情報交換をする」という時人と別れた巴たちは周辺
の聞き込み捜査を始めた。
 とは言え、やはりというかその結果は決して満足のいくものではなかった。
 ただ、その中でいくつかわかったものがあった。
 犯行時刻はいろいろな証言からやはり真夜中、だということ。現場はもともと人通りが
少ないところであり、薄暗くなっていていること、などだった。
「うーん…」
 情報をまとめていた巴が言う。
「巴さん、どうしたんですか?」
 千鶴が聞く。
「…松さん、って一体誰に殺されたんだろう」
「どういうことですか?」
「うん。こういう事件というのは必ずどこかに証拠があるものだと思うんだけど、その証
拠が何処にもないんだよね」
「どういうことですの?」
「…うん。もしかしたら犯人は、それこそ証拠も残さないほど完璧に仕事をすることが出
来る人物、じゃないかって…」
「それ、ってもしかして…」
「殺し屋…、ですわね?」
「…うん。だとしたら、これは一寸厄介な事件になるわね…」
「でも、もしその殺し屋の仕業だとしたら、なんで松さんを殺したりしたんでしょうか?」
「うーん…、何か諸星警部や先生に知られたくないことがあったのかしら…」
    *
「…鹿瀬君達もそう考えましたか…」
 御神楽探偵事務所。巴たちからの報告を聞いた時人はそう言った。
「じゃあ、先生も…」
「僕もそう思いますね。諸星警部から聞いたんですが、松さんは昨日諸星警部に会って、
諸星警部に何か近々大きな取引がある、と言ったらしんですよ」
「その取引、ってなんですか?」
「いえ、僕もそこまで詳しくはい聞いてないし、その松さん本人が殺害された今となって
はどうしようもないんですが…。ただ…」
「ただ?」
「ここ最近、密輸などの取引の現場を警察が押さえる、と言うことが飛躍的に増えてるで
しょう? それと関係があるんじゃないか、と思うのですが…」
 確かに巴たちもここ最近――彼女達が大連から戻り、時人が探偵事務所の営業を再開し
てしばらく経ってから――各地でそういった密輸や取引をしている者達の検挙が増えてい
る、ということは知っていた。
「…そういえば、先生は前に言ってましたよね? 『今回の事件は常盤省吾の逮捕と何か
関係があるのではないか』って…」
 千鶴が聞くと時人は、
「ええ。確かに彼が逮捕されたのがきっかけとなったのか、猟奇同盟そのものは崩壊した
わけなんですが、だからといって残党全てが一掃されたわけではないですからね。知って
の通り、彼の協力者は政管にも及んでいて、彼の協力者は内地どころか大陸にまで及んで
いたわけですから…」
「じゃあ、大陸にいた常盤省吾の関係者が…」
「僕も諸星警部もその見解で一致してます。おそらく路頭に迷った彼らが何とか生き延び
ようと日本にやってきたのではないか、とね」
「確かに政管にまで関係者がいたとなると、組織そのものはかなり強固なものだったと考
えるのが自然ですわね」
 滋乃が言う。
「はい。常盤省吾の逮捕から既に数ヶ月だというのに未だにその実態は把握し切れていま
せんからね。おそらく彼は組織そのものはかなり大きなものだったようですね。ただ…」
「ただ、なんですか?」
「それだけのこととなると、おそらく向こうも必死なのではないか、と思うんですが。や
はり生き残りをかけているのではないかと思うのですが…」
「…となると…」
「そうですね。これからも注意してみていかないといけないかもしれないですね」
    *
 それから3日ほど過ぎた。
 その間、諸星警部達の元に断片的ではあるが情報がもたらされた。
 やはり、常盤省吾の組織の残党と思われる者の逮捕が相次いでいること、ただ、いづれ
もが下の方の者であり、これと言った情報がつかめていないこと、などだった。
 とは言え、彼らへの取調べを進めているうちに情報屋の松さんが掴んだように近々大き
な取引があるらしい、と言うことが次第に明らかになってきていた。
 下の方の者がこう何人も来ている、となるとやはり「上」の方の者もなにやら動きを見
せている、と言うべきかもしれない。
 唯一の救い、と言えば常盤省吾が逮捕後に収監された刑務所では24時間の監視体制が
敷かれ、彼が脱走した、と言う情報が今日まで入っていないことであるが。…もっとも猟
奇同盟が崩壊した今となっては彼の影響力もそれほどはないであろうが。

 そんなある日のことだった。
「…警部、お電話です」
 栗山刑事が諸星警部に受話器を渡した。
「はい。…諸星はオレだが。…なに? それは本当なのか? うん…、そうか、わかった」
 そう言うと諸星警部は受話器を置いた。
「どうしたんですか?」
 栗山刑事が聞く。
「…以前、常盤省吾の組織にいた、と言うヤツから電話が掛かってきた」
「電話ですって?」
「ああ。そいつは安川、とか名乗ったんだがな、そいつの話によると猟奇同盟の残党によ
る何か大きな情報を掴んだらしいな」
「情報ですか?」
「ああ、場合によっては組織を一網打尽にすることが出来る、と言う情報らしい」
「それで…、どうするんですか?」
「一応会って話を聞いてみる。今夜二次に横浜港近くの倉庫街に来てくれ、と言うことだ
った」
「…でも警部…」
 森松警部補が言いかけるが、
「わかってますよ。念のために神奈川県警と横浜署にも今から協力をお願いするように言
っておきますよ」
   *
 それから数時間後、神奈川県警からいつでも倉庫街に行く準備が出来た、という連絡が
諸星警部の元に届けられた。
「…承知しました。栗山!」
 諸星警部が栗山刑事を呼んだ。
「なんでしょうか?」
「お前は先に横浜に行って、向こうの警官達と合流しろ!」
「警部はどうするんですか?」
「オレは御神楽先生の所に寄ってから先生と一緒に横浜へ行く」
「わかりました」
「あ、それじゃ私も一緒に行きます!」
 川場警部補が言った。
「お願いします!」
    *
 深夜の横浜港近くにある倉庫街。
 一台の車が到着し、中から時人、諸星警部、森松警部補の3人が降りてきた。
「先生、警部。お待ちしてました!」
 栗山刑事が3人を出迎えていた。
「どうだ、何か怪しい様子は?」
「いえ、1時間ほど前からここにいますけど、特に何もありません」
「この時間に誰か怪しい人物を見た、ということは?」
「それはありません。中では川場警部補が見張ってますけど、川場警部補からもこれと言
った連絡は入っていません」
 栗山刑事の傍らに立っていた警官が言う。
「とにかく中に入りましょう!」
 そして4人が中に入った。
    *
「あ、これは諸星警部」
 4人が倉庫街に入ると、川場警部補が4人を出迎えていた。
 彼は栗山刑事とともに倉庫街の警備をしていたのだ。
「そこの警官にも聞いたが、何か怪しい人影を見た、とかそういうことはないか?」
「いえ、特に怪しいものはありませんでした」
「不審な船が停泊している、ということは?」
「港湾事務所に問い合わせましたが、そういった情報は一件もないそうです」
 栗山刑事が替わって答えた。
「よし、全員でこの辺を手分けして探すんだ!」
「はい!」
 そして5人が散った。

「どうだ、いたか?」
 諸星警部が話しかけた。
 時人は向かって左側のドアをノックするが、中から反応がないのを知ると、
「こちらにはいないようですね」
「そちらはどうですか?」
 森松警部補は倉庫のドアを開けると、
「こちらにもいませんな」
 そう言いながらドアを閉めた。

 その後5人は一時間ばかり待ったのだが、彼らの元にその「情報を持ってきた」という
男が現れる様子はなかった。

「…どうしますか、警部?」
 栗山刑事が諸星警部に聞いた。
「うーん、一体何があったんだろうなあ…。安川はここにいる、と言ってたんだが…」
「それは確かなんですか?」
 時人が聞く。
「ああ。間違いないぜ」
「我々が騙された、ということは考えられませんか?」
「騙された?」
「ええ、よくありますからね。こうやって実は罠に嵌められた、ということは」
「先生、オレだってそのくらいのことは考えてるよ。もしものために神奈川県警と横浜署
に協力は頼んでこのあたりの警備をしてもらってる。先生もさっきの警官隊を見ただろ?」
「そういえばそうでしたね」
「それにな、あの電話の様子からじゃとてもじゃないが、騙してやろう、とかそういった
ような感じには思えなかったんだがな…」
「そうですか…」

 それからさらに30分ほど待ったのだが結局5人の前には誰も現れなかった。
「…どうしますか?」
「…よし、こうしよう。先生はとりあえず事務所に戻れ」
「え? でも…」
「心配すんな。オレ達が今日は港湾事務所に詰めているから、何かあったら連絡をよこす
から」
「そうですか…」
 そして時人は諸星警部に呼ばれた警官に送られ事務所へと戻っていった。
     *
 その翌日のことだった。
「先生、いるかい?」
 いきなり諸星警部が飛び込んできた。
「どうしたの、諸星警部。こんな朝早くから」
 巴が聞く。
「御神楽先生はいるかい?」
「…どうしたんですか、諸星警部。こんな朝早くから」
 巴と同じことを言いながら時人が出てきた。
「見つかったんだよ」
「何がですか?」
「ほら、昨日オレ達に電話をよこした元組織の安川、とかいうヤツ、そいつの遺体が今見
つかったんだ!」
「なんですって? それで、場所は何処でですか?」
「それが…、昨日オレ達が行った倉庫街でだよ!」
「…倉庫街で?」
「とにかく現場へ行こうぜ!」
「わかりました!」
 そして時人たちは諸星警部に連れられ現場となった倉庫街へと向かった。

「あ、先生。こっちです!」
 現場に到着すると栗山刑事がすでにいて、時人を手招きしていた。
 そして栗山刑事の所にやってくる時人。
「…ここは…」
 現場を見て時人が呟いた。
 そう、そこは倉庫が一見建っていたのだった。
「ああ、昨日オレ達も一度見た現場だよ。とにかく入れよ」
「でも、昨日見たときは何も見つからないはずでしたか?」
「確かにな。ま、とにかく中に入ってくれよ」
 そういうと諸星警部は扉を開け時人を招き入れた。

「…これは…」
 死体を見て時人が絶句した。
「ああ。松さんのときと全くと言っていいほど手口が同じだ」
 そう、その死体は左胸を銃のようなもので一発で打ち抜かれていたのだ。
「…で、死亡推定時刻は?」
「これから司法解剖をしなければならねえからよくわからねえが、おそらく昨日の夜であ
ることは間違いがなさそうだな」
「うーん…」
 時人は死体を見て考え込んでしまった。
「…どうしたんだ、先生?」
「いや、なんとなくなんですが…、事件が方向性がはっきりと見えたような気がして」
「方向性?」
「はい。やはりこれは相当腕の立つものの犯罪ではないか、と」


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