連続女性失踪事件

(第2話)



 諸星警部の勧めで巴が姉・鹿瀬光枝の捜索願を警視庁に出したのは時人が諸星警部と情
報交換をした翌日だった。
 そして、その日の午後のことだった。一人の女性が御神楽探偵事務所にやってきた。

 蘭丸にお茶を運ばせ、巴の弟たちの面倒を見るように伝えた後、時人は来客用のソファ
に座った。
「妹の行方を捜して欲しいのです」
 その女性はいきなりこう切り出した。
「妹さんを?」
 時人が聞き返す。
 その女性――古久保幸子と名乗った――が話すところによると、彼女の妹・古久保彰子
は3日ほど前から行方不明となっており、行方を捜して欲しい、と言うのだった。
「その、妹さんの行方に心当たりはないのでしょうか?」
 時人が言う。
「…心当たり、といわれても…。ただ…」
「ただ?」
「妹が行方不明になる前日にちょっと気になることがあって…」
「気になること、といいますと?」
「ええ。妹が何やら出掛ける準備をしてたんです。そして次の日に出掛けてから…」
「行方不明になった、と言うわけですか」
「はい」
「うーん…」
 時人は黙り込んでしまった。
「…どうかなされましたか?」
「いえ、ちょっと気になりますね。いえ、古久保さん。ご存知でしょうか? ここ最近、
この東京や近県で同じような事件が起こってるんですよ」
「噂には聞きましたけど…。そんなことって本当に?」
「いえ、僕の知り合いの刑事から聞いた話なんで、僕自身は何とも言えないんですが…。
その辺の関連も調べる必要があるみたいですね」

 依頼人が帰った後のことだった。
「…先生…」
 巴が時人に話しかけた。
「…どうやら、僕たちが考えている以上にこの事件は大きくなりそうですね」
「…やはり組織か何かが関係してるのでしょうか?」
 千鶴が言う。
「諸星警部もそう睨んでいるようなんですがね。ただ、組織が相手となると向こうの手の
内が読めない限りこっちとしてもどうしようもないんですが…」

 その時だった。
「あ、お邪魔だったかしら?」
 不意に事務所に守山美和が入ってきた。
「あ、いえ。美和さん、何か御用ですか?」
「…実はさっき、用があって出かけてたんですが、その時にこんな名刺をもらって…」
 と、美和が名刺を差し出した。

「東京モデル紹介所 所長 藤谷充博」

 とだけある名刺だった。
「東京モデル紹介所? …聞いたことありませんね…」
「大体美和さん。この名刺何処でもらったんですか?」
 巴が聞く。
「いえ、ちょっと用があって友人の家に寄った帰りに呼び止められて、この名刺をもらっ
たんです」
「ふーん…」
 そう言うと巴は名刺をまじまじと見つめる。
「なーんか名刺だけで十分怪しいわよね…」
「…あの、時人さん」
「なんですか?」
「…実は、私、この人達に会ってみようかと思ってるんです」
「え…?」
 思わず絶句する時人。
「…なんでですか?」
「いえ、巴さんのお姉さんもそのようですけど、皆さんが今扱っている事件の行方不明に
なっている女性、というのが何でも道で声を掛けられ、出かけたきり行方不明になった、
という話でしたよね?」
「え、ええ…」
「もしかしたら今回の事件と何か関係があるのではないか、と思って…。皆さんの捜査の
お役に立てればいい、と思って…」
「でも…、そんな危険なことを美和さんにはさせられませんよ!」
 時人が言う。
「そうですよ、こんな危険なことは私たちに任せた方が…」
 千鶴が言うが、
「でも、もし皆さんが探偵だとわかったら、相手がどのような行動に出るか解りませんよ。
その点私は皆さんより顔が知られてないし…」
「でも…」
「危険は十分承知してます。でも時人さん『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ですよ。これ
で犯人に一歩でも近付くことが出来ればいいんじゃないんですか?」
「うーん…」
 時人が腕組みをする。
 確かに美和の言うこともわかるのだが、だからといって美和は自分達とは直接関係のな
い人物である。そんな人物を危険な目にあわせていいものなのだろうか?
    *
 その翌日のことだった。
「それじゃ、先生。行ってきます」
 蘭丸が時人に挨拶をする。
 結局、美和は探偵事務所の面々が反対するのを押し切って、自らおとり捜査を買って出
ることになったのである。
 とはいえ、どんな危険な目に遭うかわかったものではない、そう判断した時人はおとり
捜査に協力してもらう条件として探偵事務所から一人ボディガードをつけることにしたの
だ。
 で、誰をつけるか、と言うことになったのだが、最初は巴が自ら立候補したのだが時人
が「鹿瀬君たちは被害者に年齢が近いから一体どうなるかわからない」と言うことで却下
し、蘭丸が選ばれたのである。ま、確かに蘭丸は男ではあるが体つきが華奢だから少々頼
りないボディガードではあるが。

 そして蘭丸と美和は守山美術の前で落ち合った。
「それじゃ美和さん、行きましょうか」
 蘭丸が言うと美和は軽く頷いた。

「名刺に書いてある住所だとこのあたりなんだけど…」
 美和が言う。
「美和さん、あれじゃないですか?」
 蘭丸が指差す。
 その先には3階建ての建物があり「二階・東京モデル紹介所」と言う紙が貼ってあった
のだ。
「…どうやらあの建物の二階のようね」
 美和が言う。
「そうですね」
「…蘭丸君、ここからは私ひとりで行かせて」
「え? でも…」
「蘭丸君がいたら怪しまれるわ。だからお願い」
「わ…、わかりました」
 そして美和は中に入っていった。

 それを見届けた蘭丸は何を思ったか地面に転がっている石を2、3個拾うと美和に気づ
かれないようにゆっくりと中へと入っていった。
    *
(…ここか…)
 蘭丸は「東京モデル紹介所」と看板があるドアの前に立っていた。
(…どう考えたって怪しいよなあ…)
 蘭丸はそっとドアのノブに手を掛けた。
 音もなくスッとドアが開いた。
 指一本はいる程度の幅程度に開いただけだが蘭丸も御神楽探偵事務所の一員。これくら
いの幅があれば十分の広さである。
 蘭丸はそっと中をのぞいた。
 中では美和が茶を一口すすっていた。
 どうやら美和はソファに座っており、誰かと話をしているようだった。
 声を聞いていると男のようだった。
 美和のことを気に入ったのか盛んにモデルにならないか、と勧めているようだった。
 勿論美和だって本気にするわけではないから適当に聞き流しているようだったが。

 それからしばらく経ったときだった。
 急に美和が頭を抱えた。
「…どうかしましたか?
 男の声がする。
「いえ、何だか急に眠くなって…」
「…そうですか。じゃ、一寸横になってていいですよ」
「すみません」
 そして美和は横になった。

 と、男が美和の近くに寄った。
 男が美和の頬を叩く。
「…ふん、どうやら薬が効いているようだな」
(…薬だって?)
 外で見ていた蘭丸はそれを聞いて驚いた。
 つまり美和は睡眠薬を飲まされた、ということだろうか?
「この女、なかなかの上玉のようだな。…どれ、じゃ、品定めといくか。」
 男は美和の服に手を掛けた。

(…美和さん!)
 もうつべこべ言ってる暇はない。蘭丸はドアを開けて中に入った。
「な…、何だてめえは!」
 男が叫んだ!
「美和さんに触るな!」
「なんだと! このガキゃ!」
 男が蘭丸に襲い掛かった。
 しかし蘭丸が次に起こした行動はすばやかった。
 ポケットからさっき拾った石を取り出すと男に向かって投げつけた。
 この思いもかけない攻撃に男がひるんだ。
「残念だったね。ボクはただのガキじゃないんだ!」
 蘭丸の体にはまだ浅草で浮浪児だった頃の血がどこかに流れているようだ。だからこう
いう時のやり方を体が覚えているのだろう。
「…この野郎…」
 そういうと男は机の中から拳銃を取り出した。
(い……)
 まさか相手が拳銃を持っているとは蘭丸も予想しなかった。
「ガキだから、って容赦はしねえぞ。てめえからぶっ殺してやる」

 その時だった。
「そこまでだ! 手を挙げろ!」
 ドアの外で声がした。
 思わずドアの方を見る男と蘭丸。
「諸星警部!」
 蘭丸が叫ぶ。
 そう、ドアの外には諸星警部と栗山刑事が拳銃を構えて立っていたのだ。
 そしてその後ろには数名の警官に混じって巴たちも立っていた。
 巴も懐中鉄砲を構えていた。
 男もさすがに観念したのか両手を挙げた。
 それを見届けた諸星警部たちは部屋の中に入り、男を身柄を確保した。
「蘭丸君、大丈夫?」
 千鶴が聞いた。
「え、ボ、ボクは大丈夫ですけど、美和さんが…」
「美和さん、美和さん!」
 巴が美和が横になっているソファに近付き、美和に呼びかけた。
 と、美和が目を開けた。
「…巴さん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも…、美和さん大丈夫ですか?」
「え、ええ、私は大丈夫ですけど…、何故ここに?」
「いや、先生からこういうわけで、って連絡があってな。もしかしたら、と思ってお嬢ち
ゃんたちと一緒に来てみたら…、ってわけだよ」
 諸星警部が替わりに答えた。
「そう、時人さんが…」
 と、いきなり美和が頭を抱えた。
「うっ…」
「美和さん!」
 慌てて駆け寄る巴。
「いえ、一寸頭がぼうっ、とするだけだから…」
「美和さん、睡眠薬か何か飲まされたようなんですよ」
 蘭丸が言う。
「本当?」
「ええ…」

 とりあえず美和のこと蘭丸に任せて、男が連行されるのを見届けた諸星警部と巴たち3
人は家宅捜索を始めた。
 その時だった。
「鹿瀬さん、桧垣さん。ちょっと!」
 滋乃の声がした。
「どうしたの、久御山さん?」
 巴と千鶴が滋乃の下に来る。
 滋乃は何やら棚のようなものを調べていたようだが、その中から1冊のアルバムを引っ
張り出し、
「…これ何なんですの?」
「何、って?」
 滋乃はアルバムを二人に見せた。後ろから諸星警部が覗いている。
 見ると何処かの街角で撮影したのか、女性の顔写真が何枚も張ってあったのだ。
「随分と女性の写真がありますね…」
「これがどうかしたの?」
  巴が聞く。
「この写真を見てくださらないこと?」
 と滋乃が一枚の写真を指差した。
「…これは…」
 その写真を見た巴、千鶴、そして諸星警部の3人は言葉を失った。
「…この人は…」
「そうですわ、例の失踪事件でわたくし達が依頼を受けた行方不明の女性のうちのひとり
ですわ!」
「…ということは…」
「もしかしたら何か手懸りがあるかもしれないですね…」
「探してみようよ!」

 そして4人は手分けしてあちこちを探していた。…と、
「みんな、一寸来て!」
 巴が何かを見つけたか、滋乃たちを呼んだ。
 何ごとか、と蘭丸や美和も含む全員が巴のもとに集まった。
「どうしたんですの?」
「これ、なんだろう…」
 巴が一枚の紙を差し出した。
 それにはこのように書かれてあったのだ。

 王除二 明除月 液除水 丸除点 寺加日 木加黄
 兵加水 巷加水 亭加人 白加水 忠除心 百除一
 襲除衣 九加点 肉除人

「…なんでしょう?」
「何か、漢詩のようですわね」
「でも、何だか全然意味がわからないよ…」
「とにかく、何か手懸りがありそうだな。…とにかく、これは持ってった方がいいな」
「でも警部…」
「心配するな。写しは取っておく」


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