連続女性失踪事件

(第1話)



 10月のある日の御神楽探偵事務所。
「…只今」
 鹿瀬巴、久御山滋乃、桧垣千鶴の3人が事務所に戻ってきた。
「お帰りなさい」
 そんな3人を蘭丸――ランドルフ丸山が出迎える。
「はあっ…」
 巴が大きくため息を吐くと自分の机に座った。
「…その様子だと、手懸りは何も無かったようですね」
 この事務所の所長である御神楽時人が聞いた。
「…はい。聞き込みをしてもこれといった情報は無かったし…」
「本当ですね。一体どうしたんでしょうか…」

 この1ヶ月の間、東京で何人もの女性が行方不明になっている、と言う事件が発生して
いた。
 御神楽探偵事務所にもそういった依頼が何件か来ており、彼らは手分けして捜査を進め
ているのだが、相手は慎重にコトを進めていると見えて、全くと言っていいほど手懸りが
掴めていないのだった。
 たまに情報が入ってくるとしてもそれは断片的なものばかりでとてもじゃないが事件解
決に結びつくようなものではない。
 時人もこれまでに何度か警視庁に足を運び、諸星警部や栗山刑事と情報交換を交わして
いたのだが、警視庁の方でもなかなか手懸りがつかめていない、ということだった。
   *
 そんなある日のことだった。
「諸星警部の所に出かけてくる」という時人を送り出してから作戦会議を巴たち三人がし
ていたときだった。

 不意に事務所のドアをノックする音が聞こえた。
 ドアの方に注目する巴たち。
「…なんでしょう?」
「依頼人でしょうか?」
「ちょっと見てくるね」
 そして巴が事務所のドアを開ける。
「…あの、すいません。ちょっと今、先生出かけてるんですけど…?」
 そう言う巴の視線の先には誰もいなかった。
「…?」
 慌てて辺りを見回す巴。ふと、視線を斜め下にやると…
「あ…」
 そこには二人の少年が立っていた。一人はまだ10歳に満たない少年であり、もう一人
は5〜6歳の少年であった。どうやら兄弟のようだ。
 と、兄らしき少年の方が
「…巴お姉ちゃん…」
 その少年の顔を見て思わず絶句する巴。
「…忠、良平! どうしたの?」
「うわあああああん!」
 いきなり少年が泣き出した。
「ちょ、ちょっと待って! ほら、中に入ろう!」
    *
 事務所に入れ、来客用のソファに二人を座らせた巴は千鶴と滋乃に二人を紹介した。
 二人の少年は兄の方が忠、弟が良平といい、巴の下のほうの弟だ、と言う。
「…巴さんの弟さんなんですか…」
「そうなのよ。…それよりあんたたち一体何しに来たの?」
「…その、光枝お姉ちゃんを探して欲しいんだ」
「光枝お姉ちゃんを? …一体光枝お姉ちゃんがどうしたの?」
 巴は何人かいる自分の姉の中で自分のすぐ上の姉の顔を思い浮かべた。
「その…1週間前に東京に行ったっきりなんだ」
「…え? そんなの聞いてなかったわよ。私に一言言ってくれればいいのに…」
「それが急に家を出て行っちゃって…」
「急に? …いったいどういうこと?」
 巴が驚いて聞き返す。
 以下、忠と良平が話したこととは…。

 今から一週間ほど前、巴の姉である光枝が家に帰ってくるなり「明日から急な用事が出
来たので東京に言ってくる」と言った、という。
 両親や弟達が何故急にそんなことになったのか、と聞いても「友達に呼ばれた」としか
言わず、それ以上のことは言わなかったという。
「2、3日したら帰ってくる」と出発前に言ったのだが、いざ東京に行ってしまうと何の
連絡もよこさず、当然2、3日たっても帰ってこず、ついに1週間が過ぎてしまった、と
言うことだった。

「変ねえ…。東京に行く、って言うなら、私の所にも一言も連絡があったっていいのに…」
「巴お姉ちゃんにも連絡無かったの?」
「うん。…でもさ、お姉ちゃん本当に友達の所に行ってるのかもしれないわよ。それで単
に連絡を忘れてるだけじゃない?」
「だからと言って、一週間も連絡をよこさないなんて変だよ!」
「そりゃそうだけど…」
「…鹿瀬さん。その鹿瀬さんのお姉様、って方、今までそういう、どこかに出かけて連絡
をよこさない、何てことあったんですの?」
 滋乃が巴に聞いた。
「…ううん。そんなことは今まで無かったんだけど…」
「…だとしたらちょっとおかしいですね…」
 千鶴が言う。
「そうだよ! 光枝お姉ちゃんが連絡を一週間もよこさないなんて変だよ! だから光枝
お姉ちゃんが何か大変なことになったんじゃないか、って思ってさ。…それで巴お姉ちゃ
んが東京でたんていさん、って言うのやってるから、巴お姉ちゃんなら探してくれるんじ
ゃないか、って思って来たんだ…」
「…それにしてもよくここがわかったわね…」
「…うん。上野駅で銀座が何処にあるのか教えてもらって、銀座でその、お姉ちゃんがい
るたんていさん、っていうのが守山ビル、って所にいる、って聞いて守山ビルに来たら、
この下にいる女の人が、ここの二階だ、って言ってたから…」
「…じゃあ、美和さんも知ってるのね。後でお礼言っとかないと…」
「美和さんにはいつもご迷惑かけっぱなしですね」
「…それで、あんたたち、お母さん達はこのこと知ってるの?」
 巴が聞くと、
「それが、その…」
 急に黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
「…父ちゃんや母ちゃんたちに黙って出てきたんだ」
「なんですってえ?」
 思わず目を丸くする巴。
「だって、巴お姉ちゃんのところに行く、っていったら絶対父ちゃんや母ちゃん反対すも
ん。だから黙って出てきちゃったんだ」
「じゃあ、お母さん達はあんた達がここに来たこと、ぜんぜん知らないってわけ?」
 二人がうなずいた。
「全くあんたたちは…。一体誰に似たのかしら? そりゃあ、お姉ちゃんだって光枝お姉
ちゃんの事が気になるけど、お姉ちゃん達今、他のお仕事があるのよ。とてもじゃないけ
ど…」
「あの、巴さん。弟さんたちが困ってると言うのにそういう態度は無いんじゃないんでし
ょうか?」
 千鶴が言う。
「でも…」
「…一体どうしたんですか?」
 いつの間に戻ってきたのだろうか、時人が話の輪の中に入ってきた。
「あ、先生。お帰りなさい」
「…この子達は?」
 来客用のソファに座っている二人の少年に気づいた時人が聞いた。
「巴さんの弟さんらしいんです」
「鹿瀬くんの…、ですか?」
「それでですね…」
 千鶴はこれまでの話をかいつまんで説明した。勿論、巴の姉が東京へ出て行ったきり、
一週間も帰ってきていないことも。
 その話を聞いた時人は、
「…うーん。確かにその、鹿瀬君のお姉さんが突然東京に行ってしまって連絡もよこさな
い、というのは妙ですね…」
「先生…」
「…いや、今僕達が調べている事件と関わりがあるのかどうかは断定できませんが、一応
調べておいたほうがいいでしょう。諸星警部にも僕のほうから話しておきますよ」
「それじゃ、先生…」
「…そうですね、こんな子供でも僕達にとっては依頼人に変わりはありません。その仕事、
お引き受けしましょう」
 時人の言葉に巴は一つため息を吐くと、
「…わかったわ。じゃ、光枝お姉ちゃんは私たちが探してあげるから、あんた達はもう帰
りなさい」
「それが…、もうお金ないんだ」
「え?」
「ボクたちの持ってたお金だとここに来る切符だけで全部使っちゃって…」
「そんなこと言ったって…、お姉ちゃんだってお給料日前だからそんなに持ってないし…」
「…鹿瀬さん、よろしければ運賃くらいならわたくしが立て替えてあげますわよ」
 滋乃が言うが、
「…久御山さんにまで迷惑はかけられないわよ。どうしようかなあ…」
「…それじゃこうしましょう。しばらく彼らは僕の所のお客として置いておきましょう」
「でも…」
「折角はるばる長野から来たんですから…、ついでですから東京見物でもさせてあげまし
ょうよ。ね、それでいいでしょう?」
「わかりました。先生が言うなら…。忠、良平」
「なに?」
「ちゃんと先生のいうことを聞いていい子でいるのよ! それから、お母さんにはお姉ち
ゃんの方から連絡しておくからね」
    *
「…うん。そういうわけで、しばらくこっちで預かっておくから。ごめんね、お母さん」
 そう言うと巴は電話を切った。
「ふう…。お母さん怒ってたわよ。勝手に抜け出すなんて。おかげでお姉ちゃんまで怒ら
れちゃったんだからね」
 巴が二人の弟に言った。
「まあまあ、いいじゃないですか、鹿瀬君。彼らはしばらく僕と蘭丸君で面倒を見ますか
ら、安心してくださいよ」
    *
 翌日。
「おはようございます」
 巴が事務所のドアを開ける。
「…?」
 思わず目を丸くする巴。
 なんと事務所の来客用のソファで時人が、毛布をかけて寝ていたのだった。
「…あ、おはようございます。鹿瀬君」
 巴がドアを開けたのに気づいたか、時人が目を覚まして挨拶をする。
「おはようございます。巴さん」
 台所から蘭丸が顔を出した。
「…一体どうしたんですか?」
「あ、これですか。いや、忠君と良平君には僕のベッドで寝てもらっているだけですよ」
「…だから昨夜私が、自分のアパートに連れて帰る、って行ったのに…」
「いいじゃないですか。僕のお客さんなんですから。あ、それでですね」
「なんですか?」
「今日、僕と蘭丸君は忠君たちを連れて浅草見物に言ってきますんで」
「…え?」
「大丈夫です。鹿瀬君たちはいつも通りに調査をして、後で報告してくれればいいですか
ら」
「…はあ。…本当に先生、ってこういうのが好きだから…」
「何か言いましたか?」
「い、いえ。何も」
   *
 そして、時人たちは巴たちが調査に出かけるより先に事務所を出て行った。
…が、時人はそのまま浅草へとは行かず、何故か警視庁の方へと向かって行った。

「あ、先生」
 時人の姿に気づいた栗山刑事が時人に近付いてきた。
「…諸星警部はいますか?」
「ええ、いますよ。…警部!」
 栗山刑事が時人を呼ぶと、程なく諸星警部がやって来た。
「お、先生。…今日は何の用だ?」
「いえ、ちょっとお願いしたいことがあって」
「…わかった。応接室を開けとくぜ」
「いつもすみません。…それじゃ栗山刑事。しばらく蘭丸君たちと一緒にいてくれません
か?」
「え?」
「いいじゃねえか、すぐ終わるぜ」
「…それじゃ蘭丸君、お願いしますよ」
「はい」
    *
 応接室。
「…そうか…。鹿瀬のお嬢ちゃんの姉さんが…」
 時人から巴の姉が行方不明になっているという話を聞いた諸星警部はそう言った。
「ええ。長野から弟さん達がわざわざ来て、探して欲しいと言ってるんですよ」
 諸星警部はちょっと考えると、
「…わかった、一応調べておこう。名前は鹿瀬光枝でいいんだな?」
「よろしくお願いします」
「なあに、他ならぬ御神楽先生の頼みだからな。それから、後で鹿瀬のお嬢ちゃんに捜索
願出すように言っとけよ。そうでないとこっちも大っぴらに動けねえからよ」
「わかりました」
「…そういえばな、先生」
「何ですか?」
「実はな、最近似たような事件が隣県の県警からも報告されてるんだよ」
「何ですって?」
「ああ。いずれの事件も共通してるのは、若い女性が東京や横浜に行く、と言って家を出
たきり戻って来ないらしいんだ。いずれも『2、3日で戻ってくる』と言ってるのに何日
経っても戻ってこない、というのまで一緒だ」
「…じゃあ、鹿瀬君のお姉さんも…」
「かもな。それでよ、先生」
「何でしょうか?」
「…オレの勘なんだけどな。この事件、なんだか背後にそういった、人身売買組織みてえ
なのが関係してるんじゃないか、と思うんだけどな」
「…そうかもしれませんね。この一ヶ月で同じような形で大勢の女性が行方不明になって
るなんて…」
「…とにかくな、オレはそっちの方をちょっと調べてみようと思ってるんだ」
「そうですね。でも警部、この事件、まだ何もわからないも一緒です。僕の方も調べてみ
ますけど、くれぐれも慎重にお願いしますよ」
「わかってる、って」


第2話に続く>>


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