死ぬのは奴らだ〜御神楽時人対猟奇同盟・最終決戦〜
第2話

<第四章・狙われた御神楽探偵事務所〜千鶴編〜>

 幸い滋乃は翌日には意識を取り戻した。
 まだ医者はついていなければいけないし、面会も許されていないが、数日たったら面会
の方もできるようになるだろう、ということだった。

 滋乃が襲われてからというもの、時人は巴と千鶴の二人に出来る限り二人でいるように
し、さらに夜の帰宅など一人のときも出来るだけ人通りの多いところを歩くように指示を
出した。
 蘭丸に続き滋乃も襲われた今、猟奇同盟は本格的に御神楽探偵事務所に対する復讐を始
めた、と判断したからだ。
 それに合わせるかのように諸星警部は病院周辺の警備を強化するように命じ、更に巴た
ちが居なくなった際に時人が襲われない様にと守山ビル周辺の警備も行うように指示を出
した。何かの形で時人が警視庁に行く際には警官が送迎する、というおまけまで付いて。
   *
「それでは行って来ます」
 そう言うと巴と千鶴の二人は事務所を出て行った。
 蘭丸と滋乃の二人がいない今、時人の世話は二人がやらなければならなくなってしまっ
たので、二人は連れ立って買い物に出かけたのだった。

「じゃ、帰ろうか」
 巴が言う。と、
「待ってください、巴さん」
「どうしたの?」
「あと一件寄りたい所があるのですが」
「どこ?」
「虎屋です。…丁度懐中汁粉を切らしちゃったもので」
「…わかったわ。じゃ、そこ寄ってから帰ろうね」

「ありがとうございました〜」
 店員の声に送られて店を出た二人。
 夕方、という事もあってか人通りはかなり多かった。
「…本当に大変な事になりましたね」
 千鶴が言う。
「そうだよね…。幸い二人とも一命は取り留めたけど…」
「巴さん、猟奇同盟は何故私たちのことを狙ってるんでしょうか?」
「う〜ん。よっぽど先生にやられたのが悔しいのかしら。そうでなくちゃあんな風に蘭丸
君や久御山さんを狙うなんて考えられないよ」

 不意に男が千鶴にぶつかった。
「きゃっ!」
 千鶴が持っていた紙袋を落とし、買ってきた野菜や懐中汁粉があたりに散乱してしまう。
 千鶴と巴は落ちていたものを拾い袋に入れ始めた。と、
「あ、ご…ごめんな!」
 ぶつかってきた男も一緒になって拾う。
 全部を拾い終えると男は立ち上がって、
「悪い、悪い。ボーっとしてたもんで。怪我は無いかい?」
「ええ、大丈夫です」
「本当にごめんよ、じゃあな」
 そういうと男は立ち去っていった。
   *
 3人だけの味気ない夕食を済ませると、彼らは今後の対応について話を始めた。
 しかし、相手の出方がわからない以上、こちらも手の打ちようが無いのもまた現実であ
り、話自体があまり進まないまま悪戯に事件が過ぎていった。
「…ここらで一服しましょうか」
 時人が言うのを合図に、巴と千鶴の二人は席から立ち上がった。
「それではお茶淹れてきます」
 そう言うと千鶴は厨房に向かった。

 やがて千鶴が湯飲みと汁椀、湯の入った薬缶と懐中汁粉の袋を持って戻ってきた。
 3人は汁粉の入った袋を開けると、中身を汁椀の中に移し、湯を注ぐ。
 汁粉を食べている間3人は何も話さなかった。
 3人とも今回の事件に関して色々と考え事をしていたのだ。

 やがて休憩が終わると3人は再び協議に入った。
 異変はその直後に襲った。

「…はあ…、はあ…」
 千鶴が大きく肩で息をしている。
「…? 千鶴ちゃん、どうしたの?」
 千鶴の様子がおかしいのに気が付いたか巴が聞く。
「い…いえ…大…じょう…ぶ…うっ!」
「桧垣君!」
「千鶴ちゃん!」
 千鶴が口を押さえるが、指の間から血が流れてきている。
「まさか…! 鹿瀬君、病院へ連絡をしてください!」
「先生、どうしたんですか?」
「桧垣君は何か毒物を飲まされたんです。僕は彼女の毒を吐かせますから急いで!」
「はい!」
 そういうと巴は素っ飛んでいった。

 千鶴は病院に運ばれ、緊急の手当てが行われた。
「先生、それでどうなんですか?」
「取り敢えず胃の洗滌はしました。処置が早かったおかげで大丈夫だとは思いますが…」

「…これで3人目か…」
 時人から連絡を受けた諸星警部は病室の前で時人と巴から事情を聞いていた。
「鑑識からの連絡がまだ無いから詳しい事はわからねえが…。どうやら彼女が飲んでた懐
中汁粉に毒が仕込んであったようだな」
「で、でも警部…」
「そうだよな。御神楽先生とお嬢ちゃんも一緒に飲んでたからなあ。なんで桧垣千鶴の汁
粉にだけ毒物が入っていたのかがよくわからねえんだよ」
「…いや、想像は出来ますよ」
 時人が言った。
「想像?」
「これですよ」
 時人はポケットから懐中汁粉の袋を3枚取り出した。
「…なんだ、こりゃ」
「僕と鹿瀬君、桧垣君が飲んだ懐中汁粉の袋です。これをよく見てください」
 そういうと時人は袋を差し出した。
「あ…」
 それを見た巴が不意に声を上げた
「どうしたんだい?」
「これ…袋が少し汚れているし、なんだか閉じ方が変…」
 よく見ると3枚のうち1枚が少々他の2枚と比べて汚れており、更には一度丁寧に袋を
開け、その後にもう一度糊付けでもしたのか、微妙に袋のとじ方がずれていたのだ。
「…そうです。さらに僕はよく覚えていますが、これは桧垣君が飲んだ懐中汁粉の袋です」
「…それがどういうことなんだい?」
「おそらく、猟奇同盟は前以て懐中汁粉を買っておいて、その内の一つに毒を仕込んでお
いたんです。そして、それを我々の隙を見て紛れ込ませた…」
「でもいつの間に…あ!」
 巴が何かに気付いた。
「…その通りです。君が言ってた『桧垣君にぶつかってきた男』ですよ。アレはわざと桧
垣君にぶつかって彼女が落とした袋の荷物を拾う手伝いをしながら荷物の中にその懐中汁
粉を1個取り替えたか、または1個仕込んだんですよ」
「…でも、だからと言って千鶴ちゃんがその懐中汁粉を飲む、って事は…」
「鹿瀬君。君は『山茶花』でお客さんに注文した物を出す時、ヒビの入ったカップに珈琲
を淹れて出すんですか?」
「…そうか…」
「その通りです。普通、こういった汚れてしまったものを他人に出すのは失礼に当たりま
すからね。ほぼ確実にあの懐中汁粉は桧垣君の口の中に入る計算になるんですよ」
「…でも、だったらなんで1個だけ入れたんですか? どうせなら人数分入れればいいの
に…」
「…成程。確かにそうすれば彼らの我々に対する復讐は簡単に済むでしょう。…それより
も我々に『事件でお世話になったお礼だ』とでも言って誰かの名前を騙り、毒入りの食べ
物でも贈れば、我々がそれを食べてしまって全員が死んでしまうわけですから確実でしょ
う…。でも、彼等の目的はそんな簡単なものじゃないんです」
「簡単なものじゃない?」
「…ヤツらはこうやって僕らの周りを一人ずつ襲う事によって苦しみを長びかせようとし
ているんです」
「じゃあ、次は…」
「…かもしれません。鹿瀬君、十分に注意をしてください」

<第五章・狙われた御神楽探偵事務所〜巴編〜>

 夕方5時を過ぎた頃。
「ただいま…」
 事務所のドアを開け、巴が戻ってきた。
 それを出迎える時人。
「鹿瀬君、大丈夫ですか? ここ数日、朝からずっと病院で蘭丸君や桧垣君、久御山君の
お見舞いに行って回りの世話をして、更に今から『山茶花』ですよね。…寝る時間あるん
ですか?」
「大丈夫ですよ、先生」
 そういう巴の顔はかなり疲労の色が濃いようだ。
「しかし…マスターも心配していたようですよ。あの人のことだから口には出しませんけ
ど」
 ここ数日、巴は1日2〜3時間しか寝ていない、と言うことを時人はマスターに聞いて
いたのだ。
「そういえば桧垣君、回復が順調なようで、来週にも退院できるそうですね」
「本当ですか?」
「はい。今日、病院から僕のところに連絡がありました。蘭丸君も近いうちに退院できる
そうですよ。…そうすれば鹿瀬君への負担も少しは軽くなるんですが…」
「だから、私は大丈夫ですよ、先生。…それじゃ行って来ます」
「…気を付けて」
 そして巴が出て行った。それを見送る時人。
「ふう…」
 思わずため息をつく。
「…何も起こらなければいいんだけど…」
 いくら千鶴の退院が近いと言ってもまだ数日は先である。その数日の間に何が起こるか
わかったものではない。
   *
「山茶花」へと向かう途中の巴。
 その脇で不意に一台の車が停まった。
「鹿瀬巴さん、ですね?」
 車から一人の男が顔を出した。
 警官の制服を着ているところから、警察の人間だろうか?
「はい、そうですけど」
「諸星警部からの使いです。実は久御山滋乃さんの容態が急変しまして…。すぐに病院に
来て欲しいとのことなんです」
「本当ですか?」
「はい、早く乗ってください!」
 巴が後ろの席に乗り込むと、車は発車した。

「…?」
 しばらく進むうち、巴は車が走っている方向に気が付いた。
「…あの、反対の方向進んでますよ。病院はあっちの方向ですよ」
「…いえ、こっちでいいんですよ」
「いや、だから…!」
 言いかけた巴に目の前に拳銃が突きつけられた。
「あ…あなた達…」
「…ようやく気が付いたか。馬鹿な女だ」
 巴はフレアスカートの中、太腿の部分に仕込んであるホルスターから懐中鉄砲を取り出
そうとした。…が、それより早く助手席の男が湿ったハンカチを巴の鼻と口に押し付けた。
   *
 不意に電話のベルが鳴った。
「はい、御神楽探偵事務…。あ、マスター。珍しいですね、電話をかけてくるなんて」
 どうやら相手は「山茶花」のマスターらしい。
「え、鹿瀬君ですか? 先ほど『山茶花』の方に向かいましたよ。…何ですって? まだ
来てないですって?」
 時人は事務所の柱時計を見る。既に6時を回っていた。
「…僕はすぐ諸星警部に連絡します。どうもありがとうございました!」

 それから1時間ほどして諸星警部が時人の元に来た。
「先生よ。とりあえずここまで調べた事を報告するぜ」
 と言って諸星警部は時人の机の上に地図を広げた。「銀座周邊圖」と書いてある。
 諸星警部は地図の中のある一点を指差す。
「…ここが守山ビルだ」
 そして指を横に滑らす。
「…で、ここが『山茶花』だってのはわかってるな?」
「はい」
「…ここから『山茶花』までは距離にして数百米も無い。…彼女がここを出てからわずか
数分の間に何かが起こって彼女は行方不明になったんだ」
「…その何かというのは?」
「まだ確信は出来んが…。連れ去られたんじゃないか、ということだ」
「連れ去られた?」
「ああ。実はな、ここから『山茶花』に向かう途中の曲がり角で不審な車が停まっている、
と言う目撃情報があったんだ」
「じゃあ、その車に…」
「確定はできねえがな。…まあ、とにかく今はその不審な車の洗い出しに全力を注いでる。
何かあったらまた連絡するぜ」
 *
 巴は気が付くとどこかの部屋の中に監禁されていた。
 逃げ出せないようにその身体を椅子に縛り付けられている。

 その彼女を二人のフードをかぶり、仮面をかぶった人物が取り囲んでいた。
「ええい、御神楽時人は何処で何をしてるんだ!」
「…教えない。教えるもんか!」
「…だから、御神楽時人が何をしてるか教えればすぐにでも解放する、といっているだろ
うが!」
「…言うもんか! 死んだって言うもんか!」
「…貴様、人が下手に出ればつけ上がりやがって!」
 そう言うと右側の男が巴に平手打ちを何発もすえる。
 口の中を切ったか、巴の唇の端から一筋の血が流れ落ちる。
「…こいつ、少し痛い目に遭わなければわからないようだな」
 左側の男が巴の胸倉を掴む。その時だった。
「…やめないか? 婦女子に対して失礼だぞ!」
 巴も聞き覚えのある声がした。
 二人の男が道を開ける。
「…ようこそ、鹿瀬巴君」
「…常盤省吾…」
 そう、その男こそ、猟奇同盟主宰である常盤省吾だったのだ。
「部下が大変失礼をした。部下の非礼は私の非礼だ。お詫びしよう」
 そういうと常盤省吾は巴の唇から流れている血を拭った。
「触らないで!」
「…フフフ、どうやら君たちには本当に嫌われているようだな。…まあいい。これから君
には大切な役目をしてもらおう」
「大切な…役目?」
「そう、御神楽時人をおびき寄せる餌としてな」
「先生を…」
 常盤省吾が不気味な微笑を浮かべた。


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