死ぬのは奴らだ〜御神楽時人対猟奇同盟・最終決戦〜
最終話
〈第六章・果し状〉
守山ビルの前に1台の車が停まる。
中から時人が出て来た。
「じゃあな、先生。気をつけろよ」
諸星警部が窓から顔を出す。
「…わかってますよ」
時人は諸星警部の乗った車を見送る。
時計の針は11時を指していた。
時人はあの後すぐに、居ても立ってもいられずに警視庁に行き、今まで諸星警部と共に
捜査状況を見守っていたのだった。
巴が行方不明になったとわかって早5時間。未だに彼女が何処にいるのか、手掛かりさ
え掴めていない状態だった。
車に轢かれた蘭丸、狙撃された滋乃、毒入りの懐中汁粉を飲まされた千鶴。
そして今度は巴が行方不明に…。
今、彼の周りにいた人物は次々といなくなり、時人は四面楚歌の状況に陥ってしまった。
「…こんな時、美和さんがいてくれたら…」
つい美和のことを思い出してしまった。彼女がいればこんな事には…。
しかし時人は自分の立場に気付くと、事務所に続く階段の壁を拳で叩いた。
ドカッ、と想像以上に大きな音が響いた。
(…どうしたんだ、御神楽時人。弱気になってどうする! おまえは帝都一の名探偵だろ
う! こんなことで挫けるなんておまえらしくないぞ!)
今ここで挫けてしまったら、それこそ猟奇同盟の思う壺である。
あの時…、山形の山荘で美和が言った「あなたはこれからも多くの人たちを救っていか
なければならない」という言葉を思い出す。
救わなければならないのは一般市民だろうが自分の助手だろうが同じはずだ。美和の残
した言葉に探偵として背く訳にはいかないのだ。そんな事をしたら美和だって草葉の陰で
悲しむに違いない。
(…負けられない! 決して猟奇同盟には、常盤省吾には負けられないんだ!)
時人は自分を奮い立たせるかのように階段を昇っていった。
探偵事務所の玄関に立った時だった。
「これは…?」
時人は事務所の玄関の前に貼り紙がしてあるのに気付いた。
それを剥がすと事務所の中に入り、明かりを点ける。
紙には次のように書かれてあった。
「 御~樂時人へ
君の優秀な助手である鹿P巴君は私が預かつてゐる。
彼女を返して欲しくば、午前零時に一人で郊外の工塲跡に來い。
もしお前が約束を破つた塲合、彼女の命の保證は出來ない。
繰り返し言ふ。お前一人で來い。
獵奇同盟主宰 常盤省吾 」
「…来たか…」
何故か時人はこれが来るのを待っていたような気がした。
遂にヤツと…常盤省吾との対決の時が来たのだ。
柱時計を見ると、11時20分になろうとしていた。
「…あと、40分か…」
あと40分で行かなければ巴の命が…。
時人は事務所を出ると階段を下りて行った。
*
時人が階段を下りたその時だった。
一人の男が時人の前に立ちはだかった。
「…諸星警部…」
「…先生、この夜中に何処へ行くんだ?」
「…いえ、一寸野暮用ですよ」
「ほお、こんな夜中にか?」
「…そういう警部こそ、何の用ですか?」
「…行くんだろ?」
「え?」
「…常盤省吾の所に行くんだろ?」
「…警部、そこをどいて下さい」
「…いや、退く訳にはいかねえな」
「何故です?」
「…行かせられねえんだよ。これ以上先生を巻き込むわけにはいかねえんだ」
「そんな…。警部は鹿瀬君がどうなってもいい、って言うんですか! …僕自身がどんな
目に遭おうと構いません。ただ、鹿瀬君だけはどうしても助けたいんです!」
「…まだわからねえのか! この事件はもう先生の手には負えねえ、って言ってるんだ
よ! だから、ここを退く訳には…」
「警部、すみません!」
そう言うと時人は諸星警部の鳩尾に拳をぶち込んだ。
「せ…せんせ…い…」
諸星警部は前のめりに倒れた。
時人はそれを見届けると、諸星警部を仰向けにし、背広をめくった。
彼の求めるものはそこにあった。
時人は諸星警部のホルスターから回転式の拳銃を引き抜く。
シリンダーを見て、弾丸が入っているのを確かめると、それを再び戻した。
(…すみません警部、許してください。僕は、蘭丸君や桧垣君、久御山君をあんな酷い目
に合わせ、且つ鹿瀬君をこの世から抹殺しようとしている悪魔たちを許すわけにはいかな
いんです。例えそれが法を犯すようなことであろうと、僕は、奴らを完全に消し去らなけ
ればいけないんです)
時人は諸星警部に背を向けると走りだした。
(…鹿瀬君、僕が行くまで無事でいてください!)
〈第七章・決戦! 御神楽時人対常盤省吾〉
夜0時近く、常盤省吾が指定した工場跡。
明かりが点いていない事もあって、暗闇の中に不気味に聳え立っているように見える。
時人は唾を飲み込むとゆっくりと歩いていった。
ドアの脇に立つと拳銃を構える。
1回大きく深呼吸をすると、一気にドアを開け、中に飛び込んでいった。
工場内は暗くなっている。
「鹿瀬君ッ!」
時人が叫んだ。
しかし、返事は返って来ずに時人の声だけがこだましただけだった。
と、不意に中が明るくなった。
「…!」
明るくなった室内を見て思わず時人は絶句した。
時人の真正面に十字架が立っていて、一人の少女がその十字架に両腕をひろげ、両足首
を揃えて縛り付けられていたのだ。
その磔にされた少女こそ、巴だった。
「鹿瀬君!」
「…」
返事は返ってこなかった。よく見ると巴は首をうなだれている。
「鹿瀬君、今助けます!」
と時人が十字架に駆け寄ろうとした時だった。
「ふふふ…。よく来たな、御神楽時人」
十字架の後ろで声がした。
そして巴の背後から一人の男が出て来た。
「常盤省吾…」
その男こそ猟奇同盟主宰の常盤省吾だったのだ。
「よくここまで一人で来たな、褒めてやろう」
「…貴様、鹿瀬君に何をした!」
「ふふふ、心配するな。彼女は一寸眠っているだけだ。ただ、彼女はさっきからこの特等
席で君を待っていたのだよ」
「何もしていないだと? 鹿瀬君に…、女の子になんてことをするんだ!」
時人は拳銃を向けながら言う。
「なあに、彼女には君の地獄への案内人となってもらうために、殉教してもらうのだよ」
「殉教だと?」
「ああ、我々猟奇同盟には貴様のような男は邪魔な存在だけだからな。貴様を地獄に送る
ついでに彼女も一緒に行かせてやろう」
「…はは、所詮あなたはその程度の考えしか出来ない男ですか」
「何だと? そういう貴様はどうなんだ!」
「…少なくともあなたよりはまともな考えをする男だと思いますね」
「何?」
「…僕は最初、何故あなたがこのような復讐を企てたのかわからなかった。僕や、鹿瀬君
たちに対する恨みなら我々を一度に殺してしまえばよかったんですからね。しかし、そん
な事はせずに何故所員の一人一人を襲う、と言う回りくどいことをしたのか? …それは、
僕を精神的に追い詰める事だったんだ」
「…」
「う、ううん…」
巴が頭を振る。
(…ここは…何処だろう…?)
次第に意識がはっきりしてくる。
(…あの後、また眠り薬かがされて…それから…え?)
身体を動かそうとするが動かない。見ると自分が十字架に両腕を広げ、両足を揃えて、
手首と足首を縛り付けられているのに気付いた。
(…やだ、私なんで磔にされてるの?)
慌てて辺りを見る。自分の目の前に立っている常盤省吾とがその向こうに立っている時
人が目に映った。
(…先生!)
時人と省吾が向かい合って何か話をしているようだった。
「…そのためには鹿瀬君たちが死ぬに越した事はないが、別に死ななくてもどうって事は
ない。何故ならば僕がその事で精神的に追い詰められて行き、冷静にコトを進める事が出
来なければいいんですから。そして追い詰められた僕は常盤省吾に戦いを挑んで、最後に
は倒される…、そんな筋書きだったのではないんですか?」
「…成程、そこまで考えていたか。やはり君は一筋縄では行かない男だ。しかし君も本当
に愚かな男だ。わざわざこんな所まで一人でノコノコとやって来るとはね…」
「何ですって?」
巴が磔にされている十字架はやや高く作ってあるためか、彼女は2メートル強の高さか
ら見下ろすような視線になっていた。
その視線の先に見えたのは足音を立てずに時人の背後に立っている仮面の男の姿だった。
見ると右手に棍棒のようなものを持っていた。
男が時人の頭上に棍棒を振り下ろした。
「先生!」
巴が叫ぶ。とほとんど同時に時人は後ろも見ずに素早く棍棒から自分の身をかわす。
「…何?」
慌てた男に時人は振り返りざま一発拳を見舞った。
男はあっさりとのびてしまった。
そのあまりの早業に思わず呆然とする省吾と巴。
「…き、貴様後ろにも目が付いているのか?」
「…これが探偵というヤツですよ」
「何?」
「僕はさっきからはあなたをじっと見ていた。…そして、あなたが一瞬視線を僕から逸ら
し、僕の後ろの方を見たのも見逃しませんでした。それさえわかれば後ろに仲間がいる事
位誰だってわかりますよ!」
「…くっ…」
省吾が懐からナイフを取り出した。
そして十字架の後ろに回ると、巴の左胸にナイフの先端を突き立てた。
「鹿瀬君!」
「…それ以上動くな。動くと彼女の命はないぞ!」
常盤省吾の表情は今までの彼からは想像も出来ないほど狂気に満ちていた。
「…遂に本性を現しましたね…」
「先生! あたしはどうなってもいいから、早くこの男を! 早く!」
「そうはいきません! 所長として、僕は所員である君を助ける責任があります! 例え
どんなことがあろうと、僕は必ず君を助けます!」
時人は省吾に銃を向けながら言った。
「フッ、麗しい師弟愛というヤツか…。よかろう、まずは貴様から地獄へ送ってやる!」
常盤省吾がナイフを振り上げる。
巴は目を閉じ、歯を食いしばった。
その時だった。
「そこまでだ!」
みると拳銃を手にした諸星警部が立っていた。
「諸星警部!」
「常盤省吾、この工場跡は完全に包囲した。無駄な抵抗はやめることだ!」
それを聞いた省吾が一瞬ひるんだのを時人は見逃さなかった。
乾いた銃声が響き、省吾の持っていたナイフが弾き飛ばされる。
「うっ…」
思わず手首を押さえる省吾。
それを見た時人は省吾に飛び掛るとあっという間に仰向けに倒し馬乗りになった。
「…これは蘭丸君の分だ!」
そう言うと時人は省吾の顔を思い切り殴りつける。
「そしてこれは久御山君の分だ!」
そして2発目を叩き込む。
「これは桧垣君の、そしてこれは鹿瀬君の分だ!」
そう言うと顔面に向けて続けさまに拳を叩き込む。
それから更に何発か叩き込み、拳を振り上げた時だった。
「…もういいだろう、先生! その辺にしておけ!」
諸星警部が時人の手首を掴んだ。
「…諸星警部…」
「先生の気持ちはわかるぜ。…でもよ、先生。オレはあんたを殺人の現行犯で逮捕したく
はねえんだよ!」
そう言われて時人は少し落ち着いたか振り上げていた拳を下ろした。
「それに…。見ろよ、こいつの顔。この位殴られりゃ、こいつだって形無しだぜ」
見ると省吾の顔は時人に殴られた跡でかなりボコボコにされていたのだ。
諸星警部は手錠を取り出すと、常盤省吾の右手にそれをかけた。
「さてと…。先生、早くお嬢ちゃんを解放してやれ」
「あ、はい!」
ようやく気付いたか、時人は巴が磔にされている十字架に駆け寄ると、巴を縛っていた
縄を解いた。
「鹿瀬君、大丈夫ですか?」
「せ、先生…。先生〜っ!」
巴は時人に抱きつくと大声で泣き始めた。
「あ〜ん、怖かったよお〜!」
「よしよし、もう泣かなくていいんですよ」
何だか尋常小学校の先生と児童のようである。
巴も結局、体のあちこちを負傷していたようで、病院の車に乗せられていった。
それを見送る時人と諸星警部。
「やれやれ、これでやっと一安心だな」
「…そうですね」
時人は諸星警部の方を向いた。
「でも警部。何故僕の居場所が…」
「…ふん、こんなこともあろうかと思ってよ。所轄署に言って、先生が立ち寄りそうな場
所を見張っててもらったんだよ」
「見張ってた?」
「ああ、それにあの工場は猟奇同盟の関係者が経営していた、っつう情報があってよ。あ
の後気が付いた時に、栗山が『先生が工場跡に入っていった』って教えてくれてよ。早速
乗り込んだ、っつうわけだよ」
「そうだったんですか…」
「…ところでよ、先生」
「なんですか?」
「先生、本当は三尊仏盗難殺人事件の犯人、知ってたんだろ? いや、そう考えると、先生
が犯人を庇っている理由もわかるんだよな」
「警部…」
「ふふっ、警視庁の捜査力を甘く見てもらっちゃ困るぜ、先生よ。でもよ、心配すんな。
誰にも話すつもりはねえよ。これはオレと先生の友情の証だよ。こんなことで帝都一の名
探偵を失ってたまるかい。このまま迷宮入りしちまった方がいいんだろ」
諸星警部がおどける。
「警部…」
「そうだろう? 守山美和は借金を苦にして自殺したんだからよ」
「そ…そうですね。警部」
〈エピローグ・WITH the WIND〉
季節は移り、晩秋と云う言葉が合うようになった寒い日のこと。
「お待たせしましたかしら?」
「お帰りなさい、久御山さん」
病院の玄関で時人たち四人が出迎えた。
一番最後まで入院していた滋乃が今日、退院したのだ。
「さてと…。久しぶりに全員そろった事だし、そろそろお昼ですしね。…どうしましょう
か、今日は何処かで皆でお昼を食べませんか?」
時人が提案する。勿論賛成する全員。
「…それでは行きましょうか。実は皆さんに相談したい事もありますしね」
「相談ですか?」
「ええ。それは御店の中で説明しますよ」
*
数日後、山形のある寺に時人達はいた。
ある墓の前に時人が花を捧げる。
そう、時人達は美和の墓参りに来ていたのだ。
結局彼女の遺体は見つからないままだったが、時人は住職に頼んで8年前に美和が18
歳という若さで死別してしまった彼女の夫の墓に「守山美和」という名前を刻んでもらっ
たのだ。その隣には彼女を守るために自害した藤堂の名前も。
そしてそっと手を合わせる5人。
「…美和さん、御心配かけて申し訳ありません。でも、僕はもう大丈夫です。僕はこれか
らも帝都の人たちを守って行きますよ。何故なら、僕にはこれだけの優秀な助手がいるん
ですから」
「…そうですよ、美和さん。ボクたちは帝都一の名探偵、御神楽時人の助手なんですから」
「私たちがいる限り、帝都の平和は守って見せます」
「私たち、頑張って美和さんの分まで生きてあげるからね」
「ですから、ゆっくりとお休みくださいませ」
巴たちの頼もしい言葉に時人の顔がほころんだ。
「美和さん。美和さんは僕達の心の中で生きている、とか格好いいこと言うつもりはあり
ません。でも、こうして美和さんの冥福を祈ることが、僕達にとってできる最高の優しさ
なんですよ…。そうですよね、美和さん。帝都にはまだ、僕を必要としている人が大勢いる
んですから」
――そうですよ、時人さん。それでこそ時人さんですよ。
時人はふと、美和の声を聞いた気がした。
そして、思わず空を見上げる。
透き通るような青空の中で美和が微笑んでいるように思えた。
(おわり)
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