金田一耕助(ジッチャン)の名にかけて…
〜激突! 金田一一VS怪盗キッド〜

第3話「怪盗キッドの挑戦」
Chapter.3:Challenge of KID,the phantom thief



 はじめはその男をじっと見ていた。
「…やれやれ、どうやらここにもまだ警官がいたか」
 その白いタキシード姿の男が言う。
「…おまえが怪盗キッドか?」
 剣持が言った。
「…だとしたらどうする?」
「…勿論、おまえを捕まえるまでよ」
 そう言いながら剣持は懐に手を入れている。
 どうやら何かあったら発砲しようと準備をしているらしい。
「…たいした自信だな。…それより、そっちのお前」
 そういうと怪盗キッドははじめの方を向いた。
「オレのことか?」
「お前、こんな所で何してるんだ?」
「別に何もしてねえよ。…ただ、お前を捕まえようと思っている探偵だよ」
「…探偵か…。そういえば、前にもそんなこと言っていたガキがいたな」
「…なんだと?」

 そのとき、屋上に向かって大勢の人間が駆け上がってくる足音が聞こえた。
「…おっと、こっちに来たか。となると長居は無用だな」
 その時だった。
「動くな!」
 剣持が懐から拳銃を取り出して、怪盗キッドに向けた。
「…抵抗するようならば撃つぞ!」
「…そちらの刑事さんはたいした自信のようだな。…果たして撃てますか?」
「何だと?」
 そのとき、怪盗キッドのタキシードの袖から何かがこぼれ落ちた。
 あたりが閃光に包まれる。
「…最後に言っとくぜ、そこの探偵」
 怪盗キッドがはじめに向かっていった。
「…覚えとけ。怪盗は鮮やかに獲物を盗みだす創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見て
難癖付ける、ただの批評家にすぎないんだぜ」

 辺りが閃光に包まれてたのはほんの数十秒だっただろう。
 あたりが落ち着いたとき、そこにいる一同は呆然とした。
「…消えた…」
 そこには誰もいなかったのだ。
「…そんなバカな。人間が消えるなんて…」
「あたりを探せ。きっとヤツはこの周辺にいるはずだ!」
 いつの間に来ていたか、中森警部の声が響いた。
「…怪盗キッドが現れたんですって?」
 おそらく中森警部たちと一緒に上がったのであろう、青柳が茶木警視に聞いた。
「…そのようですな。しかし、我々が見たのはほんの一瞬で…」
「…そうだ! パープルティアースは?」
 慌てて展示場に引き返す青柳。

 展示場に入る一同。
「…これは…」
 青柳が呟いた。
 ショーケースの中には宝石の代わりに1枚のカードが入っていた。
 青柳はショーケースの鍵を取り出すと、鍵を外した。
 そして、カードを取り出す。

「パープルティアース 確かに頂きました 怪盗キッド」

 とメッセージが書かれてあった。
「…またヤツにしてやられたか…」
 中森警部だった。
「…となると、本物は既に怪盗キッドの手に…」
 カードを見ながらはじめが呟いた。
「…それにしても、いつの間に…? 確か閉店のときに確認したときは間違いなく本物だ
ったし、怪盗キッドが来る直前までちゃんとあったのに」
「…それは確かなんですか?」
 剣持が聞く。
「…間違いありません。警察の方の立会いで見てもらったときは確かに本物の宝石が置い
てあったし、ウチの従業員にも確認してもらいましたから。それに怪盗キッドが来るまで
の間、私は警備員室にいましたから」
「…それは私も確認しています。青柳さんと一緒に私もそこにいましたから」
 明智だった。
「…となると…」
「…ヤツのマジックに騙された、ってことだよ」
 はじめが言う。
「…騙された、だと?」
 剣持が言う。
「ああ。手品のマジックによくあるだろ。右手の方に客の目を集中させて、その間に左手
で持ってる物をすりかえる、ってヤツが。その基本中の基本とでも言うべきマジックにオ
レたちは引っかかっちまったんだよ」
「…どういうことですか?」
 明智が聞く。
「さっき『怪盗キッドが地下1階に出現した』って連絡があっただろ? その時にもう既
にヤツのマジックは始まってたんだ。連絡を受けた警官たちはそっちへ向かう。そっちの
方にヤツは警備の人間を引き付けておいて手薄となった展示場に忍び込む。その程度の鍵
だったらおそらくヤツにとってはかかってないも一緒だ。そんなの外すのは朝飯前だろ。
そして前もって用意しておいたメッセージカードを入れておく。そひて、自分は警官の注
意を引くために屋上へと逃げる…」
「…おまえがオレに『屋上に残れ』と言ったのはそういうことだったのか」
「ああ。オレもそこまで考えてたんだけどな。まさかヤツが閃光弾を持ってたなんて思わ
なかったけどな」

 はじめは握った拳に力を入れる。
「…覚えとけ、怪盗キッド。オレは、おまえを芸術家だなんて認めねーからな…」
   *
 翌日。

「怪盗キッド、また宝石を盗む 厳重な包囲網を潜り抜け」

 と言う内容の記事が新聞をにぎわせた。

「…やられちゃったわね」
 不動高校の図書室備え付けの新聞を読んでいた美雪が言う。
 しかし、そんな美雪の声も耳に入らないのか、隣に座っているはじめはさっきからじっ
と考え事をしていた。
「…ちょっと、はじめちゃん」
「…」
「はじめちゃん!」
 その声にやっと気づいたか、はじめが美雪のほうを振り向いた。
「…あ。なんだ、美雪。いたのか」
「いたのか、じゃないでしょ! 何ボーっとしてたのよ?」
「いや、何でもねえよ」
「何でもない、じゃないわよ。結局高井デパートの宝石、怪盗キッドに盗まれちゃったん
でしょ?」
「ああ。あんなにあっさりと盗まれるとは思わなかったがな…」
「感心しないでよ。…はじめちゃんの目の前で宝石が盗まれちゃったのよ。はじめちゃん
悔しくないの?」
「…わかりきったことを聞くなよ。あんなに警官がいて、アレだけの包囲網があったのに
ヤスヤスと突破されて挙句の果てに宝石まで盗まれた、とあっちゃ悔しくねえわけねーだ
ろ? あのヤロウ、オレが考えていた以上に手ごわい相手のようだな。どうやらこっちも
本気になってヤツに立ち向かわなけりゃならないようだ」
「…本気、ってねえ…」
「…でもな、これでヤツの出方はわかった。今度来るときはこう上手くはいかねえぜ」
「…わかった、って?」
「言っただろ? 『デビット・カッパ―フィールドは二人いらねえ』って。向こうがマジ
ックで出てくるなら、こっちもジッチャン譲りのマジックで対抗するだけだよ」
「マジックって?」
「マジシャンは観客に種明かしはしないもんだぜ」
 そういうとはじめは不敵に笑った。
   *
 その日の夕方のこと。
 剣持警部がわざわざ不動高校までやってきてはじめと美雪を呼んだ。

「…で、どうなんだオッサン。ヤツの方は?」
 おそらく剣持はキッドのことに関して情報を教えに来たんだろう、とはじめは感じてい
たのだが、念のために聞いてみた。
「ああ、アレか…。いや、もともとオレは課が違うから詳しくはわからねえんだが、二課
の話を伝え聞いた限りだと、相変わらず手懸り一つ掴めないらしいな」
「…まあ、そうだろうな。そう簡単に手懸りを残すはずはねえとは思ってたが」
「ただな、中森警部から聞いた話だと、あの事件の後、茶木警視や中森警部はあの館長に
こっぴどく怒られたらしいぜ」
「…宝石を盗まれちまったからか?」
「そうらしいな。下手したら二課全体の責任問題にもなりかねねえからな。…それでな、金田一。
明日、二課で今回の事件に関しての捜査会議があるらしいんだ。その後で、ということになるが
オレと明智警視が茶木警視達と話をすることにしたんだ」
「ふーん」
「…それに、おまえにも出てもらおうかと思ってな」
「オレが?」
「あの現場で怪盗キッドの姿を見たのはオレとおまえの二人だけだ。それでおまえの証言
が欲しくてな」
「証言、と言ってもなあ…。たいしたことは話せねえぜ」
「なーに、構わんさ。少しでもヤツの正体に近づければいいんだからな」
   *
 翌日の警視庁応接室。
 その中にははじめ、剣持、明智、茶木、中森の5人がいた。

「…というわけで、逆光だったし、あまり近づけなかったんでオレも怪盗キッドの顔を見
ることは出来なかったんだ。それに閃光弾を出すとは予想すら出来なかったしな」
 怪盗キッドに関しての意見を求められたはじめが言う。
「…そうだったんですか…」
「…ただ一つだけわかったのは、ヤツのマジックの腕前、と言うのが想像以上のものだっ
た、ということだな。オレもマジックに関してはちょっとうるさいけどそのオレが見てあ
れだけの腕前を持ってるんだ。たいしたもんだよ」
「感心してる場合ではありませんよ。これ以上怪盗キッドの犯罪を増やさないためにも何
か手を打たないと」
 茶木警視が言う。
「…とはいえ、この次にヤツがいつ、何処で何を狙っているかわからない限り、こちらも
手の打ちようがないですし…」
 明智が言う。
 そのときだった。
「…オッサン。ちょっとオッサンたちに聞いて欲しいことがある」
 はじめが言う。
「…聞いて欲しいこと?」
「ああ。もしかしたら、これで怪盗キッドを捕まえることが出来るかもしれないぜ」

「…しかしな、金田一。いくらなんでもそれはリスクが大きすぎねえか? それにもし、
おまえのその作戦を実行するとなるとこっちもやらなきゃならないことが多いし」
 はじめの話を聞いた剣持がはじめに言った。
「…確かにそうかもしれない。こっちもこれくらいのことやらねえとヤツを捕まえること
はできねえと思うぞ」
「二課としてもあまり賛成は出来ませんな。もしその作戦が失敗でもしたら我々にとって
も失うものが大きいですから」
 茶木警視が言う。
「そうかもしれねえけどな。オレだってそれくらい承知の上だよ」
「…中森警部はどうですか?」
 明智が聞いた。
「これで本当にヤツを捕まえることが出来るかどうか、ちょっと心配ですな」
 と剣持が、
「しかし、それしかヤツを捕まえることが出来ない、と言うんだったら、私は別に反対は
しませんが」
「…明智さんはどう思ってんだ?」
 はじめが言う。
「私もあまり賛成は出来ませんがね。でも、金田一君のその作戦で怪盗キッドを捕まえる
ことができると言うなら、出来る範囲での協力はするように説得くらいはしてあげてもい
いですよ」
「明智さん…」
「…但し、金田一君。君に条件があります」
「オレに?」
「…この作戦の立案者は私だ、と言うことにしてください。君のような一市民に我々が協
力を仰いだ、とあっては我々警察の対面にもかかわるんでね。その代わり、と言っては何
ですが何かあったら私が責任を取ります。君は心配しなくていいですよ」
「…ま、それくらいは仕方ないか。…わかったぜ。じゃ、細かいことは明智さんたちに任
せるから後はよろしく頼むぜ」
「…わかった」
 剣持がそういうとはじめは立ち上がった。
「…オッサン。ここまでは怪盗キッドにしてやられたけど、ここから先はオレの逆襲の番
だぜ。ヤツにこの借り、十億倍にして返してやるぜ!」
「金田一…」
「今度こそ怪盗キッドをオレが必ず捕まえてみせる。名探偵と言われた――」
 そう言うとはじめは剣持たちのほうを向いた。
「――ジッチャンの名にかけて」

 応接室を出て行くはじめを見送る一同。
「…大丈夫なんですか、明智警視。あんな風に安請け合いしてしまって。やはりこの作戦
はやめたほうが…」
 中森警部が聞くが、
「無駄でしょう」
 剣持が言う。と、明智が
「私も同意見です。…おそらく、今の彼が考えてることはただ一つ」
「そう、リベンジだ!」
 剣持だった。


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