週刊誌記者殺人事件
〜金田一少年VS名探偵コナン・第一の戦い〜

(第3話)


〈File・5 1年前の事件〉
 翌朝の事。
 ホテル内で朝食をとった小五郎が部屋に戻ろうとフロントを通りがかった時だった。
「…あの、毛利様」
 フロントが小五郎を呼び止めた。
「何ですか?」
「…お電話が入っております」
 そういうと小五郎に受話器を渡した。
「もしもし、毛利です。…あ、横溝刑事。…はい、はい。…ほほう…。承知しました。で
は8時半に正面で」
「…おじさん、どうしたの?」
 コナンが聞いた。
「今、横溝刑事から電話があってな。…例の事件で死んだ早川の周囲を調べてみたら4人
の人間が捜査線上に浮かんだらしい。それで話を聞いて欲しい、って事でオレに電話がか
かってきたんだ」
 そう言いつつ小五郎は時計を見た。
「…早くしろ! 8時半になったら横溝刑事が迎えに来るぞ!」
    *
 警察署内に作られた捜査本部に小五郎たちが来た。
「毛利さん、お待ちしておりました!」
 横溝刑事が出迎え、応接室へと連れて行く。

「…それで、捜査線上に浮かんだ4人とは?」
「…実はですね」
「なんですか?」
「第1発見者の久保さんと黒須さんもその4人の中の一人なんです」
「第1発見者を疑え、って事ですか?」
「いや、そういうわけでもないんですが…。二人とも以前から早川さんのことを知ってい
たようなんですよ。…あとはスポーツ紙のカメラマンの竹中和人さんと早川さんの記者仲
間の宇都宮政隆さんです。…それで今、竹中さんにお話を聞いているところなんですが…」

 取調室の隣室。
「…あの方が竹中さんです」
 覗き窓から横溝刑事が言う。一見プロレスラーかと見間違うかのような体格のいい男だ
った。
「…何かスポーツでもやってたんですか?」
 大学時代これでも柔道をやっていた小五郎が聞く。
「ええ。何でも大学でアメリカンフットボールをやっていたそうなんです」
「…アメリカンフットボールか…」
 コナンが呟いた。彼自身、何度かアメフトの試合をTVで見たことがあるが、あんなゴ
ツイ装備をした男が遠慮なく身体をぶつけ合うスポーツだから体格だって良くならなけれ
ば勤まらないだろう。
「…それがまたなんでカメラマンなんかを?」
「所謂趣味が高じた、ってヤツですよ」
「…それで、ガイシャとはどういう関係なんですか?」
「よく現場で一緒になったらしいんです。昨日の例の事件があったときも取材でここに来
ていたらしいんですよ」
…と、取調室の方でその竹中と刑事が立ち上がって挨拶を交わすと、竹中和人が取調室を
出て行った。
 すると、取調室にいた刑事が横溝刑事の元にやってきて
「…竹中さんの事情聴取が終わりました」
「わかった。…じゃ、久保さんを呼んできてくれ」
「承知しました」
   *
「…へえ、あの黒須ってスタッフ、被害者のこと知ってたのか」
 はじめたちが泊まっているホテルの近くの喫茶店。いつきから話を聞いたはじめが言っ
た。
「…その竹中、って人とか宇都宮、って人はそりゃ仕事が同じようなもんだからしょっち
ゅう合う事もあるだろうけど、その黒須さん、って人とか久保さんはただのスタッフなん
だろ? 何で被害者のこと知ってたんだ?」
「…といっても知り合ったのはほんの数ヶ月前の事だ。なんでも何かで取材に来ていた早
川のヤツが一緒にいたことがきっかけになったらしい。…オレはよく知らねえけど、ウツ
のヤツがそう言ってたからな」
「ウツ?」
「ああ、宇都宮の事だ。オレはヤツと知り合いでよ、皆そう呼んでるんだ。ついでに言う
と竹中のヤツとも顔なじみでよ。オレは『タケちゃん』って呼んでるんだぜ」
「随分馴れ馴れしいんだな」
「馬鹿言え、ウツやタケちゃんよりオレの方が年齢もキャリアも上なんだぞ」
 その時だった。不意に携帯電話の着メロが鳴った。
「…悪ィ、オレのだ。ちょっとごめんな」
 そう言うといつきは携帯電話を取り出す。
「…もしもし。…ああ、タケちゃん。うん…、うん。…ハハハ、そりゃ災難だったな。所
でよ、例のことだけど…。そうか、わかった。…じゃあこれから行くから。それじゃ」
 そう言うといつきは携帯を切った。
「…タケちゃんからだった。お前にあってもらいたくてな」
「オレに?」
「ああ、それで話が付いたよ。これから会いに行こうぜ」
  *
 取調室に久保仁美が入ってきた。
 ベイサイドホールで見たときも随分小柄な印象があったが、こうして見るとさらに小さ
く思えてくる。
「…彼女は被害者とはどういう関係ですか?」
 小五郎が聞く。
「…ああ、黒須さんと同じですよ。ある取材を受けたのがきっかけとなって被害者のこと
を知ったらしいですね。…でも、取材攻勢のしつこさに彼女、かなり参っていたらしいん
ですけど」
「参っていた?」
「詳しい事はわからないんですけどね。他のスタッフに聞いたんですが、事件があった日、
彼女は早川さんが来ている、と知ってかなり不機嫌になっていたらしいんです」
「…ちょっと待ってください、横溝刑事。確か現場となった部屋は彼女がスタッフに頼ん
で借りたものでしょう?」
「ええ。ただ、早川さんは関係者の中に知り合いがいなかったようで…。結局、頼める人
物としては彼女くらいしかいなかったらしいんですよ。後々面倒になるのもいやだから、
って彼女はスタッフに頼んで部屋を借りたらしいんですが」
「結構複雑な事情があるんですな…」
 小五郎たちは覗き窓から様子を見る。
 確かに何処となく落ち着かないのか、頻繁にかけている眼鏡の位置を直したり、腕を組
み替えたりしている。

 やがて久保仁美が出て行った。
 横溝刑事は時計を見る。
「…おや、もうこんな時間か。毛利さん、宇都宮さんと黒須さんの事情聴取は午後からで
すから、一緒に昼食にしませんか? 何か取りますよ」
  *
 テーブルの前にサングラスを掛けた一人の男が座った。
「…紹介しよう、こいつがウツこと宇都宮政隆だ。…ウツ、お前も名前くらいは聞いたこ
とあるだろう? 金田一一くんと、七瀬美雪さんだ」
「…噂は聞いてますよ。金田一くん、初めまして」
「…で、何の用なんだい? オレをこんなところに呼び出したりなんかして」
「あ、いえ、君の参考になりそうなことを教えてあげようか、と思ってね」
「…どんなことだい?」
「…杉浦さとみ、って知ってますか?」
「杉浦さとみ…あの杉浦さとみか?」
 はじめが聞き返す。
「その通り、よくご存知ですね」
「当たり前だろ。当時人気アイドルでさあこれから、って時に自殺した彼女のことを、忘
れようと思ったって忘れられねえよ」
「…そうですね。彼女が自分の住んでいるマンションで首吊り自殺をしたのは丁度1年前
の今頃でしたからね」

 そういえば…、と美雪も思い出した。
 今から丁度1年前の夏、郊外のマンションで一人の少女が首を吊った状態で死体となっ
て発見された、という事件があった。
 程なく、自殺したのは人気アイドルの杉浦さとみだ、ということがわかった。
 はじめや美雪が警視庁捜査一課の剣持警部から聞いたところ、彼女の部屋には遺書がな
かったが、踏み台に使ったであろう椅子がすぐ傍に転がっていたこと、他に外傷などがな
かったことなどから警察は自殺と断定した、ということがわかった。
 それから1ヶ月以上、彼女をめぐる様々な噂がTVや雑誌の話題となったのは言うまで
もないことだった。

「…それが、今回の事件と何か関係があるのかい?」
「金田一くん、君はあの事件に関してどれくらい知ってますか?」
「どれくらい、って…。…あの事件、オレはワイドショーや週刊誌見たけど、確か遺書が
なかったから、自殺の原因に関してはよくわかってないんじゃ?」
「…ええ、彼女が発作的に自殺を図った、とも言われてるし、彼女が実はある俳優と付き
合っててそれのいざこざで自殺した、とも言われているし、中には彼女がクスリをやって
たんじゃないか、という説まであったし…」
「まさか、いくらなんでもそりゃないだろ…」
「ええ。彼女がクスリをやっていた事実なんて何処にもありませんでしたからね」
「よく知ってるなあ」
「実は私もあの事件を個人的に追ってるんですよ」
「個人的に?」
「ええ。あの事件に関しては1年経った今でもわからないことだらけですからね。調べる
なら徹底的に調べてみようかと思って」
「…それで、何かわかったのか?」
「いえ、そんなには…。ただ、ですね」
「ただ?」
「…ちょっと気になることがあったんですよ」
「気になること? …なんだよ」
「今はちょっと話せませんよ。これから一寸やらなければならないことがあるんでね。そ
れに、まだわからないこともあるし…」
「わからないこと?」
「いえ、詳しいことがわかってから話しますよ。…実はこれから警察に行かなきゃ行けな
くて」
「…事情聴取ですか?」
「ええ」

「…それにしても…。煮ても焼いても食えねえヤツだな、あの宇都宮、って記者は」
「仕方ねえよ、アイツはそういうヤツなんだからよ」
「それにしても、杉浦さとみか…。まさかここでその名前聞くとは思わなかったな」
    *
「杉浦さとみ、って…。去年自殺したアイドル歌手の?」
 横溝刑事から宇都宮正隆の事情聴取の内容を聞いた蘭が言った。
「そうです。その杉浦さとみさんです。あのニュースは当時全国で話題になりましたから
ね…」
「ああ、あのことならよく覚えてますよ。…確かヨーコちゃん、彼女の親友だったとかで
あの事件があった後、歌番組の生放送で歌っていた時に泣きだしてしまったことありまし
たっけ」
 小五郎が言う。
(…そういえばそんな事件あったな。でも、あの事件、確か自殺の原因はよくわかってな
いんだよな…)
 コナンもそのことを思い出した。
「…それで、その早川さんと宇都宮さんがその彼女の自殺した事件について調べていた、
と」
「そういうことです。…いや、彼女の自殺に関しては私共より毛利さんのほうが詳しいと
思いますが…」
 確かに横溝刑事のいる静岡県警では管轄外の事件ではある。
「…詳しいといわれても…。目暮警部が言ってましたが、彼女は疑いようもない自殺でし
たよ。…まあ、遺書がなかったことから色々言われましたが、動機とかに関しては1年経
った今でもよくわからないところがありますが…」
「あの二人はそれをはっきりさせようとして1年経った今でも調べていたらしいんですが
…」
「いまさら調べたところで何がわかる、って言うんですかね?」
「さあ、彼らの考えてる事はよく分かりませんよ」
(となると…、今回の事件、その杉浦さとみの自殺に何か関係がある、ってことか? …
でもあの事件はどう考えたって自殺だろ? もしかしたら、その「はっきりしない動機」
が何か関係があるのか?)
 しかし、そうと断言するにはまだわからないことが多すぎる。
(…ダーメだ。まだわからないことが多すぎるぜ。大体その早川さんが殺されたことと、
杉浦さとみの自殺が何か関係ある、って決まったわけじゃねえし…)
 コナンは頭を掻いた。
    *
 はじめは携帯電話のダイヤルをプッシュする。
 何回かの呼び出し音の後、相手が出てきた。
「…あ、オッサン。オレだ。…うん。弱ったよ、オッサンも聞いてるだろ? 例の週刊誌
記者の事件。…うん。しかもよ、毛利小五郎まで来てたんだぜ。…うん。それでオッサン
に調べて欲しいことがあるんだ」

〈File・6 第2の殺人〉
 翌朝。はじめの泊まっているホテルの部屋の電話の呼び出し音が鳴り響いた。
 ベッドの中にいたはじめは不機嫌そうに受話器を上げる。
「…はい、もしもし」
「…金田一様、いつき様、という方よりお電話が入っております」
「いつきさんから?」
「…少々お待ち下さい」
 程なくはじめの耳にいつき陽介の声が飛び込んできた。
「…オイ、金田一、起きてたか!」
「…なんだよ〜、いつきさん。オレ、今の今まで寝てたんだぜ」
「…起こして悪かったな。でもな、今はそれどころじゃえんだ!」
「…それどころじゃねえ、って?」
「今朝な、ウツの奴の死体が見つかったんだ!」
「何だって?」
 その一言を聞いたはじめはあっという間に眠気が醒めてしまった。
    *
 一台のパトカーが現場に到着する
 中から横溝刑事とコナン、小五郎、蘭の3人が下りてきた。
「毛利さん、こちらです!」
 横溝刑事が小五郎を連れて行く。

 現場は川の下流にあった。
 宇都宮正隆は下半身を水に漬け、物言わぬ死体となっていた。
 彼の傍には昨日までかけていたサングラスが転がっていた。
「…いつ頃発見されたんですか?」
 小五郎が聞く。
「…今朝の6時ごろに犬の散歩に来た方が見つけて通報したそうです」
「それで死亡原因は?」
「司法解剖の結果を見ないとわかりませんが恐らく首を絞められたのではないか、と」
「その他には?」
「…特に盗まれたものはありませんから恐らく物取りの犯行ではないでしょう」

 何気なくコナンは集まっている野次馬を見た。
 その野次馬の中に金田一一の姿を見つけた。
(…金田一だ…)
 はじめはコナンのことも目に入っていない様子でじっと現場を見ていた。
(…ヤツも、この事件のことを追っているのか…)

「…どうしたの、はじめちゃん?」
 美雪はさっきから何やら考え事をしているはじめのことが気になっていた。
「…いや、これは一昨日の事件と何か関係があるか、ってな」
「早川さんのこと?」
「…ああ、何となく、何となくだけどな、あの事件のことが頭に残ってるんだよ」
「…どういうこと?」
「…美雪、いつきさん、ちょっと来てくれ」

 はじめたち3人は現場に来る時に乗っていたいつきの車の前にいた。
「…あの宇都宮さんが言ってたけど、死んだ早川さんってのは1年前に自殺したアイドル、
杉浦さとみのことについて調べていた、って言ってたよな」
「…そうね、昨日会った時、そんなこと言ってたわね」
「…で、いつきさん。その宇都宮さんも杉浦さとみについて調べてたんだろ?」
「ああ、遺書がなかったからな。当時からあの事件については色々な憶測が書かれていた
しな」
「…どうやら今回の事件はその杉浦さとみの事件と何か関係がある気がするんだ」
「…関係がある、って…」
「いや、まだよくわからねえよ。でも、そうでも考えないとこの事件が解けねえ様な気が
するんだ」
   *
 それから数時間たった昼過ぎの事だった。
 いつきに「アンヌがお前に話がある、って言ってたぜ」と言われたはじめたちはその待
ち合わせ場所に来ていた。
「お待たせ」
 程なくアンヌがやって来た。
「…で、なんだよアンヌさん、話って」
「ここじゃなんだからね。どこかお店にでも入って」

 喫茶店のテーブルに腰掛ける4人。
「金田一くん、あなたの知りたがっていたことを教えてあげるわ」
「知りたがっていたこと?」
「実は私の知り合いにここの警察にいる警官がいてね。誰にも言わない、って約束で聞い
ちゃったのよ、捜査の進み具合を」
「アンヌさん、ずるいなあ…」
「あら、あなたたち以外に話すつもりはないわよ。…それでね、宇都宮正隆の死因なんだ
けど…」

「…司法解剖の結果によると、死因はやはり首を絞められたことによる縊死です。そして
死亡推定時刻は昨夜の9時から11時の間です」
 横溝刑事が小五郎に説明を始めた。
「…ガイシャの胃の中からラーメンと餃子が出てきたそうです。その消化具合から2時間
ほど前に食べたものではないか、という結果が出まして、それで聞き込みをしたところ、
確かに昨夜8時頃、あるラーメン店で被害者が目撃され、ラーメンと餃子を注文した、と
いう証言が取れたそうです。ただ、その後のガイシャの行動がまだ掴めてないんですが…」
「…となると、その後に殺された可能性が高い、というわけですな」
「はい。…それから、現場近くで被害者のものと思われる車が発見されたんですよ」
「すると…」
「犯人は何らかの形で被害者を現場に呼び出したか何かして、その場で殺されたのではな
いか、と」
    *
「…というわけなのよ」
「うーん…」
 アンヌの説明を聞いたはじめは手を組んで今までのことを頭の中で反復していた。
「…となると、犯人は宇都宮さんをあそこで殺した、ということになるよな…。それはい
いとして…」
「どういうこと?」
「…アンヌさん、アンヌさんは杉浦さとみのことについて知ってるか?」
「もちろんよ。あの娘が自殺してから毎日のように追っていたものね。結局は遺書がなか
ったし、いつの間にか忘れられた事件になっちゃったけどね。私だっていつまでもひとつ
の事件に構ってられないもん。早々と乗り換えちゃったけどね」
「…でも、宇都宮さんが言ってたけど、早川さんも宇都宮さんも今でもその事件を追って
いたよな?」
「まあね。私なんかと違ってフリーの週刊誌記者、って言うのはそれなりに自由が利くか
ら」
「…となると…、二人はそれに絡んで殺されたのかな…」
「…かもしれないけど、今のところは何とも言えないわよ」
    *
「…どうだった、はじめちゃん」
「ああ、大分参考になったぜ。とにかく、今回の事件、その杉浦さとみの事件が何か鍵に
なりそうだな…」
「…なあ金田一、このままじゃウツのやつも浮かばれねえぜ。…なんとか解決してくれね
えか?」
「わかってるぜ、いつきさん。今回は毛利小五郎のオッサンもこの事件負っているからな。
負けるわけにはいかねえからな。ここで負けたら工藤新一のヤツにどの顔向けて『オレは
数々の難事件を解決してきた高校生探偵だ』って言えるんだ」
「はじめちゃん…」
 美雪は初めてはじめの口から「工藤新一」という言葉が出たのを聞いた。
 やはりなんだかんだ言っても、はじめは工藤新一のことをかなり意識していたようだ。
「…この事件、必ずオレが解いてみせる。名探偵と言われた――」
 はじめが顔を上げた。
「――ジッチャンの名にかけて」


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