週刊誌記者殺人事件
 
〜金田一少年VS名探偵コナン・第一の戦い〜

(第2話)


〈File・3 ファースト・コンタクト〉
「毛利さん、お待ちしておりました!」
「あ、あなたは…」
 山岸と共に小五郎を待っていたのは誰であろう、静岡県警の横溝刑事だったのだ。
「毛利さん、こちらです」
 横溝刑事は小五郎を手招きした。

 現場は廊下沿いにある控室のひとつだった。
 何事が起こったのか、と見物人が何人も控室の中を覗いている。
 室内は色々なものが散乱しており、その部屋の中で男が一人頭から血を流して倒れてい
た。
「…被害者はフリーの週刊誌記者、早川琢司さん、三十八歳、死因は後頭部打撲による頭
蓋骨陥没と思われます」
 横溝刑事は小五郎に事件の状況を説明していた。
「頭蓋骨陥没?」
「はい。おそらく、後ろから何者かによって後頭部を鈍器のようなもので殴打されたので
はないかと…」
「…目撃者は?」
「こちらの方です」
 と、警官が一人の女性を連れてきた。
「あなたは?」
「…私、久保仁美と申します」
「久保さんはスタッフの一人なんですよ」
 と彼女の側にいた一人の男が言う。
「あなたは?」
「僕もここのスタッフの一人で黒須雅巳といいます」
 よく見ると二人とも胸に「STAFF」と書かれた黒のTシャツを着ている。
「…で、その久保さん、でしたっけ? 遺体発見の状況は?」
「ええ、4時頃でしたか、早川さんが『1時間ほどどこか開いている部屋を貸してくれな
いか』と言うんで、丁度この部屋が開いていたからお貸ししたんです。…それで1時間経
っても全然出てこないからどうしたのかな、とは思ってたんですが、まあ時間オーバーな
んてよくある事だから、と気にしなかったんですが2時間経っても部屋から出てこないか
ら、この部屋に来たら…」
「死んでいた、とこういうわけですね」
「はい」

 小五郎たちが話をしているのを横目に見ながら、コナンが死体を調べていた。
「ん?」
 コナンは被害者の右手の人差し指にわずかに付着した赤いものに気が付いた。
「…これは、血じゃねえか…」
 
「横溝刑事」
 鑑識課員が横溝刑事を呼んだ。
「何だ?」
「近くのごみ箱からガイシャのものと思われる財布が見つかりました。中身はそっくり抜
き取られてます」
 鑑識課員がビニール袋に包まれた財布を差しだす。
 小五郎もそれを見る。
「…そのほかに何か盗られたものは?」
「いえ、今の所、被害者の持ち物で盗まれたのはこれだけです」
(…変だな…。何で財布の中身を抜き出すためだけに部屋を荒らすんだ?)
 コナンは思った。
「…となると、この事件は物取りの犯行、ということになりますな…」
 小五郎が言う。
「でもおじさん…」
 とコナンが言い掛けたときだった。
「…残念ながらそいつぁ違うな」
 小五郎の背後で声がした。
「なんだと?」
 そこにいた全員が見るとそこには16、7の少年がドアに寄り添って立っていた。
 傍らには彼と同じくらいの年齢の少女とビデオカメラを持った14、5歳の少年が立っ
ていた。
「君。それは一体どういうことなんだ?」
 横溝刑事はドアの少年に向かって聞き返した。
 その少年はドアに寄り添いながら、
「だから、これは物取りの犯行じゃない、ってことさ。まず、なんで財布の中の現金を盗
るのにわざわざ控室を荒らすのか。オレが犯人だったらそんなことはしない。それに見ろ
よ。死体の指先に血の跡が付いてるだろ?」
「…確かにわずかながら血痕が付着しています」
 死体の指先を見た鑑識課員が言う。
「…おそらくそれは被害者がダイイングメッセージを書こうとして書く前に力尽きてしま
ったんだ。それからもうひとつ。その第1発見者の女の人の証言が正しいとすれば事件は
午後4時から6時の間に起こったんだろ? 丁度その頃はリハーサルでどたばたしていた
はずだぜ。そんな時間帯になんでわざわざこんな人通りの激しい所で物取りなんかするの
か。考えれば考えるほど不自然だぜ」
「このガキ、生意気なこと言うなあ!」
 小五郎が言うが、横溝刑事はそれを押し留め、
「もしかして君は…、金田一一君か?」
「…そうだけど、それが?」
 小五郎が改めて少年のほうを見る。
「金田一? そうか、おまえがあの金田一か」
「…ってことはそっちのオッサンが毛利小五郎ってことか? …うれしいな。平成の明智
小五郎と異名を持つ名探偵にお目にかかれて」
「ふっ、こっちも金田一耕助の孫に逢うことが出来て光栄だぜ」

(…こいつが金田一一か…)
 コナンは思った。「日本警察の救世主」と言われたこの工藤新一である自分と常に比較さ
れた男。名探偵・金田一耕助を祖父に持つ男。そして、いつかは対決するときが来ると思
っていた男。今、その男が目の前にいる…。
(…やはり金田一耕助の孫、ってのは伊達じゃねえな。現場をちょっと見ただけでオレが
思ったのと同じ事に気付くなんて…)
 コナンこと工藤新一の父親・工藤優作がファイルした犯罪記録には「金田一一」とタイ
トルが付けられたモノが何冊もあるし、データベースに入っている記録もかなりの記録が
入っているはずだ。
 金田一一という男の存在を知ってから、彼が関わった事件には探偵としてその血が騒い
だし、一度は直接会ってみたいと思ったのだが…。

(…このオッサン、平成の明智小五郎だか何だか知らねえが、それ程のヤツじゃなさそう
だな…)
 はじめは小五郎を見て真っ先にそう思った。
(…それより気になるのはこっちのガキだ。こいつのオレを見る目つき、ただのガキじゃ
ねえな…)
 はじめは小五郎の側にいる小学一、二年生に見える少年を見て思った。
 直感、とでも言おうか、そう感じたのだ。
(…もし、工藤新一のヤツがここにいたら、こんな目つきをするかもしれんな)
「日本警察の救世主」と呼ばれた男・工藤新一。彼のことが気にならない、と言ったらそ
れは嘘になる。はじめ自身、工藤新一と比較されるたび、どれほどの男か気になっていた
のだ。何故なら工藤とはいつか「日本一の高校生探偵」の名を賭けて雌雄を決する日が来
る、と思っていたのだから。
 しかし、その工藤新一がある日、ぱったりと姿を消した…。「工藤は工藤、オレはオレ」
と考えていたはじめだが、やはり気にならないわけはない。

「…毛利さん、捜査には協力していただけますよね」
「ええ、それは勿論喜んで」
「…金田一君は?」
「…もういなくなっちゃってるよ」
 コナンが言った。
 見ると既にはじめたち3人はその場からいなくなっていたのだ。

<File・4 捜査第一段階>
 ベイサイドホールのロビー。
 その一角にはじめ、美雪、佐木の3人が座っていた。
 彼らは佐木が撮影した現場のビデオをさっきから見ていたのだ。
「…何かわかった、はじめちゃん?」
「…うーん、さっき現場で見たもの以外はこれといって新しい発見はねえなあ…。あの刑
事に何か言われる前に、と思って退散したのは失敗だったかな」
「でもあの刑事さん、はじめちゃんにも協力をお願いしたかったんじゃないの?」
「おいおい、『平成の明智小五郎』と異名を取った名探偵のオッサンがいただろ。オレに頼
まなくたってあの人に頼めばいいんじゃねえのか?」
 そうこうしている内にビデオが終わってしまった。
「…今度は最初から見てみるか」
「最初から?」
「玲香ちゃんの控室からだよ」
 そう言うとはじめはビデオの巻き戻しボタンを押した。
 その時だった。
「やれやれ、ひでえ目に遭ったぜ」
 といつきがぼやきながらやって来た。そのすぐ後ろにはアンヌがいた。
「あれ、いつきさん、まだいたの?」
 はじめが聞く。
「しかたねえだろう、今の今まで事情聴取だぜ」
「事情聴取?」
「ああ、早川のヤツについてだよ。…それにしても、殺されても死ぬようなヤツには思え
なかったけどなあ」
「どういうことだよ、いつきさん」
「いや、死人のことを悪く言いたくはねえけど、あの早川ってヤツはオレたちの間でも煮
ても焼いても食えねえヤツ、って評判が悪かったんだよ」
「…そうね。あたしたちも何度彼に騙されたかしら」
 アンヌが言う。
「騙された?」
「ああ。アイツは自分さえよければいい、って考えてる野郎でよ。今まで有力な情報を掴
んだから買わねえか、と言われてこっちがその気になったら『実はアレはガセネタだった』
なんて事しょっちゅうあったんだぜ」
「…って言うよりもネタを二重に売っててより高く値段を付けた方に売ってたんでしょう
ね。こういう場合どうやったってそのタレントの所属事務所にはこっちは敵いっこないも
の」
「…だからと言って殺しちゃいいって理由にはならねえだろう」
「ま、それほどみんな腹に据えかねるものがあった、ってことだよ」
「…そう言えばいつきさん、玲香ちゃんはどうしたの?」
「ああ、これから事情聴取だとよ」
 …と、いつきは佐木の持っているビデオに気が付いた。
「…おいお前、それに現場の様子が写ってんのか?」
「ええ、一応撮っておきましたけど」
「…よし、じゃ今からオレが泊まってるホテルで見ようぜ。どうせ、そんな小さなモニタ
ーじゃよくわからねえだろ?」
    *
「…そんなに悪い人だったんですか?」
 沖野ヨーコの控室。横溝刑事が事情聴取をしていた。傍らには小五郎たちがいる。
「ええ、何処で掴んで来るんだかウチの事務所にいるタレントのプライバシーに関する情
報を買わないか、って事務所に持ちかけてきた事も何度かありますし…」
 ヨーコのマネージャーの山岸が答える。
「…それでどうしたんですか?」
「そりゃ買うしかないでしょう。タレントは事務所にとっては大切な商品なんです。そん
なイメージダウンになるような情報を流せますか? 事実、毛利さんに解決をお願いした
事件のひとつにヨーコが高校時代に付き合ってた男性に関する事がありましたし」
「ああ、その事件のことなら知ってますよ。…確か相手の男性は自殺したんでしょ?」
「…さすがにこのときばかりは彼も負い目を感じたのか結局情報を売る事はしなかったん
ですが…。とにかく我々にとっても彼は要注意人物の一人だったんです」
(…となると、敵は沢山いた、って事か…)
 コナンは思った。まあ、こういったスキャンダルを追いかけている芸能記者とか芸能リ
ポーターというのはいつの世でも芸能界からは目の敵にされるのは仕方ない事なのかもし
れないが。
 昼にコナンがロビーで遭った北条アンヌだって一部の芸能人の間ではかなり嫌われてい
る、という話を聞く。だからと言って殺していい、何てことは絶対にあってはならない事
だが。

 その後、横溝刑事はいくつかの話を聞いた後、他にも事情聴取をしなければならない、
という事で控室を出て行こうとした。
「…ところで毛利さん、明日も大丈夫ですか?」
「ええ、まあ、この子達も今夏休みですし…」
「そうですか。じゃあ、我々の方で宿の方は手配しておきますから、明日もまたお越し願
えませんか?」
「まあ、それは構いませんが」
 それを聞いた横溝刑事は携帯電話を取り出すとどこかホテルに連絡を入れる。
「…毛利さん、予約が取れました。後でご案内しますよ」
 そういうと部下を引き連れ部屋を出て行った。
「…で、ヨーコさんはどうするんですか?」
「…これから明日朝イチでTVの録画取りがあるんで東京に戻りますよ。午後からは9月
から始まるコンサート・ツアーの打ち合わせ、明後日からは秋のスペシャルドラマのロケ
で北海道ですよ。1週間位休みなしですから。…ほら、ヨーコ。早くしないと新幹線に間
に合わないよ」
 山岸が言う。それに急かされたかヨーコは荷物を持つ。
「…忘れ物はないね?」
「はい。…それじゃ、毛利さん」
「ええ。それじゃ気をつけて」
 そして沖野ヨーコは東京に戻っていった。
   *
 不意にはじめの携帯電話の着メロが鳴った。
「…もしもし。あ、玲香ちゃん?」
 どうやら速水玲香からはじめに電話がかかってきたようだ。
「…いつの間にあの二人、そんな仲になってたの?」
 美雪が呟く。
「え? …あ、一寸待ってて」
 そう言うとはじめはバッグの中からメモ帳とボールペンを取り出した。
 そして、玲香とのやり取りをメモ帳に書いていく。
「…うん、うん…、そうか。…わかった、それじゃ気をつけて」
 はじめはそう言うと携帯電話を切る。
「今の電話何?」
 美雪が聞く。
「ん? 今度デートしようって」
「何よ、それ!」
「ジョーダンだよ、冗談。…今まで玲香ちゃん事情聴取受けてたらしいな。その件につい
てオレに電話よこしたんだ」
「それで?」
「かなりツッコまれたらしいな。…ほら、玲香ちゃん、って結構事件に巻き込まれてるだ
ろ? …あの横溝とか言う刑事、それ知ってたらしくていろいろ聞いたらしいな」
「…そうね。結構ワイドショーでも話題になったしね」
「あの殺された早川、って記者もその件についてかなり追いかけてたらしいな」
「でも、だからと言って彼女が…」
「ああ、刑事だってそうは思ってないはずさ」
「…で、何て言ってたんだ?」
「まあ、とにかくあの早川という男について色々と聞かれたらしいな。ただ玲香ちゃん自
身、あの男についてはあまり知らない、って言ったらしいよ。…まあ、刑事がどう取るか
は別だけどな」
「それで?」
「…玲香ちゃん明日から仕事で関西の方回るんだって。何かあったら連絡くれ、って言っ
てた」
「…そうか…、ま、とにかく、ビデオを見てみるか」
「そうだな」
 ということで5人はビデオを見始める。

 ビデオは控室の様子から始まっていた。
「…しかし、ホントお前ってビデオの撮影が上手いな。本当に中学生か?」
 いつきが佐木に聞いた。
「…いつきさん、そういう言い方はないだろう? コイツん家はそれでメシ食ってんだか
らさ」

 速水玲香がビデオカメラに向かって微笑んだ。
 慌しい中にも何かホッとするものを感じる。
「…この玲香ちゃん、いい表情してるよな」
「よかったらダビングしてあげますよ」
「ホントか? それじゃあ10本ばかりダビングしてくれねーか? 玲香ちゃんのファン
に1本1万円で売りつけるからさあ」
「いーですねー。それじゃついでにインターネットで静止画を流しましょうよ」
「…二人とも、肖像権って知ってる?」
 その二人のやり取りを聞いていた美雪が口を開いた。
「え?」
「彼女の許可を得ないで勝手にビデオなんかを売りつけるのは肖像権の侵害に当たるのよ。
…はじめちゃんだってインターネット上でコラージュ写真を公開しているサイトが問題に
なってるの知ってるでしょ?」
「し…知ってるよ、それ位。だから冗談だっつーの」
 実ははじめは時々パソコンを持っているクラスメイトの家に遊びに行っては「18歳以
上」だと偽り、その手のサイト巡りを彼らと一緒によくしていたのだ。
 あるサイトで玲香のコラージュ写真を見つけたときは「オレの玲香ちゃんをこんな風に
しやがって」と思いながら楽しんでいたが…。

「…玲香ちゃん、そろそろリハーサル始めるよ」
 ビデオはアシスタントディレクターが玲香の控室に入ってきた場面を写していた。
「…しかし、何だろうね。こいつの趣味悪いTシャツは。随分派手だよなあ」
 いつきがビデオに写ったアシスタントディレクターを見て言った。
「え…?」
 それを聞いたはじめが画面を注視する。
「…どうしたの、はじめちゃん」
「あ、いや、何でもない」
 …はじめは何か引っかかるものを感じたのだ。


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