ゴジラ・バラゴン・ダガーラ 怪獣大決戦
・第2話
<第3章 2003年8月・下関&猪苗代>
山口県下関市のある漁港。
早朝から漁に出て行った漁船が次々と帰ってきた。
「おかえり、どうだった?」
「駄目だ、全然獲れねえ」
ひとりの漁師が言った。
「おかしいよな…。ここ数日天気は晴天続きだし、海も荒れてねえって言うのに…」
そう、ここ数日下関市周辺の漁港では記録的な不漁が続いているのだ。
漁師の言葉どおり、この時期にしては珍しく天気は晴天続きで海も穏やかな毎日が続い
ている。その上、台風などの情報も一切聞いていなかった。それなのに、魚だけは圧倒的
な不作なのである。
「…そういえば、魚が獲れねえ、ってこの辺りだけじゃなさそうだぜ」
別の漁師が言った。
「本当か?」
「ああ、ここ数日間、下関だけじゃなく瀬戸内の海全体で記録的な不漁が続いてる、って
言うぜ」
「瀬戸内海全域でか?」
「ああ。こんなに広範囲で魚が獲れねえ、ってのも珍しいことだ、ってな。研究所の方で
も調べているが、原因がサッパリ掴めねえらしいんだ。ただな」
「ただ?」
「何でもどっかの魚群探知機が魚とは思えないくらいでかい影を見た、って噂があるんだ」
「鯨かなんかじゃねえのか?」
「いや、その影、って言うのがどう見ても全長が60メートルはある、って言うんだ。い
くらなんでもそんなでかい鯨がいるワケねえだろう」
「…そのでかい影と何か今回の不漁が関係あるのかね」
「…もしかしたら」
「もしかしたら?」
「陀河亜羅かもしれねえな」
「ダガーラ?」
「おいおい、いくらなんでも、それはねえだろう。あれは単なる言い伝えだろ?」
*
猪苗代湖の畔、野口英世記念館の向かいにある「世界のガラス館」。
そこは他にも「猪苗代おかし館」「猪苗代地ビール館」「猪苗代だんご館」「オルゴール館」
というのがあり、様々な土産物を買う事が出来る。
そこの駐車場の一角にテーブルがあり、千秋と冬彦の二人が座っていた。
「陀河亜羅伝説?」
「…ああ。あれから調べてみたら呉爾羅、婆羅護吽と同じような巨大な怪獣伝説として陀
河亜羅伝説、ってのがあるんだ。これはな、瀬戸内海周辺に伝わっている伝説で世の中が
混乱に陥った時に現れる怪獣だと言われてるんだ」
そう言いつつ、冬彦は例の「民間伝承と怪獣」を開く。
「…これは幕末に現れた、といわれている婆羅護吽や、昭和29年以来記録にもはっきり
と残っているゴジラとは違って、出現の記録とか残っているわけじゃないが…。ゴジラが
実際に出現してるんだから婆羅護吽や陀河亜羅が実際いたとしたっておかしくはないだろ
う? …それにな」
「それに?」
「…この3つの伝説には奇妙な共通点があるんだ」
「共通点、って何?」
「まず、それぞれ巨大な怪獣であること。それぞれが世の中が混乱した時に現れる存在で
ある事。…それから、これを見ろよ」
と冬彦はプリントアウトした紙を見せる。
「…これは?」
「…ネットで調べてみたら出てきたよ。山口県下関市のある所に陀河亜羅を祀った神社が
あるとさ」
千秋は冬彦の差し出した紙を見る。
「…会津には婆羅護吽を祀った神社があって、大戸島には呉爾羅神社がある。そして下関
の陀河亜羅神社。オレはこれが単なる言い伝えとかそういったものでは片付けられないよ
うな気がするんだ」
「…」
「でだ、ここから先はオレの勝手な推測なんだが…。呉爾羅、婆羅護吽、陀河亜羅。この
3つはかつて日本に出現したんじゃないか、と思うんだ」
「同時期に?」
「ああ。それも昭和29年や幕末以前の頃からだ。会津には婆羅護吽、大戸島には呉爾羅、
瀬戸内には陀河亜羅の伝説として残っていることから考えて、恐らく出現したのはその辺
りだと思う。勿論、3匹の怪獣が同じ頃に出たのか、それとも出現時期が違うのか、とか
3匹の怪獣の目的が何であったわからない。わからねえけどな、やがてそれが伝えられて
いって、その地方に伝説として残ったんじゃないか、こう思うわけだ」
「ふーん…」
*
その日の夜の事だった。
下関のある漁港。1人の男が懐中電灯の明かりを頼りに埠頭を歩いていた。
男は見回りに来ていたのだった。
不意に男は歩みを止めた。
海の方から波の音に紛れて物音が聞こえたのだった。
「…?」
男は懐中電灯の明かりを海に向ける。
夜の暗い海の中。波しか見えていなかった。
「…空耳か?」
男は首をかしげながらまた歩き始めた。
再び海の中から物音が聞こえた。
今度はさっきの音よりはっきりと聞こえたのだ。
男は再び懐中電灯を海に向けた。
不意に波が盛り上がった。そして…
「ひ…ひえーっ!」
<第4章 2003年8月・会津若松&下関、そして東京>
福島県会津若松市にある一軒の家。
「夏目」と言う表札が表に掛かっている。
冬彦と千秋はあの後会津若松の冬彦の親類の家に来て、数日ここに泊まることにしたの
だ。
冬彦たちは朝食を取っていた。
TVでは丁度朝のニュースをやっていた。
「…次です。今朝、山口県下関市の漁港で漁船数隻が何者かによって荒らされていたこと
がわかり警察は捜査を進めております」
TVでは下関の漁港の様子が映し出された。
確かに数隻の漁船が何者かの手によって押しつぶされたかのように破壊されていた。
さらに現地からのレポートによれば、この近くにある魚市場が何者かによって荒らされ、
その場にあった魚が食い散らかされていた、という事も知らせていた。
「…下関か…」
冬彦がつぶやいた。
「…冬ちゃん、下関がどうしたのかえ?」
冬彦の伯母が聞いた。
「? …いや、なんでもないよ」
*
同じ頃、東京にある防衛庁。
「…司令!」
オペレーション・ルームで1人の士官が司令官を呼んだ。
「…どうした?」
「これを見てください」
士官がコンピューターのディスプレイを指差した。
「…小笠原沖で何か巨大な物体の反応があります」
見ると小笠原諸島のある島の近くに光点が点滅していた。
「偵察機は?」
「先ほど飛ばしました。間もなく現場に到着すると思います」
「…もしかすると…」
「ヤツでしょうか?」
「…それは偵察機が情報を収集してからだ。…とにかく、長官と陸海空の三幕僚長を呼び
出せ」
「承知しました」
*
下関にある駐在所。
「…だから見たんだってばあ!」
男が駐在所の警官に言っていた。
「…そんな話にわかに信じられるわけないだろう? そんな馬鹿でかい怪物が現れたなん
て…」
「じゃあ、漁船が破壊されたってのはどう説明するんだよ! 魚市場の魚が食い散らかさ
れたってのはどう説明するんだ?」
「だから今、それは県警から応援が来て調べてるから…」
その時、不意に地面が揺れた。
「…なんだ、地震か?」
「…地震にしちゃこの揺れ方はおかしいぜ」
すると、急に海の方が騒がしくなった。
慌てて外へ出る二人。
既に港には何人もの人間が外に出ていた。
全員が不安そうに海を見ている。
…と、急に海が割れ、中から巨大な怪物が出現した。
「か、怪獣だあ!」
蜘蛛の子を蹴散らすかのように慌てて逃げ出す住民達。
体色が茶色の四足怪獣はゆっくりと上陸を始めた。
*
「…番組の途中ですがニュースです。只今山口県下関市に怪獣が出現し、付近の住民に避
難命令が出されました。この事態を受け、政府は臨時閣議を開き、間もなく自衛隊に出動
命令が出される模様です」
臨時ニュースをじっと見る冬彦。
画面は下関市の様子を映していた。下関市に上陸した、という怪獣は四足の怪獣であり、
その怪獣は港町を荒らしていた。
「…この怪獣、ゴジラではねえな。…となると、婆羅護吽? いや、確か婆羅護吽は体色
が赤い、って伝説に残っているはずだし、身の丈百尺、って事は大体30メートルだろ?
コイツはどう見たって60メートルはあるぞ。…と、言う事はまさか…陀河亜羅?」
その時だった。
「冬彦!」
千秋が冬彦のところに駆け込んできた。
「どうした、千秋?」
「やっぱアレ、空耳じゃなかったのよ」
「…何のことだ?」
「猪苗代のあの神社の洞穴からなんか変な物音が聞こえる、ってさっき猪苗代から戻って
きた近所の人が言ってる、って?」
「なんだって?」
それを聞いた冬彦は立ち上がった。
「どうするの?」
「行くんだよ、オレたちも。猪苗代に!」