Dear Mr.BLACK
(第3話)
翌日。真理亜は「体の調子が悪い」と言って学校を休むとその足で銀行へと向かった。
「すみません、倉沢ですが」
「いらっしゃいませ」
銀行員が真理亜を出迎えた。
「あの…、そちらに貸金庫、ってありますよね?」
「ええ、ありますけど」
「この貸金庫の中を見てみたいんですけど…」
そういうと真理亜は鍵を差し出した。
それを見た行員は、
「…支店長を呼んでまいりますので少々お待ちください」
やがてこの銀行の支店長と名乗る男が現れた。
「どのようなご用件でしょうか?」
「いえ…、昨日家の中を整理してたらこんなものが出てきたので…」
そういうと真理亜は貸金庫の鍵を差し出した。
「これは…、確かに私どもの貸金庫の鍵ですが」
「…やっぱり…」
「やっぱり、ってどうかなさいましたか?」
「いえ、母が…倉沢良子が貸金庫に何か預けているので何かと思いまして…」
「…失礼ですが、どちらさまですか?」
「私、倉沢良子の娘の真理亜といいます」
そう言いながら真理亜は念のために、と持ってきていた生徒手帳の写真のページを見せ
る。
「…母が亡くなったので遺品の整理をしていたらこの鍵が出てきたので」
「…調べてみますので少々お待ちください」
*
やがて調査が終わったか、真理亜は貸し金庫室に通された。
「…確かに倉沢良子様の名前でここを借りてますね」
そういうと支店長は真理亜から受け取った鍵で貸金庫を開いた。
真理亜は中を見る。
「…?」
中を見て首をかしげる真理亜。
中には書類のようなものが入っているらしいクラフト封筒があっただけなのだ。
「…これだけ、ですか?」
「そのようですね。…何かおかしな点でも?」
「い、いえ、ありがとうございました」
そして真理亜はそのクラフト封筒を受け取るとそれを持って帰った。
*
真理亜の家。
真理亜は誰もいないのを確認すると、家中の鍵を閉めた。
そしてキッチンのテーブルに座る。
「例の事件」が起こって以来、必要な時以外は外出を控えるようにしたし、このキッチン
からは隣の家がすぐそばにあるから何かあっても大丈夫だろう、と思ったのだ。
そして何かあったらすぐにでも警察などを呼べるように電話もあるし…。
これから何か大きな仕事に望むかのように真理亜は大きく深呼吸を一回すると、クラフ
ト封筒の封を開けた。
「…な、なに、これ?」
封筒を開けた真理亜は中の紙を見て思わず声をあげた。
なにやら研究論文のようなのだが、彼女の頭では全く理解できないような数式や記号が
びっしりと書き込まれていたのだ。
「…いったい何なの? これって…」
文章から何かわかることはないか、とも思ったのだが、なにやら科学の論文のようなこ
とはわかったのだが、真理亜が聞いたこともないような学術用語が多くいったい何の論文
なのか全く理解できないのだった。
それでも真理亜はその分厚い論文をめくって行った。
最後のページに来た時だった。
「…これは…」
そう、最後のページに「倉沢義幸」と言う署名があったのだ。
「これって、お父さんの名前…よね?」
そしてその署名の上にある日付を見る。「1990.XX.XX」という日付だった。
「1990年、ってことは…。あたしが2歳の時のときじゃない!」
真理亜が産まれたのは1988年――つまり昭和最後の年である昭和63年――の夏で、現
在の年号である「平成」と同じ年だからそっちの計算はやりやすいが、それでも2歳、と
いったら記憶があやふやだから、父親がこんな論文を書いていたとしても記憶がないのは
納得いく話だが…。
*
翌日。
「やばっ! 遅刻しちゃう!」
昨日、ああいうことがあったからついつい夜中まで起きていた真理亜が目を覚ましたの
は始業時間ぎりぎりだったのだ。
このままでは遅刻してしまう、そう判断した真理亜は辺りを見回す。
「…あの時以来やってなかったけど…、仕方ないよね」
真理亜はそう判断するとあの日――護が転校して来た日以来やってなかった塀に飛び乗
ると平均台の要領で歩いていった。
そして周りを見回すと飛び降りた。
そして歩き出そうとした時だった。
「…へーえ、今日は白と青のストライプか」
「…その声は…」
そして真理亜が振り返る。
「よっ!」
そこには護が立っていたのだった。
「あ…あんた、いつもいつもどこ見てるのよ!」
「だからお前が勝手に見せてんだろが!」
「見るあんたも悪いんじゃないの!」
そういうと真理亜はスタスタと歩き出した。
それを追いかける護。程なく追いつくと、
「それよりよ、真理亜」
「何よ」
「…お前昨日東南銀行にいただろ?」
「え?」
「オレ見たんだよね。昨日の昼頃お前が銀行に入っていくの。昨日学校サボったんだろ?」
「だからどうだって言う…、ってあんたもサボってんじゃない!」
「…だな。でもよ、それってお互い様だろ? それよりお前何やってたんだ?」
「何やったっていいじゃない。あんたには関係ないでしょ? 大体なんだってそんなにあ
たしの事知りたがるの? あんたもしかしてストーカー?」
「ストーカーとは失礼だな。興味ある子のことは何でも知りたがるのは普通だろ?」
「そう言うのをストーカー、って言うの!」
そう言うと真理亜は護をおいて歩き出した。
*
昼休み、学校の図書室。
生徒たちが思い思いの雑談をしている脇で真理亜が一人隅の席に座って例の書類を眺め
ていた。
何回か読んでいるうちに何かの研究論文であること、そしてその論文がなにやら重大な
内容であることはわかってきたのだが…。
「真理亜、何やってるの?」
不意に裕美子が話しかけてきた。
「え? あ、な、なんでもないわよ」
慌てて書類をしまう真理亜。
「…何見てたのよ?」
「だからなんでもない、って」
「ふーん…、それならいいんだけど…。でもさ、ここのところ真理亜、なんだかちょっと
変じゃない?」
「変、って?」
「よくわからないんだけど、この間誰かに襲われた、って言う時から何かあたしの前で隠
し事してる、って言うのか…。いったい何があったの?」
「だからなんでもない、って。裕美子は心配しなくっていいわよ」
「ふーん。それならいいんだけど」
*
そして学校が終わり、帰り道を歩いている時だった。
「…?」
真理亜は何か気配を感じて後ろを振り向いた。
しかし誰もいない。
真理亜は首を傾げながらまた歩き出した。
そして20メートルも歩いただろうか、後ろに何か気配を感じてまた振り向いた。
「…なんだろう…」
真理亜は何者かが後ろを付けている気がしたのだ。
真理亜は不審に思いながらまた歩き出した。
それからまた何十メートルか歩いた時だった。
真理亜は不意に後ろを振り返った。
その瞬間を見逃す真理亜ではなかった。何者かが物陰に隠れたのがはっきりと見えた。
「…やっぱり…」
真理亜の予感は当たった。
なにやらさっきから何者かが後ろをつけていたのだ。
真理亜は彼らをまこう、と思い突然走り出した。
どの位走っただろうか。
後ろからは誰もついてこないようだ。
「…ふう、どうやらまいたみたいね」
そう思ったときだった。
「そのくらいはお見通しさ」
いきなり真理亜の前に一人の男が現れた。
「あ…!」
その姿を見て、真理亜は逃げ出そうとした。その矢先、真理亜は何者かに後ろから羽交
い絞めにされた。
「…な、なによ! 人を呼ぶわよ!」
「うるさい、おとなしくしろ!」
そういうと男はナイフを取り出すと、真理亜の胸に突きつけた。
「…ひっ!」
「…例のものをよこせ」
「…例のもの、って?」
「昨日お前が銀行の貸金庫で受け取ったものだ」
「そ…、そんなもの受け取ってないわよ!」
「嘘をつくな! 昨日お前が銀行に入るのを見たんだ。ついていくと案の定だ。貸し金個
室に入っていったじゃないか」
「う…」
「…わかったらおとなしく、昨日貸金庫で受け取ったものを渡すんだ」
「わ…、わかったわよ…」
そういうと真理亜は鞄のクラフト封筒を差し出した。
男はそれをひったくるように受け取るとあっという間にその場を立ち去ってしまった。
「…怖かったあ…」
そういうと、真理亜は大きくため息をついた。
「…でも、こんな簡単な手に引っかかるのって本当にいるのね」
そういうと真理亜は別のクラフト封筒を取り出した。
「こんなこともあろうかと思って別の封筒に入れておいたのよ。それに念のためにと思っ
てコピーも取っておいてあるし」
そのコピーも念のために、と2部取っており、そのうちの1部は「ここなら絶対安全」
と彼女が信じている場所においてあるのだ。
「…とにかく、ああいう手が2度と通じるとも思えないし…。これからも気をつけないと」
*
それから数日は何事もなく過ぎた。
真理亜本人も登下校にはかなり気をつけているし、家の方も例の事件があってから近所
の人がそれとなく、という感じで見ているようだし、真理亜本人もわざわざ隣の家に報告
してから学校に行くことにしてるのでこれといった出来事も起きていなかった。
その日も無事学校が終わり、真理亜が下校途中の出来事だった。
「…?」
数日前に感じた「あの」感覚が再び真理亜を襲った。
「…また、尾けられている…」
そう、この間と同じようにまた尾行されている感じがしたのだ。
「また、まかなきゃ…」
そして真理亜が走り出そうとしたそのときだった。
不意に真理亜の前に男が二人立ち塞がった。
真理亜は慌てて踵を返して逃げようとしたが、その前にまた二人男が立ち塞がり、真理
亜は取り囲まれてしまった。
「…な、何よ、あんたたち!」
真理亜が言う。
「何よとはご挨拶だな。この間の事を忘れたとは言わせないぞ」
「この間のこと?」
「あんなどうでもいいようなものを寄越しやがって」
「どうでもいいもの?」
「ああ、お前があそこまで考えていたとは思わなかったけどな。なかなか頭のいい女だな。
…でもな、今日はそうは行かんぞ。痛い目に遭いたくなかったらおとなしく例のものを渡
せ」
「そう言われるとますます渡したくないわね。…大体あんたたち、いったいあれをなんに
使おうと思ってるの?」
「うっ…」
それを聞いて男たちが絶句した。
「…やっぱりね。何かよくないことに使おうと思ってるんでしょう。だったらあんたたち
のような連中には尚更渡せないわよ!」
「なんだと、このアマ。黙って聞いてりゃつけあがりやがって!」
不意に男たちが襲ってきた。
真理亜が目を閉じたそのときだった。
「ぐへっ!」
いきなり男が崩れ落ちた。
恐る恐る目を開ける真理亜。
「あ…」
真理亜の前に一人の男が立っていた。
「…あなたは…」
そう、以前彼女が拉致されそうになったときにどこからともなく現れ、真理亜を助けた
あのサングラスの男だったのだ。
「真理亜、ここはオレに任せて早く逃げるんだ!」
「は、はいっ!」
そして真理亜は物陰に隠れた。
ひたすらなにやら殴りあう音が聞こえてくる。
どのくらいたっただろうか。おそらく、2、3分しか経ってなかったかもしれない。
見ると男たちは全員のされており、あのサングラスの男だけが立っていた。
その男は真理亜に気がつくと、
「大丈夫か?」
真理亜に近づいてきた。
「え、ええ。あたしは大丈夫だけど…、あ!」
真理亜が何かに気づいたようだ。
見ると男の左手から血がにじみ出ていたのだ。
「大丈夫?」
「…一寸暴れすぎたようだな」
真理亜はポケットを探るとハンカチを取り出し、男の左手の血を拭いた。
「お、おい…」
「…後でちゃんと手当てしてね」
「…解ってるよ。それより…」
「なに?」
「…どうやらお前これから大変なことになるかもしれないけど、大丈夫なのか?」
「…大丈夫。もう何があっても驚かないわ」
「…夫、これ以上の長居は無用だ。…じゃあな」
そしてその男はあっという間に立ち去った。
真理亜はその男の去った方向をずっと眺めていた。
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