Dear Mr.BLACK

(第2話)



「…お父さんが生きてる?」
 翌日、学校へ向かう道の途中。
 真理亜は昨日から何度と無く口に出てきた言葉をつぶやいた。
 昨日はいろいろなことが多すぎた。
 朝、場所もわきまえずに真理亜に向かって「白パンツ」と怒鳴った男が転校生としてや
って来てよりによって彼女の隣の席に座ったこと。
 学校の帰りに何者かが真理亜に襲い掛かり拉致されそうになったこと。そしてそんな彼
女を助けた自分と同じくらいの年齢の謎の男…。
 そして、真理亜を拉致しようとした男たちと、謎の青年が言った「お前の父親は生きて
いる」という言葉も気になるし…。
 とにかくいろいろなことが起きて、真理亜自身が心の中で整理できなかったのだ。

「…そういえば、あたし、お父さんのことについてどれだけ知っているんだろう…」
 ふと真理亜はそんなことを思い出した。
 考えてみると母親である倉沢良子に小さい頃から何度と無く父親のことを聞いても「あ
なたのお父さんはあなたが生まれてまもなく死んでしまった」と聞かされていて、彼女自
身、それをすっかり信じきっていたのだ。
 そして、何度聞いても同じことだと思ったからか、やがて彼女も父親のことについて聞
くのをやめてしまったのだが。
「…でも…」
 考えてみると、そういうこともあって真理亜自身、父親の倉沢義幸については何もわか
らないも同じだった。いったいどんな人だったのか、どうして死んでしまったのか、そし
てもし生きているのだとしたら何で死んだことになってたのか…。
「…これは、最初か調べてみる必要があるかも…」
     *
 そして、玄関に入って、上履きを取ろうとしたときだった。
「よっ、真理亜!」
 神宮寺護が話しかけてきた。
「ちょっとあんた、なれなれしく呼ばないでよね! いつからそんな仲になったのよ!」
「ま、いいじゃねーかよ。…それより、今日は何色だーい?」
「…何のことよ?」
「ぱ・ん・つ」
 それを聞いた真理亜、たちまち顔を真っ赤にし、
「…朝っぱらから何言ってるのよ、このセクハラ男!」
 この護と言う男、180cm近い身長と整った顔立ち、と言うこともあってかあっという間に
クラスの女子の人気を獲得したのだが、困ったことに――他の男子もそうなのかもしれな
いが――少々エッチな話が好きなところがあるようなのだ。
「セクハラ男とはご挨拶だな。オレ位の男って異性に興味持つのが普通なんだぜ」
「それはあんただけなんじゃないの?」
 そう言うと真理亜は教室へとスタスタと歩いていった。
    *
「…そんなことがあったの…」
 休み時間。真理亜から昨日の出来事について話を聞いた裕美子は驚きを隠せなかった。
「…うん…、その人がいなかったら、どうなってたかわからなかったわ」
「それにしても…、真理亜を誘拐しようなんて、何の目的があったのかしら」
「…あたしだってわからないわよ。でも、そいつらが気になること言ったのよ」
「気になること?」
「うん、そいつらが言うにはあたしのお父さんが生きている、って…」
「…お父さん、って…、真理亜。あんたのお父さん、ってあんたが産まれて間もなくに死
んだはずでしょ?」
「うん。そのはずなんだし、あたしもずっとそう信じてたんだけど…。昨日遭ったそいつ
らが言うのには、お父さんが生きている、って言うのよ」
「…それであんた、そいつらの言うこと信用してるの?」
「正直言ってわからないわ。お母さんも死ぬまで本当のことを話してくれなかったし」
「…まあ、娘に余計な心配をさせたくない、って言う親心かもしれないけど…。だったら
亡くなる前にそのことくらい話してくれてもよかったのにねえ…」
「それはそうなんだけど…」
「それに、よ。もし、そいつらの言ったとおり、真理亜のお父さんが生きていたとしても
よ。何でそんな、真理亜を拉致する必要があるの?」
「だからあたしにもわからないのよ。…だいたい、よく考えてみたらあたし、お父さんの
ってどういう人だったのかよくわからないのよ。だから、どんな人だったのか調べてみよ
うと思ってるんだけど…」
「…まあ、確かにそうだけど…。気をつけてよ。その連中が真理亜を拉致しようと考えて
いた、って言うことはたぶん真理亜がこれから知ろうとしていたことくらい走ってるかも
しれないわよ」
「わかってる、って。でもやっぱりこれくらいのことははっきりさせとかないと、あたし
自信がどうしていいかわからないもの」
「それに、その真理亜を助けた、って言うサングラスの人も何の為に真理亜を助けたのか
しら?」
「…単なるカッコ付けなんじゃねーの?」
 いきなり二人の傍らで声がした。
「?」となって声のした方を向くといつの間にやら神宮寺護が立っていた。
「あんた、どっから湧いて出てきたの?」
 真理亜が言う。
「ひでーな。人をボウフラだかなんかと同じように見やがって」
「ボウフラの方がまだまだましよ。大体人の話を勝手に立ち聞きするなんて」
「立ち聞き、って勝手に聞こえてきただけだよ。…それにしても、お前みたいなヤツを助
けるなんて物好きもいるんだな」
「物好きとは何よ、物好きとは! …少なくとも学校に来ていきなりパンツの色聞くよう
な人よりは数百倍カッコいいわよ!」
「何でそうムキになるんだよ。…さては、お前、そいつに惚れたか?」
「そんなことどうだっていいでしょ! 行こう、裕美子!」
 そう言うと真理亜は歩き出した。
「あ、待ってよ、真理亜!」
 そして裕美子も二、三歩歩き出したが、
「…?」
 いつの間にか彼女のブレザーのポケットに紙が入っているのを見つけた。
「…何だろう?」
 裕美子はポケットから紙を取り出し、中を見る。
「…これは…」
「裕美子、何やってるの!」
 真理亜の声がする。
「う、うん。今行くわよ!」
    *
 そして学校から帰ったときだった。
 なにやら自分の家の前で人だかりがしているのを真理亜は見た。
 傍らにはパトカーが停まっている。
「…? 何があったのかしら?」

「あ、真理亜ちゃん、今帰ってきたのかい?」
 見ると隣に住んでいる女性が真理亜に話しかけてきた。
「おばさん、どうしたんですか?」
「それがねえ…、真理亜ちゃん家に泥棒が入った、って言うんだよ」
「何ですって?」
 そして真理亜は、
「すみません、この家に住んでるものですが!」
 近くにいた警官にそう言うと、家の中に入れてもらい詳しく事情を聞くことにした。

 そして真理亜は色々と事情を聞いたところによると、人通りが少ない昼ごろに泥棒が侵
入したこと、そして裏口から鍵を壊して壊して進入したことなどがわかった。
「…どうやらこれはプロの手口ですな」
 真理亜は一人暮らしということもあってか戸締りはしっかりとしてから家を出るのだが、
ピッキング泥棒の例を出すまでも無く、プロの手に掛かればそんな鍵かかっていないも同
じなのだろうが。
 そして真理亜は家の中を見た。
 あたり一面ものすごい散らかりようだった。
     *
「…あれ?」
 真理亜は部屋を見て不思議なことに気がついた。
「…何も盗まれたものが無いわ…」
 そう、預金通帳や財布などはそっくりそのまま置かれており、金目のものは元の場所に
置いたままだったのだ。

「…何も無い、ですって?」
「ええ、本当です。盗まれたものは何も無いんです」
「…おかしいですな。だとしたら犯人の目的は何だったんでしょうな?」
「…それは…」
 真理亜は考え込んでしまった。
「…? どうかしましたか?」
 その様子を見て不審に思ったか、警官が聞く。
「ん? い、いえ。なんでもないです。たぶんウチにこれと言ったものがないから何も盗
らないで出て行ったんじゃないかな〜、なんて思うんですが」
「そうですか…」
 真理亜は「例のこと」について話そうかとも思った。
 しかし、見た限りでは昨日自分の身に起こったことについて、目の前にいる警官たちは
知らないようである。
 もし「例のこと」に関して警察が知っていたとしたら真っ先にそのことに関して真理亜
にいくらなんでも聞いてくるだろうが、その様子もまったく無い。
 昨日の件といい、今回の泥棒騒ぎと言い、おそらく相手もずいぶんと用意周到に計画を
進めたようだし(もっとも、思わぬ邪魔が入って結局は失敗に終わってしまったが)、何故
かわからないが、真理亜はこのことに関して話すのは控えておこうと思ったのだ。
 そしてまた何かあったら連絡をほしい、と言って警察が去るとそれを合図にしたかのよ
うに真理亜の家に集まっていた野次馬も去っていった。
 真理亜は辺りを見回す。
 そして何気なく外を見たときだった。
「…?」
 真理亜は自分の家の前に護の姿を見つけた。
「…ちょっと! 何であんたがここにいるのよ!」
「何で、って言い方はねーだろ? 家に帰る途中で人だかりがしてるからなんだと思った
ら、この家に泥棒が入った、って言うじゃねーかよ」
「帰る途中?」
「そ。オレ、この近くのアパートに住んでるんだ」
「あ、そう。それにしても、いつまでいるつもりなのよ? もう他の人は帰っちゃったわ
よ」
「別にいつまでもいたっていいじゃねーかよ。…それにしてもここがお前の家か」
「だからどうだ、って言うの?」
「…それにしても、あの裕美子とかいう子に聞いたんだけど、お前一人住まいなんだって? 
大変だな」
「あんたには関係ないことでしょ?」
「それもそうだな。ま、とにかく気をつけることだな」
 そして護はその場を去っていった。
 その姿を見送る真理亜。

「…それにしても…」
 これから一人で片づけをしなければならないと思うと気が重くなるが、それはとにかく
真理亜はどうも引っかかることがあったのだ。
「…なんで何も盗らなかったんだろう…」
 見回した限りではこれと言って盗まれたものは無かったのだ。となると犯人の目的は…。
「…まさか、あの件と関係があるのかな…」
 真理亜はさっきから感じていた「引っかかること」に気がついた。
 もし、昨日自分を拉致しようとした男たちがある目的を持って自分の家に侵入したのだ
としたら…。
「…もしかして、お父さんに繋がる何かを探そうとして…」
 しかし結局は何も見つからなかったから、結局は引き上げたのかもしれない。
「そこまでして何を知りたいんだろう…」
 そう思いながら真理亜は再び家の中に入っていった。

「…ふう…、今日はここまでにしよう」
 やはり一人だけだと限界があるし、翌日も学校があるから真理亜はある程度片付けると
続きを翌日に回して、今日は終えることにした。
 そして最後の仕上げに、と掃除機を掛けていたときだった。
 ある棚の奥にノズルを入れたとき、何かが引っかかる感触が会ったのだ。
「…?」
 真理亜は不振に思いながらノズルを引っ張り出した。
「何、これ?」
 見ると小さく折りたたまれた封筒が吸い込まれていたのだ。
 よく見ると封筒にテープが付いている。
「…なんだろう、これ?」
 不振に思った真理亜は屈みこむと棚の隙間を覗き込む。
 その隙間はどうにか手が入るくらいの隙間だった。
 その奥のほうにテープの切れ端が付いていたのを真理亜は見つける。
「…あそこに付いていたのかな? …でもなんで、こんな取り出しにくいところに付けた
んだろ?」
 その棚は鍵を使うような扉はないし、周りにもそのような棚はない。第一何らかの形で
鍵を掛けるにしろそんな取り出しにくいところには取り付けないだろう。
 真理亜は不振に思いながら封筒を開いた。
 中から一本の鍵が出てきた。
「…何、この鍵?」
 よく見ると「東南銀行 17」と書かれたプラスチックの円盤が鍵に付いている。
「東南銀行…?」
 そう、真理亜が住んでいる町にある銀行である。
「…もしかしたら、これって…、貸金庫の鍵?」
 なぜ、こんなところに貸金庫の鍵があるのだろうか?
「…まさか…」
 真理亜の母親である良子はこういった事態に備えて貸金庫を借りていて、そこに何かを
預けていたのだろうか? だとしたらこれは、父親の秘密に繋がる手がかりになりはしな
いだろうか? そう考えれば、こんな取り出しにくいところに貸金庫の鍵を隠しておいた
説明が付くのだが…。
 幸い、真理亜の家に侵入した人物もそこまでは頭が回らなかったのか、こうして見つか
らずに済んだが。
 真理亜は自分の手の中にある鍵を握り締める。
「…これは調べてみる必要がありそうね…」
 真理亜はそうつぶやいた。


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