Dear Mr.BLACK
(第1話)
朝日が部屋を差し込む。
そしてピンクの布団がかけられたベッドを明るく照らす。
それに合わせるかのようにベッドのそばに置いてある目覚まし時計がアラームを奏でる。
「…う…ううん…」
ベッドの中から手が伸び、目覚まし時計のアラーム音を切ってしまった。
数分後。
再び目覚まし時計がアラームを奏でる。
「…んもう…」
再びベッドから手が伸び、目覚まし時計を手元に引き寄せた。
ベッドの中の可愛らしいオレンジ色のパジャマを着、髪の毛を両方でお下げに纏めた少
女が寝ぼけ眼で時計の文字盤を見る。
「…え〜っ? もうこんな時間?」
そう叫ぶと少女――倉沢真理亜はがばっとベッドから起きだし、慌てて着替えを始めた。
*
「やだ、遅刻しちゃう!」
真理亜は朝食もそこそこに玄関へ向かい、靴を履こうとする。
「…あ、そうだ!」
と、真理亜は何かに気がついたかあわててある和室に戻った。
そこには仏壇があり、一人の女性の遺影が飾られていた。
「じゃ、お母さん、行ってくるね」
真理亜はそう言うと、改めて玄関を飛び出し、ドアの鍵を閉める。
そして学校へ向かってダッシュをする。
どの辺りまで来た辺りだろうか。
真理亜は左手にはめている腕時計を見る。
「…やば、このままじゃ遅刻しちゃう!」
昨日も担任にあまりにも遅刻が多いのを注意されたばかりだというのにこれでは何の意
味も無い。
「…しゃーない。今日もこれで行くか」
そして真理亜は曲がり角を右に折れた。
ある家の前に来たときだった。
真理亜は辺りを見回し、誰もいないのを確認するとその家の近くにあったごみ置き場用
に設置されたブロックを踏み台替わりにして、とある家のブロック塀に登っていた。
そして平均台の要領で進んでいく。
もちろん他人の家に無断侵入していることに変わりは無いのだが、遅刻常習犯の彼女に
とっては大事な学校への近道なのだ。
これならば普段は歩いて20分近くかかる学校への道も大幅にショートカットすること
が出来るのだ。
そしてどのくらい歩いたか、目の前に大きな通りが見えてきた。
辺りを見回し、ブロック塀から飛び降りる。
ここまでくれば何とか始業に間に合うのだ。
真理亜は誰もいないのを確認すると済ました顔で歩き出した。と、
「おい、お前!」
彼女の背中で大声が聞こえた。
(…うるさいわねえ…。何よ、こんな朝っぱらから)
真理亜はそう思いながら歩き出した。と、さっきと同じ声が、
「聞こえねーのか、そこの白パンツのツインテール!」
そう言われて慌てて辺りを見回す。そして後ろを振り向いたときだった。
「あ…」
「やっと気が付いたか、白パンツのツインテール」
彼女の目の前に自分と同じくらいの年齢の少年が立っていたのだった。
「い…、いったいどこ見てるのよ、このスケベ!」
慌てて制服のスカートを押さえ、叫ぶ真理亜。
「何言ってんだ、オレはただ歩いてただけだ! それをお前が勝手に前に飛び出てきて勝
手にパンツ見せたんじゃねーか!」
「だからそうパンツパンツ言わないでよ! 大体あたしに何の用よ!」
「あ、そうだ。東南高校ってどこだよ?」
「東南高校? …それってあたしが通ってる高校じゃない。そこに何の用よ?」
「何の用、って…、オレもそこの生徒なんだよ!」
確かにその少年の着ている制服は真理亜が通ってるのと同じ東南高校のブレザーだった。
「…でも、あんた見かけない顔ね。転校生か何か?」
真理亜も東南高校の2年に進級してまだ日が浅いが、あらかたクラスメイトの顔は覚え
た。
しかし、今自分の目の前にいる少年は見かけたことの無い顔だった。
身長は180cm近くあるだろうか、顔立ちもすっきりと整ったなかなかの美少年なのだが、
真理亜は見覚えが無かった。
「…ま、そんなところだな。丁度いいや、道案内してくれないか?」
「それ所じゃないのよ! この道をまっすぐ行けば5分くらいで着くから、勝手に行きな
さいよ!」
そう言うと真理亜はその少年に背を向け学校へ向かってスタスタと歩き出した。
*
そしてあんなことはあったが何とか滑り込みで間に合った真理亜は教室の一番後ろの自
分の席に着き、始業を待っていた。
担任が入ってきて、朝のホームルームが始まった。
「…ホームルームの前に、今日は転校生を紹介する。神宮寺君、入ってきたまえ」
そして一人の少年が入ってきた。
「初めまして、神宮寺護です」
自己紹介をした少年を見た真理亜は思わず、
「あーっ!」
思わずそう叫んで席を立ち上がった。
「あー、お前!」
少年の方も真理亜に気づいたようだ。
「スケベ男!」
「白パンツ!」
二人が同時に叫んでいた。
…が、担任はそんな二人の事情も知らず真理亜に、
「なんだ、倉沢。お前、もう会ってたのか。丁度いい。倉沢の隣が空いているから、そこ
が神宮寺君の席だ」
「え…」
その言葉に思わず絶句する真理亜。確かに彼女は一番後ろの席だから誰か転校生が来た
ときに座るには格好の場所なのだが…。
しかし、そんな真理亜に構うことも無く、神宮寺護なる少年は真理亜の隣の席に座った。
「…神宮寺君はこの春まで両親の仕事の都合でアメリカに行っていたそうだ。まだ日本に
帰ってきて間もないそうだからいろいろと生活の違いなどで慣れていない所もあると思う
が、皆で世話してやってくれ。特に倉沢、いいな」
「え…?」
「…だとよ。よろしくな、白パンツ」
「…こっちこそ、スケベ男」
*
休み時間。
「…ふーん。真理亜、今朝あの神宮寺君って人にあってたんだ」
真理亜のクラスメイトで小学校の頃からの同級生である堀裕美子が話しかける。
「…冗談じゃないわよ。今朝あんなことがあっただけでも嫌なのに、あんなスケベが隣の
席なんて…」
「それはあんたがあんな近道するからでしょ? 自業自得ってヤツよ。…ったく、あんた
がもう10分、いやもう5分早起きすればいいんだけどね」
「だってあたし低血圧だもん」
「あたしだって血圧低いほうよ。あんたが単にネボスケなだけでしょ? …ったく。だか
らあんたのお母さんが死んだとき、ウチに来れば良かったのよ。お父さんたちだって歓迎
したのよ。あんたが変な意地張るから…」
「…それは言わないでよ。やっと忘れかけてたところなんだから…」
実は真理亜は父親のことがよくわからない。
と言うのも彼女の母親から「あなたのお父さんは生まれてまもなく死んでしまった」と
聞かされていたからで、ずっと母親と二人で暮らしていたのだが、その母親も半年前に病
気で急逝してしまったのだ。
彼女が身よりもいなかったこともあって、親友の裕美子が「自分の家で一緒に暮らさな
いか」と言ってきたのだが、思い出が沢山あるからなのか「一人で暮らす」と言い張り、
結局は一人暮らしをしているのだ。
最近はようやくこの生活にも慣れてきたのだが…。
「…あ、ゴメン。嫌なこと思い出させちゃったわね」
「ううん、いいのよ」
「とにかくさ、あんた明日から目覚まし時計、もう10分早くセットしたほうがいいんじ
ゃないの?」
「わかってるわよ」
*
そして放課後。
「じゃあね、裕美子。バイバイ」
「バイバイ」
校門の前で裕美子と別れた真理亜は商店街へと向かった。
一人暮らしというのは何かと大変で、帰りに買い物を済ませてから帰るのが日課になっ
ているのだ。
真理亜は商店街への道を歩いていった。
*
どのくらい歩いただろうか。
「…?」
真理亜が後ろを振り向く。
「なんだろう…?」
真理亜は首をかしげながらまた歩き出した。
「…なんだろう? さっきから誰かあたしの後を尾けている気がするんだけど…。気のせ
いかな…?」
そしてどのくらい歩いただろうか。
不意に真理亜の前に一台の車が飛び出してきた。
「…な、何よ、危ないじゃない!」
その時、車のドアが開き、中から何人かの男が飛び出してきた。
「…な、何よ、あんたたち!」
「倉沢真理亜、だな?」
「そ、そうだけど、何の用よ!」
「我々と一緒に来てもらおうか」
「…一緒に来るって?」
「…倉沢義幸を知ってるな?」
「倉沢義幸、って…。あたしのお父さんの名前じゃない! でもお父さんは死んだはず
よ!」
「…死んだ、だと?」
「お母さんが言ってたわ。あたしのお父さんはあたしが生まれて間もなく死んだ、って」
「…そんなことを言ってるのか…」
「そんなこと、って…」
「お前の母親は嘘を吐いている。…倉沢義幸は生きているぞ」
「え…?」
それを聞いて絶句する真理亜。
「そんなバカな…、だってお母さんが…」
「だからお前の母親は嘘を吐いてるんだ。お前の父親は生きているんだ!」
「なんで…、何でお母さんがあたしに嘘を吐かなきゃいけないのよ!」
「…お前には本当のことを知られたくないからさ。…聞いた話だが、お前の母親は半年ほ
ど前に死んだようだな」
「…なんでそれを知ってるの?」
「我々もいろいろと調べてるんでね。…それで、二人の間に出来た娘が倉沢真理亜、お前
だと言うこともわかっている。それで、ちょっとお前に用があるんだ。一緒に来てもらお
うか」
そう言うと二人の男が両脇から真理亜の腕を掴む。
「ちょっと、放してよ!」
真理亜も必死に抵抗したが男の力には適わない。
そして、男たちは真理亜を車の中に押し込もうとする。
「いやーっ! 誰か! 誰か助けて!」
その時だった。
「ぐっ!」
真理亜の右にいた男が顔を抑えて座り込んでしまった。
「おい、どうした」
「…その子から手を放せ」
「何?」
男たちが声のした方向を向く。
そこには一人のサングラスに黒いスーツを着た男が立っていたのだった。
その右手には石礫が握られていた。
「…何だ、てめえは!」
「その子を助けるために現れた王子様、って所かな?」
「何カッコつけてんだ、この野郎!」
そう言うとその男に一人が飛び掛った。
しかし、あっという間に黒スーツの男の拳が鳩尾に炸裂し、その男はあっさりと伸びて
しまった。
「野郎ッ!」
今度は別の一人が殴りかかってきた。
しかし、その黒スーツの男は眉ひとつ動かさず、男の頭をむんずと掴むと、膝蹴りをぶ
ち当てた。
すると、残った一人がナイフを振りかざして後ろから襲い掛かってきた。
「危ない、後ろ!」
真理亜が叫ぶ。
次の瞬間、その黒スーツの男の裏拳がナイフの男のこめかみに炸裂していた。
ナイフの男もあっけなく伸びてしまう。
「…オレの後ろに立つな」
そしてナイフを持った男に近づくと、
「…ったく、こんなあぶねーオモチャ振り回しやがって」
そう言うとナイフを取り上げる。
「う…」
「さあ、どうするんだ?」
そういうとその男はナイフを突きつけた。
「お…、おぼえてろーっ!」
そう言うと男たちは慌てふためいて逃げていった。
「てめーらみてーな雑魚、おぼえてられるか!」
「あ、ありがとうございます」
慌てて例を言う真理亜。が、サングラスの男は、
「礼なんかどうでもいい」
「あ…」
真理亜が絶句する。
そう、近づいてよく見るとその男は真理亜と同じくらいか、あるいは少しばかり年上に
見える少年といっていい位の男だったのだ。
「…どうした、オレの顔になんか着いてるのか?」
「い…いえ、何でもない」
「そうか。怪我は無いか? 真理亜」
「だ、大丈夫だけど。…え?」
真理亜はあることに気がついた。
「…な、何であたしの名前を知ってるの?」
「…ま、いろいろとあってな。それはとにかく真理亜、ひとつだけ言っておくぞ。これか
らもおまえにこういうことが起こるから、十分に注意しろ」
「こういうこと、って…。こんなことこれからもあったらたまったもんじゃないわ!」
「でも心配するな。もしおまえの身に何かあったときには必ずオレが駆けつける」
「え?」
「言っただろ? オレはお前を助けるために現れた王子様だ、って。だから、どんなこと
があろうとお前を守ってみせるから、心配するな」
そしてその少年が去ろうとしたときだった。
「ちょっと待って!」
「…なんだ?」
「あいつらが言ってたけど…。あたしのお父さんが生きている、って本当なの?」
「…」
「お願い、教えて! お父さん、って生きてるの? それともやっぱり死んでるの?」
「…ま、それは自分で調べてみることだな。じゃあな」
そしてその少年は真理亜のもとを去っていった。
「…お父さんが生きてる?」
真理亜はその少年が言った言葉を口の中で繰り返した。
「…いったいどういうことなの?」
そして、父親が生きていることと自分を拉致しようとした男たちはどういう関係がある
のか。
そして真理亜の目の前に突如として現れたサングラスをかけ、黒のスーツを身にまとっ
た若者…。
一体自分の身にこれからどういうことが起ころうというのか?
真理亜の頭の中にいろんなことが駆け巡っていった。
「でも、あの人カッコよかった。また会いたいな…」
そうつぶやくと真理亜の顔に自然と笑みがこぼれてきた。
第2話に続く>>
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