愛するが故に

(第3話)



 東都武闘館で感じた「感覚」が一体なんだったのか結局コナンは結論を出すことができ
ず、結局翌日――すなわち沖野ヨーコのコンサートが行われる当日だが――の昼にもう一
度集まって話し合う事となった。
 ヨーコのコンサートが開始されるのは午後6時からだから、それまでに警備体制などに
関しての話し合いに小五郎も参加することとなったのだ。
 小五郎たちは結局事務所の社員の車の運転で探偵事務所に戻ることになった。

「…コナン君、コナン君?」
 コナンに向かって蘭が呼びかける。
「え? あ、どうしたの、蘭ねーちゃん?」
「こっちがどうしたの、って聞きたいわよ。なんかさっきから考え込んじゃって…」
「ん? いや、なんでもないよ」
「そう、それならいいんだけれど」

 蘭の前ではああ言ったが、コナンは武闘館で感じた「感覚」がどうも気になっていたの
だ。
(…一体なんだったんだ、あの誰かがオレ達のことを睨みつけているような感覚は…)
    *
 そして翌日。
 コナンたちが朝食を済ませた時に、電話の呼び出し音が鳴り、蘭がそれに出た。
「はい、毛利…。あ、どうしたの? うん、ちょっと待ってて。コナン君、光彦君から電
話よ」
 蘭がコナンを呼ぶ。
「あ、ちょっと待ってて」
 そしてコナンは電話機の前に来ると、保留状態になっている受話器を取る。
「もしもし」
「あ、コナン君ですか?」
 光彦の声が聞こえる。
「光彦か。どうしたんだ?」
「…いえ、ちょっとコナン君に話したいことがあるんですよ。今から米花公園に来てくれ
ませんか?」
    *
 米花公園。
「あ、コナン君、待ってました」
 公園の門の前で光彦がコナンを出迎えた。
 そして二人は公園の一角にあるベンチへと向かう。
 そこには既に元太たち3人も集まっていた。
「それで、話ってなんだよ?」
 コナンが光彦に聞く。
「いえ、ちょっと最近気になることがありまして…」
「気になること?」
「ええ。この間みんなでボクの家に遊びに来たとき、近くのアパートに住んでいるお兄さ
んのことは話しましたよね?」
「ああ。それは覚えているけど…。それがどうかしたのか?」
「実はここ2、3日朝になるとどこかに出かけて、夕方になると帰ってきてるんですよね」
「…それがどうかしたのか?」
「いえ、それが誰にも言わずにふらっと出て行ってしまうんですよね。それに…」
「それに?」
「関係あるのかどうかわからないんですが、その、出かけるようになった前の日に何やら
ゴルフバッグのようなものを担いで帰ってきて次の日に、それを抱えてどこかに行ってし
まったんですよね」
「…それってもしかしてゴルフのキャディかなんかのアルバイトじゃないのか?」
 元太が言うが、
「でも一日だけゴルフバッグを担いで出ていくなんて不自然ですよ。それにとてもじゃな
いけれど、これからゴルフに出かけよう、なんて雰囲気じゃありませんでしたよ」
「…雰囲気じゃない?」
 コナンが言う。
「ええ。たまたまその日にボク、あの人を見かけたんですけれど、なんだかその、バッグ
を担いで戻ってきたときも、どこかへ行ってしまったときもなんだか人の目を気にしてい
たようなんですよね」
「…確かにゴルフに出かけよう、なんて雰囲気には思えないよな」
「ええ。なんだかボクもそれが気になって…」
「…それで、何か他に気が付いたことはないか?」
「…そういえば、関係あるかどうかわかりませんけれど、杯戸町のライフル盗難事件で警
察の人たちが聞き込みに来たんですよね」
「あー、そう言えばあたしの家にも来たわよ」
「オレん家にも来たぜ」
 歩美と元太が言う。
「ああ、あの事件か。…それで、どんなこと話したんだい?」
「別にこれと言っては…。歩美ちゃんのほうはどうですか?」
「そうね。杯戸町で目撃者がいなかったから、米花町にまで聞き込みの範囲を広げた、っ
てことくらいよね」
「まあ、杯戸町は米花町の隣にあるからね。それで犯人の特徴とか、そういったのはわか
らないの?」
 灰原が言う。
「確か盗まれたのが夜中だから、ってことからか、目撃証言が少なくてまだ詳しいことは
わかってない、って言ってたな」
 元太が言う。
「そうですね。そのライフルが盗まれた事件から3日経ってますし…」

 と、その時だった。
(…待てよ!)
 コナンはある可能性に気が付いたのだった。
「どうしたんですか、コナン君?」
 光彦が聞く。と、
「光彦、ありがとう。参考になったよ。じゃあな!」
 そういうとコナンは駆け出して行った。
「ちょ、ちょっとコナン君!」
 光彦が言うがあっという間にコナンの姿は見えなくなっていた。
「…ほんとに時々コナンも分からねえ行動とるよなあ」
「本当ね」
 そんな元太たちを灰原は黙って見ているだけだった。
    *
 そして昼過ぎのことだった。

 東都武闘館の「関係者駐車場」に一台の車が停まった。
 中から沖野ヨーコの事務所の社員の運転でやってきた小五郎たちが降りてくる。
「…すげえなあ」
 周りを見て小五郎が思わずつぶやく。
 そう、駐車場には何台かのパトカーも駐車していたのだった。
 そしてそのほかの駐車している車の中にもおそらく覆面パトカーも含まれているであろ
うことが想像できた。

「あ、毛利さん、お待ちしておりました」
 マネージャーの山岸と目暮警部が小五郎たちを出迎えた。
 そして小五郎たちが目暮警部に近づこうとしたとき、3人の警察官―一人は女性だった
が―が近づくと彼らのボディチェックを始めた。勿論、一人の女性警察官は蘭のボディチ
ェック担当である。
「な、なんですか一体?」
「…毛利君、すまんな。気を悪くしないでくれ。たとえ誰であろうとボディチェックはし
っかりとやってくれ、って事務所の社長に頼まれてな」
 そう言っている間に警官たちのボディチェックが終わった。
「…失礼いたしました。どうぞこちらへ」
 そして小五郎たちは奥に通される。
「…ヨーコちゃんは?」
 小五郎が山岸に聞くと、
「控室にいます」
「…ちょっとあってもよろしいですか?」
「まあ、毛利さんですからねえ。リハーサルがあるのでちょっとだけなら」
「わかりました」

「沖野ヨーコ控室」と言う紙が貼ってあるドアの前。
 小五郎がドアをノックすると、
「はい、開いてますよ」
 中からヨーコの声がした。
 そして小五郎たちは中に入った。
「あ、毛利さん」
 控室の中では、ステージ衣装に着替える前の私服姿で、その上から「STAFF」と書
かれたジャンパーを羽織ったヨーコが椅子に座っていた。
「…どうだい?」
 小五郎が聞く。
「いえ、あたしは大丈夫です。あたしのステージを見るために1万人もの人が集まってく
れてるんですから、いつも通りのステージをやるだけですよ。それに…」
「それに?」
「いつもよりちょっと警備の人が多いというだけなんですから、ああいった予告状が来た
からどう、ってこともないんですよ」
 ヨーコは小五郎に向かって言う。
「…そうか、それならいいんだけど…」
 そう言うと小五郎は黙り込んでしまった。
 口ではああ言っているが、心の中では彼女は自分と同じくらい、いやそれ以上に不安を
感じているであろうことが、彼女の表情が読み取れたからだ。
 それは小五郎の両隣りにいるコナンも蘭も感じていた。
 そして彼らは事件のことを少しでも忘れようとしてのか、しばらくの間は事件と関係な
い世間話をしていたのだが、どこか身に入らないのか話も思ったほどにはずまなかった。

…と、不意に時計を見ていた山岸が、
「…あの、毛利さんそろそろリハーサルが始まりますので」
「…あ、そうか。ゴメンな、長居しちゃって」
「いえ。かまいませんよ」
 そして小五郎たちが控室を出ると、目暮警部がそこに立っていた。
「…どうだった?」
「思っていた通り、ちょっと不安げな表情でしたな」
「そうか」
 目暮警部はそれだけ言うと、傍らにいた私服姿の警官たちに、
「いいか、これからリハーサルが始まるが、リハーサルだからと言って安心はできないか
らな。会場内に不審人物や不審物がないか注意して、何かあったらすぐにワシのほうに連
絡するんだぞ」
「はい!」
「よし、それでは全員持ち場に付け!」
 目暮警部の号令の元、警官たちは会場内に散って行った。
 その直後に控室のドアが開き、ヨーコが顔を出す。
「あの、よろしいでしょうか?」
「ああ、申し訳ありませんでした。どうぞ始めてください」
 そしてヨーコはステージに向かっていった。

「…それじゃ、オレは行くからな」
「うん」
 そう、これから小五郎は目暮警部の許可を得て、警備に関しての打ち合わせに出席する
ことになったのだ。
「…お前たちはその間リハーサルでも見ていろ」
「大丈夫なの?」
 蘭が聞く。
「ああ、そのことなら大丈夫じゃよ。ワシの方からスタッフや警官に話しておいたから、
心配せんでもいいよ」
 目暮警部が言う。そう、さすがに小五郎でも蘭やコナンを同席させるわけにはいかなか
ったのだ。その代り、と言ってはなんだが、リハーサルを見せてくれる、と言うことにな
ったようだ。
「…済みません。さ、コナン君行こう」
「うん」
    *
 そしてコナンたちが館内に入ると、沖野ヨーコがリハーサルで歌っている最中だった。
 すぐそばの空いている席に二人は座る。
(さて、と…)
 蘭はじっとステージ上のヨーコを見ているが、コナンはあたりを見回す。
(…このコンサートには1万人来ると言っていたな。果たして一体犯人はどうやってここ
から彼女を狙おうというんだ?)
 確かに方法としてはいくつもあるだろう。しかし1万人もの人間が入っているいわば密
室の中でどうやって彼女を狙うというのだろうか?
 そんなことを考えていると、
「…やっぱり気になっているのかな」
 不意に蘭がつぶやいた。
「気になっている、って?」
 その言葉に気がついたコナンが聞き返す。
「なんかヨーコさん、どこか歌っている姿も上の空なのよね。やっぱりあの事件が気にな
っているのかな…」
「…そうだよね。誰だってあんな手紙が来た後じゃ気になって仕方がないよ」
「…何も起こらなければいいけれど…」
 そしてしばらく経った後だった。
「…よし、あとは本番だね」
 どうやらヨーコのリハーサルが終わったようだ。
「ありがとうございました」
 ヨーコはバックバンドやスタッフに一例をすると本番に備えて舞台袖に消えていった。
 彼女は彼女なりに精いっぱいの笑顔をスタッフに見せてはいるのだが、やはりその表情
もどことなくぎこちなかった。

 それから2〜3分経って小五郎が二人のもとに来た。
「…おい、そろそろ客入れ始めるだとよ」
「わかったわ。行こう、コナン君」
「うん」
 そして3人が館外に出ると、そこに目暮警部が立っていた。
「…いよいよか」
「警部、ヨーコちゃんのこと、私からもお願いしますよ」
「それはわかっておる。…それで、毛利くん、君たちはどこにいるんじゃ?」
「ええ。会場全体が見渡せるように、という事で二階席を取ってもらいました」
「よしわかった。何かあったらすぐに呼ぶからな」
「お願いします」
 そして小五郎たちはその場を離れた。


<<第2話に戻る 第4話に続く>>


この作品の感想を書く

戻る