愛するが故に

(第1話)



 大阪のあるコンサート会場。
「みんな〜、どうもありがとう。またお逢いしましょう!」
 沖野ヨーコが会場を埋め尽くした大勢のファンに向かって手を振る。
 全国各地を回ったコンサートツアーも全国各地で満員の観客を集め、いよいよ大詰め。
残すは3日後の東京に戻ってのファイナルコンサートだけとなった。
    *
 そしてヨーコが舞台の袖から通路に入る。
「お疲れ様でした〜」
 そう言いながらヨーコは周りのスタッフにねぎらいの言葉をかける。と、
「ヨーコ、お疲れさん」
 彼女のマネージャーである山岸栄一が出迎えた。
「疲れたろう?」
「いえ、平気ですよ。このままもうワンステージやりたいくらいです」
 それを聞いた山岸はヨーコに笑いかける。
 彼女は意外と芯の強いところがあるのか、人前では決して「疲れた」とかそういったこ
とは決して言わないのだ。
「そうか。まあ、とにかく控室に戻りなよ」
「はい」
 そしてヨーコが控室に向かって歩き出したときだった。
「…!」
 山岸の胸ポケットに入れてある携帯電話が振動する。
「ちょっとごめん」
 山岸はそう断ると携帯電話を取り出す。
「もしもし、山岸だけど」
 と、いきなり山岸の顔色が変わった。
「え?」
「…どうしたんですか、山岸さん?」
 ヨーコが聞く。
「い、いや、なんでもないよ。ヨーコは先に控室に戻ってて」
「さ、ヨーコちゃん、行こう」
 そしてスタッフや付き人に付き添われてヨーコは控室に戻った。
 ヨーコは一体なぜ自分のマネージャーである山岸があんな顔をしたのか理解できなかっ
た。
    *
 そして翌日。
 東京に向かう新幹線が新大阪駅を出発した。
 そのグリーン車にヨーコと山岸が並んで座っていた。
 その周りにはヨーコのスタッフが座っている。

「それじゃ山岸さん、ごめんなさい」
「いいよ。着いたら起こしてあげるからゆっくり休みな」
 山岸がそう言うとヨーコの付き人である少女が鞄の中から薄手の毛布を取り出し、ヨー
コにそっとかける。
「有難うね」
 そう言うとヨーコはリクライニングシートを倒す。
 沖野ヨーコのような人気アイドルともなると、仕事に追われてなかなか睡眠時間も取れ
ないから、こういった交通機関を使った移動時間は睡眠をとるのに貴重な時間なのだ。
 新大阪から東京までは2時間半ちょっとだから十分に睡眠が取れるであろう。

 程なくヨーコの寝息が聞こえてきた。
 それを確認した山岸は近くの席に座っていたスタッフに、
「ちょっとヨーコのこと頼むよ」
 そう小声で言うとそっと席を離れ、車両のデッキに立った。
 そして携帯電話を取り出すとメモリーを呼び出す。
「…もしもし、山岸だけど。例の件どうなった? …うん、うん。そうだよなあ、困った
ことになったよなあ。…うん。とにかく事務所に戻ったらそのことについて詳しく聞くか
ら。大丈夫、まだヨーコには話してないから。それじゃついたら連絡するから」
 そして携帯電話を切ると、大きくため息をついた。

 そして自分の席に戻ると、スタッフの一人が、
「…例の件ですか?」
「うん。社長の方も心配しているみたいで東京に戻ったら緊急の会議をやるから僕にも出
てくれ、って言ってたって」
「それで、他に社長はなんか言ってたんですか?」
「いや、とにかくみんなは心配しなくていいからコンサートの準備を進めてくれ、って。
明後日はツアーの最後を飾る大切なコンサートなんだから、今はそっちの方に全力投球を
してくれ、ってさ」
「…わかりました」

 そして新幹線が東京駅に到着し、中からヨーコをはじめとしたスタッフが降りてくる。
「それじゃ、僕はヨーコを送ってから事務所に行くから、君たちは先に戻ってて」
 山岸はそう言うとタクシーを拾って二人で乗り込んだ。
    *
「あ、この辺で御願いします」
 そしてタクシーが停まる。
 ここから歩いて数分のところにヨーコが住んでいるマンションがあるのだが、さすがに
彼女の住んでいるところは一部の者しか知らないから、その近くで停めることにしている
のだ。
そしてヨーコがタクシーから降りた。
「それじゃ、ありがとうございました」
「うん。明日はリハーサルが早いから今日はゆっくり休みなよ」
「はい」
 そしてドアが閉まり、ヨーコが歩き去っていく。
 その背中を見ていた山岸は運転手の方に向き直ると、
「すみません。それじゃ御願いします」
 そしてタクシーは走り出した。
    *
 その日の夕方。
 事務所の会議室には何人かの人間がいた。
「…山岸君、すまんな。大阪から返ってきたばかりのところを」
 彼の上司であろう、一人の男がねぎらった。
「いえ、いつものことですから。それより例の件ですけれど…」
「うん、実はな…」

 その時、事務所の内線の電話が鳴った。
 一人の男が電話を取ると、
「今、会議中だというのがわかってんのか!」
 そう叫ぶが、すぐにその顔色が変わった。
「…何だって? わかった、つないでくれ。…もしもし、オレだ。一体どうしたんだ? …
うん、わかった。今替わる。…山岸君、ヨーコからだ」
 そう言うと受話器を差し出す。
「ヨーコから?」
 そう言うと山岸は電話を替わる。
「もしもし、どうしたの? …なんだって? うん、わかった。すぐ迎えに行くから待っ
ててよ」
 そして山岸は電話を切る。
「…ヨーコはなんと言ってるんだ?」
「…例の件で、ヨーコのところにも来たそうです」
「何だって?」
「それで、今からヨーコを迎えに行ってきます。直接彼女から話を聞いた方がいいでしょ
う」
「…そうだな、それがいいかもしれない」
「それじゃ行ってきます」
「あ、僕も行きます」
 そう言うと山岸の隣の席に座っていた男が立ち上がった。
「それじゃ、頼むぞ」
「はい」
 そして2人の男は会議室を出て行った。
    *
 それからほどなくヨーコが山岸たちに連れられて事務所にやってきた。
「まあ、かけなさい」
 ヨーコの事務所の社長がそう言ってヨーコに椅子を勧める。
「まずは大阪のコンサート、ご苦労だったね。なんでも今回も超満員だったそうじゃない
か」
「ええ、おかげさまで」
「ウチの事務所としても沖野ヨーコの人気の高さがわかってうれしいよ」
 と、社長は最初のうちはヨーコに変に身構えさせたらまずいとでも思ったのか、今回の
コンサートに関していろいろとヨーコに話を聞く。
 そしてしばらく経ったとき、
「…ところで連絡のあった例のことだけれど」
「はい。マンションに戻って久しぶりにブログでも書こうかと思って、パソコンを開いた
んです」
 最近は自分の意見を気軽に言うことができるから、という事でかブログやツイッターを
持っている芸能人が多く、彼女も同じ事務所にいるタレントの勧めもあって公式のブログ
を持っていたのだった。
「それで?」
「そうしたらコメント欄にこんなものが…」
そういうとヨーコは一枚のプリントアウトした紙を差し出す。
社長がそれを受け取り、じっと眺める。
「…確か君のブログは私もよく見ているが、コメントやトラックバックは承認制だったね」
「ええ、ですからこのコメントは今の所、他の人の目には触れていないのですが…」
「それはある意味でよかったかもしれないな」
 そして社長はプリントされた紙をヨーコに返す。
「…いや、実はね。これと同じ内容の分がウチの事務所にも送られてきたんだよ」
「本当ですか?」
「ああ、昨日届いたんだけれどね」
 そういうと社長は開いた封筒を差し出す。
 そしてヨーコは封筒を開き、中の紙を取り出す。
「…これは」
 ヨーコが絶句する。
「…ああ、君が見せた紙と同じ内容のことが書いてあるよ。実は君から連絡があるまでは
単なるいたずらではないか、という意見もあったんだけれどね、ここまで来ると単なるい
たずらでは片づけられない問題になったようだな」
「…それで社長はどうしようとお考えなんですか?」
 ヨーコが聞くと、
「どうしよう、って決まっているじゃないか。とにかく、警察に連絡しようと思っている
んだ。それから…」
「それから?」
「山岸君が言っていたが、探偵の毛利さんにも頼んだ方がいいな。今まで何度もお世話に
なっているし」
    *
 毛利探偵事務所。
 不意に小五郎が座っている机の上の電話の呼び出し音が鳴った。
「はい、毛利探偵事務所。あ、これはこれは。今日は一体何の用事…、なんですって!」
 思わずガタンと音を立てて立ち上がった小五郎に驚いたか、コナンと蘭が小五郎のほう
を見る。
「…はい。はい。わかりました。今からそちらへ伺います。…そうですか、いやすみませ
んなあ。それでは事務所の前で待っています」
 そして小五郎が電話を切ると、机に座る。
「…一体どうしたの、も父さん?」
 蘭が聞く。
「今ヨーコちゃんの事務所から電話があって、なんでも彼女の住んでいるマンションと事
務所に犯行予告とも思える手紙が届いたらしい」
「なんですって?」
「これまでにも何度か事件で世話になった、という事でオレに相談したい、とヨーコちゃ
んが言っている、という事で事務所から迎えに来るらしい。とにかく詳しいことは事務所
に行って聞いてみよう」


(ちょっと一言)
最近確かに芸能人がブログやツイッターを開設しているのは事実ですが、こういったよう
にトラックバックやコメントを承認制にしている方がいるかどうかはちょっとわかりませ
んが…。
まあ、とにかくこの話ではそういう設定にしている、という事でご理解お願いいたしますm(_)m。

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