愛するが故に

(プロローグ)



 あるアパートの一室。
 その部屋には屁なの中には不釣合いと思えるほどの大画面のテレビが置いてあった。
 そして一人の男がじっとテレビの画面を見つめていた。
 男の視線の先には一人の女性アイドル歌手の姿が映っていた。
 彼女が歌い終わると男はビデオのリモコンを片手に「巻戻し」のボタンを押す。
 再び彼女が歌い始める場面から始まった。
 その姿を見て男はニヤリと薄笑いを浮かべた。
    *
 それと同じ頃、円谷家の居間。
 その一角にある大画面のハイビジョンテレビにサッカーゲームの画面が映っていた。
 そして2〜3メートル離れたソファにテレビに接続されているゲーム機を前にして、5
人の子供が座っていた。
 その中にいる2人の少年――江戸川コナンと小嶋元太がコントローラーを手にしていた。
 そう、今この二人はサッカーゲームで対決をしているのだ。

「よーし、クロスをあげて…、シュート!」
 コナンが巧みなコントローラー操作でゴールにボールを叩き込む。
「あっ、やられた!」
 元太が叫ぶと画面から「3−1」というスコアが画面に表示される。
 そしてゲームは再び始まったが、程なくホイッスルの音が流れ、ゲームがそのまま終了
となった。

「ああ、またやられたぜ。ほんとにコナンには勝てねえなあ」
 元太が言うと、それを見ていた吉田歩美が、
「ホント、コナン君ってゲームの中でもサッカー上手だよね」
(…まあ、オレも結構サッカーゲームはやっているからな。もっとも、オレは本当は実際
にやる方が好きなんだけれどな)
 コナンがそう思っていると、灰原哀が、
「でも小嶋君も確実に腕が上がっているんじゃない? 以前は5対0とか7対1の試合が
普通だったのに、最近はなかなかいい勝負しているし」
「まあ、コナン君が相手じゃ否が応でも腕が上がりますよ」
 この家に住んでいる円谷光彦が言う。
    *
 元太が何の気になしに部屋の時計を見る。
「あれ、もうこんな時間かよ。そろそろ帰らなきゃ」
 元太の言葉が合図になったかのように、彼らは立ち上がると、ゲーム機とテレビの電源
を切り、ゲーム機を片付ける。
「じゃあな、光彦」
「あ、そこまで送りますよ」
 円谷光彦はそう言うほかの4人と共に玄関に向かった。
    *
「それにしても…」
 光彦がつぶやいた。
「どうしたの、光彦君?」
 歩美が聞く。
「他の人もゲーム機は持っているのに、何でみんなボクの家でゲームやりたがるんです
か?」
「決まってるじゃねえか。光彦ん家のテレビの画面がデカいからだよ。オレん家なんか光
彦の家のテレビの半分の大きさもねえぜ」
 元太が言う。
「それだけの理由なんですか?」
「でもそれだけ画面が大きいと、迫力が違うんじゃないの?」
「…確かにそうですね。スポーツや映画なんか見ても全然違いますもの。今度みんなで一
緒にブルーレイディスクで映画でも見ましょうよ」

…と、不意に光彦の足が止まった。
「? どうしたの、光彦君」
 歩美が聞く。
「…あれ? 珍しいですね」
 光彦が言う。
「珍しい?」
 コナンが聞く。
「…あの人見てください」
 光彦が指差す方向を見るとバッグのようなものを持った一人の男がアパートの階段を下
りていくところだった。
「あの人がどうかしたのか?」
 コナンが聞く。
「いえ、あの人がこの時間に出歩いているなんて珍しいな、って」
「珍しい?」
「ええ、なんでも今は仕事を探している、とか言う人なんですけれど、近所づきあいがあ
まりない人なんですよね」
「ふーん」
「聞いた話なんですけれど、仕事探している割にはハローワークなんかに行っているとこ
ろを見た人が少なくて、何でも毎日のようにアパートに閉じこもってビデオばかり見てい
る、という話を聞いたことがあるんですよね」
「なに、それ。気持ち悪い」
 歩美が言うと、
「…そうですよね。ですからボクもちょっと気味が悪くて」
「…それじゃあれはレンタルDVDでも返しに行くところなのかな?」
 コナンが言う。
「そうかもしれないですね」
    *
「ただいま」
 ドアを開けると、毛利蘭がコナンを出迎えた。
「お帰りなさい、コナン君。すぐ御飯にするからね」
「え? こんな時間にもう?」
「うん。何でもお父さん、7時からヨーコさんが生放送で出る番組見るからって、夕飯を
早くしてくれ、って言うのよ」
「ハハハ…」
 それを聞いて思わず苦笑するコナン。
 そう、アイドル歌手・沖野ヨーコの大ファンである小五郎はこういったようにヨーコが
出る番組は欠かさずにチェックしているのだった。
    *
 そして夜7時を過ぎ、沖野ヨーコが出ると言う生放送の番組が始まった。
 小五郎は早くもテレビの前で釘付けである。
「…そういえば」
 蘭がテレビを見てつぶやいた。
「どうしたの、蘭ねーちゃん」
「ん? ここのテレビも買ってだいぶ経ってるから、お父さんがそろそろここと事務所の
テレビを地デジ対応のテレビに買い換えるか、なんて言ってたこと思い出して」
(…そういえばそうだったな。この間、電器店に行った時におっちゃん、地デジ対応テレ
ビのカタログ貰っていたしな)
「…でもこの家じゃ、光彦や園子ねーちゃんの家にあるような大画面のテレビを買っても
仕方ないんじゃない?」
「そうかもね。そんなの買ったら部屋の端において台所辺りから見なきゃ」
 蘭の言葉に思わず苦笑するコナン。と、
「おまえら、ヨーコちゃんが出てるんだから少し静かにしろ!」
 小五郎だった。
    *
 それと同じ頃。
 アパートの一室で一人の男がテレビを見ていた。
 その画面の奥には沖野ヨーコの姿があった。
 そして、男の視線はテレビの中の沖野ヨーコの姿をしっかりととらえていた。
 男は何も言わずにじっと画面を見ていた。
 やがてヨーコの出番が終わると男はテレビの画面を消してしまった。
 そしてテーブルに置いてある一枚のチケットに目を落とす。
「沖野ヨーコ CONCERT TOUR FINAL」とそのチケットには書かれてあった。

「…ヨーコ…」
 男がぼそっと呟いた。
「…必ず、お前をオレ一人のものにしてやる…」


第1話に続く>>


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