あのサッカーボールを追え!

(前編)



 そして翌朝。
 帝丹小学校の正門の前に一台の車が停まり、中から一人の教師が出てきた。
 その右手には合鍵が握られていた。
 かつて、関西の小学校で起きた事件で、学校内にいた児童たちが犠牲になってしまう、
と言う痛ましいことがあって以来、こうして帝丹小学校も登下校の間を除いて、こうして
校門を閉めており、始業前には順番で教師が早出をして、校門を開ける決まりとなってい
た。

 そして校門を開けた時だった。
「…ん?」
 その教師が校門の脇に転がっていたサッカーボールに目を止めた。
「誰だ、全く。片付けないで帰るなんて…」
 その教師は深く考えずにそのサッカーボールを拾うと、学校の中に入ると、体育倉庫置
き場の扉を開け、そのサッカーボールをかごの中に放り込んだ。
    *
 そして昼休み。
 来週の放課後、再びC組との対決が決まったB組の児童たちは元太の一言で練習をする
ことになり、グラウンドに出た。
「じゃ、ボールもってくるね」
 そしてコナンと光彦が体育倉庫から何個かサッカーボールを持ってくると、児童たちは
それを使って練習を始めた。

「…じゃ、コナン君、いきますよー!」
 光彦の声がする。
「OK!」
 そして光彦がボールを蹴った。
 そしてコナンが蹴り返す。
 確かに光彦の技術も特に上手い、と言うわけではないがそれでも元太よりはパスの精度
はいいようである。
 そして何度目かのパスを光彦が蹴ったとき、コナンの脇をそれてしまい、グラウンドを
ボールが転がっていった。
「ごめんなさい、コナン君!」
「いいって、大丈夫だよ!」
 コナンはそう叫ぶとボールを拾いに走っていき、ボールを拾ったときだった。
「…?」
 コナンはなにやら学校の外から視線を感じた。
 そして辺りを見回す。しかし、辺りには誰もいない。
「…何だ、今のは?」
 そう、確かに何者かが自分たちの事を見ていた感覚がしたのだ。
 すると、
「コナン君、どうしたんですか?」
 光彦の声がした。
「ん? なんでもないよ!」
 そしてコナンは光彦のほうを振り返ると、光彦に向かってボールを蹴った。
    *
「…どうだ?」
「ああ、どうやらブツはあの学校の備品の中に紛れ込んじまったようだな」
「一体どうするんだよ?」
「どうする、って言ってもなあ…。あんただって知ってるだろ? 今、学校は登下校の時
しか門を開けねえんだぞ。その登下校の時だって教師や親が校門の前にいるし…」
「大体、あんたがよく確認もしねえで車を走らせたのがまずいんだろう? とにかくアレ
を取り返さない限りは取引には応じられねえぞ」
「わかってる、って。…とにかく、今あのガキどもの顔を覚えておいたほうがいいかもし
れねえな」
「ああ」
     *
「…何か気になるんだよなあ…」
 午後の授業が始まってからもコナンは先ほど感じた視線のようなものが気になって仕方
がなかった。
 そしてコナンはグラウンドのほうを見る。
 学校の外では他のクラスが体育の授業をしているようで、その様子は今のところは別に
変わったところはないのだが…。
 しかし、コナンは何故か違和感が学校が終わり、毛利探偵事務所に戻ってきてからもぬ
ぐいきれなかった。
    *
 そしてその夜のことだった。
 毛利探偵事務所に電話がかかって来て、コナンが電話に出る。
「はい、もしもし」
「あ、コナン君ですか?」
「…あれ、光彦、どうしたんだ? 電話かけてくるなんて珍しいじゃないか」
 そう、電話の相手は光彦だったのだ。
「いえ、その、ちょっとコナン君に相談したいことがあって」
「相談したいこと、って?」
「今日の学校の帰りなんですけれど、誰かに追いかけられているような気がして…」
「追いかけられている?」
「ええ。何故かわからないんですけれど、誰かがボクの事を尾行しているような感じがし
て」
「尾行だって? 気のせいじゃないのか?」
「いえ、気のせいなんかじゃありませんよ。一度振り向いた時、誰かが身を隠してのが見
えましたから」
「それって、誰だかわかるか?」
「いえ、チラッと見ただけなのでそこまではわかりませんが、確かに誰かが尾行していま
したよ」
「…そうか。それでどうしたんだ?」
「…ええ、それでその後は家から一歩も出ていないんですが、なんとなく不安になって
…?」
「それで、今はどうなんだ?」
「いえ、辺りを見た感じではそれらしい人物はいないようなんですが…」
「そうか、わかった。とにかく気をつけろよ。何かあったら又電話しろ」
「はい、わかりました」

 そして電話を切った後もコナンはしばらくそのままでいた。
「…やはりな、気のせいじゃなかったか」
 どうやらコナンが昼に感じた視線のようなものは気のせいではなかった可能性が高くな
った。
「それにしても、いったいどういうことなんだ…?」
    *
 そして翌日の事だった。
「おはよう」
「おはよう」
 登校してくる児童たちと挨拶を交わし、コナンが正門に入った時だった。
 元太が校門に駆け込んで入ってきた。
「はあ…、はあ…、はあ…」
「…どうしたんだ、元太。そんなにあわてて」
「なんかよー、誰かが尾行しているような気がしたんだよ」
「何だって? 元太もか」
「…元太もか、って何なんだよ」
「いいから。詳しいことは中で話すからとにかく入れ!」
 そしてコナンは元太を校舎の中に入れた。

「…光彦からそんな電話があったのか」
 コナンから昨夜の光彦からの電話の話を聞いた元太は驚きを隠せなかった。
「ああ」
「…それで、光彦はどうしたんだ?」
「大丈夫だ。ついさっき学校に来たから話を聞いたけど、今日はそんなことなかったって
さ」
「…そうか。それならいいんだけどな」
「いや、実はオレも光彦と同じようなことを感じたんだよ」
「同じようなこと?」
「ああ。昨日の昼休みに練習をしただろ? その時に、何だか誰かが学校のほうを覗いて
いたような気がしたんだよな。オレも最初は気のせいかな、と思ったんだけれど光彦から
話を聞いてもしかしたら、と思ったんだが…」」
「それで、その誰が覗いていたって言うんだ?」
「いや、そこまではオレもわからねーよ。とにかく、これからも気をつけたほうがいいな」
    *
 そして昼休みが終わり、コナンたちが教室に戻ろうとしていた時だった。
「江戸川君!」
 灰原がコナンを呼んだ。
「…どうした、灰原」
「吉田さんがあなたに話したことがあるようよ」
「歩美ちゃんが?」
 すると、彼女の後ろに立っていた歩美が近寄ってきた。
「どうしたの、歩美ちゃん?」
「…なんか怖くて…」
「怖い? どういうこと?」
「その…、誰かがあたしたちの方見ていた気がするのよ」
「見ていた? …ちょっと詳しく話してくれないかい?」
「うん。昼休みにコナン君たち、今度のサッカーに備えて練習してたでしょ?」
「ああ。歩美ちゃんたちも見てたよね?」
「その時にたまたま外のほうを見たら誰かがあたしたちを見ていたようなのよ」
「それで?」
「それで、その…、たまたまその人たちと目が会っちゃって…。それでなんか気味が悪く
なってすぐに目をそらしたんだけど…」
「それで、その歩美ちゃんと目があった人ってどんな人だったの?」
「うん…。ほんの一瞬だったし、サングラスをかけていたようだからよくわからなくて…」
「…それで、彼女が私に相談してきたから、『江戸川君にも話しておいたほうがいいわよ』
って言ったの。聞いたところだと、あなたも小嶋君や円谷君から同じような相談を受けて
いたんでしょ?」
「ああ、まあな。…とにかく、元太や光彦の行っていたことと歩美ちゃんの見た人物、っ
てのには共通点があるのかもしれないな」
「それで、あなたはどうするの?」
「勿論、調べるに決まってるだろ? …とにかくよくわかったよ。歩美ちゃんも十分に気
をつけて、何かあったら又相談して」
「うん」
    *
 放課後。
 再び1年B組の男子児童はグラウンドに出てサッカーの練習を始めた。

 コナンは練習を見学している歩美のほうを見る。
 その傍らには灰原がいた。
 歩美から相談を受けたコナンは灰原に歩美の傍についていて、一緒に様子を見ていてく
れ、と頼んでいたのだった。
(…今のところは大丈夫そうだな…)
 そしてコナンはゴール前に立っている元太に向かって、
 「よーし、元太、行くぞ!」
 そしてコナンがボールを蹴った。
 さすがにコナンの「特訓」の成果が出たか、元太がボールが来たら逃げるようなことは
亡くなったが、それでもやはりまだまだ練習が足りないようである。
 そして元太がボールを拾い、コナンに投げ返す。
 しかし元太の投げたボールはあさっての方向に飛んでいってしまった。

 と、何の気なしにそのサッカーボールを拾った時だった。
「…?」
 なにやらそのサッカーボールに違和感があるのを感じた。
「おい、どうしたんだ、コナン?」
 元太が聞く。
「ん? いや、なんでもないよ。それより、これ、何だか空気が甘くなっているようだか
ら取り替えてくるよ」
「はあ?」
 元太にかまうことなく、コナンは体育倉庫に向かうと、そのボールをどういうわけだか
籠に入れず、足元に転がすと、代わりのボールを持ってきた。
  *
 そして練習が終わった後、
「おい、コナン、帰るぞ!」
 元太が叫ぶとコナンは、
「あ、もうちょっとやってるから元太たちは先に帰っていいよ」
 コナンが叫ぶ。
「いいのか? 門ももうすぐ閉まるぞ」
「大丈夫だよ!」
「…コナン君はボクたちのチームの主戦力ですから、別に練習の必要がないと思いますけ
どねえ…」
 光彦が言うと、
「主戦力だからこそ練習が必要なんだよ」
「そうなんですか? …じゃあ、先に帰りますよ」
「ああ。気をつけてな」
 そして元太たちが校門を出たのを見届けると、コナンは先ほどの体育倉庫に向かった。
 そしてコナンは扉を開けると、先ほどのサッカーボールを拾った。
(…見たところ普通のサッカーボールに見えるけれど…)
 そしてコナンはサッカーボールをいろいろな方向から眺める。と
(…これは?)
 コナンは「違和感」を感じた理由がわかった。
(…もし、オレの考えが正しかったとしたら、あいつらは…)
     *
 そしてそれから30分くらい経った時だった。
 帝丹小学校の校門の前に一台の車が停まった。
 そして助手席側のウィンドウが開くと、
「新一君!」
 中から阿笠博士の声が響いた。
「あ、博士、悪いな」
 そう言いながらコナンは学校から出ると、あたりを見回しながら車に乗り込みドアを閉
める。
「どうしたんじゃ、何か周りが気になるのか?」
「いや、それは後で話すよ」
「…それで、ワシに用というのは何じゃ?」
「ちょっとこれを見てくれないか?」
 コナンは助手席のシートベルトを締めると、阿笠博士に例のボールを差し出した。
「…このボールがどうかしたのか?」
「なんかちょっと気になってなあ…」
「気になる、ってどういうことじゃ?」
 そう言いながら阿笠博士はボールを眺める。
「…見たところ普通のサッカーボールのようじゃが…」
 そしてボールを調べていたが不意に、
「…ん?」
 そう、阿笠博士も何やらボールに違和感があるのに気がついたようだ。
「…わかったかい?」
「ああ。おそらく、このボールはワシの考えが当たっていればとんでもないボールじゃぞ。
とにかく、ここじゃ何だから家に戻って調べてみよう」


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