ある日の放課後の帝丹小学校。
そのグラウンドの一角でサッカーをしている児童たちがいた。
グラウンドの周りでは必死になって男子児童を応援をしている女子児童の姿もある。
その中で5〜6年生の児童の一人がホイッスルを銜え、ストップウオッチを見ている。
そしてホイッスルを吹いた。
「試合終了! C組の勝ち!」
それを聞いたグラウンド内の児童たちのあちこちから歓声が上がる。
「はーあ、やっぱり負けたか」
グラウンドの向こう側で歓声を上げている児童たちを見ながら江戸川コナンがつぶやく。
「だいたい、ろくな練習もしないで勝とう、って考えることが間違っているんだよ」
そう、実はこれまでコナンたちのいる1年B組と隣のクラスのC組がサッカーで対決し
ていたのだ。
なぜ、今回サッカーで対決することになったのか?
実はコナンと同じ1年B組にいて、自称少年探偵団団長の小嶋元太とC組のリーダー格
のある男子児童がちょっとしたことから揉め事を起こしたのだ。
しかしお互いに喧嘩になることは避けたいと思ったのだろうか、自然と「別の方法で決
着をつけよう」と言うことになり、「大勢の児童が参加できるから」ということでサッカー
で決着を付けよう、と言うことになったのである。
その話を元太から聞いたとき、コナンは「そんなくだらないことでサッカーを使うな」
と思ったのだが、元太が熱心に参加を頼むものだし、一応自分も1年B組の一員である以
上参加せざるを得なくなってしまった、と言うわけである。
そしてグラウンドの真ん中では件の男子児童と元太がなにやら言い合っていた。
「へーんだ、お前らのチームなんかその程度の実力だよ!」
C組の児童が言うと元太も負けずに、
「なんだと? 今度はこっちがコールドで勝ってやるからな!」
「おうおうおう、お前らのようなヘッポコチーム、いつでも返り討ちにしてやるぜ!」
「…ねえ、コナン君」
その様子を見ていた円谷光彦がコナンに話しかけてきた。
「なんだ、光彦?」
「サッカーにコールド勝ちってありましたっけ?」
「元太のヤツ、自分で言っていることわからねーんじゃねーのか? それよりさ、光彦」
「なんですか?」
「8対7のどこがサッカーのスコアか教えてくれないか?」
「そうですよね、ボクたち野球やってるんじゃないんですよね。野球は8対7の試合がい
ちばん面白い、と言うそうですけど…」
「サッカーの8対7はゴールシーンばっかでやっててもつまらねーよ。しかも20分ハー
フでこのスコアだろ? ってことは2分40秒に1本の割合でどちらかが得点を挙げてる、
ってことじゃねーか」
「さらにボクたちのチームの得点は全部コナン君が挙げたものですよ。これで勝てばいい
ですけれど…」
「…負けちゃ話にならねえよな」
「大体元太君ほどゴールキーパーに向いていない人はいませんね。元太君、相手のシュー
トが来たら逃げちゃうんですから」
「ボールが来たら逃げていいのは、ドッジボールと野球のビーンボールくらいだろ」
ちなみにコナンはミッドフィールダー(元太からはフォワードを頼まれたのだが、新一
時代にやっていたことからコナンはミッドフィールダーに回った)を、光彦はディフェン
ダーを担当していた。
そして元太は(本人の小学1年生にしては大きい体格もあってか)ゴールキーパーを担
当していたのだが、その元太がまったくと言っていいほど役に立たなかったのだ。
さらに練習不足がたたったか、コナンの思い通りに他の児童たちが動かず、あまりにも
チームそのものがバラバラだったのだ。
こんなチームで勝て、と言うほうが無理な話だろう。
*
「…なんかPK戦やってるみたいだったね」
今まで試合を観戦していた吉田歩美が傍らに来たコナンと光彦に言う。
「PK戦か、確かにそうかもしれないね」
コナンが言うと光彦が、
「…あれ? 灰原さんは?」
そう、確か灰原 哀も歩美の隣で試合を見ていたはずである。
「『こんなつまらない試合、最後まで見ていたって仕方がない』って言って、途中で帰っち
ゃったわ」
(…だろうな。オレも途中で帰りたかったぜ)
コナンは思った。しかしコナンはサッカープレイヤーとしては(事情が事情だけに)他
のクラスの児童も一目置くほどの腕を持っており、1年B組の主戦力となっている存在で
ある。そんな彼が途中で帰ったりしたらもっと悲惨な結果になったであろうことは十分想
像できた。
そんなことを考えていると、
「おい、お前ら何やってんだ!」
グラウンドで元太の声が響く。
「…え?」
その声に元太のほうを振り向くコナンと光彦。
「いいか、今度はこんな風にならねーようにするぞ!」
その元太の声を聞いて光彦が、
「もしかしてリターンマッチをすることが決まったんでしょうか?」
「そうらしいな」
「やれやれ。今のチーム状態じゃ何回やっても同じことだと思いますけどねえ」
「…そうだよな」
「おい、コナン、光彦。何ゴチャゴチャ言っているんだよ。いいか、今から特訓だぞ!」
「…やれやれ。いちばん特訓が必要なのは元太君じゃないですか?」
「だよな。まあ仕方がねえ、付き合ってやるか」
「そうですね。次はせめて5対4で済ませるようにしましょう」
半ばあきれながら二人は元太の元へと歩み寄っていく。
「じゃコナン君、元太君の方、お願いしますよ」
「…わかったよ。元太も少しはキーパーとして働いてもらわねーとな」
そしてコナンは元太相手にPKの特訓をすることになったのである。
*
その夜のことである。
「…それで、例のブツはどうなったんだ?」
一人のサングラスをかけた男が、もう一人の帽子をかぶった男に話しかけてきた。
「心配するな。あの中にある」
そして帽子の男は 帝丹小学校の近くの路地に停めてある一台の車を指差す。
「…なんだありゃ?」
サングラスの男が車の中を見て思わず聞き返した。
そう、男の指差した先には一台の軽トラックが停まっていたのだった。
「何か問題あるのか?」
「問題があるのか、って…。何でこんなものを?」
「いや、さすがにブツをそのまま持ち歩いちゃまずいだろう、ってことで、スポーツ用品
を運ぶ車に偽装すりゃばれないだろう、って思ってな」
「しかしなあ…」
「心配するな。例のブツはこの中に入っている」
そういうと帽子の男は荷台から一個のサッカーボールを取り出すと、サングラスの男に
放り投げた。
そしてサングラスの男はそのサッカーボールをまじまじと眺める。
「…他にも何個かあるが見てみるか?」
そう、サングラスの男のいうとおり、車の荷台には何個かのサッカーボールが置かれて
あったのだ。
「いや、そこまでする必要もねえ。…ところで、取引はいつだ?」
「明日の午後6時に例の場所だが、それがどうかしたか?」
「いや、そのことでちょっと話があってな…」
そのときだった。
何かの事件でも起こったのだろうか、近くを走り抜けるサイレンの音が聞こえてきた。
「やべえ、警察だ!」
「どうする?」
「どうする、って決まってるだろ。ひとまずここはずらかるぞ! お前も乗れ!」
「ああ、わかった」
そして2人の男は慌てて車に乗り込むと車は急発進した。
そのとき、二台にに積んであったサッカーボールがひとつ落ち、転がっていってしまっ
た。
しかし、彼らはよほど慌てていたのだろうか、それに気づかず走り去ってしまった。