夢をとめないでいて

(第5話)



 警視庁。
 小五郎たちが捜査一課のドアを開けると、藤田貴代の姿があった。
「あ、藤田さん」
「あ、蘭さん」
「藤田さんも目暮警部に呼ばれたんですか?」
「ええ、そうなのよ。それで…」
 と、言いかけた時、
「ああ、君たち待たせたな」
 と目暮警部が現れた。
「それで、話とはなんでありますか?」
 小五郎が聞く。
「うん。二課のほうから連絡があって事情聴取のために暴力団事務所に行った、と言うの
は話したな。それがこの男たちなんだが…」
 と目暮警部が2枚の写真を取り出した。
「この男たちに見覚えはないか?」
 そして写真を覗く4人。
「いえ、別に…」
「そうか。いや、どうも羽田空港や沖縄の医師団の話によると、彼らが血液を奪った犯人
なのではないか、と言うことなんだよ」
「そうですか…」
「それに聞き込みの結果だと何やら気になる行動を取っていたそうなんだよ」
「気になる行動と言いますと?」
「うん。何やら事件が起こる数日前から熱心に新聞を読んだり、バンが盗まれたと言う病
院周辺やと言う証言が取れたらしい」

 それから程なくして、捜査一課の電話が鳴った。
「…もしもし、目暮だが」
 目暮警部が電話を取る。
「…そうか、うん、うん。わかった、ありがとう」
 そう言うと目暮警部は電話を切った。
「今、二課のほうから連絡があった。ちょうど写真の二人が米花町の商店街にある貸事務
所周辺にいたところを聞き込み中の刑事が見つけ、任意同行を求めたそうだ」
「貸事務所ですと?」
「ああ。最近の暴力団員はダミーの会社もいくつか持っていて、その事務所を借りる名目
で事務所を借りている、と言う話だからな」
「しかし、暴力団員に貸す事務所なんて…」
「いや、最近の暴力団員は見た目では一般人と変わらないのも多いと言う話だからな。そ
いつらの顔を見て誰が暴力団員だと思うかね?」
「…まあ、確かにそれはそうですが…」
「それで何人かは取調べのためにこっちに戻ってくるが引き続き、事務所内の家宅捜索を
続けるらしい。何かわかったら連絡をすると言っておったよ」

 それから十数分経ち、再び捜査一課の電話が鳴った。
「はい、目暮だが。…なんじゃと、それは本当なのか? …わかった。引き続き宜しく頼
む」
 そして目暮警部は電話を切る。
「いったいどうしたのでありますか?」
 小五郎が聞く。
「今、二課と対策部が合同で事務所のほうを家宅捜索したんだが、血液が見つからなかっ
たそうだ」
「なんですと?」
「それはとにかく、その任意同行を求めた暴力団員がやってきてからどこに隠したのか聞
いてみるそうだが」
「…しかし、もし血液が見つからなかったら」
「ああ、その、ちはるちゃんの手術が始まらない、と言うことになるな」

(…待てよ、そう言えば…)
 と、それを聞いたコナンはあることに気が付いた。
(もしかしたら、血液はあそこに…)
 そして、あっという間に捜査一課の部屋を飛び出ていた。
「コナン君、どこ行くの?」
 蘭の声が背中で聞こえたが、コナンは振り返らずに走り出した。
    *
 警視庁を出たコナンは一旦事務所に戻ると、太陽電池付きのスケートボードを小脇に抱
え、表に出る。
「…よし、行くぞ!」
 そしてコナンはスケートボードに飛び乗った。
 そしてスケートボードは走り出した。

 米花長の商店街の一角。
 コナンはスケートボードをその中にあるビルの前に停めた。
「確かここだったよな。この間まで『貸事務所 テナント募集中』の紙がはってあったの
は」
 コナンが目の前に建っているビルを見てつぶやく。
「なんか変だと思ったんだよな。1年近く借り主が現れなかったのに、最近になって借り
主が出てきたんだからな…」
 そしてコナンは中に入ると階段を上っていった。

 その事務所の前には急ごしらえで作ったのであろう、事務所の名前をパソコンかプリン
トした髪が貼ってあるだけだった。
(…全く。自分から怪しい、って言っているようなもんだぜ)
 そしてコナンがドアノブをひねると何の抵抗もなくドアが開いた。
「あ、開いた…」
 おそらく、ちょっと近くに行くつもりで事務所を空けていたのだろう。
 そしてコナンは中に入った。

 中には応接セットと、スチール製の机があるだけの殺風景な部屋だった。
 そしてコナンは辺りを見回す。
 と、部屋の一角に冷蔵庫が置いてあった。
「…なんでこんなところに?」
 コナンは不審に思いながらも冷蔵庫の扉を開けたときだった。
「あった!」
 思わずコナンは叫んだ。
 そう、冷蔵庫の中に血液の入ったパックがあったのだ。
 冷凍庫の中には保冷材もあった。
 そしてコナンは辺りを見回すと、スチール製の本棚が近くにある。
 その扉を開けると中にジュラルミンの赤十字マークが付いたケースがあった。
「…もしかして、これが血液の入っていたケースじゃ…」
 コナンはケースの中に血液のパックと保冷材と共にしまう。
「…とにかく、これを病院に届けなきゃ」
 そして再び外に出るとケースを抱え、再びスケートボードに乗って走り出した。
    *
 それからどのくらい経っただろうか、不意に歩道のど真ん中でスケートボードのスピー
ドが遅くなりだした。
「どうしたんだ? まさか電池切れか?」
 確かこのスケートボードはフル充電で30分程度しか走れないが、その電池が切れようと
しているのだろうか。
 そしてコナンは辺りを見回す。
「…やばい!」
 そう、既に夕日が西に沈もうとしていた。これでは充電してもすぐになくなってしまう
だろう。
「…まだ病院までだいぶあるのに…、どうすればいいんだ」

 そのとき、コナンの傍らに一台の車が停まった。
「コナン君!」
 ウインドウが開くと藤田貴代が顔を出した。
「藤田さん!」
「こんなところにいたのね。探したんだから」
「ごめんなさい。でもちゃんと血液は見つけたよ!」
 そう言うとコナンは血液に入ったケースを見せる。
「いったいどこで見つけたの?」
「それは後で話すよ」
「わかったわ、とにかく乗って! 急いで病院に届けましょう」
「うん」
 そういうとコナンが助手席に乗り込むと同時に車が走り出した。

 藤田貴代の乗る車は制限速度をかなりオーバーして走っていた。
 と、そのときだった。後ろからサイレンの音が聞こえてきた。
 コナンは何かと後ろを振り向く。
「白バイが追ってきているよ!」
「何ですって?」
「前の車、停まりなさい!」
 白バイの警官の声に藤田貴代が車を停める。
「…何やってんですか、スピード違反ですよ」
 白バイの警官が車に近づくと運転席の藤田貴代に言う。
「それはわかってんです。でも、こっちも大事な用があって…」
「大事な用って言ってもねえ…。ん?」
 そう言うと白バイの警官がコナンの持っていた赤十字のマークが付いたケースに気がつ
いた。
「…なんですか、それは?」
「いえ、その、血液なんですよ」
「…もしかしてそれって、石垣島から送られてきた血液じゃ?」
 事情に気がついたか、白バイの警官が言う。
「ええ、そうなんです。だからこれを病院に送り届けに行く途中だったんです」
「…そうか、そういうことだったのか。わかりました。それじゃ、先導しますので後ろか
ら付いてきてください!」
 白バイの警官がそう言うと二人の顔がほころぶ。
「ありがとうございます!」
 そして白バイに乗った警官が走り出すと、二人を乗せた車も後ろから走り出した。
    *
 病院の正面玄関。
「…コナン君、いったいどこ言ったんだろう…」
 蘭が辺りを見回しながらつぶやく。
「そう言えばその藤田、って人からの連絡はまだないのか?」
 小五郎が言う。
「…うん。『コナン君を探しにいく』と言って別れたきり、連絡がなくて…。仕方ないから
あたしは病院に戻ってきたんだけれど…」
「…まったく、アイツと来たらときどきどっかにいなくなるんだからな」

 と、そのときだった。
「…おい、ありゃなんだ?」
 小五郎の声に蘭がその方向を向くと、1台の白バイに先導された自動車が病院の前にや
ってきた。
 そして蘭たちの前に停まると、
「蘭さん!」
 ウィンドウが開き、藤田貴代が顔を出す。
「藤田さん、コナン君!」
「コナン、一体おまえどこ行ってたんだ!」
 小五郎が言う。
「詳しい話はあと。とにかく、これ!」
 とコナンがケースを差し出す。
「…それは、もしかして血液?」
「そうだよ。これを見つけて持ってきたんだ!」
「わかった。じゃ、先生呼んでくるからちょっと待ってて!」
 そういうと蘭は病院の中に向かった。

 それから2〜3分して中島医師を連れて蘭が戻ってきた。
「血液を取り戻した、って本当かい、コナン君?」
「うん、これでいいんでしょ?」
 そしてコナンからケースを受け取った中島医師がケースを調べる。
「…よかった、これでいいんだ。ありがとう、コナン君。それじゃ、私は今からオペの準
備をしますので」
 そして中島医師はそこにいた全員に向かって一礼をすると病院の中に入っていった。
「ボクたちも行こうよ!」
 そう言うとコナンは病院のなかに入っていった。
「ちょ、ちょっとコナン君!」
 蘭がコナンの後を着いていく。
 それを見ていた小五郎も中に入ろうとするが、車内の藤田貴代に気が付くと、
「ちょっと待っててください、車椅子出しますんで」
    *
 そして藤田貴代の乗った車椅子を押して小五郎が病院の中に入ると、手術室の前にすで
にコナンと蘭の二人がいた。
「先生はどうした?」
「もうすぐ手術室に来るって」
 それから程なく、一人の女性が彼らの前に現れた。
「あ、これはお母さん」
 そう、その女性は都築ちはるの母親の都築真弓だった。
「中島先生から電話があって、血液が見つかったそうですね」
「ええ。それで今、手術の準備を大急ぎでしているそうなんですよ」

 それから程なく、ストレッチャーに乗せられたちはるが数人の看護師と共に手術室にや
ってきた。
「ちはる、頑張るのよ!」
 さすがに母親として心配なのだろうか、真弓がちはるに話しかける。
「うん」
 そして手術室にちはるが入ってまもなく、オペ服に着替えた中島医師が助手と共に現れ
た。
「先生、宜しくお願いします」
「大丈夫ですよ、お母さん」
 そして中島医師は手術室に入っていった。
    *
 それから1時間ほどして、手術室の前に目暮警部が現れた。
「あ、目暮警部。いったいどうしたんですか?」
 小五郎が聞く。
「ああ。白バイ隊の退院から連絡があって、血液が無事に取り戻され、ちはるちゃんの手
術が始まった、と聞いたので来たんだよ」
「それで、取調べのほうは?」
「ああ、二課のほうでやったそうでな。ここに来る前にどうなのか聞いておいたよ」
「それで?」
「どうやら間違いなさそうだな。いま、沖縄県警のほうにも確認を取っている最中だが、
連中は罪を認めているそうだし、病院からバンを盗んだことも自白したようだよ」
「それで一体何の目的で…」
「どうやら連中は新聞でちはるちゃんのことを知って、彼女の血液が特殊な血液型、と言
うことを知って、大金と引き返するために血液を盗んだようだ」
「いわば、誘拐みたいなものですか」
「まあ、そういうことになるだろうな」
「…全く何を考えているのやら」

 それからさらに数十分が過ぎ、不意に「手術中」のランプが消えた。
 そこにいた全員が手術質の扉に視線を向ける。
 そして中島医師が手術室から出てきた。
 
「…先生、どうですか?」
 都築真弓が聞く。
「大丈夫、上手く行きましたよ」
 その言葉を聞いてその場にいた全員が安堵の声を上げた。
「これからしばらく様子を見なければいけませんけれど、近いうちに退院できると思いま
すよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ、私こそ皆さんにお礼が言いたいですよ。一時はどうなるかと思いましたが、
こうして手術ができたんですから」
「よかったね、コナン君」
 蘭がコナンに言う。
「うん」
「…そうだ、思い出した! おまえまた勝手なことしやがって!」
 小五郎がコナンが一連の行動を思い出したか、コナンに言う。
「わあ、ご、ごめんなさい!」


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