蘭たちがその事件を知ったのは、その日の夜、夕食を終えた後に小五郎が見ていたテレ
ビのニュースだった。
「…蘭、ちょっと来い!」
台所で後片付けをしていた蘭に小五郎が叫んだ。
「どうしたの、お父さん?」
そう言いながら蘭が小五郎のいる部屋にやってきた。
その部屋では小五郎とコナンがTVの画面を凝視していた。
「…確か都築ちはる、ってこの間おまえたちが病院に見舞いに行った女の子だよな?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「今、その子のニュースをやっているぞ!」
「本当?」
そして蘭はテレビの画面を見る。
テレビではニュースキャスターが「石垣島から空輸された血液が何者かの手によって盗
まれた」というニュースをやっていた。
「…なんですってえ?」
ニュースを聞いた蘭は思わず目を丸くした。
「…これじゃちはるちゃん、手術ができないじゃない」
「らしいな。病院も今日の手術は延期したらしい。…しかし血液を盗むたあ、いったい犯
人も何が目的なんだ?」
「…そうだよね、誘拐事件と違って身代金を取るわけにもいかないし…」
「…いや、それはわからねえぞ」
「わからない、って…」
「確かそのちはる、って子はおまえの話だと数十万人に一人しかいない、と言う特殊な血
液型だ、って言うんだろ? そんな珍しい血液型の血液だとしたら金目当てに盗み出すヤ
ツだっているだろう」
(…意外とおっちゃんの考えが当たっているかも知れねえな。オレがもし犯人だとしたら
病院にでも金を要求するぜ)
コナンも二人の会話を聞きながらそう思った。
その時、傍らの電話の呼び出し音が鳴った。
蘭が電話を取る。
「はい、毛利です。あ、目暮警部。…はい、はい。ええ、ええ。わかりました。すぐに伺
います」
そして蘭は電話を切った。
「…目暮警部はなんて言ってたんだ?」
「詳しい話を聞きたいから、って今から警視庁にきてくれ、って」
「…そうか、じゃあオレも一緒に行く」
「あ、ボクも」
そして3人はタクシーを拾うと、警視庁へと向かった。
*
警視庁。
「おっ、蘭君にコナン君。すまんな、わざわざ来てもらって」
やってきた小五郎たちに目暮警部が挨拶をする。
「それで、血液が盗まれた、って言うのは?」
「うむ、羽田から戻ってきた中森警部から聞いたんじゃが…」
そして目暮警部は羽田空港での出来事を蘭たちに話した。
「…となるとその沖縄からの医師団がやってきた際に渡した相手、というのが臭いですな」
小五郎が言うと、
「ウム。そのことは今、東京空港警察所に頼んで周辺の聞き込み捜査をやっているところ
だよ」
「そうですか」
「たっだ、事件が発生してつい先ほどまで、そのちはるちゃんの母親を呼んで話を聞いて
みたんだが、彼女も犯人に心当たりはないそうだ」
「そうですよね。やっと手術ができる、って喜んでいた矢先だったのに…」
「で、その、彼女の母親と話をしているときに君の名前が出てきてな。そこで君を呼んで
話を聞いてみようと思ったわけだが…」
「でも、あたしはそのちはるちゃんとはこの間のお見舞いに行った際に初めてあったんで
す。ですから彼女の周りの人物についたってよく知らないし、ましてや犯人の心当たりな
んて…」
「…まあそうかもしれんな。いや、実はもうひとつ、気になることがあってな」
「気になること?」
「その、血液が沖縄から空輸される数日前にある病院からバンが盗まれる、と言う事件が
あってな」
「バンが?」
「ああ、もしかしたら今回の事件となんか関係があるのではないか、と思って今sgひら
べているところだよ」
「ところで、その沖縄の医師団からは何か連絡があったんですか?」
「そのことは中森警部が沖縄県警に協力を依頼したそうだ。先ほど連絡があって沖縄に戻
った医師団を呼んで県警のほうで事情聴取をしているらしいから、今日中にはその内容が
警視庁のほうにも来るだろう」
と、そのときだった。
「…?」
蘭の持っている携帯電話が着メロを鳴らした。
「ちょっとごめんなさい」
そう言うと蘭は携帯電話を取り出した。
「もしもし。…あ、藤田さん」
どうやら電話の相手は藤田貴代のようである。
「…藤田?」
目暮警部が言うと小五郎が、
「蘭が知り合った、って言う女性なんですよ。何でも都築ちはる、と言う子を知ったのも
彼女と一緒に病院にお見舞いに行ったことかららしいんですわ」
「…ふうん」
「はい、はい。…そうですね、こんなことになるなんて。ええ、ええ…」
どうやら今回の事件に関して蘭に電話を掛けてきたらしい。
「…はい、はい、そうですね」
と、蘭の話が一段落ついた所で、
「蘭くん、ちょっと貸してくれんか?」
目暮警部が言う。
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね。…どうぞ」
そして目暮警部は、蘭が差し出した携帯電話を受け取ると、
「あー、もしもし。警視庁の目暮と申します。…はい、はい。…あー、そうですか。いや、
実はその件に関してちょっとご協力をお願いしたいんですがね。…はい、それではお待ち
しております」
そして携帯電話を切ると蘭にそれを渡した。
「…いったいどうしたんですか?」
「いや、ついでだからな。彼女にも話を聞こうと思ったんだよ。何でも彼女の紹介でその
女の子と知り合ったそうじゃないか」
「ええ」
「だから彼女から話を聞いたら何かわかるかもしれないからな」
それからしばらく経って、捜査一課の部屋に警官の押す車椅子に乗った藤田貴代が入っ
てきた。
「…目暮と言う方から電話があったんですが」
藤田貴代がそう言うと、
「ああ、あなたが藤田さんですか」
そう言いながら目暮警部は近づくと、車椅子に乗った彼女を見て、
「…ああ、すみませんでしたな。足が不自由だったとは知らなかったので。ここに来るま
で大変だったでしょう?」
「いえ、慣れてますし、ちょうど下にいたお巡りさんが手伝ってくれたので。…それで私
に何の用でしょうか?」
「いえ、ちょっとお話を伺いたくて。よろしいですね?」
「ええ」
そして目暮警部たちは別室へと向かった。
*
「いや、どうもありがとうございました」
そう言いながら目暮警部が藤田貴代とともに出てきた。
「…どうでした?」
蘭が聞くと目暮警部は、
「うん。彼女も犯人の心当たりがない、と言っておったよ」
「そうですか…」
「まあとにかく、君たちの話は二課のほうにも伝えておくよ。また何かあったら連絡して
くれんか?」
「ええ、それはいいですけれど」
「それで、その沖縄の医師団の件はどうなりますか?」
小五郎が聞くと、
「ああ。連絡が入ったら君たちにも知らせるよ。ただもう少しかかるかもしれんな」
「わかりました」
「…あの、警部さん。そろそろ私たちは帰ってよろしいでしょうか?」
藤田貴代が聞くと、
「あ、それは構いませんよ。どうもご協力ありがとうございました。何か気がついたこと
があったら遠慮なく警視庁のほうまで連絡をください」
「わかりました。…それじゃ蘭さん、送ってあげるわ」
「え、いいんですか?」
「同じ米花町に住んでるんですもの。どうせ帰り道は一緒だし」
「本当にすみません」
*
車が毛利探偵事務所の前に着き、中から3人が降りてきた。
「いや、送っていただいて本当にすみませんなあ」
小五郎が運転席に向かって何度もぺこぺこしている。
「いえ、いいんですよ。このくらい」
「…それじゃ何かあったら連絡をいただけませんか?」
「わかりました。それじゃ」
そして3人は車を見送る。
「…さ、行こうか」
蘭がコナンに話しかける。
「うん」
そして3人が探偵事務所に入り、ソファに座ると蘭が。
「…なんか残念そうな顔してたね、藤田さん」
「…そうだろうな。話を聞いてみたけど、なんかその女の子と知り合ってから、休みがあ
ると見舞いに行っていた、って言うんだろ? そしたら自然と情だって移ってくるさ」
「そうだよね。あたしだってコナン君がもし同じような病気にかかってる、って聞いたら
それこそ毎日のようにお見舞いに行くわよ」
「…それにしても、数十万人に一人、と言う特殊な血液型が、あんな形で犯罪を引き起こ
してしまうとはな」
「そうね。犯人もそれを知って血液を盗んだんだろうね」
「…とにかくなんか手がかりがつかめればいいんだが…」
そう言いながら小五郎が事務所にあるカレンダーを見る。
「…そうか。もうすぐ北京オリンピックが始まるから、その、彼女が出る、っていうパラ
リンピックも後1ヶ月くらいで始まるんだな。彼女には何とかすっきりとした気持ちで北
京に行ってほしいもんだが…」
そう、北京五輪が8月8日(サッカーはその2日前の8月6日から始まるが)から24
日に開催された後に、9月6日から17日までの12日間、同じ北京でパラリンピックが
開かれるのだ。聞いた話だと藤田貴代は8月の終わりには北京に向かって現地で練習を始
める、と言う話だった。
(…そうだな。何とか早く見つかって、あの、ちはる、って子の手術を見届けたうえで、
彼女も北京に行きたいだろうな)
コナンも思った。
*
その翌日、朝早くのことだった。
毛利家の電話の呼び出し音が鳴り、すぐそばにいた小五郎が電話を取った。
「はい、毛利。…あ、目暮警部でしたか」
どうやら電話の相手は目暮警部のようだ。
「…はい、はい。…何ですって? …わかりました。とにかく今からそちらに伺います」
そして小五郎は電話を切った。
「…どうしたの、お父さん?」
蘭が聞く。
「昨日の夜遅く、沖縄県警から警視庁に連絡があって、例の血液を盗んだヤツらのことに
関しての証言がとれたらしい。それと…」
「それと?」
「ついさっき、あの、ちはると言う子の母親から警視庁に連絡があって、その、母親の家
に金銭を要求する脅迫状が届けられたらしい」
「脅迫状ですって?」
「ああ。それで、母親から詳しい事情を聞くために、今から警視庁に来てもらうらしい。
それで目暮警部がオレたちにそのことについて話をしたい、ということで、今から来てほ
しい、と言うことだ」
「わかったわ。じゃ、今から支度するから」
「あ、そうだ。ついでにあの、藤田って女性に連絡して、一緒に警視庁に来てもらえるか
どうか聞いておけ」
「わかったわ。…コナン君、早く支度して」
「うん」
そして小五郎はタクシーを呼ぶために電話のダイヤルをプッシュした。
*
そして警視庁の玄関前で藤田貴代と落ち合ったコナンたち4人は警視庁捜査一課の部屋
に入った。
その中には目暮警部と都築ちはるの母親である都築真弓、そして中森警部の3人がいた。
「あ、これはお母さん」
藤田貴代が言うと、
「すみません、ご心配をおかけして」
そう言うと都築真弓が深々と頭を下げる。
「いえいえ、お母さん。我々に頭を下げられても…。ところで目暮警部。その脅迫状の内
容とは?」
小五郎が言うと、
「うん、現物は今、科研に回しているのでコピーで申し訳ないが、これと同じものが、今
朝ポストの中に放り込まれていたそうだ」
そして小五郎たちの目の前に一枚の紙を差し出す。
「…3000万円ですと?」
文面を呼んだ小五郎が思わず大声を上げた。
そう、その脅迫状には血液を返してほしかったら3000万円を支払え、と言う内容のパソ
コンのワープロソフトで打たれたような脅迫状が書かれてあったのだ。
「…この内容の文面が書かれた紙が何も書かれていない封筒に入って今朝、ポストの中に
入っていた、と言うからおそらく家がどこにあるか調べてポストに入れておいたんだろう。
…これについても今、周辺の聞き込み捜査を行っておるよ」
「それで、その沖縄の医師団の話と言うのは?」
「うん、それがだな…」
と、そのとき、捜査一課の電話の呼び出し音が鳴り、目暮警部が電話を取る。
「目暮だが。…うん。そうか、わかった、ありがとう」
そして電話を切ると、
「今科研から連絡があった。やはり指紋は検出されなかったそうだ。印刷された文面も一
般的なパソコンの文書作成ソフトで作られたものでこれと言った特徴はなかったそうだ」
「そうですか…」
「…それで、その沖縄の医師団の話だが、ほんの1、2分程度あっただけだったので詳し
い人相とかはわからないが、なんか人目をやたらと気にしていたようで、血液を受け取る
とさっさと空港を出て行ってしまった、と言う話だったようだ」
「それじゃあ…」
「おそらくな。犯人としては他人に目撃されるのがいやだったのだろう。とにかく今は容
疑者の手がかりを見つけるのが先決だからな。君たちも何か気になることがあったら連絡
してくれたまえ」
「わかりました」