T am you.
〜テーマパーク殺人事件〜

(事件編)



 コナンが「蘭」、蘭が「コナン」となって生活をする日が数日過ぎたある日のこと。
“蘭”と親友の鈴木園子が道を歩いていた。
「…それにしても…」
「なに、園子?」
「あんた急に音痴になったわね。こないだまでそんなことなかったのに」
 そう、“蘭”は園子の誘いを受けてカラオケボックスに行った帰りだったのだ。前々から
(つまり二人の中身が入れ替わる前)園子と約束していたこともあり、どうしても断るこ
とが出来なかったのだ。
「…ハハハ、ごめんね、園子。私、あの曲あまり聴いたことないから…」
「あの曲、あんたのオハコでしょ? いつも歌ってるじゃない」
「あ、そ、そうだったっけ?」
「そうだったっけ、じゃないわよ。大体ここ数日、あんた様子おかしいわよ。何だか蘭で
あって蘭じゃないみたい」
「だから言ってるでしょ、気のせいだって」
「ふーん、ならいいんだけど。…それよりさ、今度の日曜日覚えてるでしょ?」
「もちろんよ。トロピカルランドに行くんでしょ?」
「そ、よかったらコナン君も誘っていいからね」
「わかったわ。じゃ、バイバイ」
「じゃね」
 そういうと“蘭”は毛利探偵事務所へ続く階段を昇っていった。

「只今」
「お帰りなさい」
“蘭”を“コナン”が出迎えた。
「…おじさんは?」
 辺りを見回して小五郎がいないのを見て“蘭”が聞く。
「ちょっと用がある、って言って出かけたわ。…それよりコナン君、大変じゃない? 小
学生なのに高校生の授業を聞くなんて」
「心配しないでいいよ。ちゃんとノートは取ってるし」
(…オレだって最近まで授業受けてたんだけどな)
「…それより蘭ねーちゃんはどう?」
「…まったく。高校生が小学校の授業受けるなんて、まるで拷問みたいなものね。回りに
も話合わせなきゃいけないし…」
(ハハハ。これでオレの苦労が少しはわかったか?)
「…それに歩美ちゃんが言ってたわ。『何だか最近のコナン君はいつものコナン君と違う人
みたいだ』って…」
「仕方ないよ、今のところ元に戻る方法がないんだから。お互いが周りに話をあわせるよ
うにしなきゃ」
「…確かにそうよね。…そういえばコナン君、聞いた?」
「ああ、トロピカルランドの話でしょ? 園子ねーちゃん、ボク…、って言うか『コナン
君のことを誘ってもいい』って言ってたよ」
「そう、よかった。これで園子に気づかれなくていいわね」
   *
 そして日曜日。
 その日は朝から久し振りに晴天となり、早くも気温は25度を超える暑い日となってい
た。
 トロピカルランドは家族連れでにぎわっていた。


「お待たせー」
 園子がトレイに乗ったドリンクを持ってきた。
 既に昼過ぎ、と言うこともあり、3人は食事を取ろう、ということになったのだ。
「それにしても暑いわね〜。日焼け止めクリーム塗っといてよかったわ」
 園子が言う。
 3人が座っているテーブルは一応日除けの傘があるのだが、せいぜい頭を日光から避け
る程度でしかない。
(…そんなこと言ったらあっちの方が大変なんじゃねえのか?)
“蘭”は広場の方を見てそう思った。
 広場では西洋のお姫様の格好をした女性や甲冑を身にまとった騎士、あるいは縫いぐる
みを着たスタッフが回りに集まる子供達を相手にしていたのだ。
(…こんな暑い中、あんな格好でサービスしなきゃいけねーんだから大変だよな…)
「…ちょっと蘭、あんた見てるの?」
「え? …あ、そ、その広場見てたの。こんな暑い中大変だなあ、って。…だってほら見
てよ
“蘭”が指を指す。その方向にはウサギの縫いぐるみが左手に数多くの風船を持ち、それ
を一つひとつ子供達に渡していた。
「この暑い中あんな縫いぐるみ着て子供達にサービスしてるんだもん」
「確かにそうかもね」
 そういうと園子はショルダーバッグからデジタルカメラを取り出す。
「蘭、コナン君。写真取るわよ」
 そういうと園子は二人にカメラを向け、シャッターを切る。

「…それにしても、あんたもコナン君もここの所変ね」
「何が?」
「…何ていうのかなあ…。確かに蘭なんだけど、何処となく別人のような感じがするのよ
ね。コナン君も何だかコナン君であってコナン君じゃない気がするし…」
「き、きっと気のせいよ。ね、ら…、いやコナン君」
「そ、そうだよ。きっと気のせいだよ、園子ねーちゃん」
 やはりコナンが“蘭”、蘭が“コナン”として生活していても自分達の気がつかないとこ
ろで地が出てしまうのだろうか。
   *
 食事を取って3時間ほど後、3人の元に縫いぐるみやお姫様の格好をした女性が近付い
てきた。
「…そうだ、折角だから写真を撮ってもらおうよ」
 と、丁度傍にいた西洋のお姫様の格好をしていた女性が、
「じゃ、私がシャッター押しますよ」
「いいんですか? それじゃ、お願いします」
 そう言われて、園子がデジカメを渡し、3人は写真を一枚撮った。
「…コナン君、ありがとうは?」
「う、うん。ありがとう」
 そう言った“コナン”の頭をウサギが左手で撫でる。
 その様子を園子が写真に収める。

 あっという間に時間は過ぎて既に夕方の4時近くになっていた。
 そろそろ帰ろうかと3人は正面に向かっていたその時だった。
「きゃああああ!」
 女性の悲鳴が聞こえた。
「なんだろう?」
「行ってみようよ!」
“蘭”が園子に言う。
「うん!」
 そして3人は声のした方向に向かって走っていった。

 3人が声のした場所に来ると一人の女性が立ちすくんでいた。
「どうしたんですか?」
“蘭”が聞く。
「な…中山さんが…」
「中山さん?」
 そして女性の指差す方向を見る。
「うっ…」
 思わず絶句する三人。
 その部屋はスタッフの控室となっているようで、何の飾り気もない机と椅子、そしてガ
スコンロが載った流し台と小さな冷蔵庫があるだけの部屋だった。
 その中でTシャツ、ハーフパンツ姿の男が倒れていたのだ。
「園子ねー…、じゃなかった園子。警察を呼んで!」
「わ、わかった!」
“蘭”に言われて園子は携帯電話を取り出した。

「…蘭、電話したわよ。すぐに来る、って」
「ありがとう」
 そして園子が携帯電話をショルダーバッグに入れた時、何か様子が変なのに気がついた。
 いつもだったら現場を見て呆然としているのが蘭で、コナンはいつも冷静になっている
のに今日は蘭が冷静でコナンが呆然としているのだ。
「…コナン君。コナン君?」
 園子にそう言われて“コナン”が気がついたか、
「な、何。園子、…ねーちゃん」
「…どうしたの? いつもだったらコナン君が率先して『蘭ねーちゃん、警察呼んで!』
って言うのに…」
「そ…、それは…」
「…そ、そりゃあコナン君だって呆然とすることがあるわよ。ね、コナン君」
“蘭”が慌てて助け舟を出す。
「あ、そ、そうだよ。そういうことだってあるよ」
 そして“蘭”は“コナン”の耳元に近づき、園子に聞こえないように小さな声で、
「…大丈夫? 蘭ねーちゃん?」
 と囁いた。
「う…、うん。大丈夫」
「…しっかりしてよ。園子ねーちゃんは“蘭”が本当はボクで、“コナン”が蘭ねーちゃん
だ、って知らないんだから」
「…わかってるわよ」

 程なく警察がやってきて現場検証が始まった。
「…被害者は中山利晃さん、ここに務めているスタッフの一人です」
 高木刑事が言うと目暮警部が、
「それで、死亡推定時刻は?」
「ええ、死亡推定時間は午後1時から3時の間と推測されます。ですが…」
「どうしたのかね?」
「発見者でもある蘭さんたちの証言をまとめると午後3時以降、ということになるんです
よね」
「どういうことだ?」
「はい。被害者の中山さんは普段はここでウサギの縫いぐるみを着て仕事をしているスタ
ッフなんだそうですが、その縫いぐるみと蘭さんたちが3時少し前に写真を撮ってるんで
すよ」
「それは本当かね?」
「ええ。私が持ってきたデジカメで撮って貰ったんです」
 園子が言う。
「…となると…」
「はい。3時ごろ中山さんが休憩のためにこの部屋に戻って来た所を狙って犯人が殺害し
たのではないか、と推測されるのですが…」
「じゃあ、Tシャツにハーフパンツ姿だった、というのは…?」
「おそらく縫いぐるみを脱いだときに襲われたのではないか、と。先ほど中山さんが着て
いた、という縫いぐるみを見せてもらったんですがね。知っての通り回りが毛で覆われて
ますからね。おそらく中はかなりの暑さだったのではないか、と」
「ふうん…。となると犯行時刻はしたいが発見される1時間ぐらい前の午後3時ごろ、と
いうことになるな」
「それでですね、その前後にこの控え室に来た人物、というのが二人いるんですよ」
「二人?」
「ええ、一人は村井健一さん。もう一人は佐々木正孝さん。いずれもここのスタッフです」
「その二人をここに呼んできてくれ」
「はい」

 程なく二人がやってきた。
「…ちょっとお二人に話を聞きたいんですが」
「…中山さんのことですか?」
 佐々木正孝が言う。
「まあ、そうですな」
「…ですから刑事さん、そこの若い刑事にも言いましたが、僕は何もやってません、って。
その中山さんが死んだ、という3時ごろ控室に戻ったのは確かですけど、その時には既に
中山さんはいなかったんですから…」
「…村井さんは?」
「オレも同じですよ。…まったくもう…。こっちはこれから用がある、ってのに…」
 何か約束でもあるのだろうか、先ほどから村井健一が右手にしている腕時計をチラチラ
見ている。

“蘭”は何気なくテーブルを見る。
(…あれは?)
 机の上にジュースの入ったコップが置いてあったのだ。
 よく見ると中に氷でも入れてあったのだろうか、透明な水がすっかり溶けてしまい、ジ
ュースが上のほうに分離してしまっていた。
“蘭”はポケットからハンカチを取り出すと、コップをそれにくるみ、持ち上げた。
(…あれ?)
 コップが全然冷たくなかったのだ。おまけにコップの周りにも水滴一つ付いていない。

「…あの、刑事さん」
 佐々木が言った。
「ちょっとのどが渇いたんで…いいですか?」
「ああ、構わんよ」
 そういうと佐々木正孝は冷蔵庫からペットボトルを取り出した。…と、
「佐々木、オレの分も取ってくれないか?」
「あ、いいよ」
 そして佐々木が村井にペットボトルを渡す。村井はそれを左手で受け取ると蓋を開け、
ペットボトルの中の飲み物を飲み始めた。
 そして佐々木も自分の分を取ると、蓋を開け右手に持っているそれを一口飲んだ。

 その時だった。
(…そうか、そういうことだったのか!)
“蘭”の脳裏にある結論が思い浮かんだ。
 そして“蘭”は反射的に左手に手をかける。…が、すぐに「大事なこと」に気がついた。
(…そうだ、オレは今“蘭”なんだ!)
 そう。今、自分は中身がコナン(こと新一)なのだが、外見は毛利蘭なのだ。つまり、
腕時計型麻酔銃も変声機も“コナン”である蘭が持ってることになるのだ。
(蘭が時計型麻酔銃や変声機の使い方を知ってるはずがないし…。弱ったな…、これじゃ
園子に麻酔を打って眠らせることも出来ねえ…)

「…ねえ、蘭どうしたの? そんな怖い顔しちゃって?」
 何も事情を知らない園子が“蘭”に向かって話しかける。
 どうやら“蘭”は傍から見て険しい表情になっていたらしい。
(…仕方ねえ。なるようになるさ)
 “蘭”はそう思いなおすと、
「ん? え? あ、な、なんでもないわよ。それよりさ、園子」
「なに?」
「例えば、の話よ。例えば犯人が既に死んでいた被害者を生きているかのように見せかけ
ること、って可能なんじゃないかな、って思ってさ」
「…そんなことできるわけないでしょう? 大体死亡推定時刻は発見されたときの1時間
くらい前でしょ?」
「うん、そうなんだけどね。…警部、死亡推定時刻、って言うのは大体2時間くらいの幅
を見て決めるんですよね。高木刑事も『午後1時から3時の間と推測される』って言って
ましたよね?」
“蘭”が目暮警部に聞く。
「ああ、そうだが。それがどうかしたのかね、蘭くん」
「…いや、こういうことが出来るんじゃないかな? 被害者、って普段は縫いぐるみの中
に入ってるんでしょ? 縫いぐるみっていうのはさ、外から見れば誰が入っているか、何
てわからないじゃない。だからさ、被害者以外の人が入ってても誰も気づかないんじゃな
いかな、って」
「…つまり君は何が言いたいのかね?」
「こういうことだと思うんですよ。被害者の中山さんが2時過ぎまで生きていた、という
のはあくまでも私達の証言でしかないわけですよね? もし、その私達の証言が間違って
いたとしたら、って」
「間違っていた?」
「うん。あの縫いぐるみに入っていたのが中山さんだと思っていたのは私達の勘違いなん
じゃないかな、って」
「どういうこと?」
「ほら、縫いぐるみ、って外から見たら誰が入っているかわからないでしょ? だからも
し中山さん以外の誰かが入っていても気づかないんじゃないかな、って」
「…じゃあ蘭くん、君は…」
「ええ。私たちが見たとき、既に中山さんは殺されていて、あの縫いぐるみに入っていた
のは犯人じゃないか、って思うんですよ。そうやって犯人は『まだ中山さんが生きていた』
と思わせることにした、と思うんですけど…」
「じゃあ…」
「ええ。私はその『死亡推定時刻は午後1時から午後3時。しかし3時少し前に縫いぐる
みに入っていた中山さんを見かけたから殺害時刻はそれ以後』というのは信用できないと
思うんです」
「信用できない?」
「ええ、私はこう思うんです。犯人は私達が証言した2時半より前に既に中山さんを殺害
して、死体を隠すと、その後で自分が中山さんが着ていた縫いぐるみを着たんです。そし
て、何事もなかったかのように振舞う…。誰だって縫いぐるみを見たって誰が中に入って
いるか、何て気にも留めませんよね。犯人はそれが狙い目だったと思うんです」
「…しかしね、蘭くん。君の言うことがもし本当だとしてもだよ、その証拠はあるのかね?」
「証拠なら二つありますよ」
「二つ?」
「まず一つはテーブルの上を見てください」
 見ると、テーブルの上にコップが置いてあった。
「これがどうかしたのかね?」
「よく見てください。上と下で分離してますよね」
「ああ、確かに」
「おそらくこれは上の部分は氷が溶けて水になった部分で、下の部分はジュースか何かの
部分だと思うんです。今日は暑いから、おそらく中山さんはジュースに氷を入れて飲もう
としていたんです。そこを犯人に襲われた…。やがて時間が経つにつれ、コップの中の氷
が溶けてしまい、上下に分離してしまった…」
「だからと言ってそれが被害者が2時半より前に殺された、という証拠にはならないんじ
ゃないのかね?」
「いえ、証拠になるんですよ。…実は私、これをちょっと触ってみたけど冷たくなかった
んですよ」
「冷たくなかった?」
「はい。もし、中山さんが3時以降に殺されたとしたら、そんなに時間が経っていないん
ですから、仮に氷が溶けていたとしてももう少し冷たくなっているはずだし、コップの周
りに水滴が付いていると思うんです。それなのに冷たくもないし、水滴も付いていない。
ということはかなり長い時間、この部屋にこのコップが放って置かれていた、ということ
になるのではないでしょうか?」
「で、もう一つの、その被害者が3時以前に殺されていた、と君が言う証拠は何かね?」
「園子、デジカメ貸して」
「え? …ああ、いいわよ」
 そう言うと園子はショルダーバッグの中からデジカメを取り出し、“蘭”に渡した。
“蘭”はデジカメを操作して液晶ディスプレイに写真を映し出す。
「…この写真を見て下さい」
 そういうと“蘭”はある写真を出した。それは縫いぐるみが子供達に風船を渡している
場面だった。
「この写真では縫いぐるみは左手に風船の束を持って右手で渡していますよね。ところが
これから2時間ほど後の事なんですが…」
 そう言うと“蘭”はデジカメを操作し、別の写真を出した。それは縫いぐるみが今度は
“コナン”の頭を左手で撫でている写真だった。
「…この写真では縫いぐるみはら…、じゃなくてコナン君の頭を左手で撫でてますよね。
私もそうですけど、普通頭を撫でたりするとき、って利き腕を使いますよね? つまり最
初に風船を渡していた縫いぐるみは右利きだったのに、コナン君の頭を撫でている縫いぐ
るみは左利きだった、ってことになるんですよ。おかしいと思いませんか? こんな短時
間で利き腕が変わるなんて…。つまりこれは風船を渡していた時と、コナン君の頭を撫で
ていた時に中に入っていた人は別人、ということになるんです。この中から考えると犯人
はあなたしかいないんですよ…、村井さん!」
「な、なんだって?」
「村井さん、あなた右手に腕時計してますよね? 大抵腕時計というのは利き腕と逆の方
にするものですよね? まあ、中には好みで利き腕の方にしてる人もいるから断定は出来
なかったんですけど、さっきペットボトルの飲み物を飲んだとき左手にペットボトルを持
ちましたよね? つまりそれはあなたが左利きということになりませんか?」

「…成程ね。そこまで見破ってたとは。たいしたお嬢さんだ」
「…じゃああんたが…」
「その通りですよ。アイツはね、ちょっと自分勝手な所があってよく喧嘩してたんですよ。
それで我慢できなくなってこんなことになっちゃったんですけどね。…それにしてもこん
なことでアリバイ工作が失敗するとはね…」
    *
「…でも蘭、凄いわね」
 園子が“蘭”に話しかける。
「…何が?」
「あんた、今日凄く冴えてたじゃない。まるでおじさんみたいだったわ」
「あ、そ、そうね。おじ…、じゃなくてお父さんやコナン君と一緒に現場見てて、いつも
お父さんの推理見てるからね。私も推理力が鍛えられたのかしら?」
(ハハハ、そりゃそうだろ。中身が中身だからよ…)
“蘭”はそう思った。
(…でもこれからは気をつけねーといけねーな…。もしこのままだったら、いつオレと蘭
の中身が入れ替わっているってバレるかもしれないからな)


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