女子高生・毛利蘭の殺人

(第2話)



 長野県軽井沢市。ある別荘の前に一台の車が停まった。
 中から蘭と園子の姉の鈴木綾子が降りてきた。
「…忘れ物ないわね?」
 後のトランクから荷物を下ろしながら綾子が言う。
「…お姉さん、ごめんなさい。迷惑かけて」
「謝る事ないのよ」
 そして、別荘の中に荷物を運び込む。…といっても着替えと身の回りのもの、それから
途中で買い込んだ食料品くらいだからそんなに多いわけでもないが。
「じゃ、私はこれで帰るから。とにかく東京の事は園子たちに任せて、お休みを貰ったと
思ってしばらくのんびりしなさい」
「はい…」
「そうそう、この近くにコンビニがあるから、蘭さん1人なら食べるものは十分に間に合
うと思うわ。それから…これ」
 と、綾子は財布の中から一万円札を2枚取り出した。
「…お姉さん、これ…」
「何も言わないで受け取って。それじゃ」
 そう言うと綾子は蘭に一万円札を握らせ、車に向かっていき、あっという間に走り去って
いった。それを見送る蘭。
 軽井沢とは言え、10月になるとさすがに冷える。寒気を覚えた蘭は中に入った。
 と、不意に自分の携帯電話の着メロが鳴った。
「…園子から?」
 そう、それは自分が園子から来た時に使っている着メロだったのだ。
 見ると携帯のメールマークが付いていた。園子からメールが来ていたのだ。
 メールを呼び出す蘭。

「蘭へ。軽井沢に着いたかな? リビングルームにパソコンがあって、ネットにつなげる
ことが出来るから、それで毎日情報送るね。何か聞きたいことがあったらメール頂戴。メ
アドは後で教える。園子」
   *
 一方、こちらは東京。
 現場となったアパートの前にコナンと園子が立っていた。
 園子は片手にデジタルカメラを持っている。
「…ねえ、コナン君。これってヤバくない?」
「大丈夫だよ、15、6分見たらすぐに帰るから」
「でも…」
「でも、って、園子ねーちゃんだって蘭ねーちゃんの無実晴らしたいんでしょ?」
「そりゃそうだけど…」
「それに蘭ねーちゃんに『毎日情報送る』って言ったの園子ねーちゃんの方だよ。こうい
うときはみんなで協力しなきゃ」
「…そうだよね。よし、じゃ行こうか!」
 コナンは胸に着けているDBバッジに向かい小声で喋る。
「…元太、光彦、歩美。準備いいな?」
「OK」
「わかりました」
「こっちもいいわよ」
「よし、何かあったらすぐに知らせろよ」
 コナンは元太たち3人に見張りを頼み、園子と二人で現場検証をしようというのだ。

 二人は部屋の中に入った。
「ハイ、園子ねーちゃん」
 コナンが手袋を渡した。
「…何コレ?」
「やっぱり指紋ついたら大変でしょ?」
「そうか」
 そう言うと園子も手袋をはめた。
「ボクは現場を見るから園子ねーちゃんはあやしいと思ったもの、片っ端から撮って。デ
ジカメなら何枚でも撮れるでしょ?」
「わかったわ」
 そして二人は散った。

 現場はあの日――蘭が逮捕されてしまった日の時のままだった。
 コナンはあちこちを見回すが、これといった発見はできなかった。

「…ねえ、園子ねーちゃん」
 コナンが話しかける。
「何?」
「その、上村先輩って後頭部殴られて殺されたんだよね」
「それがどうしたの?」
「蘭ねーちゃんを取り調べた警察の人は蘭ねーちゃんと上村先輩が言い合いになって、カ
ッとなった蘭ねーちゃんが灰皿を手にして上村先輩を殴り倒した、って言うけど…。だっ
たら後頭部以外のところにも殴られたあとがあってもおかしくないんじゃないの?」
「そうよねえ…、いくら蘭でも正面から後頭部を殴る、なんてマネできないわよね。おで
このあたり殴ってうずくまった先輩の後頭部めがけて殴りつけた、って言うならまだわか
るんだけど…」
「もうひとつ考えられるのは上村先輩が後ろを向いたときに後頭部を殴りつけた、ってこ
とだけど言い合いになって背中なんか向けないよね」
「…うん。そんなことしたら自分の負けを認めるようなもんだもんね…」
「とにかく蘭ねーちゃんが犯人だとしたら、この事件、おかしなところがいっぱい出てく
るよ」
「…とは言っても、今のところ蘭が無実だって決定的な証拠も見つからないしねえ…」

「…園子ねーちゃん、そろそろ15分経つよ」
「大丈夫、こっちもあらかた撮り終えたから。行こう、コナン君」
 その時だった。
 ふとどこからか携帯電話の着メロが聞こえた。コナン自身が持っている阿笠博士特製の
「イヤリング型携帯電話」の着信音ではないことは彼自身が知っている。
「園子ねーちゃん、電話だよ」
 ところが園子の回答は意外なものだった。
「…私のケータイ、こんな着メロ使ってないわよ」
「え? …じゃあ、どこから?」
 コナンは周りを見回す。
 なにやらセカンドバッグが置いてあった。
「…これかな?」
 コナンがセカンドバッグを開くと中に携帯電話が入っていた。
 コナンが取り上げると相手は出ないと思ったのか切れてしまった。
「…なんだろ?」
「それ、多分先輩が持っていた携帯電話よ」
「でも、何でかかってきたんだろ?」
「さあ、上村先輩が死んだのは皆知ってるはずだから…。きっと勧誘か何かよ」
 そのときコナンはあることに気がついた。
「…ねえ園子ねーちゃん。ケータイって着信履歴とか残るよね?」
「…それがどうしたの?」
「着信履歴とかで何かわかるかなあ?」
「…そうか! もしかしたら手がかりが残ってるかもしれないわね」
 コナンは携帯電話を操作し、「着信履歴」「発信履歴」そして「電話帳」を呼び出す。
…が、携帯電話に記されている電話番号は「高井」とか「岩田」といった苗字しかなかっ
た。なんせ蘭のケータイの電話番号すら「毛利」としか入ってないのだ。
「…なんかわかると思ったんだけどなあ…」
「ケータイの電話帳は持っている本人が入力するものだもんね。…そうだ! 蘭に聞けば
わかるかもしれないよ」
「蘭ねーちゃんに?」
「そう。確か1年に高井君、って空手部員がいたし、岩田さんは確か空手部の先輩のはず
よ。上村先輩空手部員だったでしょ? もしかしたらその関係かもしれないわよ。コナン
君、ちょっと貸して」
 そう言うと園子はコナンから借りた携帯電話の番号をデジカメに収めていく。

「…じゃあ、気をつけてね、コナン君。蘭に今日のこと、メール送るから」
「うん、わかったよ」
「蘭から何か言ってきたら教えてあげるからね」
 そして園子とコナンたちは別れた。
   *
 軽井沢に夜が来るのは早い。
 蘭は一人だけの味気ない夕食を終えると、リビングルームでテレビを見ていた。
 少しは気がまぎれるかと思ったのだが、どうしても事件のことが頭にこびり付いてはな
れない。未だに自分の両手首にはめられた手錠の感触が残っているのだ。
 テレビだって特に気を入れて見ている訳ではない。何か音がしないとさびしいだけなの
だ。

 不意に園子からのメールが届いた着メロが聞こえた。
 蘭は傍らに置いてある携帯電話を取り出すと、メールを呼び出す。

「蘭へ。
 ちょっと聞きたい事があるの。今パソコンでメール送ったから詳しくはそっちの方を見
て。使い方わかるよね? わからないことがあったら電話頂戴。 園子」

「…よかった、園子からの連絡だわ」
 蘭は何故かそれが来るのが待ち遠しく思えたのだった。
 蘭は部屋の隅に置いてあるパソコンに座ると電源スイッチを押した。
 高校の実習や園子の家でパソコンは使ったことがあるから使い方は一応わかっている。
「…えーっと、メールを呼び出すのは…」
 蘭はマウスを動かした。
 程なく画面にメールが現れた。
 何枚かの現場写真とともに、「これを調べて欲しい」と言う内容の文章が書いてあった。
「…これは…」
   *
 同じ頃、警視庁捜査一課。
 捜査一課というのはドラマなんかのイメージとは随分と違い、「一課」の名前が示すとお
り、一つの「課」であり、実は250人の捜査員がいる大所帯なのである。
 しかしそんな一課も夜ともなると昼間の喧騒とは打って変わって、帰宅したり捜査活動
をしていたりする刑事がいることもあってか、その人数も昼間の半分以下になっていた。
 そんな中、目暮警部は自分の机に座っていた。傍らには高木刑事が立っている。
「…警部、例の事件ですが…」
「…ああ、そうか進展のほうはどうだね?」
「相変わらずですね。…ところで警部は今でも蘭さんを…」
「…ああ、あくまでも個人的な意見だが…、とても蘭くんが人殺しをやるような人物には
思えないのだが…」
「警部が蘭さんを信じたい、というお気持ちはよくわかります。しかし、蘭さんは今回の
事件の重要参考人なんですよ。現に蘭さんは逃走をしているじゃありませんか。それに、
関越自動車道で蘭さんらしき人物を乗せた車両を見た、という未確認情報もありますし…」
「確かにそうなんだがな…」

 そのとき、不意に目暮警部の机の上の電話が鳴った。
 高木刑事が電話を取る。
「はい、捜査一課。…はい、はい。わかりました。…警部にお電話です」
「…ワシか? …もしもし」
「…ご無沙汰してます、警部。工藤です」
「…工藤くんか?」

 公衆電話の中。コナンは蝶ネクタイ型変声機を使い、工藤新一の声で電話をしていた。
「警部、小耳に挟んだんですが…。蘭が殺人を犯した、って本当ですか?」
「いやな、工藤君。君も知ってるかも知れんが…」
 と目暮警部は手短に事件の経過を話した。
「…というわけだ。他に証拠が無い以上、我々としても蘭くんを容疑者として認めざるを
得ないのだよ」
「…しかし警部、もし蘭が犯人だと仮定すると、いろいろと矛盾点が出てきませんか?」
「矛盾点だと?」
「蘭は凶器である血まみれの灰皿を片手に呆然としていた、と言いましたよね? しかも
素手で持っていた…。もし蘭が本当に上村先輩を殺したのであれば、さっさと逃げるので
はないでしょうか? 警部は先ほど『所轄署から連絡を受けた警官が上村先輩のアパート
に踏み込んで蘭を連行した』と言いましたよね? ということは少なくともそこに至るま
で何分かは時間があったはずですよ。いくら蘭でもそれ位の時間があれば物事を判断でき
る余裕位できるんじゃないでしょうか?」
「しかしな、工藤くん…」
「それに蘭は『何かをかがされて気がついたら先輩が殺されていた』と言ったそうです
ね?」
「ああ。所轄署からの報告書にもそう書いてあったよ」
「蘭が犯人だとしたらそんな証言しますかねえ…。そんなこと言ったってすぐ嘘がわかっ
てしまうでしょうに…」
「…じゃあ、工藤くん、君は…」
「はい。ボクの方でも調べてみますけど、少なくともボクは蘭を信じてます。…もしそれ
で蘭が本当に犯人だとしたら、仕方ありませんけどね…。それじゃ」
   *
「…あ、コナン君。こんなところにいたんだ」
 電話ボックスから出てきたコナンは園子と出くわした。
「…何、園子ねーちゃん?」
「たった今、蘭からメールが届いたのよ」
「なんだって?」
「ほら、これがそのメールをプリントしたもの」
 園子はコナンの前に何枚かの紙を差し出した。
「それでさ、蘭に調べてもらったんだけど先輩のケータイの番号、やっぱり学校のみんな
の電話番号よ」
 コナンは何枚かをめくる。確かにコナンも見覚えのある帝丹高校の生徒の名前が書かれ
てあった。
「…で、どうするの、園子ねーちゃん?」
「…うん。夕方コナン君に言われて先輩のケータイ撮った時、着信履歴と発信履歴撮った
でしょ? それ見れば、先輩が殺された日に電話かけた人が誰かわかるはずよ」
「じゃあ、園子ねーちゃん明日学校行ったら、その人に話聞いてみてよ」
「わかったわ。何かわかったらコナン君にも教えてあげるね」


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