LEGEND OF WIND 〜CONAN IN HAWAII〜

〈FILE・4 オアフ島Part2・ディナークルーズ殺人事件〉


 ホテルの窓から朝日が差し込む。
「あれ、お父さんは?」
 ベッドから起きだした蘭がコナンに話し掛けた。
「? ボクもさっき起きたところだけど、おじさんいなかったよ」
 と、
「お、おまえら起きてたのか?」
 小五郎がドアを開け、部屋に入ってきた。
「ほれ、朝メシ買って来てやったぞ」
 と、小五郎はコンビニエンスストアの袋をテーブルに置いた。
 中からサンドイッチや飲み物の他にオニギリが出てきた。
「な、何これ? お父さん」
「近くにあるコンビニで売ってたから買ってきたんだよ。いい加減洋食にも飽きてきたか
らよお」
 そういうと小五郎は包みを綺麗に剥がし、オニギリにかぶりついた。
 コナンと蘭はそんなことは別にないのだが、やはり年の差なんだろうか。
(…そういえばおっちゃん、昨日帰ってきてから食ったサイミンよりラーメンの方が美味
い、って言ってたな…)
 ちなみにサイミンとはハワイの麺料理である。
    *
 朝食を済ませた三人はお土産を買いに免税店へ出掛けた。
 しかし、ハワイというのは何だかアメリカ、という感じがしない。それはそうだろう。
町中至る所に日本語が氾濫し、町を歩いているのはほとんどが日本人。コンビニでオニギ
リを売っているわけである。これじゃ、アメリカ合衆国ハワイ州というより日本国布哇県、
と言ったほうがぴったりする気がする。

 免税店。
 コナンはマカデミアナッツチョコの箱の前でどれを買おうか、と考えていた。とてもじ
ゃないが高いのは買えないし、かといってマカデミアナッツチョコといいながら申し訳程
度のナッツしか入っていないチョコでは意味が無い。
「…あ、そうだ。チョコ買うの忘れてたわ。クラスのみんなに丁度いいわね」
 いつのまにか蘭がお土産品らしき物が入った袋を片手に持って、隣に立っていた。
「…そんなに何買ったの?」
「ん? 私が使う化粧品と、友達へのお土産と、お母さんへのお土産」
「…お母さん?」
「…こないだハワイに行く、って話しておいたの。あ、でもお父さんには内緒だからね」
 勿論蘭の母親と言ったら妃英理以外に考えられないが。
「…コナン君。それ、三つ取ってくれない?」
 蘭がチョコの箱を指差す。
 コナンもものはついでに、と蘭が選んだチョコを買うことにし、自分も三箱取った。
「ところでおじさんは?」
「お酒売ってるところに行ったみたいよ」

 買い物を終え、免税店を出たときだった。
「…ミスター・モウリ! ソレニ蘭サンニ、コナン君」
 3人に駆け寄る一人の男がいた。ホノルル市警のニシムラ刑事だった。
「あ、ニシムラさん…」
「喜ンデクダサイ。コナン君ノオ陰デ自供ガ取レマシタ!」
「自供?」
「3日前ノホノルルビーチデ起キタ事件デスヨ! ヤハリ、犯人ハブラックジャックヲ凶
器ニ使ッタンデスヨ!」
「そうだったんですか…」
「…トコロデ、オ買イ物デスカ?」
 ニシムラ刑事は3人が持っている荷物に気付いた。
「ええ、実は我々、明日の飛行機で帰国するんですよ」
「ソウデスカ…、折角オ知リ合イニナレタノニ残念デスネ。…ワカリマシタ。ミスター・
モウリ。ソレナラバ、ハワイ最後ノ夜ニ、ディナークルーズ、ドウデスカ?」
「ディナークルーズ?」
「イエス。友達ガソノ会社ニ勤メテマス。彼ニ頼ンデ、席ヲ取ッテオイテ貰イマスヨ」
「どうする?」
「思い切って御願いしようよ、ね、コナン君」
「そうだね」

 夕方4時過ぎ。ホテルの前に1台の車が停車した。
 ニシムラ刑事が運転して迎えに来たのだ。
 それを待っていたか、中から小五郎たち3人が出てきた。
「男性は出来るだけ襟付きの服を、女性もよそ行きの服を着てほしい」とニシムラ刑事からアドバイスを受けたため、小五郎はここに来てから着ている黒地に白のアロハシャツ、蘭も「一応持ってきた」と言うワンピース、コナンは半袖のワイシャツに半ズボン、ベストといういつもの格好だった。勿論首には蝶ネクタイ型変声機を着けている。

 30分ほどで港に到着し、ニシムラ刑事は駐車場に車を停めた。
「忘レ物ヲシナイデクダサイ」
 そして4人は車を降りた。そして彼の先導で進んでいく。
「アレデス。アレノ3スタークラスヲ頼ンデオキマシタ」
 ニシムラ刑事が指を指すと「STAR OF HONOLULU」と船名が書かれてある
客船が停泊してあった。
「スター・オブ・ホノルルですか?」
「蘭サン、ゴ存知ナンデスカ?」
「いえ、ガイドブックにも載ってたから、乗ってみたいな、とは思ってたんですけど…」
「ソレハヨカッタ。…ア、足元二気ヲ付ケテクダサイネ」
 そして船に乗り込む4人。

 やがて汽笛を鳴らして、スター・オブ・ホノルルはゆっくりと港を後にした。
 コナンと蘭は甲板に出ていた。二人の目の前には夕暮れ迫るホノルルの風景が広がっていた。はるか向こうにはダイヤモンドヘッドも見える。
「…綺麗…。何かこういう景色見ると帰りたくなくなっちゃうな」
 蘭が言う。
    *
 それからしばらくして、船内でディナーが運ばれてきた。ステーキとロブスターを中心としたディナーだった。
 それを合図にしたかのように蘭とコナンは船内に戻った。

 船内ではショーが始まっていた。
 コナンたちはそれを横目で見ながらディナーを取っていた。
「…ホホオ、ミスター・モウリ。アナタモ東京デスゴイ活躍ヲサレテルンデスネ」
 今まで解決してきた事件の話を聞いていたニシムラ刑事が感心したように言う。
「いや〜、お陰で最近忙しくて。今回のハワイ旅行はいい気分転換になりましたわ」
(…おいおい、おっちゃんがここまで忙しくなったの一体誰のお陰だ? …それに今回の
ハワイ旅行だってオレが福引を当てたから来ることができたんだろが)
 コナンはそう思いながらステーキの肉片を口に運んだ。
 そして口直しにサラダを一口口に入れる。
「…コナン君、ありがと」
 蘭が話しかけてきた。
「ん? 何が?」
「今回ハワイに来ることが出来たのはコナン君のお陰だもんね。私、このことずっと忘れ
ないからね」
「アレはたまたまだよ。福引に当たらなかったらボク達ここにいることもなかったもんね」

 やがてスター・オブ・ホノルルは沖合に出た。
 沖合からホノルルの夜景を見る一同。
「…すごい…」
 蘭がいった。
「綺麗デスヨネ。私、ホノルルノ夜景好キデス。デモ…」
 ニシムラ刑事が呟いた。
「でも?」
「コノ綺麗ナ夜景トハ裏腹ニ今モ何処カデ事件ガ起コッテマス。私モコウイウ仕事デスカ
ラ、1日モ早ク、平和デ安全ナホノルルニシテイキタイデス」
「…そうですな。ですから我々の様な者も必要になってくるわけですね」

 それからどのくらい進んだであろう、コナン達がいい加減小五郎の自慢話にも飽きたと
ころだった。
 いきなり何かが倒れる音がして、悲鳴が上がった。
「何だ?」
 その音に気づいた小五郎たちが立ち上がる。
 悲鳴が上がったテーブルに近づくと、一人の体格のいい男が倒れていた。
「失礼」
 そういうと小五郎が男に近づく。
「これは…」
「ミスター・モウリ、ドウシマシタ?」
 ニシムラ刑事が聞いた。
「…ニシムラさん、船を至急港に引き返させてください」
「ワカリマシタ!」
 そういうとニシムラ刑事は先ほどまでショーをやっていたステージに上がると、マイク
を持ち、警察バッジを掲げながら。
「Be quiet!  Be quiet! 皆サン、オ静カニ! 私、ホノルル市警ノニシムラデス! 只
今船内デ事故ガ起コリマシタ! コレヨリ、船ヲ港ニ引キ返サセマス! ソレカラ皆サン、
コレカラハ私ノ指示ニ従ッテクダサイ!」
 この船に乗っている大半が日本人だ、ということに気づいたからか、ニシムラ刑事はま
ず日本語で言うと、同じ意味のことを今度は英語で言った。
    *
 ニシムラ刑事から連絡を受けたか、港には既にホノルル市警の刑事達が来ていて、倒れ
た男は病院へ運ばれていった。
 現場に居合わせたニシムラ刑事は同僚の刑事に事件の経過を話していた。その間に乗客
は一応のため名前と明らかに旅行者とわかる人物は宿泊先のホテル名を聞いて帰されてい
った。
 そんな中残ったのは小五郎たち4人と被害者と同じテーブルに着いていたグループだけ
だった。
 そのグループというのはかつて同じ大学に通っていたグループとかで現在はそれぞれバ
ラバラになっていたが、何年かぶりで再会し、今回ハワイにやって来たメンバーというこ
とだった。

「ミスター・モウリ、今病院カラ連絡アリマシタ。…先ホド被害者ハ亡クナッタソウデス」
「そうですか、残念ですな。…それで、死因は?」
「私、最初被害者ガ何カ毒物ヲ飲マサレテ中毒死シタノカト思ッタンデスガ、ソレハ違ッ
テイマシタ」
「違っていた、と言いますと?」
「ソレガ…。何ヤラ肉片ガ咽喉カラ発見サレタソウデス」
「肉片ですと?」
「オソラク、ディナーニ出タステーキヲ咽喉ニ詰マラセテ窒息死シタノデハナイカ、ト鑑
識ハ言ウンデスガ…」
「どうかしたんですか?」
「イエ…ソノ死ンダ男性トイウノガ、カツテラグビーヲシテイタトカデカナリノ体格ヲ誇
リ、ドウモ肉ヲ咽喉ニ詰マラセテ倒レルヨウナ人間デハナイ、トイウコトナンデスヨ」
「咽喉に詰まらせることと体格とは関係がないとは思いますが」
「私モソウ思ウンデスガ、ソノ肉片トイウノガソレホド大キイモノデハナク、飲ミ込メナ
イホドノ大キサデハナイ、トイウコトナンデスヨ」
「確かに妙ですな…」
「…ミスター・モウリ、取リ合エズ皆サンカラ事情ヲ聞キマショウ」
「そうですな」
 そしてニシムラ刑事が事情を聞き始めた。
 そのグループは男2人に女も2人というグループだった。
 彼らのリーダー的な存在はコンピューター会社に勤めている塩谷雅彦、今回のハワイ旅
行を計画した旅行会社に勤める大崎真澄、被害者――木村誠一郎というのがその被害者の
名前だったが――と同じラグビー部にいた、という村山和人、病院でナースをしている、
という林由里香の4人だった。

 コナンは船室に戻っていた。
 事件発生後途中で引き返し、ニシムラ刑事の指示もあったためか、現場はそのままにな
っていた。見ると、コナンたちが座っていたテーブルもそのままの状態だった。
 横目でそのテーブルをチラリと見たコナンは現場のテーブルに歩いていった。
(…ここはオレたちと同じ3スタークラス。食べたものは同じのはずだ。大体被害者は肉
をのどに詰まらせて死んだんだろ? しかし、あのニシムラ刑事の言う「飲み込めない大
きさの肉を咽喉に詰まらせた」ってのがよくわからねえんだよな…)
 コナンは現場のテーブルを見た。
(…何か毒物を入れたとしたら咽喉に詰まらせる、なんてことはないはずだろ? まして
や被害者はそんなこと微塵も感じさせない体格だった、って言うじゃないか…。だとした
らどうやって…)
 コナンは何気なく皿の上を見る。
…と、天井のライトが反射したのか、一瞬キラッ、と光るものを見た。
(…何だ?)
 よく見るとサラダの盛ってある皿に入っていた。
 コナンは手を伸ばすとそれを手に取った。
 近づけてよく見ると、何やらゼリー状のようなものだった。
(…ん? こんな物オレたちが食った皿の中に入ってなかったぞ)
 コナンは手に取ったそれを念入りに見つめる。
(…待てよ? これと似たようなものを最近どこかで見たぞ。どこだったっけかなあ…。
コンビニやスーパーなんかじゃないんだけど…)
 コナンの脳裏に不意にある光景が思い浮かんだ。
(…そうだ、あの時だ! もしかしたらコレはアレじゃねえのか?)

 不意にガタン、と音がした。
 見ると小五郎が椅子に寄りかかって座っていた。
「? ミスター・モウリ、ドウシマシタ?」
 ニシムラ刑事が小五郎に聞いた。
「…お父さんの推理が始まったんですよ」
 蘭が言う。
「…推理?」
「…どうやらわかりましたよ、この事件の真相が」
「何デスッテ? …ミスター・モウリ、ドウイウコトデスカ?」
「この事件は巧妙に仕組まれた殺人だった、ということですよ」
「殺人、デスカ?」
「そうですよ。私は最初、被害者が何故飲み込めるくらい小さな肉片を咽喉に詰まらせて
死んだのかよくわからなかった。しかし、ある方法を使えばそれが十分可能なんですよ」
「アル方法?」
「…コナン、ニシムラ刑事に例の物を見せてやれ」
「はーい!」
 そう言うと物陰に隠れていたコナンが出てきて、ニシムラ刑事たちにゼリー状の物体を
見せる。
「…何デスカ、コレハ?」
「…おじさんが言ってたけど、局部麻酔じゃないか、って」
「局部麻酔?」
 コナンは再び物陰に隠れると、
「…以前私は病院で胃カメラを飲んだことがあるんですがね。その際に局部麻酔を飲まさ
れたことがあったんですよ。アレは飲みづらいものですからねえ。前以て麻酔をしておけ
ば咽喉の神経が麻痺して胃カメラが飲み込みやすくなるんですよ。ただ、その際に私は病
院で注意されましたよ『検査後1時間は何も食べないように』とね。なぜなら咽喉の感覚
が無いから変に物を食べたりすると窒息してしまう可能性がありますからね」
「…ト言ウト?」
「…犯人は前以て料理の中に咽喉の感覚を麻痺させるゼリーを紛れ込ませたんです。被害
者はそれを口に入れる。やがて咽喉の感覚が麻痺してしまい、肉片を口に入れる。しかし
咽喉の感覚が無いから肉片をうまく飲み込むことができずに窒息死してしまった、とこう
いうわけですよ。…そんなことができるのはただ一人。…あなたですよね? 林由里香さ
ん?」
   *
 翌朝、ホノルル国際空港の国際線ゲート。
 コナン達が帰国するその日にわざわざニシムラ刑事が空港まで見送りにやってきた。
「…そうだったんですか…」
「ハイ。彼女ハ被害者ト結婚マデ約束シテタンデスガ、別ノ女性ト付キ合イ始メタノヲ恨
ンデ犯行ニ及ンダ、トイウコトデシタ」
「それにしてもハワイくんだりまで来て犯行に及ばなくても…」
「ドウヤラ、事故ニ見セカケル考エダッタヨウデスネ。ソウスレバ責任ハ船舶会社ノモノ
ニナリマスカラ。デモ、ミスター・モウリノオカゲデスヨ」
「いやいや、私なんか…」
(…おいおい、誰のおかげだと思ってんだよ)
 コナンはいつもながらそう思った。
「…とにかく、ニシムラ刑事、短い間でしたがお世話になりました」
「ミスター・モウリ、コチラコソ、デス」
 そういうとニシムラ刑事は握手を求めた。
 それに応える小五郎。
「マタイツカ、ハワイニ来テ下サイ。アナタナライツダッテ歓迎シマスヨ」
「ニシムラ刑事こそ、ぜひ東京に」
「ソウデスネ、行ケタライイデスネ。東京ハ私ノ思イ出ノ地デスカラ…。コナン君、蘭サ
ン、マタハワイニ来テクダサイネ」
「こちらこそ」
 そう言うと、二人とも握手を交わす。

 コナンたちが入場ゲートに入ってその姿が見えなくなるまでニシムラ刑事は3人を見送っ
ていた。
 そしてコナン達はたくさんの思い出を胸にハワイを後にしたのである。


<<File・3に戻る File・5に続く>>

この作品の感想を書く

戻る