LEGEND OF WIND 〜CONAN IN HAWAII〜

〈FILE・2 マウイ島・砂糖キビ列車殺人事件〉

 翌朝午前八時。来たときも世話になったホノルル国際空港。
 国内線ゲートからアロハエアラインの旅客機に乗り、ホノルルがあるオアフ島の次に観光客が来る、というマウイ島へと飛んだ。
 福引きを当てて以来、ガイドブックを買って読んでいるうちにマウイ島へ行きたい、とコナンが言ったのだ。なぜなら二月のマウイ島は運が良ければ海でクジラを見ることが出来るからである。そこでオプショナルツアーの「マウイ島一日観光」を申し込んだのだった。

 約二十五分のフライトでマウイ島に到着。一歩空港の外に出ると常夏の島の太陽が照りつけてくる。
「暑いなあ、こりゃ」
 小五郎が言う。
「なんか、ようやくハワイに来た、って実感が湧いてきたわね」
 蘭が言う。高二にして既にハワイ旅行のリピーターとなっている友人の鈴木園子からハ
ワイについての情報は聞いていたが、これほどとは思っていなかった。
(…確かにな。太陽の照りつけ方が違うぜ)
 コナンも思った。新一時代に何度か来たことがあるとはいえ、マウイ島とかハワイ島に
はあまり来た覚えがなかった。
 第一同じ二月とはいえ早春、という言葉すらまだまだ似合いそうもない冬の日本から季
節を一気に飛び越え、夏のハワイにやって来たのだ。地球というものは本当に大きいもの
である。

「…おじさん、何? その格好」
 コナンが小五郎に言う。小五郎の格好たるや、黒地に白の模様のアロハシャツに白のズ
ボン、白の革靴にサングラスという出立ちである。これでくわえタバコをした日にはとて
も探偵だとは思えない。
「なーにいってんだよ。アロハシャツはハワイの正装なんだぞ」
「それはそうだけど…それじゃ探偵と言うよりはどう見てもその筋の人よ」
(ハハハ、蘭の言うとおりだぜ…)
 コナンは思った。

「…失礼ですが、マウイ島ツアーの方々ですか?」
 アロハシャツを来た日本人の顔をした男がコナンたちの一団に近付いてきた。名札の名
前から見てコナンたちのハワイ旅行を企画した旅行会社の社員のようだった。
「あ? そ、そうですけど」
 小五郎が言う。
「お待ちしておりました。迎えのバスが来ておりますので、こちらへどうぞ」
 そして彼らはチャーターバスに乗り込み、マウイ島観光へと繰り出した。
     *
「…なあ、おまえら、これ見ろよ」
 バスの車内。小五郎が添乗員にもらった「マウイ・ハワイ島案内地図」を蘭とコナンに
見せる。
「これがどうしたの?」
「…マウイ島、って何だか女性の上半身に似てねえか?」
「女性の上半身?」
「ほれ。このラハイナがある所、この部分が頭でよ、オレたちが降りた空港の辺りが首根
っこ。んでワイレア、マケナのあたりが胸、そう見えねえか?」
(…まあ、そう見えなくもねえけどな…)
 マウイ島のことをよく「ひしゃげた瓢箪のような形」と形容する人はいるが「女性の上
半身」と形容する人物がいるとは思わなかった。

「…そして皆様はラハイナへと向かい、そのあと砂糖キビ列車に乗ります。ラハイナでは
皆様に買物を楽しんでいただきたいと思います」
 添乗員が乗客に話し掛けた。

 まさかハワイで「寒い」と言うとは思わなかったハレアカラ火山に始まりイアオ峡谷→コーラル・ファクトリーと回ったマウイ島ツアーも終盤にさしかかった。天気にも恵まれて、自然があちこちに残っているマウイ島はオアフ島とはまた違った魅力を感じるものである(といってもオアフ島は半日しか観光してないけど)。
 コナン達はラハイナの街でショッピングを楽しんだ。一応小遣いは千ドル(約12万円)ほど持ってきたのだが、あっという間に無くなりそうな気がしてならないほどいろんな物が売っているのだ。
 コナンはここで「MAUI」と文字が入ったTシャツと帽子を買った。

 そしてここから、かつては砂糖キビ運搬用に使われ、今では観光に使用するのみとなった砂糖キビ列車に乗り込んだ。
 ゴールドラッシュの頃、アメリカ大陸を走っていたような蒸気機関車に引っ張られた車両が入線して来た。
 コナンたち観光客が乗り込むと、汽笛を上げ、ゆっくりと砂糖キビ列車は動き出した。
    *
 ゴルフコースや砂糖キビ畑を列車は抜けていく。
 そんな中、コナンの隣に座っていた蘭の鼻歌が聞こえてきた。

  もうすぐ水色と オレンジがまざりあって空中を深く染める
  街中の光が 遠くからやってくる波たちを島へと誘う
  ねぇどうして2人 いつでも気付けば一緒にここに来てる
  髪の色もサンダルも ワンピース ピン留め何でもここは似合う

  ねぇ会いたいよ あの人に会いたい もう1度触れたい
  バルコニーで 海を眺めて 食事でも行こうか 行こうよ

  友達と今一緒 あなたがいてもいなくても
  夏の扉はいつも すぐそこで待っている 鍵もかけずに

     (TRF「LEGEND OF WIND」
                 作詞/小室哲哉、作曲/小室哲哉・久保こーじ)

 コナンはこの曲が好きだった。この曲を聴くと今にも目の前にハワイの光景が広がってきそうな気がするからだった。
(…やっぱりハワイはいいな。オレも親父くらいの歳になったら、さっさとアメリカの永住権を取って、ハワイの別荘ででも暮らそうかな)
 思わず笑みがこぼれる。
「? どうしたの、コナンくん」
「ん? いや、ハワイってのんびりしてていいなあ、って」
「そうね。なんかここに居ると都会の騒々しさとか、窮屈さとかがすごく小さなものに思えてくるわね。わたしも将来、グリーンカード(アメリカの永住権)取ってハワイに住もうかな」
「取れたらいいね」

 そうこうしている内に行程の半分を過ぎたか、向こうからもう一本の砂糖キビ列車がやってきた。
 ラハイナ―カアナパリ間を走るこの列車は2編成あり、1日数回往復している、という事がガイドブックに書いてあったのをコナンは思い出した。
 向こうが汽笛を鳴らした。それに答えるかのようにコナンたちの列車も汽笛を鳴らし、更にスピードが少し落ちたようだ。
 汽笛はかなり長く続いたようで、完全に通り過ぎるまで何度も鳴らしていた。

 ラハイナ駅から30分ほどかかってカアナパリ駅に到着。乗客は次々と降りていった。
 コナンたち3人も砂糖キビ列車を下りた。
 その時だった。
「キャーッ!」
 悲鳴が聞こえた。
「どうしたんですか?」
 小五郎が駆け寄る。
「お父さん、あれ!」
 蘭が指をさす。
「うっ…」
 思わず絶句する小五郎。
 最後尾の車両の一番後ろの席でこめかみに銃弾を受けて男が倒れていたのだ。
 既に事切れているのは誰でもわかった。
   *
 程なく近くの警察から刑事たちが駅にやってきた。
 小五郎たちは駅から出ないように旅行会社の係員に言われ、そこで足止めを食う羽目に
なってしまった。
 やがて社員の通訳を介して小五郎が聞いたところによると被害者はやはりこめかみを撃
たれたのが致命傷となり、死亡した事がわかった。
「…それでですね、毛利さん」
「なんですか?」
「…刑事さんの言うところによると、これから身体検査をしたい、ということなんですよ」
「身体検査?」
「はい、一応持ち物検査、ということで。これが終わって怪しいものが見つからなければ、
もう帰っていいそうです。女性の方は女性の刑事が来られるそうなので、そちらで検査を
受けて欲しい、と。…帰りの飛行機の時間もありますので出来るだけご協力をお願いした
いんですが」
 コナンは時計を見る。いくらハワイとはいえ、もう夕方で6時近い。このままではホノ
ルルに戻るのは夜中になってしまう。
 と、コナンは時計を見て気付いた。
(そういえば、コイツ…)
 そうである、これは阿笠博士特製の時計型麻酔銃である。こんなもの持ってたら怪しま
れてしまうのではないだろうか?
…幸い検査でコナンに順番が回ってきた時、相手が子供と思ったからか、刑事たちはそこ
まで確かめなかったようで、荷物の中を検査しただけで終わってしまったようだが。

「失礼しました。皆様の手荷物からはこれといったものは発見されなかったようです。で
すので、もう帰ってよろしいそうです。…これからカフルイ空港に戻って、本日のマウイ
島1日観光ツアーを終了したいと思います」
 観光客は次々とチャーターバスに乗り込む。
「…やれやれ、大変な事になっちゃったわね」
 そう言いながら座席に座る。
 と、隣に座っているコナンの様子がおかしいのに蘭は気付いた。
「…コナン君、どうしたの?」
「え? あ、その、犯人はどうやってあの人を撃つ事が出来たのかなあ、って」
「そうよね。それにあの列車、って編成短かったものね。誰かが拳銃取り出したらわかり
そうなものだし、銃声も聞こえなかったわよね」
(…となると…サイレンサーを使ったのか? でもサイレンサーだって全く銃声が消える
はずもないし…。待てよ、あの時…)
 コナンはあることに気が付いた。
(…そして…オレたちの荷物から怪しいものが発見されなかったのは…、ああ考えれば…)
 コナンはあることに気が付くと、バスを降りていった。
「コナン君、もうすぐ出発よ!」
「大丈夫、すぐ戻ってくるよ!」

「ねえ、おじさん!」
 コナンは係員とともに刑事と話をしている小五郎を見つけた。
「ん、どうした?」
「…どこだったっけ。列車がすれ違ったでしょう」
「ああ、確かに一回あったな」
「あの時、列車が随分長く汽笛鳴らしたよね」
「…それがどうかしたのか?」
「おかしいよね。汽笛を鳴らすんだったらほんのちょっと鳴らせば済む事だよね。それな
のにあんなにすれ違い終わるまで鳴らしていたなんて…」
「…まあ、確かにそうだな。普通はそんなに鳴らさないものだが。…? ちょっと待て」
 小五郎が何かに気付いたようだ。
「…コナン、おまえひょっとしたらそこで犯人が犯行を行った、何て言うんじゃねえだろ
うな」
「ん? いや、そんなことできるのかな〜、なんて思っただけだよ」
「…確かにやろうと思えば不可能ではねえけどなあ…」
「毛利さん、どういうことですか?」
 係員が聞いた。
「…いや、一度砂糖キビ列車がすれ違った事があるんですがね。その際にかなり長い時間
汽笛を鳴らしていたんですよ。こいつの言う通り、すれ違い終わるまでだいぶ長く鳴らし
てたんですがね」
「それがどうかしましたか?」
「…恐らくこうじゃないかと思うんですよ。犯人は拳銃にサイレンサーを付けて被害者を
狙撃した。ただサイレンサー、って言うのはですね、いくら音を消すために付けると言っ
ても発射音を完全に消す、というわけではないんですよ」
(…そうそう、その通り。あとはおっちゃんが気付いているかだけど…)
 小五郎の話を聞いたコナンはそう思った。
「…で、恐らくですが、警笛を鳴らす事によって発射音をごまかしたのではないか、とこ
ういうわけですよ。…でも、オレ達が乗った列車の乗客は誰も拳銃を持ってなかった、っ
て言うしなあ…」
(あ〜、もう何でそこまで解明できてて気付かねえんだよ!)
「…じゃあ、何で犯人はあんな所で拳銃を撃ったのかな。別にサイレンサー付ならどこで
撃ってもいいでしょ」
 コナンが助け舟を出した。
「…あ、そうか、こういうことか! …これじゃ犯人は見つかりっこない!」
 ようやく小五郎が気付いたようだ。
「何かわかったんですか?」
「…いくら調べたって犯人は見つかりっこないですよ。我々の中にいないんですから」
「我々の中にいない、って?」
「犯人は我々が乗っていた列車じゃなく、反対側の列車に乗っていたんですよ」
「反対側の列車?」
「そうです。反対側の列車のどこか、とにかく線路側の座席に座っていたんです。そして、
我々が乗った列車がすれ違う際、狙いを定めて、被害者を狙撃したんですよ。…ところで
砂糖キビ列車って、どのくらいの速度で走るんですか?」
「そうですねえ…片道6マイル、キロに直すと9.6キロを大体30分で結びますから恐らく
時速20キロは出ていないと思います」
「となると、通り過ぎる際には時速40キロになりますが、時速40キロといったら車でも
結構遅いし、すれ違った際には少し速度を落としたから、実際にはもう少し遅いでしょう。
射撃に精通しているものだったら狙撃自体不可能ではありませんな」
「…となると、反対側の列車の乗客を調べろ、と」
「その通り。恐らく運転手もグルのはずです。でなければあんな不自然に長く汽笛は鳴ら
さないはずですからな。そこの刑事に早速調べてもらうように言ってもらえませんか?」
「わかりました」
 係員が刑事に話を始めたようだ。
「…どうだコナン、この推理! 完璧だろ」
(…おいおい、誰のおかげでそこまで推理できたと思ってるんだ?)


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