LEGEND OF WIND 〜CONAN IN HAWAII〜

〈FILE・1 オアフ島Part1・ワイキキビーチ殺人事件〉


 ハワイ、というと日本人が大抵思い浮かべるのは、ダイヤモンドヘッドをバックに海水浴客が寝転んでいるワイキキビーチの風景だと思う。コナンたちが泊まっているホテルはワイキキビーチからちょっと入っているが歩いて行けない距離ではないので、彼らは二日目の朝、ワイキキビーチへと出掛けた。

「はい、お父さん、コナン君」
 蘭が二人に缶飲料を渡した。
「…何だよ、ビールじゃねえのかよ?」
「お父さん。アメリカはね、公共の場の飲酒は禁止されてるのよ。どうしても飲みたかったら、ホテルに帰って飲むことね」
「…わかったよ」
 そういうと小五郎はプルタブを開ける。

「しかしまあ…。ここは本当にハワイかよ」
 小五郎が呟いた。
「どうして?」
「だってよお、見渡すかぎり日本人ばっかじゃねえか。コレじゃ、あそこのダイヤモンド
ヘッドがなきゃ、江ノ島や伊豆と言われても十分通用するぜ」
(おっちゃんも日本人だろ…)

 ビーチに来たからといって別に何をする、というわけでもなく、3人は周りを眺めてい
た。と、
「キャーッ!」
 いきなり女性の悲鳴が聞こえた。
「…何だ?」
 思わず立ち上がる小五郎。
「あっちの方から聞こえたよ!」
 コナンが指をさす。3人は悲鳴が聞こえたほうに走っていった。
   *
 既にそこには人だかりが出来ていた。何か起こると人だかりが出来るのは日本もハワイ
も同じようである。
 小五郎はその中で東洋人の顔立ちをした女性を見つけると、
「…どうかしたんですか?」
 日本語で話し掛ける。
「日本語、わかるんですか?」
 女性が話し掛けてきた。
「私も観光で来た日本人ですからな。日本では探偵をやってんですよ」
「だったらお願いします。そこに死体が…」
「死体?」
 そういうと小五郎はその女性の指差した方向を見る。
 そこには一人の女性が倒れていた断定はしかねるが、どうやら東洋系の女性のようだ。
 小五郎は倒れている女性を見ると、
「現場はそのままで動かさないように! それから蘭、オレたちが荷物を預けたロッカー
のすぐ側に交番があったはずだ! そこへいって警官を呼んでこい!」
「で、でも…」
「これだけハワイに日本人がいりゃ、日本語がわかる警官くらい一人や二人いるだろ!」
「…じゃ、私も行きます。少しは英語が話せますから」
 と蘭の傍にいた男が名乗りをあげた。
「頼みます」
 そして蘭と男は走っていった。
    *
 交番に日本語がわかる警官がいたおかげで、なんとか会話は通じ、その警官はホノルル
警察に連絡を入れた。

 やがて何台かのパトカーが到着し、次々と刑事が降りていく。映画や海外のドラマで何
度も見た光景が目の前で展開されている、というのも何だか信じがたい気がするが。
 そんな中、一人の刑事にコナンの目が行った。
 話している言葉は確かに英語なのだが、どう見ても顔つきはモンゴロイドのそれである。
(…何だ、あの刑事。アジア系かな?)
 ハワイというのは人種の坩堝である。アジア系の刑事がいてもおかしくはないが。
 と、同僚の白人の刑事と何やら英語で会話を交わしていたそのアジア系に見える刑事が、
「アー、オ話、イイデスカ?」
 小五郎に少々アクセントはおかしいが日本語で話し掛けてきた。
「? 日本語、わかるんですか?」
 思わず聞き返す小五郎。
「ワタシ、日系デス。ソレニワタシ、日本ノ大学ニ留学シタコトアリマス。デスカラ、日
本語ワカリマス。…申シ遅レマシタ。ワタシ、ホノルル市警刑事課ノ、ニシムラ、ト言イ
マス」
 ニシムラと名乗ったその日系の刑事はそう言うと刑事のバッジを見せた。日本の刑事が
警察手帳を見せるようなものである。
「…オ名前、何ト言イマスカ?」
「毛利小五郎。…コゴロー・モウリです。こちらは娘の蘭とウチで預かっているコナンで
す」
「…エー、ミスター・コゴロー・モウリ、デスネ。職業ハナンデスカ?」
「あ、私立探偵ですが…」
「アア、プライベート・アイ、デスカ」
「プライベート・アイ?」
「アメリカデハ私立探偵ノコト、ソウイイマス。ミスター・モウリ、ゴ協力オ願イ、デキ
マスカ?」
「…まあ、それは喜んで」

 その後、そのニシムラ刑事の通訳を介して聞いたところによると、どうやら被害者は観
光に来た日本人の女性らしく、今朝早くに殺されたらしいという事がわかった。
「…ミスター・モウリ。ドウヤラコノ女性ハ後頭部ヲ何カ鈍器ノヨウナモノデ殴ラレテ殺
サレテマスネ」
「…となると、物取りの犯行と見るのがいいのかな?」
「私モソウ思イマス。ハワイデハ観光客ヲ狙ッタ犯罪ガ多発シテマスカラネ。私、日本ニ
留学シテタ時、女性ガ一人デ夜道ヲ平気デ歩イテイタノニ驚キマシタカラ。ハワイデハ考
エラレマセン」

「…ん?」
 死体を見ていたコナンは死体の髪の毛から首筋にかけて妙なものが付いているのを見つ
けた。
「…何だこりゃ?」
 手にとって見ると砂である事がわかった。
「砂?」
 コナンは周りを見回す。
 死体が発見された場所は木の陰であり、下は土になってるからあきらかに色が違うのが
わかる。
「…何でこんな所に砂が…?」

 その時、不意にニシムラ刑事の携帯電話が鳴った。
「失礼」
 ニシムラ刑事は小五郎にそう言うと携帯電話を取り出す。
「Hello,this is Nishimura Speaking」
 何やら英語で会話をしている。どうやらホノルル市警からのようだ。
「…all right,Thank you」
 そして携帯電話を切る。
「…ミスター・モウリ。今、市警カラ電話アリマシタ。容疑者ガ連行サレタソウデス」
「本当ですか?」
「今カラソレヲ確カメニ市警ニ行キマス。御一緒、デキマスカ?」
   *
「…容疑者、アノ男ラシイデス。被害者ノパスポートヲ持ッテタソウデス」
 取調室の外からニシムラ刑事が中を見せる。
 容疑者はいかにも不良、という感じの白人の男だった。
「じゃ、あの男が…」
「カモ知レマセン。今裏付ケ取ッテマスガ、犯行ガ行ワレタ時刻ニアノ男ガ現場近クヲウ
ロツイテイタ、トイウ目撃証言アリマス。タダ…」
「ただ?」
「犯行ニ使ワレタ凶器、ワカラナイラシインデス。見テノ通リ、アノ男ノ格好、Tシャツ
ニハーフパンツデス。凶器ヲ隠セル服装デハ無イシ、逮捕サレタ時モソレラシキモノ、持
ッテナカッタソウデス」
「じゃあ、途中で捨てた…」
「私モソウ思イマシタ。タダ、アノ辺リハ凶器ヲ捨テルノニ格好ノ場所、アリマセン。…
凶器サエ見ツカレバ、アノ男ヲ白状サセラレルンデスガ…」

 その脇でコナンは考えを進めていた。
(…とにかく気になるのがあの髪に付いていた砂だよな。あの現場は砂なんかなかったし、
他に凶器になるようなものも見当たらなかったし…。待てよ、…もしアレを利用する事が
出来たら、立派な凶器になるんじゃないか?)

「…ねえ、ニシムラ刑事」
「? ドウシタンデスカ、コナン君」
「…あの死体、後頭部に砂が少し付いてたよね」
「…アア、付イテマシタネ。ソレガドウカシマシタカ?」
「おかしいよね。あそこに砂なんかなかったのに、何であんな所に砂が付くんだろうね」
「ドウ言ウ意味デスカ?」
「あれ、もしかしたら犯人が何か砂を使って殺したのかな? でも、砂をかけただけじゃ
人なんか殺せないよねえ…」
「…マサカ!」
 そのコナンの話を聞いたニシムラ刑事が何かひらめいたようだ。
「どうかしましたか?」
 小五郎が聞く。
「…コナン君、君ハモシカシテ『ブラックジャック』ノコトヲ言イタインデスカ?」
「ブラックジャック?」
「『ブラックジャック』トハ不良ガソノ場デ作ル武器ノ一ツデス。丈夫ナ袋ノ中ニ砂ヲ詰メ
テ端ヲ縛レバ簡単ニ作レマス。アル程度ノ大キサノ袋ヲ用意シテ、ソノ中ニ砂ヲ詰メレバ
十分ナ重サニナッテ立派ナ凶器ニナリマス。」
「…というと?」
「犯人ハ被害者ヲブラックジャックデ殴リ殺シタ後、砂ヲビーチニ捨テテ逃ゲ出シタンデ
ス。袋ナラソンナニカサバリマセンシ、何処デモ捨テラレマス。砂ダッテ、ココワイキキ
ビーチナラ好キナダケソノ辺リカラ持ッテ来レマス。犯人ニハ充分ナ条件ガ揃ッテタンデ
スヨ!」
「となると、被害者の髪に付いていた砂、というのは?」
「オソラク、袋ニ穴ガ開イタカ何カデ少量ノ砂ガ付イタノデショウ。…サンキュー、コナ
ン君。早速調ベテミマス!」
 そう言うとニシムラ刑事はその場を立ち去った。その姿を見送る3人。
「ブラックジャックか…。そんな凶器があったんだな…」
 小五郎がつぶやく。
「…お父さん、気付かなかったの?」
 蘭が聞く。
「いや、オレはブラックジャックと言ったらトランプゲームと漫画しか知らねえから」
(…おいおい、オレでも知ってるんだぜ。それくらい覚えろよ)
 コナンは思った。


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