LEGEND OF WIND 〜CONAN IN HAWAII〜

〈FILE・0 PROLOGUE〉


 話によると現在一年間で海外旅行をする人は実に1500万人を超えるとか。しかし、誰
でも気軽に海外旅行、なんて時代はつい最近の話なのである。ものの本によると海外旅
行が自由化された昭和39年、日本航空によるヨーロッパ16日間の料金が当時の金額
でなんと67万円。今の金額に換算すれば世界一周どころか三周ぐらい出来るのではな
いだろうか。
 さて、そんな時代でも今でも海外旅行者の人気の旅行先、というのはハワイを置いて他
にはないだろう。今ほど交通網が発達していなかった明治時代に我々日本人の祖先が移民
し、たいへん苦労した、という話が人気を呼ぶのだろうか。何せ大卒の初任給が2万円だ
った時代に36万8000円もかかったハワイ旅行に客が殺到した、というのだから。今の
大卒の初任給が大体18万円だから、今だったら270万円位かかる旅行にも関わらず
に、人はこぞってハワイへと行ったのだ。
 それに当時は日航提供の「アップダウンクイズ」というクイズ番組があり、それで10問
正解するとハワイ旅行が賞品として貰えた、ということも人気に拍車をかけたのかもしれ
ない。
 いずれにせよ、今や国内旅行をするよりグアムやサイパンといったミクロネシア諸島や
ハワイに出掛けたほうがかえって安上がりな時代。これからもこういった場所へ旅行する
人たちは多くなるのではなかろうか。
 今回はそんなハワイのお話である。
   *
 暦はもう少しで今年も終わりですね、なんて歌詞の演歌があるが、その演歌の歌詞通りの
年の瀬の12月半ば、米花町の商店街で福引きが開かれた。

「…すごいね、コナンくん。特等はハワイ4泊6日のペア旅行だって」
(…この米花商店街にしちゃ、随分奮発したもんだな…)
 コナンは思った。
「はい。じゃ、コナン君」
 と蘭がコナンに何枚か赤い紙を渡した。
「何、蘭ねえちゃん。コレ?」
「コナンくんも半分手伝って」
「…うん」
 そして二人は抽選券を渡した。
「特等が当たるといいわね」
 そういうと二人はガラガラと抽選機を回しはじめた。

 何回回しただろうか。
 いい加減出てくるのは赤い玉ばっかりで、ポケットティッシュにも飽きた頃。
 コナンが回した抽選機からコロン、と金色の玉が転がり落ちた。
「あ…」
 思わず茫然とする一同。
 カランカランカラン。
「おめでとう! 特等ハワイ旅行ご招待ーっ!」
    *
 阿笠博士の家。コナンこと工藤新一と阿笠博士がいる。
「ほほう、ハワイ旅行か。で、出発はいつなんじゃ?」
「来年の2月上旬だってさ。学校休まなきゃよ」
「ハハハ、時期が悪いのう。その頃ハワイは雨期じゃぞ」
 そんな雨期の真っ只中の正月にどーゆー訳か芸能人はハワイに行くもの、と相場が決
まっているが。
「仕方ねーだろ。勝手に行くわけにゃいかねーんだからさ。……でさあ博士。ちょっと困
ったことがあって」
「何じゃ、いったい?」
「パスポートだよ、パスポート」
 アメリカ合衆国の州であるハワイは90日以内の観光旅行なら、アメリカ本土同様ビザ
はいらないのだが、日本から行く以上、どうしてもパスポートは必要なのだ。
「…そうか、そうじゃったな。パスポートを取るには確か、戸籍謄本か抄本が必要じゃっ
たな」
「…だろ? 弱っちまったよ。江戸川コナン、ってのはオレが思いついた名前だし、その
コナンの戸籍があるはずはないんだ」
 そりゃ、工藤新一のパスポートを持って入国した人物が(例え本人とは言え)似ても似
つかぬ小学生だったら、入国審査官でなくともおかしいと思うはずである。
「となると、ハワイは諦めにゃならんかもしれんな。大体新一は何度もハワイに行った事
あるじゃろ?」
「まあな、親父の別荘がハワイのホノルル郊外にあっからな。でもよお、せっかく当てた
福引きだぜ。それに蘭があれだけ喜んでるんだぜ。…なあ博士、頼むよ。コナンの戸籍
を作ってくれねえか?」
「おいおい、無茶を言うな。いくらワシでも無理なものだってあるんじゃ」
「無理を承知で言ってるんだよ。なあ博士、頼むよ。土産ははずむからさあ」
 阿笠博士はちょっと考えてたようだが、
「…わかった。戸籍のほうはワシがなんとかしよう。ただし、これっきりじゃぞ!」

 その後、阿笠博士がどうやったか知らないが、とにかく江戸川コナンの戸籍を手に入れ
ることができた工藤新一こと江戸川コナンはパスポートを取ることができた。しかし、も
うひとつ問題があった。毛利探偵事務所にいるのは彼ら二人と蘭の父親の小五郎の三人で
ある。となると誰が留守番することになるのか? ……しかし、抜け道はあった。蘭がせ
っせと買物をしたおかげでスタンプがたまり、「5万円でハワイ旅行ご優待」というのをう
まい具合に使うことができ、三人でハワイ旅行と相成ったのである。
     *
 さて、年は変わって2月上旬のある日。
 夜10時前に成田空港を飛び立った飛行機は一路ハワイはホノルル国際空港を目指してい
た。ホノルルまで約7時間のフライトである。

 イヤホンから軽快な音楽が流れてくる。最近ヒットチャートを上昇中の曲だった。
 機内食を食べ終わったコナンはじっとそれを聞いていた。
 隣の席では蘭が読書灯を点けて「ハワイ」と表紙の書いてあるガイドブックを読んでいる。
その又隣の席の小五郎はイヤホンをし、機内備え付けの雑誌を広げて水割りを飲んでいる。
飛行機とか空を飛ぶものが嫌いな小五郎だが、アルコールの助けも借りたせいか今のところ
取り乱した様子もない。それに思ったほど飛行機も揺れてはいない。
 と、その小五郎が、
「ギャハハハ!」
 いきなり笑いだした。
(…おいおい。何いきなり笑いだしてんだ?)
 コナンは手元のスイッチを操作する。と落語が聞こえてきた。よく考えたら自分たちが
乗っている飛行機は日本の航空会社の飛行機だ。機内の音楽サービスにも落語専門チャン
ネルくらいはあるだろう。(実際に日本航空にはある・筆者注)
(…納得)
 コナンはしばらくその落語を聞いていた。と、
「コナンくん」
 蘭が話し掛けてきた。
「ん? 何、蘭ねえちゃん?」
「何か飲もうか」
 丁度客室乗務員が飲み物の入ったワゴンを押して、自分たちの席に回ってきたところだった。
「うん、そうだね」
 小五郎に頼んで蘭はオレンジジュースを、コナンはコーラを取ってもらった。
 小五郎も口直しか烏龍茶を頼んだ。
「ねえコナンくん。コナンくんはお土産頼まれたの?」
「うん。クラスのみんなから頼まれたよ。歩美ちゃんたちには餞別ももらったし…」
「わたしも。…ったくもう、みんな現金なんだから。園子なんか何回もハワイに行って
るっていうのにわたしにお土産頼むのよ」
(…だよな。アイツ高校一年の時、蘭にメイド・イン・ジャパンのハワイ土産買って来
たんだよな…)
 コナンは新一時代に蘭がそのことで愚痴ってたのを思い出した。
「それはそうと、おまえら気をつけるんだぞ。ハワイはアメリカなんだからな。日本のよ
うな訳には行かないんだぞ」
 小五郎が言う。
「わかってるわよ、お父さん」

 そうこうしているうちに日付変更線を超え、十九時間前に時計は逆戻りをし、
ハワイの ホノルル国際空港に航空機が降り立った。当然ながらここはアメリカ
だから日本人は入国審査を受けなければならない。
(…それにしても…)
 コナンは入国審査の一団を見る。
(…それにしても、なんでこう日本人ばっかりなんだろうね…)
 パスポートの表紙は「日本国」と書かれた見慣れたヤツばかり。話す言葉も日本語、とくればオレたちはいったいどこに来たんだ、という気がしてくる。
「コナン君、何してるの? 審査を受けるわよ」
 蘭が話し掛ける。
「う、うん」
 そして入国審査を通過したコナンたちは旅行会社の添乗員に連れられホノルル国際空港からチャーターバスに乗りオアフ島半日観光に向かった。日本人が多いとは言え、やはりハワイはアメリカ合衆国。看板やら道路標識はやはりアメリカのものである。

 真珠湾を見物し、そこからドール・パイナップル・パビリオンへと向かうバスの中。
 バスの中は冷房が効いてるせいか何だかうすら寒く感じる。
 今までの疲れが出たか、前の席の小五郎はいびきをかいて寝ている。
「でも、感動しちゃうわねえ。テレビや本で何度も見たハワイにわたしたちが今いるなんて」
 蘭が言う。
「そうだね。ハワイって言うのは昔も今も日本人の人気の場所だからね」
 コナンが言う。
「あっ、コナン君、見て見て。パイナップル畑よ」
(…おいおい、そんなにパイナップル畑が珍しいのか?)
 コナンは思った。もっとも、彼にとってはそんなの珍しくもなんともないのだが、蘭に
とっては珍しいものなのかもしれない。
 真冬の日本から常夏のハワイへ…コナンたちの旅は今始まった。


File・1に続く>>

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