「あー…今日は色んな事があったよなー……。」

シャワーを浴びて僅かに火照った身体を大の字にベッドに投げ出して、俺は一つ大きく伸びをする。
久々に感じる微かな疲労感と、身体を包むじんわりとした熱が心地良い。
そんな感覚に身を任せながら、俺は静かに目を閉じて今日1日起こった事を思い返していた。






ようこそデュエル・アカデミアへ 3







校長に進められるまま、俺は編入初日にも関わらずオシリスレッドの編入生としてラーイエローの生徒とデュエルする事になった。
後で聞いた話だと、相手のランクはラーイエロー最下位の奴だったらしい。
つまりは、俺をオシリスレッドのトップという形にして、ラーイエロー最下位の奴との入れ替え戦のような形式を取った訳だ。
おいおい一度もデュエルしない内にオシリスレッドのトップ扱いかい――と思わないでもなかったが、海馬コーポレーションの推薦という形が功を奏したらしい。
そのことに関して異議を唱える者は居なかった。
そして大多数の生徒達が見守る中デュエルは行われて。
結果は幸いにして俺の勝利。
そのおかげで俺は、晴れてラーイエローの生徒となり、1日で2つの制服を身に纏う事となった。

そして俺はそこで一人の生徒と出会う事となった――。



入れ替え戦デュエルが終わって、興奮冷めやらぬデュエルリングを後にした俺は、再び足を踏み入れた校長室で見慣れぬ一人の生徒の姿を目に留めた。
髪をオールバックに纏め上げ、鮮やかな金色の衣を思わせるようなラーイエローの制服をキッチリと着こなしている一人の少年。
勿論俺より年下である事は間違いないが、まっすぐにこちらを見詰めてくる眼差しや立ち姿は下手をすれば俺の方が年下に見えなくも無い。
俺は校長の後ろを歩きながら、こちらに視線を向けてきたその少年にペコリと小さく会釈してみせた。


「いやあ!実にいいデュエルでした!」


前を歩く校長が笑顔でそう言いながらこちらを振り返る。

「ありがとうございます。」
「いやはや、流石は四天王………。」
「校長先生!!」
「あ?!いやいや!流石は四天王たる海馬コーポレーション社長のお墨付きをもらえるだけの実力の持ち主だと………。」

ホクホク顔の校長が俺の視線に気付いて、慌てて俺の後ろの方に立つ少年へ視線を向ける。
あやうく編入初日から正体をバラされる所だった。
俺は背後の少年に気付かれないようホッと胸をなで下ろす。


「さて、そういう事でくんはラーイエローの生徒となった訳ですが……三沢君。」

「はい。」

コホンと小さく咳払いをして校長が俺越しに背後の少年を呼ぶ。



(へぇ?三沢っていうのか………。)



近付いてきて俺の真横に立つ少年をそっと横目で見やる。
こうして間近で見ると、思っていたよりもまだ幼さの残る横顔である事に気付く。

くんは編入してきたばかりで分らない事も多いでしょうから、暫く色々と教えてあげて下さい。」
「分かりました。俺で出来る事でしたら。」

校長の言葉に、声変わりを過ぎた僅かに低い――それでいてよく通る耳に心地良い声がそう答える。
イイ声をしてるな――とぼんやり思いながら、俺は隣に立つ三沢という名の少年に向き直った。


「よろしく。ええと……三沢?」
「ああ。俺の名は三沢大地だ。よろしくな。」
「こちらこそ。俺は……。」
「知ってる。さっきのデュエルの時に校長先生が紹介してくれたしな。」
「そっか。でも改めて自己紹介させてくれよ。」
「別に構わないが………?」


どうして今更?といった様子で首を傾げる三沢に、そっと片目を瞑って見せる。


「だってデュエル・アカデミアに来て初めての友達なんだしさ。ちゃんと自己紹介したいんだ。」


ちょっとばかり照れ臭くなってへへへ……と笑ってみせると、何故か三沢は一瞬だけ驚いたように大きく目を見開いた。

「俺は。色々迷惑も掛けると思うけど、これからよろしくな!」
「あ、ああ…よろしく。」
「俺の事はって呼んでくれよ……な?」
………?」
「うん!」


差し出した右手を、三沢の右手が戸惑いがちに握り締めてくる。
俺より僅かに大きくて力強い掌。
その大きさと思いもしなかった暖かさを感じて、俺はじわじわと沸き上がってくる高揚感を抑える事が出来なかった。


「うんうん…仲良き事は美しき哉……ですな。」

俺達の様子に何やら満足げに頷いて、校長が微笑ましそうな視線を向けてくる。
そんな校長の姿に、俺達は顔を見合わせて小さく苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ああ、それともう一つ……。」
「何か……?」
くんの部屋ですが……急遽寮が変更された事もあって、まだ部屋が用意されていないのです。それに………。」

校長が言いにくそうに語尾を濁す。
何となく言いたい事に気付いた俺は、チラリと隣の三沢を見やりながら何と答えるべきか暫し逡巡する。
しかしそんな校長に答えたのは、俺ではなく三沢の方だった。


がこのままラーイエローに留まるかどうか分からない……という事ですか?」

「う……うむ……まあ、そういう事になりますかな……。」


三沢の言葉に、戸惑いがちな校長の視線が向けられる。
校長としてはオーナーである瀬人の意向を無視するわけにもいかないだろうから、いずれは俺をオベリスクブルーへ入れるつもりだろうけれど、今それを知っているのは俺と校長の二人だけ。
しかし三沢はそんな事情を知らないはずなのに、その事を看破してみせた事になる。


「三沢君、何故くんがオベリスクブルーに変わるだろうと思うのかね?」
「おや?俺はラーイエローに留まるか分からないとは言いましたが、それがオベリスクブルーへの異動だとは言っていませんが?」

「あ…………。」


悪戯っぽくニヤリと口の端を持ち上げて見せた三沢の様子に、思わず俺と校長は驚きに目を見開いた状態で顔を見合わせてしまった。
そうだ。ラーイエローに留まらない事とオベリスクブルーへの異動とは必ずしもイコールではないのだ。


(へぇ?こいつ結構キレ者じゃん?)


「まあ、確かにの先ほどのデュエルを見る限り、オベリスクブルーへ上がる事はあっても、オシリスレッドへ落ちる可能性は極めて低いとは思いますが…。」
「三沢、随分過大評価してくれるんだな?」
「いや?客観的事実を言っているだけだが?」
「そ、そうか…?」

初対面…そしてたった一度デュエルしただけなのに、しれっとそう言ってのける三沢に、俺は思わず返す言葉を失う。
そりゃあ過小評価されるよりはマシだろうけれど、そこまで持ち上げられると、何というか…くすぐったいを通り越して居心地が悪いような気すらしてくる。


「と、ともかく、いずれ異動する可能性があるからといって部屋をあてがわないという訳にはいかないので、今急いで部屋の準備をしている所です。ですが、暫くは時間が掛かるので、それまで三沢君に君を預かってもらいたいのです。」

「預かる??」

校長の言葉に三沢が訝しげに眉を寄せる。


「準備が整うまでの間、君に付き合ってあげて欲しいのですよ。君は編入したてですから一人では何かと不自由でしょうし。」
「校長先生、別に俺なら一人でも構いませんよ?わざわざ三沢の手を煩わせる事もないです。どこかで時間をつぶせばいいんですよね?」
「しかし、君はまだ施設の場所も何も分からないでしょう?」

そう言われてしまえば俺には返す言葉が無い。
実際、ここまでは必ず誰かの先導があった。
もしここから先を一人で行動しろと言われたら、それこそ入れ替えデュエル前に渡された構内施設の案内図と睨めっこでの行動を強いられる事は確実になる。
出来る事ならそんな状況は避けたい所なのは確かだが、とはいうものの俺の事情に会って間もない三沢を付き合わせてしまうのも何だか申し訳なくて、俺は編入生の世話係を押し付けられつつある気の毒な同級生――三沢の横顔をそっと見やった。


「分かりました。そういう事なら案内係はお引き受けします。」
「いいのか?三沢?」


三沢の予想外にあっさりとした答えに、俺はおもわず大きく目を見開く。
俺にとってはありがたい事この上ないのだが、本当にこのまま厚意に甘えてしまって良いものだろうか?
その思いが、俺の表情を曇らせる。
しかし、そんな俺の表情に三沢は軽く口の端を持ち上げると、何の問題も無いというように小さく肩をすくませてみせた。

「構わないさ。そんな事くらい。」
「三沢………。」
「そんな申し訳なさそうな顔する必要はない。そうだな………だったら今度俺とデュエルしてくれ。」
「……そんな事でいいのか?」
「ああ。それが何より一番だ。」


だから気にする事など何も無い――そう言って笑う三沢。

確かに自分の意志でこのデュエルアカデミアへ来たけれど、それでも全く不安が無い訳じゃなかった。
今までどこと無く感じていた漠然としたその不安が、三沢のその笑顔で一気に吹っ飛んだ気がして、俺は思わず湧き上がる幸福感のままに三沢の肩をギュッと抱き寄せてしまった。


「――っっ?!」


ああ!本当にデュエルアカデミアに来て良かった!
それに、最初に出会ったのが三沢だった事も。
これならきっと大丈夫!いや絶対上手くやっていける!
散々渋っていた瀬人の反対を押し切って来た甲斐は確かにあった!

瀬人!やっぱり俺デュエルアカデミアに来て良かったよ!



「サンキュー!改めてよろしくな?三沢!」


俺は驚きに固まっている三沢に、これ以上無い満面の笑みを浮かべてみせた。

「あ、ああ……じゃあこちらも改めて………。」

戸惑いがちな三沢の言葉に三沢を見やれば、一瞬ふわりと目元がほころんで。
俺は確信に近い思いを感じる。
こいつとはきっと『仲間』になれるだろうと。





「ようこそデュエル・アカデミアへ!!」
















<おまけ>

「海馬くん、がデュエルアカデミアに入ったって本当?」
「なっ?!遊戯ッ?!何故お前がここに?!」
「ごめん兄さま。オレが連れてきたんだ。兄さまに用があるって言うから。」
「モクバ?!」
「それで?本当には高校生してるの?」
「……………ああ。」
「そういえば友達出来たってメールが来てたぜぃ。」
「何っ?!本当かモクバ?!」
「う、うん…兄さまにありがとうって言っといてくれって……。」
「いいなぁ……デュエルアカデミアに行けばに会えるんだよね?」
「遊戯……キサマ……まさかと思うが……。」
「海馬くん、僕も編入させてもらえない?」
「…………いくら童顔でも顔が知れ渡ってる遊戯じゃ無理だと思うぜぃ……。」




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