ようこそデュエル・アカデミアへ 2
「サンキュー磯野。」
船から下りて一つ大きく伸びをしてから、俺は見送りの為に降りてきてくれた磯野に軽く敬礼の形を取った。
本土よりは僅かに南国を思わせる雰囲気が漂っているこの場所は、本土からは船かヘリ、もしくは自家用ジェットの類じゃないと来る事が出来ない完全な離島。
この広大な島に俺の目的地であるデュエル・アカデミアは建っている。
ようやく念願のデュエル・アカデミアへの編入許可が出て、俺は今日晴れてこの島への上陸を許されたのだった。
「本当にデュエル・アカデミアまでお送りしなくてよろしいので?」
心苦しいといった表情の磯野に、俺は苦笑して小さく手を振る。
子供じゃあるまいし、デュエル・アカデミアへ行くだけなのに供が必要だとも思えない。
それに正直な話、いかにも――といった黒服のお供を連れてくる編入生がどこに居るだろう。
もう一発で普通の学生じゃない事バレバレだ。
磯野の気持ちもありがたかったが、俺は丁重にお断りする事にした。
「ここまで送ってくれただけで充分だって。ありがとな。あ、それと瀬人にもよろしく言っておいてくれよ。」
「は、かしこまりました。では我々はここで失礼致します。」
俺の言葉に頭を下げて、磯野は静かに後ずさった。
でもまあ、この程度で納得してくれて正直ホッとしている。
磯野だって仕事である以上、きちんと瀬人に仰せつかった仕事をこなさなきゃならない訳で。
特に今回みたいに社長である瀬人直々の仰せとあらば、そりゃあしっかりキッチリ無事に俺をデュエル・アカデミアまで送り届けなけりゃ安心も出来ないだろう。
とは言っても、とりあえず今回は事情が事情なだけに、磯野も俺の状況を察してか、しつこく食い下がってこようとはしなかった。
いや、しかし…………本当に瀬人は俺を甘やかしすぎだと思う。
最終的には他の学生たちも利用するという定期船でこうしてここまで来た訳だけど、この話が決まった当初は海馬コーポレーションの専用ヘリでこの島まで送られそうになったのだ。
今思えば、必死で食い止めて良かったとしか思えない。うん。
その時の瀬人は、かなり渋い顔をしていたけれど。
「さて!まあ何はともあれ行きますか!我が愛しのデュエル・アカデミアへ!!」
グッ――と両手に力を込めて、俺はデュエル・アカデミアへと続く道を歩き始めた。
桟橋からデュエル・アカデミアへと伸びる緩やかな道をのんびりと歩いて、ようやくデュエル・アカデミアへ到着した俺は、取るものもとりあえず真っ先に校長室へと案内される事となった。
――まあ、何となく予想はついてたんだけどね。
一応は特殊な状況での編入な訳だから。
「ようこそデュエル・アカデミアへ!くん。オーナーからお話は聞いてますよ。」
ノックをして校長室に足を踏み入れると、人の良さそうな恰幅のいい中年男性が笑顔で出迎えてくれた。
「始めましてです。ご迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします校長先生。」
校長の言葉に俺は苦笑いして、差し出された右手を握り返した。
なるほど。最初から校長には事情を説明してあったという訳か。
まあ、当然といえば当然の事だけど。
「いや、四天王の一人と言われるあなたにお会い出来て光栄ですよ。是非我校の生徒達にその素晴らしいタクティクスを思う存分見せてやって下さい。」
にこやかにそう言われて、俺は更に苦笑いを強くする。
「校長先生、俺は四天王でもなんでもありませんよ?というただの一人のデュエリストです。ここの生徒たちと同じ……ね?」
「おお!そうでしたね。ではくん……デュエル・アカデミアの生徒として、これから頑張ってください。」
満足そうに数回頷いて、校長は俺に書類の束を手渡してくれる。
「これは?」
「校内施設の案内図やカリキュラム、それに規則などが記されています。大変だとは思いますがしっかりと目を通しておいてください。」
校長の言葉を聞きながら書類をパラパラとめくっていくと、確かに施設の配置図や講義内容の説明、カリキュラムの組み方や年間スケジュールなどが事細かに書き記されている。
特殊な学校とはいえ、やはりこういう所は他の学校と大して変わりがないんだなぁ――とぼんやり考えながら、俺は瀬人の顔を思い浮かべていた。
初めてデュエル・アカデミアをつくると聞いた時は驚いたけど、その時は本格的にこんな大きなものを作るとは思っていなかった。
実際に学校法人として立ち上げて認可されたと知った時の驚きは、デュエル・アカデミアを作ると聞かされたときの比ではなかった。
まさか瀬人が本当に学校法人を作るなんて、その時は思ってもいなかったんだ。
「くん――?」
「あ?はい!」
「どうしました?」
「すみません。ちょっと瀬人……いえ、オーナーの事を考えてまして……。」
ボーっとしていた俺の意識を、校長の声が現実へと引き戻す。
ゆっくりと頭を振って俺は目の前の校長に視線を向けた。
「ああ、そうですか。……そのオーナーの事なんですが……。」
俺の言葉を受けて頷いた校長の表情が一瞬曇る。
そのまま何かを言いよどんでいる校長の姿に、俺は僅かに眉を寄せた。
「何か?」
「ええ………オーナーからはあなたをオベリスクブルーへ編入させるよう言われているのですが………。」
オベリスクブルー………確か優等生が集まる寮の名前だったような気がする。
いや、所属クラスといった方が正しいのか?
ともかく、このデュエル・アカデミアの生徒達を3つにわけているうちの一つであった事は確かなはずだ。
「でも確か……編入生は皆オシリスレッドに入る決まりになっているのでは?」
手元にあった資料を見直すと、確かに俺の記憶と同じ内容が記されている。
「ええそうなのです。ですから、あなたを最初からオベリスクブルーに編入させる事はとても難しい事なのです。勿論不可能ではありませんが、我校の決まりを破って編入したとなると、明らかに何らかの疑いの目を向けられるでしょう。」
そこまで言って校長は口を閉ざす。
つまりは瀬人の言う通りには出来ない――という事か。
まあ別に俺はどこであろうとデュエルさえ出来れば構わないんだけど。
「分かりました。俺なら構いませんよオシリスレッドでも。」
「しかし、それではこちらとしてもオーナーに顔向け出来ませんからね。」
「とは言っても、オベリスクブルーに編入できない事には変わらないのでしょう?」
「ええ。ですから一つ提案があるのです。」
「提案??」
どこか悪戯っぽい表情を浮かべて俺を見上げてくる校長に、俺は目を瞬かせる。
「まずはオシリスレッドに所属してもらい、海馬コーポレーションの推薦付きという形で、我校の生徒達とデュエルをしてもらうのです。彼らも同じデュエリスト、あなたの力を見れば納得するでしょう。どうです?」
まるで少年のように目を輝かせて身を乗り出してくる校長の姿に、俺は言葉がなかった。
何というか……この状況をかなり楽しんでいるように見える。
いや、明らかに俺のデュエルを楽しみにしているといった感じだ。
まあ別にデュエルするくらい構わないけど。
でもそれって、初っぱなから見世物になるって事じゃないか?
何だか釈然としないでもなかったけど、この場合は仕方ない。
俺は一つ大きく息をついて静かに頷いた。
「分かりました。デュエルしましょう。」
どちらにしても中途編入の俺という存在を認めてもらう為には、いずれは必要になってくる事だろうから、それなら早く済むに越した事はない。
俺は腰に下げているカードホルダーをぎゅっと握り締める。
いよいよこのデュエル・アカデミアでの俺の生活が、闘いが幕をあけるのだ。
こみ上げてくる興奮とも緊張ともつかない思いに、鼓動がどんどん高まっていくのが感じられる。
俺はもう一度カードホルダーの上からデッキを握り締めて、勢いよく顔を上げた。
「さあ!デュエルの始まりだ!!」
差し出された真紅の制服を身に纏い、俺は促されるままデュエルリングのあるスタジアムへと歩みを進める。
この選択が、後にたくさんの仲間を得る事に繋がろうとは、この時の俺には想像もつかなかった。