ようこそデュエル・アカデミアへ 1







「貴様、本気で行くつもりなのか?」



驚いているというよりも呆れているといったように僅かに眉をしかめて、目の前の男――海馬瀬人は片手でこめかみを押さえると小さく頭を振った。
大企業たる海馬コーポレーションの社長を務め上げるほどのこの男が、ここまで頭を抱え込むのにはれっきとした訳がある。そう、確かに訳があるのだ。


「いいだろ~別に。それに、新しいデュエルディスクのデザインと開発に協力したら、一つだけ何でも聞いてくれるって言ったじゃん。約束~~~~。」


瀬人から感じられる圧倒的な存在感と威圧感。
まあ普通の奴なら、その迫力に気圧されてしまうだろう。
でも、あいにくと俺はそんな繊細な神経など持ち合わせては居ない。
社長室のソファーに身を沈めたまま、不機嫌そうに見えなくもない表情を崩さない瀬人の顔を見上げて、俺はぶすっ――と頬を膨らませた。



俺――。訳あって年齢は秘密。
今は海馬コーポレーションの専属デザイナーという、捉えようによってはかなり曖昧な肩書きに就いている。



「確かに言ったがな………。」

俺の不満げな様子に、瀬人は更に深い溜息を吐く。
瀬人の溜息としかめっ面の原因である所の自覚がある身としては、瀬人の気持ちも分からなくはないけれど、ソレとコレは話が別だ。
今回ばかりは絶対頼みを聞いてもらう!
それを楽しみに、ここ暫く休み返上でラボに篭ってたんだから。
あ、もちろん新しいデュエルディスクの開発・研究の為だった訳だけど。

「じゃあいいだろ?!手続き!!」

勢い込んで両手を握り締める。
ほんの一瞬だけ、そんな俺の勢いに呑まれたように目を見開いた瀬人は、頭を2・3度振ると目を伏せて右のこめかみを押さえた。

「まったく……何を考えているんだ貴様は……。よりにもよってもう一度高校生活を送ろうなどと……。俺と違って貴様は嫌という程高校生活は満喫しただろうが。」
「いやいや違うって!別にもう一回高校生活が送りたいから言ってるわけじゃないって。」
「ならば、何故デュエル・アカデミアへの編入手続きなどさせようとする?!」

納得いく答えを示せとでも言いたげな瀬人の視線。
それに俺は微かに苦笑してみせた。
そう――俺が新しいデュエルディスクの開発と引き換えに望んだ事。
それはデュエル・アカデミア本校への編入手続きだった。



今でこそこうして海馬コーポレーションの専属デザイナーという立場に従事しているけど、俺も元は瀬人と同じデュエリスト。
自分で言うのも何だけど、それなりの評価はある方だと思う。
一応、瀬人と遊戯と城之内と俺の4人で『日本の四天王』と言われている位には。
ここ最近マトモなデュエルをしてこなかった俺は、もう一度あの湧き上がるような興奮と充実感、昂揚感、満足感、そしてデュエルを通して得られるあの最高に楽しい瞬間を味わいたくてならなかった。
そして、デュエルを始めた頃のあの感動を感じたい。
その為に俺は学生としてデュエル・アカデミアに編入する事を望んだのだ。


「んー…何ていうかさ……もう一度思いっきりデュエルしたいなーって思ってさ。」
「それなら、いくらでも大会に参加すれば良かろう?」
「そーじゃないんだ………何ていうのかな………。」

解せないといった表情の瀬人に、俺は小さく唸る。
そりゃあ大会に参加すればデュエルは出来る。
でも、俺が望んでいるデュエルは大会では得られない――何故かそう思えてならなかった。


「俺さ、色んな奴とデュエルしてみたいんだよ。勿論大会に出れば色んな奴らが居るとは思う。でも大会に勝ち進んで来る奴らって……何ていうのかな……こう――皆同じような感じがするんだ。完全に自分の世界が構築されてて……あ、いや、それが悪いって訳じゃないんだぜ?でも、デュエル・アカデミアなら…まだ発展途上の様々なデッキと出会えるような気がして……。」

「しかし、お前の満足するレベルのデュエルが出来る保障はあるまい?」
「そうかもしれない。でも、俺の事を知らない奴らと――四天王としての俺じゃなくて、という一人のデュエリストとして向かい合ってみたいんだ。そして……。」

「そして?」




「新しい、たくさんの可能性に触れてみたいんだ。俺――やっぱりデュエル好きだから。」




じっと俺を見詰めてくる瀬人の視線に耐えかねて、俺は微かに苦笑してみせる。
自分でもクサイ事言ってるような気はするけど、これは俺の本心だから。
たとえどんなに言い繕ったって、この思いは変わらない。偽る事なんて出来ない。




「――デュエル・アカデミアは完全に孤立した離島にある。後でアレがない、これが不自由だと泣きついても知らんからな。」

はぁ――と盛大な溜息をついて瀬人はデスクの上のヴィジフォンへと手を伸ばす。

「え?!じゃあっ…?!」

瀬人の言葉に、俺は思わずその場で身を乗り出した。


「いいだろう。編入届け、すぐにでも出してやろう。」
「やったー!!サンキュー瀬人ぉ!!!」


呆れ半分なのだろうけど、小さく口の端を持ち上げた瀬人の姿に、俺は駆け寄ると思い切り瀬人の首元に飛びつく。
でも瀬人は、そんな俺に嫌な顔一つしないで微かに目を細めるだけだった。


「………………それにしても、いい歳をしてもう一度高校1年生とは……。」

俺を首元にぶら下げたままの状態でヴィジフォン越しに手際よく磯野に指示を出した瀬人が、ヴィジフォンを切るとククク――と喉を鳴らす。
どことなく楽しそうに見えるのは俺の目の錯覚だろうか?

「うるさいよ!」
「ふっ………せいぜい素性がバレないよう、精一杯若作りでもするんだな。」

そう言って瀬人は俺の眉間のあたりを軽く指で弾いた。


「ちぇー………。」


眉間をさすりながら、ぶすっ――と口を尖らせて瀬人の首元から離れると、肩を震わせて笑いを堪えている瀬人の背中が視界に入る。
あーもーいいですとも!いくらでも笑ってろってんだ!
本格的に眉間にシワが寄り始めた俺は、ドカッとソファーの上にあぐらをかいて笑いをこらえている瀬人に背を向けた。



「……おい、。」
「……………………。」
?」



暫くの沈黙の後。
背中越しに声を掛けられる。
振り向くもんか――とは思っても、やっぱり瀬人のこの声には逆らえない何かがあって。
むすっ――とした表情のまま声の方に首だけ向けると、思いもしなかった表情で瀬人が俺を見詰めていた。

「―――――っ?!」

モクバを見る時と同じ柔らかな眼差し。
その表情はさっきまでと違って、酷く優しげな笑みが口元に浮かんでいた。
きっと本人は自分のこんな表情には気付いていないんだろうけど。



「何かあったらいつでも連絡して来い。専用回線を空けておく。」



そんな顔でそんな事言われてしまったら、もう何も言えなくなってしまうじゃないか。
結局何だかんだ言っても、いつも瀬人はこうやって俺を甘やかすのだ。
俺は無言のまま小さく頷く事しか出来なかった。




こうして俺は、晴れてデュエル・アカデミアの学生となるべく本土を離れる事になった。
















「ねえ兄さま?の為に優先度の高い回線空けたって本当?」
「ああ。誰からそれを聞いたモクバ?」
「あ、うんから……でも兄さまどうして?今だってちゃんとに連絡取れてるんでしょ?」
「一応はな。だが根が面倒くさがりだからなは。社内でも、たらい回しにされたり、すぐに繋がらなければ、さっさと諦めるだろう?」
「あー……そう言われれば……。」
「こうでもせんとあいつの事だ…なかなか繋がらない状況が続けば、デュエルに夢中になって俺の事など忘れて連絡すらよこさんだろうからな。」
「なるほど………。」
「その間にデュエル・アカデミアの凡骨どもが余計なちょっかいを掛けないとも限らん……考えただけでも虫唾が走るわ!」
「あー……ははは……何ていうか……色々と大変だね兄さま………。」
「まったくだ………。」




↑ PAGE TOP