デュエルアカデミアに編入を果たした数日後、俺は思わぬ訪問者を自室に迎える事になった。






ようこそデュエル・アカデミアへ 4







その日、興奮の為か少し早く目が覚めてしまった俺は、いつものようにカードホルダーからデュエルディスクにデッキをセットし、その感触を確かめていた。
これは、瀬人の所のラボに篭っていた時からの俺の毎日の習慣になっている。


「ん~~~……セット時の処理速度がイマイチのような……。」


瀬人の所のラボで最新のプロトタイプに接していたからか、どうもソリッドビジョン化の処理速度にズレを感じる。
デュエルアカデミアで現在使用されているデュエルディスクは汎用型の最新版ではあるが、ラボでは新しいシステムを導入したタイプを使用しており最新型の映像処理システムが組み込まれていた為、処理速度も投影率も格段に上がっていた。
まあ、あのシステムが市販されるまでには1・2年はかかるかもしれないけれど。

「やっぱり次の改定ポイントはココかなぁ……。」

瀬人に進言すべきかどうか頭を悩ませていた時だった。



「何を改定するんだ?」



不意に背後から掛けられた声に、俺はビクリと大きく飛び上がる。

「すまない驚かせたみたいだな。一応ノックはしたんだが………。」

低く落ち着いた声に慌てて振り返ると、オベリスクブルーの制服に身を包んだ1人の長身の少年の姿が目に飛び込んできた。
外見や雰囲気から察するに、おそらくは3年生だろう。
申し訳無さそうに微かに眉尻を下げたその少年は、ドアを指差して微かに目を細めた。


「えっと……。」
「ああ、急にすまない。俺はオベリスクブルーの丸藤亮だ。」
「3年生…ですよね?」
「そうだ。」
「その丸藤先輩が俺に何か…?」


面識も無い上級生がわざわざ俺を訪ねてくる事など、普通なら考えにくい。
何かしらの意図がなければ、学年も寮も違う編入生の所へ顔を出すなんてまずありえないだろう。
まさか、先日の入れ替え戦デュエルで俺の正体でもバレてしまったのだろうか?
もしかしたら1人2人くらいは昔の俺の事を知っている奴が居てもおかしくは無い。
まさか――とは思いながらも、俺は半ば冷や冷やしながら恐る恐る丸藤亮と名乗った上級生の顔を見上げた。


「そんなに不安そうな顔をするな。俺はただ連絡係で来ただけだ。」
「連絡係??」
「ああ。編入したばかりで落ち着かないだろうが、今日の午後にもう一度入れ替え戦デュエルを行うそうだ。先日使用したデュエルリングに来るようにと校長先生からの伝達事項だ。」

「又入れ替え戦??」


予想外の亮の言葉に俺は大きく目を見開く。
先日の校長の様子からすると、近々もう一度入れ替え戦を行わせようという素振りは見えたが、まさかそれがこんなに早く――それも最初のデュエルからほんの数日後に設定されるとは流石に想像出来なかった。
瀬人の手前、一日も早く俺をオベリスクブルーへ異動させたいのだろうけれど、とはいえ流石にこんな近い内に立て続けにデュエルをする事になろうとは。
勿論俺自身はデュエルをする為にここへ編入してきたのだから文句は無いのだが、授業もまだろくに受けていない内にこんなデュエル三昧でいいのだろうかと、些か不安がよぎる。

「とりあえず伝えたぞ?」
「あ?ああ、ありがとうございます丸藤先輩。」
、俺の事は出来たら亮と呼んでくれ。ここには俺の弟も居てな。丸藤だと紛らわしいからな。」
「弟さん??」
「ああ。オシリスレッドに居るんだが。」
「そっか。じゃあ亮先輩……ですね?」

亮の言葉ににっこりと笑みを浮かべて見せれば。
どこか嬉しそうに、その大人びた表情に柔らかな笑みが浮かぶ。
その一瞬だけ垣間見えた少年らしい表情に、俺は口元が緩むのを感じていた。


「じゃあ改めて!です。俺の事もと呼んでくださいね――亮先輩?」
「ああ、分かった。」
「これからよろしくお願いします!亮先輩!!」


「こちらこそだ。ようこそ俺達のデュエルアカデミアへ。」


差し出された俺よりも大きな手を握り締めて、俺は幸せな気分で新たに出来た友人の僅かに綻んだ整った顔を見上げたのだった。
















結局あれからバタバタしていた俺を先日のデュエルリングへ案内する役を買って出てくれたのは、まだ知り合って間もない亮だった。
亮だって自分自身のカリキュラムがある筈なのに、何故か俺の準備に付き合ってくれて、昼食の時間には購買…というのだろうか?
生徒達で賑わうその場所へも俺を案内してくれた程だ。
未だ校内事情には詳しくない俺にとっては非常にありがたかったが、時々感じる視線と「カイザーが…」という呟きには流石に首を傾げざるをえなかった。

そんな時だった。


「おーい!カイザー!!」


廊下の向こうから、真紅のオシリスレッドの制服をなびかせて、1人の少年がこちらに駆け寄ってくる。
俺と殆ど目線が変わらない位の所を見ると、恐らく1年生だろう。
3年生の亮にも物怖じしないのは知り合いだからだろうか?
どこか楽しそうに目を輝かせて駆け寄ってくる少年の言葉に、俺は傍らに立つ亮を訝しげに見上げた。


「カイザー??」


もしかして亮の事なのだろうか?
あだ名にしては随分仰々しいが、何となく亮には似合っているような気がする。

「何してんだー?カイザーと……ええと……。」
だよ。よろしく!」
「ああ!そうそう!!な?俺、遊城十代よろしくな!」
「こちらこそよろしく!遊城くん。」
「俺の事は皆十代って呼んでるんだ。も十代って呼んでくれよ!」
「うん!じゃあ俺の事もって呼んでくれな?十代?」

にこにこと満面の笑みを崩さない明るい少年――遊城十代に、俺は同じように笑みを向ける。
何と言うか……十代は可愛いなぁと思う。
俺の心を和ませてくれるような、そんな感じがするのだ。
こんな弟が居たらきっと毎日が楽しいだろうなぁ――と思わず表情が緩む。
今までは瀬人にモクバと同じように扱われていた自覚があるだけに、年下の明るく朗らかな十代が酷く可愛く感じられてならなかった。


「それで?はカイザーと何してたんだよ?」

「ええと、さっきも言ってたけどカイザーって??もしかして亮先輩の事か?」


先刻からの疑問をそう十代にぶつけてみれば、一瞬不思議そうに目を瞬かせる。
暫くして事態を掴めたのか、苦笑いを浮かべて十代は俺の隣に立つ亮を見上げた。

「そっか。は編入してきたばっかだから知らないんだよな?の言う亮先輩って普段は『カイザー亮』って皆に呼ばれてんだよ。」
「へぇ?そうなんだ?」

十代の言葉に傍らの亮を見上げれば、十代と同じように苦笑している姿が目に映る。
なるほど。カイザーは亮のあだ名というより、通り名…と言った方がいいのかもしれない。
なら俺もそれに倣った方がいいのだろうか?
きっと亮もその方が呼ばれ慣れているだろうし。
そういえばすれ違った生徒達が亮の事を見て――その時は亮の事だとは分からなかったけれど――カイザーと呟いていたなぁと思い出す。
俺は困ったように俺を見下ろしてくる亮の顔を見上げて小さく首を傾げた。


「じゃあ俺もこれからはカイザーって呼んだ方がいい??」
「いや。言っただろう?亮と呼んでくれと。」
「そう?じゃあ亮先輩のままでいい?」
「かまわんさ。」


どこか優しげに目を細めて、亮が俺の髪をわしわしと掻き混ぜる。
まるで俺や瀬人がモクバにするような、そんなどこか愛しささえ感じさせるようなその手の感触に、年甲斐も無く心地良さなんて感じてしまって。
俺はくすぐったい思いを抱えながら微かに首を竦めた。



「んで?結局2人とも何してたんだよー?」
「あ、ああ。何か俺、今日この後に又入れ替え戦デュエルやる事になったらしくてさ。」
「本当かよ?!それで?相手は誰なんだ?!」
「さぁ?そこまでは聞いてないけど……。亮先輩、校長先生何か言ってました?」
「いや…特には。ただ俺はにその事を伝えるよう言われただけだからな。」

ふるふると首を振ってみせる亮に、なーんだ――というように肩を落とす十代。
その様子に、十代も本当にデュエルが好きなんだなぁと思わず口元が緩んだ。

「それで?その入れ替え戦デュエルがあるのと2人が一緒なのは何か関係あんのか?」
「だからさ、準備とかデッキの調整とかしようと思ってたら、亮先輩が色んな所案内してくれたんだよ。シュミレータールームとか、購買とか、リングのある所とか。ほら、俺まだ学校内の事何にも分からないからさ。」
「そっか。そういう事か。」
「そういう十代は?やっぱ昼飯??」

なるほどというように頷く十代に、俺は逆に同じ問いを向けてみる。
確かにこの時間は昼食時だから、沢山の生徒達で購買周辺は混み合っているが、十代の手にはそれらしいものは見当たらない。
俺は不思議になって数回目を瞬かせた。

「俺はもう昼飯は食ったんだ。万丈目が俺を呼んでるって聞いたからさ、これからいく所だったってわけ。」

「万丈目??」

十代の言葉に聞いた事の無い名前が出てきて首を傾げる。
どうやら十代のこの話し方から察するに、同じ1年生の事らしい。
友達なのか――と尋ねようと口を開きかけた、その時だった。



「遅いぞ十代!!どれだけ待たせれば気が済むんだ?!」



ピリピリとした空気の声が背後から掛けられる。
驚いて振り返った俺の視界に映ったのは、癖のある漆黒の髪に気の強そうな瞳を持った1人の少年の姿だった。
濃紺の制服を身に纏っている所からすると、恐らくオベリスクブルーの生徒なのだろう。
プライドの高そうなその態度に、どこか瀬人を思い出して俺は小さく苦笑する。
タイプは全く違えども、雰囲気というか人に対する態度なんかが似通っている気がするのだ。
あえていうならエリート然とした感じ…とでもいうんだろうか。
気の強そうな所もそっくりかも――そう思いながら俺は、睨み付けるようにして俺の隣に立つ十代へ視線を向ける万丈目の、少しキツイ印象を与える瞳を見詰めたのだった。




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