Wandering of the dragon 7
政宗が俺の家に居候するようになってから、俺はかなり健康的な毎日をおくっていると思う。
流石に政宗の早寝早起きには生活習慣の違いか付き合い切れなかったが、政宗が作ってくれる食事のお陰で俺の毎日の食生活は両親が同居していた時以上に充実したものになっていた。
特に野菜料理に関してはプロも真っ青の腕前で、俺が感嘆の涙を流したのは一度や二度の事じゃない。
今日も今日とて、俺より早く起きた政宗が作ってくれた純和風の朝食を胃におさめ、俺はホクホク顔で食後のお茶を啜っていた。
「あー…相変わらず政宗の飯って旨いよなぁ……。」
確かに以前よりは少しばかり食費が掛かってはいるが、今までの決してバランスがいいとは言えなかった食事内容に比べれば、少し位の出費は問題にならない。
何より男の1人暮らしじゃ滅多に口に出来ないような和風料理が毎日口に出来るっていうのはかなりありがたい。
それに政宗の作る飯は本当にどれも旨いんだ。
俺も料理自体は好きな方だけど、政宗に比べれば俺の料理なんてその足元にも及ばないと思う。
俺は幸せ気分で、俺の向かいで同じように食後の茶を啜っている政宗を見やって、へにゃりと顔を緩めた。
「おいおい、顔が緩んでるぜ?」
「いやー…だって旨い飯食ったら幸せ~とか思うだろ?」
「Happinessってか?」
俺の言葉に満更でもない様子の政宗が、湯のみ茶碗を片手に苦笑交じりに口の端を持ち上げる。
そんな何気ない様も絵になるよなぁ――なんてボンヤリ思いながら、俺は同じように苦笑いして見せた。
「だってホント政宗の飯、美味いもん。」
「の作る飯だってなかなかだと思うがな?」
「でも俺、政宗が作ってくれるようなのは出来ねぇし。」
俗に言うお袋の味というのとは違って、政宗の作る料理は料亭とか割烹とかで出されるような、手間隙を掛けた逸品といった感じのものだ。
普通のスーパーの特売品とかで、何でこんな美味く作れるのか、本当に不思議でならない。
政宗曰く『食材そのものを活かしてやりゃあいいんだよ』との事だが、そう簡単に出来れば皆苦労しないと思う。
「おだてたって何も出ねぇからな。」
「えー?そーゆーんじゃねぇってば。」
「Really(本当かよ)?」
「本当だって。政宗の料理は俺の好みに合ってるって話。いやもうマジで俺のトコに嫁に来ねぇ?」
そう言ってケラケラ笑えば、政宗の顔が微かに引き攣った。
いや本当に、キッチリ働いて稼いで政宗1人くらい養ってみせる自信は充分あるんだけどなぁ。
だって普通に帰宅したら、晩飯に絶品のふろふき大根や金平牛蒡、煮魚やお浸しなんか出てくるんだ。
1人暮らしの独身男にしてみたら、これって最高じゃないだろうか?
まぁ、若くて可愛い新妻じゃなくて、少しだけ強面のイケメンだって所だけが些か問題な訳だけども。
兎にも角にも、絶品の政宗の飯が食えるんなら、頑張っちゃう自信が十二分にあるわけだ。
「Ah…俺に嫁に来いってか?」
「そうそう!」
「ハッ!100年早ぇ!」
ピシャリとそう言い放つと政宗は俺の額を一つ弾く。
たかがデコピンとはいえ、非力な俺とは比べものにならない政宗の力に、俺はその場で額を押さえて悶絶するしかなかった。
「あだっ!!」
「そういう事は、コレで一度でも俺に勝ってから言うんだな。」
涙目の俺にそう言ってニヤリと笑うと、ひょいとお猪口を呷るフリをする政宗。
そんな政宗の整った顔をジトリと睨んで、俺は顔をしかめた。
コレとは勿論酒の事。
俺は飲み比べの度に政宗より先にダウンして、政宗に介抱されるという事を何度も繰り返していたのだ。
正直、毎度年下のヤローに介抱されるってのは釈然としないんだが、コレばかりは体質というか元のリミッターの違いがあるから仕方ない。
とはいえ俺だってそこまで下戸な訳じゃないんだが、相手が政宗じゃ流石に勝ち目なんか殆ど無いに等しいと思う。
介抱される度にケロッとしている政宗を見て、こういうのをうわばみって言うんだろうなぁと何度も思った記憶がある。
確かに今までも俺の周りにも何人かザルな人間は居たが、こんなに強くて大酒飲みな奴は初めてだった。
「政宗みたいな、うわばみ相手に俺が勝てる訳ねーだろ!」
「That's too bad(そりゃ残念だったな)。」
「むーー……。」
「ははッ!そんな顔すんなよ?Cuteなだけだぜ?」
「ぐぬぬぬぬ…ッ!」
くいっと湯飲みをまるで酒のように呷って笑う政宗。
整ったその顔が楽しそうに緩むのを釈然としないまま見やって、俺は大きく一つ溜め息を漏らした。
「ちぇー…やっぱダメかぁー。」
「ま、そーゆーこった。出直してきなPuppy。」
「だから仔犬じゃねぇつってんだろ!!うわ!んな優しく撫でんな!!」
まるで本当に犬を相手にするように、大きな手が優しく俺の髪を頬を撫でていく。
それがくすぐったくもあり、一方で心地良くもあり。
俺は照れ臭さに熱を帯びていく頬を悟られたくなくて、グルグルする感覚を振り切るようにブンブンと大きく首を振った。
「くくくく……ッ!」
「わーらーうーなー!!!」
「そういう所、本当にPuppyみたいだな。嫁だの何だのって前に、餌付けした気になるぜ。」
「んなッ?!餌付けぇ?!」
「こうなったら俺がアンタを『飼って』やるよ。なぁ?」
それならいつでも俺の飯が食えるぜ?――そう言って政宗はニヤリと口の端を持ち上げて俺の両頬を包むと、その隻眼でじっと俺の顔を覗き込んだ。
ああ、こういうのを美丈夫って言うんだろうなぁなんて頭の隅で思いながら。
俺は抵抗するでもなく、政宗の男の目から見ても整った顔をボンヤリと見上げた。
こうしてみると、本当に天は与える所には二物も三物も与えるもんだとしみじみ思う。
だってそうだろう?
誰もが惹き付けられずにはいられない容姿に、国を統べるに相応しい優れた能力。
圧倒的なカリスマ性と、荒くれ者達を従える強さ。
それだけでも充分凄いと思うのに、それだけに止まらず政宗は様々な能力がトップクラスだ。
あげたらキリが無い、その優れた能力の塊が目の前に居る。
政宗に到底及びもしない我が身の不甲斐なさに、俺は小さく肩を落とすばかりだった。
「?What's up(どうした)?」
「………はぁ……やっぱ政宗ってすげーよな。」
「何だそりゃ?」
「いや、色々と。」
意味が分からん――と首を傾げる政宗に、俺は何でもないと手を振ると、食べ終わった食器を片付けるべく椅子から立ち上がる。
何だかこのまま政宗の顔を見ていられなかった。
劣等感と憧憬と嫉妬と尊敬と――あらゆる感情が混ざり合って頭の中がグチャグチャになりそうだった。
「おい!」
踵を返した瞬間、不意に背後で声が聞こえて。
何事かとその声に振り向く前に、ふわりと暖かな腕が背後から俺の背中を包み込む。
「―――――っ?!」
「怒ったのか??」
耳元で低い声が小さく呟く。
それが政宗の声だと…政宗の腕の中に捉えられているのだと気付くのに暫し時間が必要だった。
「悪かった……アンタがあんまり可愛い事言うから少しばかりからかいたくなっちまったんだよ……許せ。」
「何で俺が怒るんだよ?」
「俺が飼うなんて言ったから機嫌を損ねたんだろ?」
「別にそーゆーんじゃねぇよ。ちょっと自己嫌悪なだけ。」
そう…別に政宗は何も悪くは無い。
俺が自分自身を振り返って情けなさに自己嫌悪しているだけなのだ。
「何を考えてるか知らねぇが、にはそんな顔似合わねぇな。」
「政宗……。」
「ほら、口開けな。」
政宗に促されるままひょい――と口を開けば。
コロリと一口大の南瓜の煮物が口の中に放り込まれる。
慌てて口を閉じると、上品な甘みが口いっぱいに広がった。
「うま………。」
「アンタには、こっちの方が似合ってるぜ?」
そう言って笑う政宗の声をすぐ傍で聞きながら。
俺は思わず緩んでしまう頬を自覚しながら、やっぱり政宗の飯は俺を幸せな気分にさせてくれるなぁ――なんてガラにもなく幸福感に浸るのだった。
政宗の作るホコホコの甘い南瓜の煮付けは、俺にとってはお袋の味以上の幸せの味だったらしい。
…………………やっぱり俺、日々政宗に餌付けされてんのかも。