19歳の健全なる青少年の1ヶ月の小遣いが1万円ってのは高いんだろうか?安いんだろうか?






Wandering of the dragon 6







「なぁ、政宗ー?何か買いたいモンとかねーの?」


それは近所のスーパーに食材を買出しに出た時の事だった。
大分こちらでの生活に慣れてきた政宗は、ここ最近随分と積極的に外出をするようになってきていた。
俺が買い物に出る時は殆ど一緒についてくるようになったし、俺が手が離せない時なんかは自ら買い物をかって出てくれる。
そんな政宗と土曜日の混雑した大型スーパーに足を運んだ俺は、珍しくも立ち止まってアルコール系の商品が並ぶ棚をじっと見ている政宗の姿に、思わず手元のカートを止めて声を掛けた。
元の世界に帰ればお殿様として相応の生活が送れる筈の政宗は、意外な事に俺の家に居候するようになってから一度として「アレが欲しい」とかいうような我が侭を口にした事が無かった。
勿論毎日の生活に必要な物が無くなった時は買って来いと言う事はあったけれど、自身の欲求を口にしたことは今の今まで一度として無い。
アレコレと我が侭が出るんじゃないかと半ば覚悟していた俺にとって、些か肩透かしを喰らったような気がしたのは確かだ。
しかし、現実として政宗は俺が差し出すもの以外を望むことなく、そんな生活に不平不満を言う事無く今日まで来ていた。

「あん?別にねぇよ。」

俺が掛けた声に気付いて振り返った政宗が、いつものように笑みを浮かべる。
じっと見詰めると何て事ないと言わんばかりに手を振って、政宗はその場を離れるように踵を返した。
欲しいものなど無いという政宗。
しかし――俺は見てしまったのだ。
珍しいとか興味津々といった感じではなく、どこか物欲しそうな目で日本酒の棚を見詰めていた事を。


「あー…政宗ー、ちょっと相談あんだけどさー?」


ゆっくりと歩き出した政宗を引き止めて、振り返った政宗を小さく手招く。
それに訝しげに首を傾げると、政宗は俺のすぐ隣まで戻ってきた。

「ん?何だよ?が俺に相談なんて珍しいじゃねぇか。」
「いやさ、実は今度上司にお中元贈るんだけど、その人酒好きな人で。」
「それで?」
「今回は酒贈ろうかと思うんだけど、俺さー…酒ってビールとかサワー系が多くて、日本酒とかあんま飲まねぇから、清酒とかそういったのってサッパリ分かんねぇんだよ。」
「ああ。あのシュワシュワしたのや、泡の出る酒の事か。」
「そーそー。だからさ、ちっと贈るのにお勧めの清酒とか見繕うの手伝ってくんねぇ?」

そう言って俺は自分の後ろの酒の棚を指差した。
幸いにしてこのスーパーは贈答品向きの酒も単品で取り扱っているような品揃えの多い店だ。
俺は驚いたように立ち尽くす政宗を拝むように眼前で手を合わせてみせた。


「中元って………まだ時期はかなり先だろうが?」

「いやさ、早期割引ってのがあって、早い内に注文すれば安く済むんだよ。だから………な?」


頼むよ――そう言って片目を瞑って見せると、ふわりとその隻眼が柔らかく綻ぶ。
瞬間、その表情に俺の心臓は大きく跳ね上がった。
……………あーもー……………目前でこういうのを見せられるのは本当に心臓に良くない。
ただでさえ政宗の外見は人目をひくってのに、そんな顔されたら余計に目を奪われずにはいられなくなるだろう。
ほら、すれ違った女性店員が真っ赤な顔して走ってったじゃねぇか。
俺は無意識タラシと言っても過言ではない政宗の引き締まった頬を引っ張ると、清酒の並んでいる棚へその整った顔を向けさせたのだった。
政宗が突然の俺の行動に目を白黒させていたのは言うまでも無いが。
ホント無自覚ってタチが悪ィよな………。


















その晩、半ば酒の品評大会と化したリビングで、俺は思い切って政宗に一万円札とチェーン付きの財布を差し出した。
昼間の一件で、政宗にも自由に出来る金が少しでも必要だと踏んだからだ。
酒だけに限らず、他にも欲しい物があったらこの範囲内で自由に買い物してもらおうって事な訳だが。


「何だ?Moneyなんか取り出して?」
「小遣いだよ、政宗の。」


昼間購入した酒の一つを嘗めていた政宗が、差し出された二つに目を瞬かせる。
それに簡単に答えて、俺は胸元のボタンを一つ外した。
普段ビールやサワーなんかが多い俺にとって、政宗に付き合って飲んだ日本酒は些か強いものばかりで。
酔いが全身にまわるに従って、身体中に篭るような熱が広がっていた。
確かに喉越しはいいし、舌触りもいい極上の酒だと思うが、如何せん俺が普段口にしてる安物の酒と比べてアルコール度数が高い。
流石にシャツを脱ぎ捨てる訳にもいかず、俺は胸元のボタンを外して外気を取り込むのが精一杯だった。


「小遣いって………いらねぇよそんなモン。」

「とか言ってもさ?政宗にだって自由に出来る金だって必要だろうが?もし1人で外出した時に何か突発事項でも起きたらどうすんだよ?怪我して歩いて帰って来れなかったら?歩いてる途中で靴が壊れたら?そこにしか売ってない物を見つけたら?そーゆー時にタクシー代や代用品を買うのに使ってもらわねーとさ。勿論、他に買いたいモンがあれば食べ物でも服でも何でも買えばいいけど。」


なかなか受け取ろうとしない政宗の手を半ば強引に引き寄せて、俺は財布と一万円札をその手に握らせた。
ここ最近の政宗の行動を見ていれば、そんな無駄遣いをするとも思えないし。
それに現代社会の物価についても大分理解してきているようだから、突拍子も無いものに高額な金を使ったりする事もないだろう。
俺は納得出来ないと言わんばかりに眉を寄せる政宗の顔を、酒のせいで重くなり始めた半開きの目でじっと見上げた。

「………アンタに養われてる上に、小遣いまでもらう訳にはいかねぇだろうが。」
「政宗??」
「Shit!これ以上情けねぇ事はねぇ!!」
「何言ってんだよ?代わりに政宗が殆ど家の仕事してくれてんじゃねーか。家事なめんじゃねーぞ?家事だって立派な労働だっつーの。」
…………。」
「何も無駄遣いしろって言ってるんじゃねぇんだから……素直に受け取っとけよ。」

所詮は小遣いレベルなんだし――そう言うと、更に困ったように政宗の眉間に皺が寄る。
どうやら一方的に受け取るってのが政宗を納得させられない理由の一つらしい。
だから労働の対価――家事労働の報酬だって言ってんのに、政宗と来たら一向に納得しようとしやがらねぇ。
俺は酒のまわったボンヤリした頭で、どうやったら政宗を納得させられるか思案するしかなかった。


「ったく………未成年の内は大人を喰いモンにしたって誰も文句言わねぇと思うんだけどなぁ。」
「俺はとっくに元服してるぜ。」

「ここでは10代は未成年なんだよ。You see?」


そう言って政宗の髪に手を伸ばすと、俺はその思ったより硬い髪をゆっくりと撫でる。
我が侭一つ言わずに、この異世界での生活を送っている政宗。
きっと今まで幾つもの湧き上がる思いを押さえ込んできたんだろう。
それが俺には酷く寂しかった。
少しくらいは俺に我が侭を言って欲しかった。
政宗が政宗のままでいられるような、素の政宗を受け止められるようなそんな人間でありたい。そう思った。


「俺にくらい、我が侭言ってもいいんだぜ?政宗??」
……。」
「寂しいじゃんかよ………俺にも気ィ使ってるなんてさぁ………。」
「別に気ィ使ってる訳じゃ……おい、?アンタ酔ってんのか?」
「うるせーな。酔ってちゃ悪いのかよ?」
「いや悪かねぇけど……大丈夫かアンタ?」
「放っとけよ俺の事なんか!」
「おいおい、何拗ねてんだ?」
「~~~~~ッ!政宗が俺の事、いつまでも赤の他人みたいに思ってるからじゃねーかよ…ッ!」


政宗と俺の距離が酷く遠く感じられて。
それが何だか空しくて苦しくて切なくて。
半開きの目がじわじわと熱くなっていく。
政宗と俺は決して相容れないのだと、そう突きつけられたような気がして酷く辛かった。
小さな我が侭すら向けられない自分が、酷く滑稽で情けなくて仕方なかった。

目の前の政宗の、いつになく狼狽えている姿が不意に大きくぐにゃりと歪んで。
熱い何かが頬を伝っていったのを最後に、俺の記憶はその場でプツリと途切れたのだった。


















翌日、目を覚ました俺はいつもの俺の部屋のベッドに横たわっていた。
どうやら意識を失った俺を政宗がわざわざ部屋まで運んでくれたらしい。
申し訳ない思いで重い頭を抱えながら起き上がった俺の視界に、ベッドサイドに置かれた水差しとグラスが目に映る。
そして、達筆な文字が躍る一枚のメモ。



『泣き顔と寝顔を見せるのは俺だけにしとけ。』



それが政宗が俺に向けた初めての我が侭だと気付いたのはもう少し後の事だったけれど。




しかし、暑さで肌蹴たシャツの首元に残る鬱血の跡は一体いつ出来たんだ??




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