Wandering of the dragon 5
「おい、What is this(これは何だ)?」
テーブルの上に置かれた携帯電話に、我が家の居候となった奥州筆頭伊達政宗はパチパチとその隻眼を数回瞬かせた。
政宗の視線の先には落ち着いたブルーのデザインの携帯。
ディスプレイに未だフィルムがついたままのそれは、今日会社帰りに俺が近くの携帯ショップで購入してきたものだ。
「あん?携帯だろ?」
「それ位見れば分かる。そうじゃねぇ!この携帯とやらはアンタのじゃねぇだろ?」
確かに、俺のターコイズブルーのストラップが付いたメタリックシルバーの最新モデルは今手元にある。
当然、政宗の手の中にある新品は機種変更した俺の携帯という訳ではない。
不思議そうに手の中の携帯と俺の手元の携帯を見比べている政宗の疑問の意図に気付いて、俺はパチンと一つ指を鳴らした。
「ああ!そーゆー事か。政宗も大分行動範囲も広がったからさ。何かあった時の為に政宗専用の携帯を買ってきたんだよ。」
「俺の…?」
「そ。ソレ持ってれば、もし1人で外に出て困った事があってもソレ使って俺に連絡取れるだろ?」
最近家の電話に出るようになった政宗なら、携帯の扱いもすぐに覚えるだろう。
写真やムービー、アプリやゲーム・デコメとかはともかく、簡単な用件を伝える位の簡単なメール程度ならすぐに使いこなしてしまいそうな気さえする。
俺は一度政宗から携帯を受け取ると、一緒にテーブルの上に置いてあったネックストラップを携帯に取り付けて政宗の首にぶら下げた。
政宗の陣羽織を思わせる深みのあるブルーが政宗の胸元で静かに揺れる。
こうしてみると、やはりこの色を選んで正解だったと思う。
ネイビーブルーの落ち着いた色は、政宗にはよく似合っていた。
「やっぱ似合うじゃん?その色。」
「Ha!当然だろ?」
「うわ!自分で言うか?普通?」
胸を反らした政宗に軽くツッコめば、政宗がニヤリと口の端を持ち上げる。
それに肩を竦めて俺は小さく苦笑した。
「………なぁ?」
「んー?」
暫く首からぶら下げた携帯を物珍しそうに弄り倒していた政宗が、ふと何かに気付いて手を止める。
その視線は特徴的なディスプレイ下の3つのボタンに注がれていた。
「この携帯とやら、アンタのとちょっと違わねぇか??」
あー………何というか…気付かなくてもいいのに、何でこーいった事には鋭いかなぁ?
政宗が言う通り、確かに俺の使っている最新モデルと政宗の携帯とでは確実にデザインが違っている。
メーカーが違うとか、俺のがタッチパネル式だとかそういった類の話じゃない。
明らかに俺の携帯には無い『ボタン』が政宗の携帯には存在するのだ。
それもそうだろう。
何たって政宗の携帯は、年配者をターゲットに作られた、『1』『2』『3』と3つのダイレクトボタンが付いている俗に言う『簡単携帯』なのだから。
ちなみに政宗の携帯には、某警備会社のGPSによる位置確認機能も搭載してある。
これで、万一政宗が迷子になってもGPSさえマトモに使えればすぐに探し出す事が出来るって訳だ。
やっぱり出来る限りの対策を講じておくのが、政宗を拾った人間の責任ってもんだよな。うん。
「??」
「えーと……政宗のはさ、俺の使ってるのより簡単なやつなんだよ。」
「Easy?」
「そ。EasyかつSimpleってカンジ?」
「ほう?」
「ほら、ここにある数字……『1』には俺の携帯の番号を登録してあっから。で『2』にはこの家の番号。『3』には俺の会社の番号が入ってるから、もし携帯や家に掛けても出なかったらこの『3』に掛けて『をお願いします』って言ってみてくれな。」
勿論この先、政宗が知り合いを作って新たに番号を登録する時は普通に電話帳登録しなきゃいけない訳だけど、少なくとも今現在は俺の携帯と自宅・勤務先くらいで用は済む筈だし。
俺はおおまかな取り扱い方法を説明すると、政宗の手に携帯を握らせた。
「試しに一回使ってみ?」
「OK。この『1』ってのを押せばいいんだな?」
「そうそう。したら俺のコレに繋がるから。」
『1』のボタンを指差す政宗に頷いてみせると、政宗は嬉々とした様子でダイレクトボタンに手を伸ばす。
まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだと思いながら、俺は手元の携帯に視線を落とした。
数秒の間が空いて。
ディスプレイの点灯と共に、アップテンポの着信メロディーが流れる。
あ、後で政宗からの着信は識別出来るように着信メロディー設定変えとかないとな。
「もしもし?」
「これでいいんだろ?」
「おー上等!こんなカンジで何かあったら電話してな?」
どこか得意げな顔の政宗に小さく笑って。
俺は手元の携帯の通話を切った。
こうやって嬉しそうな顔を見せられたら、俺だってまんざらじゃない。
プレゼントってのは、やっぱ喜んでもらってナンボだと思うし。
それに、これで政宗と離れている時でも携帯を通して繋がっていられる。
俺が傍に居られない間の心配や不安の解消だけでなく、他愛も無い会話やちょっとした連絡を取りあえる事は、政宗と俺を今まで以上に強く結び付けてくれるような…そんな気がした。
それがちょっと嬉しいような気がするなんて……政宗には言えねーけど。
「ま、緊急以外に使うなって事でもねーし、仕事中で手ぇ離せない時以外は俺も携帯は出るからさ。時々使ってみろよ。」
「ああ、そうする。」
「つっても、そう頻繁に使うもんでもないだろーけどさ。」
「そういうもんか?は結構使ってるような気がするぜ?」
「俺は殆ど家に居ねぇからさ。こっちばっか使用頻度が高くなるんだよ。」
家に居れば家の電話を使うけど、平日昼間は殆ど家に居ないってのが俺の現状だ。
何かにつけて携帯ばかりを使ってるのは確かに否定出来ない。
「まぁ自由に使ってくれて構わねーから。とりあえず暫くは失くさないように極力首から提げとけよ?」
「OK。」
もう弄りたくてたまらないといった様子の政宗にとりあえず紛失しないように注意だけして、俺は苦笑しながら自分専用の新しい玩具にソワソワしている政宗の髪を撫でた。
まったく、いつもなら憎たらしい位に整った顔に浮かぶのは人を喰ったようなニヒルな笑みだというのに、こんな時ばかり少年のような期待に満ち溢れた顔をするなんて反則だ。
俺よかごついヤローなのに、迂闊にも可愛いとか思っちまうじゃないか。
そんなに喜んでくれるなら今度は何をプレゼントしようか――とか考えちまってる段階で俺も大概どうかと思うけど。
俺は、触れた俺の手に一瞬驚いたように目を見開いた政宗の表情に、静かに目を伏せた。
「Ah…?」
「ん?何だよ?」
「あー…その……何だ………。」
「どした??」
「…………………………………Thank you……。」
触れていた俺の手を取って。
指先にそっと触れるような口付けを落とすと、政宗は誰もが惹かれずにはいられないであろう柔らかな笑みを俺に向けたのだった。
そしてその夜、就寝直前に送られてきたメールは俺を更に赤面させる事になったのだが。
それは俺だけの秘密だ。
『あんたとおれの きずなだ たいせつにする』
漢字変換も改行も無いたどたどしいそれに。
何事も無かったようにおやすみ――なんて返すのが赤面した俺の精一杯だった。