Wandering of the dragon 4







「政宗ー?一緒に買い物でも行ってみるかー?」


政宗が俺の元で暮らし始めてそろそろ1ヶ月にもなろうかという頃。
俺は思い切って政宗を遠出させる事にした。
環境が変わったばかりの頃は流石に外出など無理だと思っていたから、一日の殆どを家か庭で過ごさせていたが、最近は近所のスーパー位なら買い物にも行けるようになってきている。
思い切って遠出させてもいいかもしれないと思う位には政宗は現代社会に順応し始めていた。


「Where do you go to(何処へ行く)?」

「ああ。そろそろ季節も変わるから服でも買いに行こうかと思ってさ。政宗もいつまでも俺の服で代用っていう訳にもいかないだろ?」


それこそ、最初の頃はすぐに元の世界に戻る方法が見つかるかもしれないという希望的観測で場繋ぎ的に俺の服を貸してた訳だけど、流石に1ヶ月近くなると色々なものを代用で済ませておくのもどうかと思う。
それに、政宗は俺より身体つきが少し大きくて、俺の服の中でも大きめなものしか貸す事が出来ないのだ。
身長は殆ど変わらないのにサイズが違うってのはちょっと釈然としないが、こればかりは仕方が無い。
そんなこんなで貸せるものも限られている訳だし、ここは思い切って政宗専用の服を買い揃えようと思ったわけだ。
何よりこれからの時季薄着になる機会が多くなるとはいえ、その分洗濯回数は増えるのは確かなのだから着替えは多いに越した事は無い。
俺は外出の為に支度を始めた政宗に深めの帽子を被せると、手にしたアイパッチとサングラスを差し出した。


「とりあえず眼帯外してパッチつけたらサングラス着けてな?」
「…………もコレが醜いと思うのか?」

「は?!ちげーよ。あのな、自覚無ぇかもしんねぇけどお前って一部ではかなりの有名人なんだよ。そんな奴が普通に眼帯したままフラフラしてみろ。見る奴が見たら一発で奥州筆頭伊達政宗だってバレバレじゃねーか。だから騒がれないように変装すんだよ。特徴的な眼帯取ってアイパッチにすりゃ怪我かものもらいか何かだと思うし、サングラスなら普通に誰でもしてるからな。んで、帽子被れば顔も結構隠れるし。これで変装一丁上がり…っと。」


どこか苦しげに目を細めて己の眼帯に触れる政宗の額を指で一つ弾いて、俺はニッと口の端を持ち上げる。
急に表情を硬くするから何かと思えば、そんな事を考えていたのか。
俺は額を擦りながらブツブツと何やら文句を言っている政宗の顔を下から覗き込むと、そっと片目を瞑ってみせた。


「おいおいそんな顔してんじゃねーよ。色男が台無しだぜー?」


そう言えば、一瞬目を見開いてから政宗は微かに苦笑いを浮かべる。
どこか安心したようなその表情に俺もつられるようにして目を細めた。

「………は………。」
「ん?」
「初めて会った時から変わり者だと思ってたがな。」
「何だよ?失礼な奴だな。」
「褒めてんだよ。素直に聞いとけPuppy.」
「誰が仔犬だ?!」

そうやってすぐきゃんきゃん噛み付いてくる所がPuppyなんだよ――そう言って笑うと、政宗はいつもと変わらぬ自信に溢れた表情を浮かべて俺の頭に手を乗せた。

何というか………最近政宗の目が随分和らいでいるような気がするのは俺の気のせいだろうか?
初めて出会ったあの瞬間。
俺を睨み、見据えたあの瞳が――今はすぐ隣で柔らかな光を宿している。
勿論俺の全てに気を許した訳ではないだろうけれど、少しずつ向けられる政宗の筆頭としてではなく1人の青年としての姿に。
僅かにでも向けられる親愛の情の篭った眼差しに。
俺はどこかむず痒いような感覚と共に、じわじわと沸き上がる嬉しさを感じ始めていた。


















結局、あれから政宗を連れて近場のショッピングモール内を一通りまわった俺の両手には、セレクトショップをハシゴした戦果が山のようにぶら下がっていた。
勿論政宗自身の両手は完全に塞がっている。
久しぶりの買い物でもあったし、最近友人と店をまわる事も無かったから、予想以上に盛り上がって結構な出費をしてしまったが、それはまあいいとしよう。
陽の落ち始めた沿道を歩きながら俺は隣を歩く政宗の夕陽に染まった横顔をゆっくりと見上げた。


「なぁ政宗ー?夕飯は何にすっかー?」
「夕餉か……あっさりしたモンがいいんじゃねぇか?」
「そりゃそーだろーよ。昼にあれだけ肉食えば……。」
は食わなすぎだろうが。」
「お前と一緒にすんな。っつーか、あんだけ食って何で太らねぇんだよ?!」

釈然としない思いで噛み付けばカラカラと笑みが返される。
まるで、じゃれあいながら家路を急ぐ家族のような、そんな暖かな雰囲気の中で交わされる他愛のない会話。
そんな何気ないひと時は、交差点近くに差し掛かった所でふいに立ち止まった政宗によって突然終わりをむかえた。


「政宗?どした??」

「………まさか………。」
「え?」


「小十郎?!」


声をあげて駆け出す政宗。
その姿に、俺は咄嗟に手にしていた荷物を放り投げていた。




「政宗――――ッッ!!!!!」




勢い良く伸ばした手が政宗の左腕に触れた瞬間。
キキキキキーッという甲高い車の急ブレーキ音が間近で響いて。
俺は自分の何処にそんな力があったのかと思う程の力で、車道に飛び出した俺よりもガタイのいい政宗を手元へ力一杯引き込んでいた。
勢い良く倒れこんできた政宗の頭を咄嗟に胸の中に抱きこんで、俺は受身の形で背中から歩道へ転がる。
一瞬衝撃に息が詰まったが、すぐに起き上がると俺は腕の中の政宗へ意識を向けた。


「大丈夫か政宗ッ?!」
「……?」


「ばかやろう!!!!てめぇッ!死にてぇのかよっ!!!!」



何が起こったか分からないといった様子の政宗の胸倉を掴んで揺さぶると、漸くといった感じで政宗が周囲を見渡す。
そうなのだ。
赤信号の横断歩道を飛び出した政宗は、あと一歩の所で横から走ってきた車に轢かれる所だった。
紙一重で引き戻せたものの、俺の手がほんの数センチ届かなければ、政宗は今この場に倒れ伏していたかもしれない。
政宗がどこも怪我をしていない事を確認した俺は、ホッとした拍子に身体中に張り詰めていた力が抜け落ちてしまい、そのままへなへなと崩れ落ちると政宗の厚い胸元に己の額を預けてしまった。


「ホントにも……心臓が…止まるかと…………。」
………。」
「無事で……良かった…………。」

はぁ――と盛大な溜め息が漏れる。
本当にあの瞬間、身体中の血が凍りそうな、そんな感じがした。

「悪かった……。」

不意にポツリと耳元で呟くような声がして。
次の瞬間、力強い腕が崩れ落ちた俺の肩をギュッと包み込む。
暖かな感触。
抱き込まれた胸元から伝わる一定のリズムで刻まれる鼓動。
それらが政宗が無事である事を伝えてくれる。
そして変わらずここに居るのだという事も。
俺はその温もりを確かめるように、おずおずと政宗の暖かく広い背中へ己の腕をまわしたのだった。










そして後日、再びオールバックに茶色のコートを羽織った男性を追いかけて飛び出した政宗が、ショッピングモール内で迷子になったのだが。
お客様呼び出しでインフォメーションセンターへ呼びつけられた俺が、人違いに気付いて肩を落としている政宗の首に勢い良くラリアットをかましてやった事は言うまでもない。




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