Wandering of the dragon 17
その日、俺は珍しく店の前で頭を悩ませていた。
年末が近付くにつれて何かと忙しさでバタついていた俺は、今日がクリスマス・イブだという事もすっかり忘れてしまっていて。
偶然通りかかった店の『大特価!クリスマスセール!』なる横断幕と、ミニスカサンタの格好でプラカードを持つオネーちゃんの姿を見なければ、いつもと変わらずに家路についていたに違いない。
普段なら彼女の一人も居ない寂しい独り者だからまぁいいか――で済むんだが、今年はそういう訳にもいかなかった。
なんせ、一人暮らしの俺の家にはあの戦国武将にして奥州筆頭・伊達政宗が居るのだ。
せっかくのイブに男2人ってのは些か侘しいものがあるが、まぁ1人きりのクリスマス・イブを過ごすよりはナンボかマシだろう。
そういう訳で俺は政宗へのプレゼントをあれこれと物色してた訳だが、その物色中に通りかかったアンティーク風の時計店のウィンドウに飾られていたあるものに俺は激しく目を奪われていた。
飾り気も何もない、けれどどこか落ち着いた雰囲気のあるシルバーの懐中時計。
俺はその決して安いとは言えないソレに無性に惹き付けられてしまっていた。
政宗の好みか?と問われたら、正直どうだろうかと首を傾げざるを得ない。
他にも金やらスケルトンやらカラフルな装飾や絵の描かれたものやらがある訳だし、どちらかと言ったらそういった物の方が政宗の趣味だろうとは思う。
でも――これはきっと、いつか政宗の役に立つ――そんな気がして。
俺は意を決して、その店のドアを潜ったのだった。
あれから仕事に戻った俺は――懐中時計を見つけたのは偶々仕事の都合で外出していた時だった――珍しくも定時に会社を出る事に成功していた。
まぁ流石にこんな日にまで残業したい奴なんて居なかったらしい。
おかげで俺も終了時間ギリギリに仕事を振られる事も無く、帰宅途中にあの時計店でプレゼントを受け取ってそのまま家路につく事が出来た。
「ただいまー政宗ー。」
北風が吹き荒ぶ中を早足で駆け抜け、いつものように家の鍵を開けて玄関へ足を踏み入れた時だった。
「Merry Christmas(メリークリスマス)!!」
どこか楽しげな声が響いたと思った次の瞬間。
パーン!という大きな音と共に、俺の目の前でカラフルな紙吹雪が降り注いだ。
「――――――ッ?!」
「Ha!何て顔してんだ?」
びっくりしたまま固まっていると、手にクラッカーの残骸らしいものを手にした政宗が、耐えられないといったように肩を震わせている。
うっわ!何だよ?!今のってクラッカーだった訳?!
勘弁しろよ!心臓止まるかと思ったぞマジで!
「な、何だよ政宗!驚かせんなよ!!」
「Ah…ここまでイイ顔が見れるとはな。」
「趣味わりーぞ政宗!!」
「Sorry。そう怒るな。」
あのな………ニヤニヤと笑いながら言っても何の説得力も無いんですが政宗様?!
俺、今ので確実に3年は寿命が縮んだ気がするんですけど?!
とはいえ、何だか政宗がいつも以上に楽しそうで、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。
政宗にとっては初めてのクリスマスなんだから、そりゃあ興奮もすれば浮かれもするだろう。
「……ったく!仕方ねーな。コレ、きちんと後で片付けとけよ?」
「All right(分かった)。」
玄関に散乱したクラッカーの残骸を指差して言えば、楽しそうな表情の政宗がポンと俺の肩を叩く。
おいおい、本当にやるんだろうな?
さりげなく流されてる気がするぞ??
いや、それにしてもまさかこの歳でクラッカーに驚く事になるとは思いもしなかった。
つーか、誰だ?!政宗にこんな危険な物教えたのは?!
いやいやクラッカーそのものが危険なんじゃない。
政宗とクラッカーっていう組み合わせが危険なだけだ。
それこそ色んな意味で!!
まぁ、おそらくは政宗にクラッカーの存在を教えたのは、自治会長夫人をはじめとするご近所の奥様方あたりだろうとは思うが。
何せ家庭持ちの子持ちだ。
パーティー系のアレコレは多少誇張されつつ政宗に伝わってると思った方がいいかもしれない。
「どうした???」
「あ、いや何でもねぇ。」
とりあえずクラッカーで驚く位で済んだのがマシだったと思った方がいいのだろうか――そんな風に頭を悩ませつつリビングのドアを潜り抜ける。
「んな――ッ?!」
その普段と違う、目前に広がる光景に。
俺は息を呑んだまま目を見開いた。
何なんだよこれは――?!
灯りの落とされたリビングダイニングの中央。
ダイニングテーブルの上で暖かな色合いのキャンドルが静かに揺らめいていて。
まるでホテルのレストランかと目を疑うようなセッティングのなされた食卓が俺を迎えてくれた。
「今日はChristmas Eve(クリスマスイブ)ってーやつなんだろ?」
「あ、ああ…そうだけど。」
「はす向かいの奥方達がな、教えてくれた。Christmasってのは大切な人と共にJesus Christ(イエス・キリスト)って奴の生誕を祝う日なんだってな。」
「……………。」
「で、その前日のChristmas Eveにも飾り付けをして、ご馳走を食って、酒を飲んで……まぁ要は宴をするってー事らしいからな。」
だから奥方達に教えてもらって作ってみた――そう言って政宗はニヤリと口の端を持ち上げてみせた。
作ってみたって………おいおい!これ、どう見たってホテルのディナー並みの状況だぞ?
一体何を手本にさせたんだ自治会長夫人ご一行?!
だってテーブルの中央には一匹丸ごとのローストチキンが鎮座してるわ、滅多に使われることも無いシャンパングラスの隣には冷やされたシャンパンが置かれてるわ、ディップやマリネ・ムースなどの前菜からスープ、果てはブッシュ・ド・ノエルまでが用意されているのだ。
まさかコレ全部政宗が作ったとか言わないよな?!
「政宗、お前……どんだけ普通じゃなけりゃ気が済む訳??」
「おいおい、そりゃ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ?」
「どちら…というより、もういっそ呆れてる。」
何というか、政宗の凄さは身に染みて分かってた筈だったが、もうここまでとは!
だって和風の料理ならともかく、これは明らかに初めて作ってみました系だろう?
何でそれがこうも凄いハイレベルで展開されるわけ?!
第一お前、ケーキなんて作った事ねーだろ?!?!
「とりあえず褒め言葉として受け取っておく。」
「褒めてねーし!!」
とりあえず俺と日本語で会話してくれ政宗!!
とはいえ、目の前の状況に感動してるのも又事実で。
だってここ数年、誰かとこうしてクリスマスを祝うなんて事自体が無かったのに。
それがどうだ?
こうして暖かい部屋で、旨そうな料理が並んで、美味い酒と甘いケーキ、そして大切な存在が傍に居て。
普段なら何気なく見過ごしてしまいそうな、そのとても幸せな空間がこうして目の前に広がっている。
俺は軽口を叩きながらも、相変わらず楽しそうに笑う政宗につられるようにして小さく笑みを浮かべた。
「そういや、Christmasにゃもう一つする事があるんだって聞いたぜ?」
「する事??」
「大切な人間にPresent(贈り物)をするってのが習わしなんだろ?」
「習わしって……まぁ間違っちゃいないけど……。」
ああ!成る程そういう事か。
確かにクリスマスにプレゼントってのは欠かせない物の一つだよな。
だからこそ俺も政宗へのプレゼントに頭を悩ませてた訳だから。
「本当はこういうのは宴の後がいいんだろうけどな。アンタは下手すると酒で潰れちまい兼ねねぇし……。」
「政宗??」
「だから先に渡しとくぜ。」
そう言って差し出されたのは包装紙に包まれた細長い箱。
ひょい――と何気なく差し出されたそれに、俺は驚きの混じった視線を向ける。
え?!政宗が俺に?
俺の為にわざわざプレゼントを用意してくれた??
信じられないその状況に、俺は呆然とその場に立ち尽くしてしまう。
だってあの伊達政宗がだぞ?
奥州筆頭で、お殿様で、戦国大名で……そんで独眼竜と恐れられた筈の男が、俺の為だけにプレゼントを用意してくれたって……普通ありえないだろう?
「………あ、ありがと…………。」
何だか半分動揺しながら、口から出たのはそんな言葉で。
うわ…何だよ俺!凄ぇ情けない反応じゃないかコレ?!
内心オロオロしながら差し出されたそれを受け取る。
「あー……開けて……いいか?」
「Of course(勿論だ)。」
僅かに震えている己の指を叱咤しながら、俺は渡されたそれの包装紙を剥いでいく。
「ネクタイ……。」
「アンタにとっちゃ戦装束の内の一つみたいなもんだろ?」
「そりゃ仕事着には欠かせないものな訳だし…。」
「俺達の籠手や臑当・手甲と同じ、無けりゃならねぇものの一つって訳だ。」
これなら多少なりと役に立つだろ?――そう言って政宗は小さく笑った。
役に立つも何も!
コレ、俺の愛用ブランドのネクタイの新作だぞ?!
嬉しくない訳ないじゃないか!
「ありがと政宗……すげー………嬉しい………。」
まさか政宗からプレゼントを貰えるなんて思ってもみなかったし。
その上、俺の事をしっかり考えた上で選んでくれたであろう事まで分かって。
俺は本当に情けないとは思いながらも、気の利いた言葉一つ返す事が出来なかった。
人間、本当に感動したり嬉しかったりすると、マジでロクな言葉も浮かばないのな。
でもそんな俺に政宗は、ただただ満足そうに柔らかな眼差しを向けるだけだった。
ちょっと!こーゆー時にそんな顔するのって反則じゃねぇか?!
いっそ反応をからかわれた方がナンボかマシな気がする。
「そうだ!俺も!!」
「An?どうした?」
「俺も政宗に渡すのあんだよ。」
料理やらプレゼントやらに驚いていてすっかり忘れかけてたけど、俺も政宗へのプレゼントを用意したじゃないか。
せっかくこうして政宗がクリスマスの雰囲気を演出してくれたんだから、俺もこの機会にプレゼントを渡してしまおう。
それこそ、これで渡し損ねたら店の前で長い事唸ってた時間が無駄になっちまうし。
俺は慌てて鞄の中を探ると、綺麗にラッピングされた小箱を政宗へと差し出した。
「こりゃあ――。」
「俺からのクリスマスプレゼント。」
「俺に――か?」
「決まってんだろ?他に誰に渡すっていうんだよ?」
政宗自身もこれには驚いたらしく、その隻眼が零れ落ちるんじゃないかと思う程に、力強い光の宿った瞳が大きく見開かれる。
「Ah…その……Thank you……。」
先刻の俺と同じような政宗の反応に、俺は思わず吹き出してしまう。
何だ…俺だけじゃなかったのな。
驚きと、喜びと、感動と――様々な感情が政宗の中でも渦巻いている事だろう。
「気に入るかどうかは分かんないけどさ。とりあえず開けてみろよ。」
「あ、ああ………。」
どこか呆然としたままの政宗が、静かにラッピングを剥がしていく。
ジャラ――という音と共に政宗の手元の箱からチェーンのついた懐中時計が取り出されると、政宗の目が更に大きく驚きに見開かれた。
おいおい、本当に目ぇ落ちるんじゃないか?
っていうか、こんな子供みたいな顔、久しぶりに見た気ィする。
気の抜けた素の政宗の顔なんて、一緒に住んでてもそうお目に掛かれるもんでもないしな。
「こいつは……。」
「ああ、懐中時計だよ。腕時計にしても良かったんだけどさ、こいつの方が後々政宗の役に立つかなー?と思って。」
政宗の手の中にある懐中時計。
至ってシンプルなものだったが、一つだけ普通とは違った所があった。
それは、文字盤が『刻』で表示されているものであるという事。
俺達現代人が使う数字が書かれた12進法を使った時計ではなく、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥を文字盤に表記した24進法の時計。
子の刻・卯の刻といった政宗には馴染み深い表し方で、半日ではなく1日で時計の針が一周するという懐中時計を、俺は政宗へのクリスマスプレゼントに選んでいた。
一応、手巻きだから電池が切れて使えなくなる心配も無い。
これなら政宗がいつか元の世界に帰る時が来ても、向こうでこれを使う事が出来る筈だ。
そして、これを見たら少しは遠い世界に居た俺の事を思い出してくれるかもしれない――そういった僅かばかりの願望もあった。
「、こいつに彫られてるのは……。」
「ああ、気付いたか?本当はさ、これに伊達家の家紋か何か入れてやれれば良かったんだけどさ。伊達家の家紋の『竹に雀』は商標登録されてて勝手に使う事が出来なくて。………だから、裏に政宗の名前を彫ってもらったんだよ。」
当初は市販されてる竹に雀のシールか何かを貼ろうかとも思ったけど、いずれは剥がれてしまう可能性が極めて高い事に気付いて。
俺は結局、懐中時計の裏蓋部分に筆記体で『Masamune Date』の文字を彫ってもらったのだった。
本当は普通に漢字で入れたかったんだが、家紋と同じで伊達政宗って名前も商標登録されてるらしかったから、苦肉の策としてローマ字での刻印となった訳だ。
政宗は英語――政宗風に言うなら南蛮語だが――に精通してるから、コレはコレでありじゃないだろうか。
とはいえ、これもどこかで商標登録されてたらマジでシャレにならんが。
まぁ商売する訳じゃなし、何とかなるだろうと思いたい。
「いつかコレが政宗の役に立てばいいんだけどな。」
「…………立つに決まってんだろーが。」
「そっか……そうだと俺も嬉しいけどな。」
政宗が俺の役に立つようにとネクタイを選んでくれたように、俺も本当に政宗の為になるものを選べたのだとしたら。
俺が傍で助けられないその時に、俺の代わりにこいつが政宗を少しでも助けてくれれば――。
やっぱりそれは俺にとっても嬉しい事だから。
だってそうだろう?
間接的にでも大切な人を助けられるなら、守れるのならこんなに嬉しい事はない。
この手が届かなくても、俺の想いはいつもそこに、政宗の傍にずっとあるんだから。
「なぁ?」
「ん?」
不意に目の前の政宗が俺の肩の上にコツン――と額を擦りつける。
まるで甘えるかのようなその素振りに小さく笑うと、力強い腕が縋り付くようにギュッと俺の肩を抱きしめる。
「Christmasってのは――。」
「うん……。」
「イイもんだな………。」
いつか奥州に戻れたら、こんな祭りを国中に広めてぇ――そう言って微笑む政宗の表情は。
穏やかで柔らかで、そして――
何より幸せそうに綻んでいた。
だから反則だろ?!その顔は!!