Wandering of the dragon 14
ネットサーフィンしていた先で興味深い記事を見つけるというのは良くある話だ。
欲しかった商品の記事だったり、知らなかったネタ話だったりと、色んな情報に行き当たるのがネットサーフィンの醍醐味でもあるし、良い所だろう。
俺自身、何をするでもなくリンクを辿っていて思わぬ情報に出くわしたという事は少なくない。
そんな何気ないネットサーフィンで珍しくも惹きつけられる記事を見つけて、俺はその日久しぶりにパソコンのモニターの前に釘付けにされていた。
「出たぜ。アンタも入ったらどうだ?」
パタンという音と共に、俺が夕飯の片付けをしていた間にシャワーを浴びていた政宗が、ホコホコの湯上り状態で半乾きの髪を乾かしながら僅かに頬を上気させてリビングへ戻ってくる。
そんな政宗の為に冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、俺はひょい――と政宗の方へペットボトルを放った。
「Thank you。」
片手でそれをキャッチして答える政宗に、いつもながら流暢な発音だよなぁなんて思いながら、俺は再びパソコンのモニターに向き直る。
そんな俺の様子に、不思議そうにその隻眼を数回目を瞬かせると、政宗は冷えたペットボトル片手に興味深そうに俺の背後からパソコンのモニターを覗き込んだ。
「何見てんだ??」
「ああ、ちょっとな。この近くに乗馬クラブがあるらしくてさ。珍しくてちょっと見てた。」
「馬なんかが珍しいってのか?」
「そりゃそうだろ。滅多やたらに馬なんか見れねぇよ。」
馬なんてマトモに見たのは小学校の時の遠足で行った牧場系テーマパーク以来だと思う。
競馬なんかが好きな奴だったら競馬場のパドックあたりで見る機会もあるんだろうけど、生憎と俺は競馬には全く興味が無いのでそんな機会も無い。
それに、たとえ競馬場で目に出来たとしても、近くで直接馬に触れられるというわけでもないし。
現代社会では馬に触れる機会なんて、殆ど無いに等しいと言っても過言ではないだろう。
「…………なぁ政宗、馬に乗りたいか??」
俺の後ろからモニターに映し出された馬の写真を食い入る様に見詰めている政宗に、俺は未だ上気したままの政宗の横顔をじっと見上げる。
元の世界では当たり前のように自分の馬を持ち、戦場を駆けていた筈の政宗。
何の因果か、こちらの世界に放り出されてからはそれも叶わないのだ。
馬を駆り颯爽と戦場を走り回る政宗にとって、馬に乗れないという事は翼をもがれる事と同じではないだろうか。
俺には何故かそう思えてならなかった。
「あん?何だ急に?」
「何つーか、政宗と馬って切っても切り離せないカンジっていうか……。」
「何だそりゃ?」
「だってさ、今までは当たり前のように馬に接して、当たり前のように馬に乗ってたわけだろ?それが今じゃ全然だしさ……。」
「まぁ、こればっかりは仕方ねぇからな。」
「名馬ってわけにはいかねぇけどさ、政宗さえ良かったら今度の休みにでもココ……行ってみねぇ?」
政宗が持っているであろう名馬に比べたら、天地ほどの差があるかもしれないけれど。
それでも馬に触れて、馬と共に走る感覚を少しでも政宗に取り戻させてやりたかった。
自分の本来あるべき世界から遠く離れたこの場所で、文句の一つも言わずに日々を送っている政宗に、ほんの少しでもいいから故郷の空気を感じさせてやりたかった。
「……アンタ……。」
「本当なら名馬で思いっきり走らせてやりたいんだけどさ。そんな馬にはジョッキーでもなけりゃ乗れねぇし。それにこの世界では馬で走れる所なんか…そうは無いし。俺なんかじゃこれ位の所にしか連れてってやれねぇけど……。」
俺が金持ちで、高級乗馬クラブみたいな所に普通に通えるような人間だったら、政宗にももう少しそれらしい思いをさせてやれるんだろうけど。
現実問題、俺はしがないサラリーマンでしかなくて。
今の俺が政宗の為にしてやれるのはこんなレベルが精一杯だ。
俺は少しばかり情け無い気持ちで眉尻を下げると、驚いたように目を見開いている政宗の深い褐色の瞳を上目遣いに見詰めた。
「…………………。」
「ん?」
呆然と俺を見下ろしていた政宗の瞳が不意に和らいで。
強い印象を与える政宗の隻眼がそっと細められる。
あの誰もが惹き付けられずにはいられないであろう柔らかな笑みを浮かべて、政宗は俺の肩を後ろからふわりと抱き込んだ。
僅かに濡れた髪から仄かに感じるシャンプーの香り。
湯上りの熱を持ったままの逞しい腕が回されて、俺の心臓はドクリ――と大きく跳ね上がった。
「頼むからあんまり可愛い事言うなよ。」
「え?」
「抑えがきかなくなりそうだ。」
何が――という言葉が喉を通る前に、俺の耳元で小さなリップ音がして、俺はその場でピシリと固まってしまう。
掠めるように頬に触れた暖かさ。
政宗に口付けられたのだと気付くのに、暫く時間が必要だった。
「アンタはどれだけ俺をその気にさせりゃ気が済むんだ?」
くつくつと喉を鳴らして笑う声が、触れた身体を通して伝わってくる。
その低く囁く甘い声に。
俺は情け無い事にクラクラさせられてしまっていた。
年下のヤローにじゃれ付かれて動揺してしまうなんて確かに情け無い事この上ないとは思うのだが、ただでさえイイ声をしている政宗がこんな間近で、まるで俺を口説き落とそうとするかのように囁いてくるのだから堪ったものではない。
俺はあまりの事に、後ろから抱き込んでくる政宗の熱を帯びたままの腕の中に身体を預けたまま、まるで金魚のようにパクパクと口を動かす事しか出来なかった。
次の土曜日。
俺は約束通り政宗と共に近場の乗馬クラブに来ていた。
初心者の俺は当然インストラクター付きの初心者体験コースで初歩の初歩から指導されたわけだけど、肝心の政宗はといえばアッサリと上級者扱いで、俺がやっとの事で騎乗させてもらった頃には、既に1人で悠々と馬場を走り回っていた。
確かに最初は鞍や鐙の違いに僅かながら戸惑っていたようだったけれど、そこは流石に実戦慣れした戦国武将だ。
あっという間にコツをつかむと、インストラクターも顔負けの手綱捌きで、その場の誰よりも悠然と馬を従えていた。
「やっぱすげーな政宗。」
インストラクターが馬の扱いについては熟練者レベルだと褒めちぎっただけあって、まるで自分の手足のように馬を駆っている政宗に、俺は感嘆の溜め息を漏らす。
それにニヤリと口の端を持ち上げると、政宗はすっかり政宗に懐いた様子の馬の首をゆっくりと撫でた。
「まぁな。こいつは気性も荒くはねぇし、乗りやすい馬だからな。」
「へぇ?やっぱそーゆーの、あるんだ?」
「当然だろうが。人間にだって色んな奴が居る。それと同じだな。」
「ああ、政宗みたいなタイプは明らかに暴れ馬だよな。」
「言ってくれるじゃねぇか。」
「否定しねーのな………。」
そういう所が政宗らしいんだろうけど。
俺は改めて、黒鹿毛の馬の鬣を撫でている政宗のどこか嬉しそうに緩んだ顔を見上げて目を細めた。
やっぱり政宗をここに連れてきて良かったと思う。
元の世界に帰してやる事が出来たらそれが政宗にとっては一番なんだろうけど、生憎とその方法は未だ掴めてはいない。
ホームシックになるようなタマじゃないとは思うけど、それでも残してきた家族や部下や領民の事を考えない日は無いだろう。
だからほんの少しかもしれないけど、政宗が故郷の空気を思い出す機会を作ってやりたかった。
馬と触れ合う事で政宗が少しでも笑ってくれるなら、時に諦めに沈みそうになる心を奮い立たせる事が出来るなら、俺はいくらでも俺に出来る事をしよう。
政宗がこの短い間に俺に与えてくれた様々な想いや暖かさに対して、俺が出来る事なんか本当に限られてはいるけれど。
「Ah……?」
「んあ?何だよ?」
「少しばかりこいつに乗ってみねぇか?」
不意に差し出された政宗の手に。
俺は思わずきょとりと目を丸くする。
とりあえず初心者の俺にはインストラクターと共に栗毛の馬が与えられてるわけで。
政宗の黒鹿毛の馬には基本的に乗れない筈なのだが。
「ああ、Instructorには話を通してある。」
「つっても俺、やっと騎乗させてもらった位だから、普通になんて乗れねぇよ?」
「No problem(大丈夫だ)!俺が一緒に乗るからな。」
そう言うと政宗は俺の手を掴むとひょい――と俺を馬上に引き上げた。
「うっわ!」
「ほら、俺に寄り掛かんな。」
「そう簡単に言われても…ッ!」
なんつーか、いくらヤロー同士とはいえ、こう密着させられるってのは慣れないもんだし。
あたふたしながら、俺は後ろで手綱を握る政宗の顔を振り返る。
それに小さく笑うと政宗は一度俺の腰を抱き寄せて体勢を整えると、ゆっくりと馬を走らせ始めた。
緩やかに流れる風が頬を撫でていくのを感じながら、俺は背後の政宗の整った顔を見上げる。
その俺の視線に気付いたのか、政宗は口元を緩めると俺の耳元に顔を寄せた。
「感じるか?この風を?」
政宗の言葉に無言のままコクリと頷けば。
嬉しそうに笑う政宗の声。
そして伝わる振動と熱。
「アンタにもこの風を感じさせてやりたくてな。」
「え?」
「いつか俺が戻る事が出来たら……。」
「政宗??」
「そん時にゃ本当の風をにも感じさせてやるよ。」
そう言って政宗は俺の肩に顎を乗せると、政宗らしい覇気に溢れた強気な笑みを向けてきたのだった。
ああもう!なんつーイイ顔すんだよ…全く!
ちなみに翌日の俺は筋肉痛の嵐で、一日中ベッドとお友達になっていたのだった。
乗馬って普段使わねぇ筋肉、メチャメチャ使うのな!
そして、ろくすっぽ動けない間、政宗によって姫抱っこで移動させられていた事は………………ぜってー誰にも言えねぇ!