「政宗!付き合え!!!」



玄関に飛び込むなりそう叫んだ俺に、出迎えた政宗の瞳が驚きに見開かれた。






Wandering of the dragon 13







「Ah…付き合えってこういう事かよ……。」


何やら残念そうに呟きながらお猪口を呷るのは、奥州筆頭にして現在は我が家の居候兼ハウスキーパーとなりつつある伊達政宗。
その手元には日本酒やら焼酎やらの酒瓶や空になった徳利がゴロゴロしている。
そして俺の手元はというと同じように転がるビールやサワーの空き缶が。
そう。ただいま俺達はリビングで酒盛りの真っ最中だった。
といっても、今回は楽しい宴会って訳じゃない。


「あんのクソジジイ…ッ!!!」


手にしたビールを一気に喉に流し込み、俺は憎々しげにローテーブルに手にした缶を叩きつける。
その衝撃で、缶の淵から僅かに残っていたビールの黄金色が飛び散る。
それをやれやれといったように台布巾で拭き取ると、政宗は向かいに座って新しく開けたビールを呷っている俺の手からビールの缶を取り上げた。

「何すんだよ政宗っ?!」
「それ位にしとけ。アンタには過ぎた酒量だ。」
「そんな事ねぇッ!いいからソレ返せよ!」
「駄目だ。何かあったんだろうが、これ以上飲んだらアンタ明日使い物にならなくなるぜ?」

取り上げられたビールを取り返そうと身を乗り出す俺の髪を撫でながら、政宗が窘めるように首を振る。
その心配そうに細められた隻眼に見詰められて、俺はグッと言葉を呑み込んだ。

「何があった?」
「う~~~……。」
「聞いてやるから話してみな?」

困ったように目の前の政宗の顔を見上げれば、政宗はふわ――と僅かに口の端を持ち上げる。
静かに俺の髪を撫でていくその優しげな手の感触に、俺は大きく一つ息を吐いた。
何というか、酷く情けない所を晒してしまったもんだと思う。
今更と言えば今更なんだが、今日のように自棄酒に――それも年下の政宗を付き合わせて、挙げ句ここまで心配させて面倒掛けるなんて、同じ男として年長の人間として些か情けなさすぎやしないだろうか。


「………悪ィ。」
「謝る必要はねぇよ。何かあったからこんなに乱れてんだろ?」
「うぅ…政宗ぇ……。」
「ほれ、話してみな。」


あー……何でこんなに太っ腹なんだ政宗?!
俺だったらこんな酔っ払い――それもこんな自棄酒になんて付き合ってられねぇって匙投げてるだろうに。
それを自分から愚痴に付き合おうなんてホント凄ぇわ。
こういう懐の広さってのはやっぱり国主なればこそなのか?

「……………政宗が俺の上司だったらなぁ………。」
「あん?」
「奥州の人達は幸せだよなー……。」

ぼんやりとした俺の呟きに、政宗が訝しげに首を傾げる。
それに小さく笑って、俺は空き缶の散乱しているローテーブルにパタリ――と身を伏せた。

俺の自棄酒の理由。
それは俺の会社の上司だった。
まぁ大なり小なりどこの会社でもある事だろうけど、ロクに仕事もしないくせに偉そうに上司ヅラして無理難題を押し付け、挙げ句の果てにはミスを人のせいにして逆ギレるという、本当に勘弁してほしいような上司が俺の上にはいるのだ。
なまじ年配者な上、部長クラスだってのがタチが悪い。
その上司の日頃からの横暴に耐えかねていた俺は、今日も今日とて好き勝手し放題の上司のありえないような命令に、とうとうブチ切れて、政宗を巻き込んだ自棄酒へと走ってしまったという訳だ。
いや本当に――政宗みたいな人間が俺の上司だったら良かった。
確かに多少はワンマンな所はあるかもしれないが、政宗は決して下の者達をないがしろにしたりはしない。
それは短い間だが一緒に暮らしてみて確信出来た事実だ。
だからこそ何もせずとも周囲の部下達から自然に慕われる。
それは至って当然の事だろう。
そして何より政宗は本当に優しい男だった。
ただ何でもかんでも甘やかすような優しさじゃない。
本当に相手の事を思うが故に時には厳しい言葉もキツイ表情も向けるけれど、それは全て相手の事を考えてのものだ。
あの外見と雰囲気、それにあの気性で我が儘放題のお殿様のイメージが強かったが、政宗の本質は常に周囲の事を思いやる事の出来る本当の意味での優しさと強さを持った男だ。
これだけの器と資質があれば、そりゃあ末端の部下達にさえ筆頭!筆頭!と慕われるのも当然だろう。


「上司に恵まれないってのは不幸だよなー……。」


ポツリポツリと政宗に事の詳細を話しながら、俺は盛大な溜息を漏らす。
溜息をつくと幸せが逃げるって話を聞いた事があるが、だからといって無意識に漏れてしまうものは止めようもない。
だって仕方ないだろう?
下手に目の前に理想的な上司像の人間が居るだけに、俺の溜息も自然と大きくなってしまうというもので。

「確かにロクでもない奴がTopになるってのはいただけねぇがな。」
「だろー?だからさ…ちょっと奥州の人達が羨ましくなった……。」
「おいおい気味悪ィな。には珍しくFlattery(お世辞)か?」
「お世辞じゃねぇよ。ホントに…………。」
「Hum…だが、俺の世話は手間らしいぜ?」
「否定はしねぇけど。でも政宗は部下や領民を大切にしてるだろ?」
「否定しねぇのかよ……。まぁいいがな。」

やれやれといった様子の政宗が、ひょい――と肩を竦める。
それをローテーブルの上から見上げて、俺は静かに政宗のこしのある褐色の髪に手を伸ばした。


「なぁ政宗ー?」
「ん?」
「政宗なら大丈夫だと思うけどさー?」
「何がだ?」

「年とっても、俺んトコのクソジジイみたいな奴にだけはなるなよ?そんな政宗、俺見たくねーからな。」


いや別に政宗がそうなる危険性があるって訳じゃないけど。
ただ、人の上に立つ者としてあんなクソジジイみたいな奴にはなってほしくないと思う。
やっぱり政宗には今のまま、部下や領民に慕われる政宗のままで居て欲しい。
だって仕方ないじゃないか。
俺は今の政宗の事を――気に入ってしまっているんだから。

………アンタ……。」

「え?!な、何だよ?何で笑ってんだよ?」

一瞬驚いたように目を見開いてから、耐えられないといったように笑い始める政宗に、俺はオロオロとしながら視線を彷徨わせる。
え?俺何か爆笑させるような事したっけか?!
何がツボだったのか腹を抱えて声にならない笑いを続けている政宗。
その常にない様子に俺は呆然と政宗の涙混じりの顔を見詰めるしかなかった。


「―――Ha!まさかそうくるとは思わなかったぜ。」


参った――そう言いながら片手で目元を覆って、口角を上げる政宗に俺は数回目を瞬かせる。
え?何その反応??
何というか……楽しそうというより寧ろ嬉しそう?
暫くの大爆笑の後、ようやっと発作のような笑みが治まると、政宗は大きく息をつく。


「Ah…全く……アンタには参ったぜ。本当にな。」
「だから何だよ?!意味分かんねぇよ!」
「あのな……年取ってロクでもねぇ奴になった俺は見たくねぇってんだろ?」
「だからそう言ってんじゃねーか。」

「つまりだ…俺がクソジジイになるまでは俺の傍に居るってぇ事だろ?」


そうでもなけりゃ俺のクソジジイ姿なんて見れねぇだろ――?そう言って政宗はくつくつと喉を鳴らして笑う。
その妙に楽しげな表情を見上げて、俺はハタ――と我に返った。
そうだ!そんな事ありえないじゃないか!
いつかは元のあるべき世界に戻ってしまう政宗。
そんな政宗の変わりゆく姿なんて、俺が見れる訳がない。
政宗が傍に居るのが当たり前になってしまっていて、そんな基本的な事すら俺の頭の中には思い浮かばなかった。



「あー………その……悪ィ。そうだよな、政宗は帰らなきゃいけねぇんだよな………何か政宗が居るのが当たり前になりすぎてて忘れてた………。」



気まずくなって俺はフイ――と視線を逸らす。
必死になって元の世界に戻る方法を探っているであろう政宗に、こんな事言うべきじゃなかったかもしれない。
でも、本当に俺の世界には伊達政宗という存在は無くてはならないものになっていて。
そこに居るのが当然な、以前から在った当然のものとして俺の世界では認識されつつあった。


……アンタ……?」
「わ、悪かったな!だってもう政宗の居ない生活なんて考えられないくらい、生活の一部になっちまってるんだから………仕方ないだろ……。」


ローテーブルに突っ伏した状態で、抱えた腕の中から向かいに座る政宗を見上げながら半ば自棄になりつつそう呟くと、驚いたように俺を見ていた政宗がフッと目元を緩め俺の少し乱れた前髪を掻き揚げる。
目の前で晒される政宗の大きく暖かな手。
何度も何度も俺の心に触れていったまるで魔法のような優しさに溢れた大きな手。
あーもーホント、マジに気持ちイイんだよなー政宗の手って。
何度も何度も優しく滑っていくその大きな手の感触を感じながら、俺はゆっくりと口を開いた。


「……………政宗ぇ?」

「あん?どうした?」
「前から思ってたけど、政宗の手って凄ぇ気持ちイイよなー…。」


酒の入ったフワフワした頭で呟けば、驚いたように政宗の隻眼が大きく見開かれる。
何でそんなに驚いた顔なんかすんだよ――そう思いながら微かに眉を寄せると、どこか戸惑いがちに政宗の視線がそらされた。


「アンタ……自分が何言ってるか分かってるか?」


どこか赤みを帯びた政宗の目元に、俺は数回目を瞬かせる。
何を言ってるかって――政宗の手の感触が酷く心地いいって話だろう?
それが一体どうしたっていうんだ?
俺としては政宗が顔を赤くしてるって事の方が分かんねーぞ?
酒のせいではないだろう政宗の頬にさした赤みに俺はコトリと首を傾げる。

「無自覚か……まぁいい。」
「何だよ政宗?俺、何か変な事言ったかー?」
「Never mind(気にするな)。」
「?????」

何だかよく分からないままに無理やり納得させられた俺は、ひたすら首を傾げるしかなかった。

「ま、ともかくアンタの中に俺って存在を擦りこめたってんなら上等だ。」
「さっきから意味分かんねぇよ政宗ー?」
「いいんだよアンタはそれで。」
「さっぱり分かんねぇ………。」

いやホント1人で自己完結されても困るんだが、それ以上政宗は説明する気など更々無いようで。
どこか満足げな様子の政宗に俺はそれ以上の追及を断念するしかなかった。
気にならないと言ったら嘘になるが、政宗が何やら嬉しそうだし、まぁ良しとするしかない。
しかし、何つー表情浮かべてんだかコイツは。
完っ全に緩みまくってるぞ?せっかくの男前が微妙な位には。
まぁ嬉しそうな顔見て悪い気はしないのは確かだけど。


「―――なぁ?」
「んぁ?何だよ?」


掛けられた声と共にひょい――と身を乗り出してきた政宗に合わせるように上半身を起こすと、スッと耳元に政宗の顔が寄せられる。




「俺をここまでその気にさせたんだ。覚悟しときな?」




微かな吐息と共に耳に飛び込んできた低く小さな囁きに。
俺は情けなくも腰が砕けそうになっていた……。




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