Wandering of the dragon 12
俺の務めている会社は、夏になると休日の一日を利用して納涼会という名のドンチャン騒ぎをするのが毎年の恒例だ。
日頃の鬱憤を晴らせとばかりに、この日ばかりは飲めや食えや歌えやと一日中盛り上がる。
その中のイベントとして、宴会グッズを使用したゲーム大会がある。
ダーツ勝負だったりビンゴゲームだったりグループ対抗クイズ大会だったりと、よくもまぁアレコレとやるものだと思うが、その中の一つに俗に言う『叩いて被ってじゃんけんポン!』での勝ち抜き戦があった。
テレビのバラエティーなんかで見るピコピコハンマーとヘルメットを使用したじゃんけん勝負。
一対一でじゃんけんをして、買った方はピコピコハンマーで相手の頭を叩き、負けた方は買った方に頭を叩かれないように咄嗟にヘルメットを被って防ぐというアレだ。
現代日本人なら一度位はやった事があるであろうシンプルだが意外と盛り上がるゲーム。
うちの会社ではそれも宴会系ゲームの一部になっているのだ。
勝者には毎年豪華賞品が進呈される為、他と比べてもなかなかに盛り上がるゲームでもある。
因みに今年の商品は32インチ液晶テレビだった。
俺は3回戦敗退だったけど。
まぁそんなこんなで今年も盛り上がった納涼会だった訳だが、その幹事の一人だった俺は、当日使用した宴会グッズ等一式を休み明けに会社に持って行くまで自宅で保管する事になり、休日の自宅に持ち帰って来たのだった。
「あん?何だこいつは?」
ほろ酔い加減でリビングのローテーブルに突っ伏していた俺に、政宗の訝しげな声が掛かる。
俺の帰りを待ってくれていたらしい政宗が差し出してくれたよく冷えたスポーツドリンクのペットボトルを受け取って、俺は政宗の視線の先へ目を向けた。
「んぁ?………コイツ?」
「Yes. That's right(ああ、そうだ)。」
「これかぁ~…今日の納涼会で使った宴会グッズが入ってんだー。」
「何だこりゃ?いつきのHammerってのに似てる気がするが……。」
「ああソレ?ピコピコハンマーって言うんだけどさ。ほら、叩くとピコッって音がすんだろ?」
そう言って政宗が手にしたピコピコハンマーを受け取ると、俺は不思議そうに見詰める政宗の頭をピコッと叩いてみせた。
「Ouch(痛ッ)?!」
「あはは!んな痛くねぇだろ?」
「Ah……驚いたのは確かだがな。」
「このヌケた音がするのがポイントなんだなー。」
「で?こんなモン使って何すんだ?」
叩かれた頭を擦って、政宗が俺の持つピコピコハンマーと手元のヘルメットに視線を向ける。
確かにコレだけ見ても、現代日本人じゃない政宗には何をする為のものなのかサッパリ分からないだろう。
俺はチョイチョイ――と政宗を手招くとテーブルの向こうに座らせて、ヘルメットとピコピコハンマーをテーブルの上に置くと、政宗に分かるようにこのゲームの内容を説明した。
「前に『じゃんけん』っての教えたの覚えてるか?」
「ああ、三竦みを利用した勝負だろ?」
「そうそう!アレの進化版ってカンジなんだけどな。まずは普通にじゃんけんするだろ?で、買った奴はこれで相手の頭を叩く訳。負けた奴は叩かれる前にこのヘルメットを被って防御。で、どちらかが頭を叩かれて負けるまで延々同じ勝負を続けるって寸法。」
「I see(成る程な)!じゃんけんと反応速度の2段構えの勝負って訳か。」
「そーゆー事。これなら反射神経の良し悪しはともかく、子供でも大人でも力に左右されずに勝負出来るだろ?」
流石に反射神経は個人差があるが、じゃんけんなら老若男女どんなに能力に差があっても対等に勝負出来る。
俺は納得したようにしみじみとテーブルの上に載ったピコピコハンマーとヘルメットに視線を落としている政宗の姿に小さく苦笑してみせた。
「政宗、いっちょやってみっかー?」
「その勝負を…か?」
「そ。せっかくだから何か賭けてさー。」
きょとり――と目を丸くする政宗に、俺はニヤリと笑みを浮かべて見せる。
そうだ。よくよく考えたらこれはいい機会じゃないか。
力や頭脳や外見、運動能力など色んな事で政宗に遠く及ばない俺でも、これだったら政宗に勝てるかもしれない。
だって何から何まで俺より上回っている政宗。
そんな政宗を同じ男として一度位はぎゃふんと言わせてみたいじゃないか。
「賭けるって……何を賭ける気だ?」
「そーだなー何でもいいぞー?」
「何でも…ねぇ?」
「んー……じゃあモノじゃなくて、負けた方は一日だけ買った方の忠犬になるってのはどうよ?」
いつもいつも、何かと言えばPuppy・Puppyと言って俺を仔犬扱いしてくる政宗。
別にそれが嫌だという訳じゃないけど、偶には俺だって政宗を――って思っても罪はないだろう?
いやいや!俺が勝ったら、今までの分たーーーっぷりと構い倒してやる!とかは思ってないぞ?!………多分。
「忠犬??」
「そ。ご主人様と忠犬。どうよ?」
「All right(分かった)!受けて立つぜ。」
なかなかに乗り気な政宗が楽しそうに口の端を持ち上げる。
あー……完全に勝つ気満々だコイツ。
負けるなんざ、これっぽっちも思ってないカンジ。
何それ?!俺にだったら余裕で勝てるってか?!
くっそー!!こうなったら意地でも勝って、政宗にご主人様と呼ばせてやる!!
…………………あれ?ご主人様って……何やらメイドだの執事だのみたいな方向性になってきたような??
半ば変わりつつある方向性にグルグルしつつも、せっかくの好機である事には変わらず、俺は内心でメラメラと闘志を燃やす。
見てろよ政宗!、推して参る!!
こうして政宗と俺の死闘(?)が幕を開けた。
正直な所、決着は比較的早い内につくだろうと俺は些か高を括っていた。
反射神経については政宗の方が有利なのは事実だが、経験値の差では俺にアドバンテージがある。
だから、せいぜい10回もやれば決着はつくだろうと思っていたのだ。
それがどうだ?!
「あーーーーー!!くっそー!!勝てねぇーーー!!!!」
もう、かれこれ50回位はじゃんけんしている気がする。
勝率的にはまぁ俺が7割って所だろうか。
その七割の全てを政宗は完全に防ぎきっているのだ。
長年戦場で相手の刃を受け止め続けてきたのは伊達じゃないってか?いや伊達だけど。
俺は余裕綽々で胸をそらして見せる政宗の姿に、思い切り頭を掻き毟るしかなかった。
「どうした?もうGive upか?」
ふふん――と鼻で笑ってみせる政宗の顔が、そりゃもう心底楽しそうに緩む。
その表情たるや、もう!
うううぅぅ~~~~!!ムカつく~~!ぜってー俺の事ナメてる!
政宗のそのあまりの愉悦を帯びた表情に、俺はとうとう禁断とも言える最終手段に打って出る事にした。
「勝負だ政宗!」
「Come on(来い)!!!」
「行くぜ!『叩いて被ってじゃんけんポン』!!」
俺が出したのはパー。
そして政宗が出したのはグー。
咄嗟にお互いがそれぞれピコピコハンマーとヘルメットを取ろうと手を伸ばす。
その瞬間だった。
「ああっ?!小十郎がそこにッ!!」
「何っ?!」
「隙ありィ!!!」
俺の言葉に意識を逸らした政宗の腕がピクリと僅かに反応する。
そのほんの一瞬の反応の遅れだけで充分だった。
俺の振りかぶったピコピコハンマーが、紙一重の差で防ごうとする政宗の頭にクリティカルヒット!
独特のあのピコッ――という音が大きく部屋に響いた。
「やったーーーーーー!!政宗に勝ったーーーーー!!!!」
「…………………………………………おい。」
「初めて政宗に勝ったーーーー!」
「…………………………………?」
「ふぇ?!」
「どういうつもりだ?コラ?」
まるで地を這うような政宗の低~い声が、飛び上がっていた俺の意識を一気に現実へ引き戻す。
ガシリ――と肩を掴まれた瞬間、俺の背中を冷や汗が一筋流れていった。
「な、なななな何だよ?!」
「随分卑怯な手ぇ使ってくれるじゃねぇか?ああん???」
ゴゴゴゴ――と政宗の背後に物凄いオーラが立ち昇り、俺は一瞬我が目を疑う。
ヤバイ!俺、竜の逆鱗に触れちまった?!
「うっ!だっ…だって政宗、俺の事ぜってーバカにしてたじゃねーかよ!」
「……………………………。」
「だから……その………ッ!」
「……………で?」
「うううぅぅ~~~いつも俺、政宗に色々してもらったり助けられっぱなしだから、一度くらいは政宗に勝って男らしい所を見せたかったんだよ!!悪かったな!!」
泣きが半分・ブチ切れ半分状態で目の前の政宗の隻眼を見上げれば。
どこか呆れたような表情の政宗と視線がぶつかる。
心底から激怒している訳ではない事に胸を撫で下ろして、俺は眉を寄せたままプクリと頬を膨らませた。
「………OK。まぁいい。」
「政宗……。」
盛大な溜息の後、大きく首を振ってみせる政宗に、俺は大きく目を見開いた。
「分かった。約束は約束だ。今から俺はアンタの犬って訳だ。」
「え?!マジで??怒ってねぇの?」
「怒る気も失せるだろうが。ああいう可愛い言い訳されるとな。」
やれやれ――といったように笑う政宗。
その様子に、俺は恐る恐る政宗の褐色の髪に手を伸ばす。
「そんなにビクつくなよ。噛みつきゃしねぇ。」
「あー……ホントに?」
「当然だろ?なぁMaster?」
そう言って、政宗はローテーブルをグルリと回って俺の傍へ来ると俺の足元に跪く。
一瞬ニヤリと笑みを浮かべてから、そのままスルリ――と俺とテーブルの間に身体を滑り込ませると、政宗は酔って足元の覚束なくなった俺をそのままひょい――と担ぎ上げた。
「うっわ?!何すんだ政宗?!」
「大人しくしてろよ?暴れると落としちまうぜ?」
笑みを含んだ声にそう言われて俺は途端にバタバタと動かしていた手足を止める。
肩に担がれたこんな状態で落とされでもしたら堪らない。
大人しくなった俺の様子に小さく喉で笑うと、政宗はそのまま俺をソファーの上へ静かに降ろした。
「さぁて……それじゃMasterの帰りを大人しく待ってた忠犬に褒美を貰うとするかな。」
「へ?」
「アンタがヘロヘロになって帰ってくるまでしっかり待ってたんだぜ?忠犬に褒美をやるのはMasterのつとめだろ?」
「ほ、褒美って………?」
「決まってんだろ?たっぷりと『遊んで』もらうぜ?」
ニヤリと笑う政宗が、ジリ――と俺に覆いかぶさってくる。
え?何コレ?何かヤバイ状態に陥ってないか俺?!
「Let's play together(一緒にあそぼうぜ)……………Master(ご主人様)?」
…………………………………因果応報。
その言葉が俺の脳裏で激しく響いた夏の日の出来事だった。
もう卑怯な作戦は二度としねぇぞ!!
「あ、そうそう土産があんだよ政宗!」
「土産??」
「ゲーム大会で貰った景品ッ!ほら、仙台名物ずんだ餅!!一緒に食おーぜッ!なっ?!」
あれから、迫りくる政宗から冷や汗を流しながらじりじりとソファーの上を逃げていた俺は、不意に視界に入ったローテーブルの上の段ボールに気付きハタ――とある事を思い出した。
ワタワタと慌てて政宗の下から這い出ると、段ボールの中から目的のモノを取り出し梱包を開ける。
「ほら旨いって!政宗も食ってみ?」
政宗の目の前で一つ手に取りパクリと頬張る。
ずんだ餡の豆特有の触感と癖になりそうな上品な甘みが口一杯に広がるのを感じながら、俺は手に付いたずんだ餡をペロリと嘗め取った。
これで政宗がずんだ餅に気を逸らしてくれれば。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、政宗は何やら楽しそうに口角を上げて俺に近付くと、スッ――と俺の口元に顔を近付ける。
何事かと思う間もなく、政宗の舌が俺の頬に付いたずんだ餡をペロリ――と嘗めあげた。
「―――――ッ?!?!?!」
「……………………ああ、なかなか旨いじゃねぇか。」
「お、おまっ!何してッ?!」
「Ah…Sorry。犬なもんで手ぇ使えなくてな。それに、食えって言ったのはアンタだぜ?Master?」
「ぐ――ッ!」
「それじゃ…………遠慮なく頂くとするか。たっぷりと……な?」
最近こんなんが多いな――とボンヤリ思いながら。
気を逸らすどころか更に深い墓穴を掘ってしまったらしい自分に内心で涙しつつ、俺は新底楽しそうに笑う政宗の顔を引き攣った顔で見上げたのだった……。