Wandering of the dragon 11







夏の風物詩…と言われて一番最初に思い出すのは何だろう。
海水浴・西瓜・花火に風鈴。
あげたらキリがないものの中にお祭りがある。
地域によっては夏というより秋のイメージの所もあるだろうが、大小様々な祭りがそれぞれの地域に存在するのは確かだ。
祭りの種類にもよるのだろうけれど、やはり祭りと言ったらイコール出店というイメージが拭いきれない。
かき氷にたこ焼き・チョコバナナ・リンゴ飴・焼きそば・綿あめ・じゃがバター。
勿論食べ物の屋台だけじゃなくて金魚すくいやらヨーヨー釣りなんかも忘れちゃいけない。
どこにでもあるような祭りの風景。
今日はそんな祭りが行われる日だった。



「なぁ政宗、祭りに行ってみるかー?」



賑やかな神輿や踊りの行列が家の前の道を行くのを庭から眺めつつそう隣に立つ政宗に問えば。
興味深そうに表を見ていた政宗の瞳が僅かに輝く。

「行くって……何処へだ??」
「んー、この先の駅に続く商店街があんだろ?あそこの道なりに屋台が出るんだよ。んで、そっから神社の方まで飾り付けがされててさ。確か神社とか、途中の特設会場とかで色んなイベントやってる筈だけどな。」
「Great!結構な規模じゃねぇか!」
「そーかぁ?普通じゃねぇか??」

俺の感覚からすると、どこの地域にもある至って普通の規模の祭りだと思うんだが、政宗にとってはそうでもなかったらしい。
確か仙台は七夕祭りが有名じゃなかったっけ??とか思いながら俺は小さく首を傾げた。
まぁ日本3大七夕祭りってのも近代に出来たものかもしれないし、政宗の時代にはそれだけの規模の祭りはまだ無かったのかもしれない。
俺は既に行く気満々の様子の政宗の姿に苦笑するしかなかった。


「んじゃ、せっかくだから浴衣にでも着替えてくか??」
「そんな物があったのか?」
「一応な。オフクロがそーゆーの好きでさ。アレコレ揃えられた時期があったんだよ。」


ここ数年、社会人になってからロクに着た事はないが、大学生の頃までは友人と出掛ける時に着たりもしていたから、サイズなんかは問題無い筈だ。
俺は政宗を促すと、両親が使っていた和室にある桐箪笥をどれ位ぶりかで開けた。

「It was surprised(驚いたな)!アンタこんなに持ってたのか?」
「だから言っただろ。オフクロが色々揃えたんだって。」

確かに俺専用で買い揃えられたのだけでもかなりの枚数存在する。
無地から柄ものから何でこんなにあるんだと言われてもおかしくはない。
俺は政宗の半ば呆れの混ざった驚きに苦笑いしつつ、取り出した浴衣の一枚をバサリと広げた。


「とにかく好きなの選べよ。俺はこれでいーや。」


薄いグレーの生地に濃いグレーと薄茶の細いストライプのようなラインの入ったシンプルなデザイン。
派手なデザインや色だと浴衣に着られているような感じがしていた事を思い出して、俺は比較的地味めなこのタイプを選んだ。
だって考えてもみてくれ。
モデルばりな外見の政宗ならともかく、ドドンと雲と風神のあしらわれたものやら鮮やかな色彩をふんだんに散りばめた派手な色柄物やらが、一般的標準レベルから出ない俺に似合うとでも?!
何でこんなの買ってきたんだオフクロ!!
っていうか、今初めて目にしたのもあるぞ!
頼むからどうせ買うなら自分の息子に似合うものをセレクトしてくれ!
俺は何だか無性に目頭が熱くなってしまい、思わずガクリと肩を落として目元を押さえてしまった。


?What's up(どうした)?」

「何でもねぇ……。」


不思議そうに目を瞬かせる政宗に片手をあげて答える。
こんな事で撃沈してる場合じゃない。
とにかく今は政宗の浴衣を選ぶのが先だ。
俺は改めて取り出した浴衣の数々を畳に広げると政宗の顔を下から見上げた。

「ホント、どれでもいーよ。どうせここにあったって仕舞い込まれてるだけだし。もし何だったら普段から使ったっていいけど?」
「いいのか?の母上がアンタの為にって揃えたもんだろ?」
「いいんだよ。どうせ俺ロクに着ねぇし。こいつらだってどうせなら使われた方が本望だろ?それにオフクロだってせっかく買っても仕舞われっぱなしよか使われた方が喜ぶって。」

政宗にだったら間違いなく嬉々として着させるだろう。
実の息子よか溺愛ぶりが激しいだろう事は、先日政宗を両親の所へ連れて行った時に経験済みだ。
明らかに態度違くね?!とツッコんだのは一度や二度じゃない。
いやまぁ確かに政宗はかなりの男前なので、母親の反応は分からんでもないが。
出来のいい、イケメンの息子が新しく増えた事は母親のテンションを明らかに高めていた。
オヤジと晩酌させたら、オフクロに続いてオヤジも陥落しそうな気がするのが微妙な所だ。


「Hum…ならありがたく使わせてもらうか。」
「やっぱ洋服よかこっちの方がいいかー?」
「そりゃあな。」


そう言って政宗は僅かに口の端を持ち上げる。
そりゃあ誰だって着慣れてるものの方がいいに決まってるよな。
特に己のあるべき世界から遠く離れていれば余計に。
俺は少しでも政宗の気持ちを慰められるならばと、手元のいくつかを政宗へと差し出した。


「さてと!それじゃこいつらは政宗に使ってもらう事にして……とりあえず、まずはこれから着るのを決めねぇとな。」
はどれがいいと思う?」

「んー…?そーだなー……政宗なら…………。」


人の目を惹く位の政宗ならどんなものでも着こなせそうな気はするが――そう思いながら広げられたいくつかに目を通す。
白地に薄く暈しのかかったラインの入ったものや、濃紺に鎖のような捩じり模様の入ったもの、青地の絣模様柄のもの、中にはチェック柄っぽいのや女物かと見紛うような羽が散りばめられたようなものまである。
その中に一際存在感を放つ竜の柄。
特攻服の背中とかに描かれるようなゴテゴテとした巨大なワンポイントのような柄じゃ勿論ない。
落ち着いた黒地にグレーと白で描かれた昇竜が目を惹くソレを目に止めて、俺はひょい――と政宗の前にその生地を広げて見せた。



「やっぱ政宗っつったら竜ってカンジ??」



イメージカラーとしては蒼なんだろうけど、この天高く飛翔するかのような竜の姿が、何より政宗の印象に重なって。
俺は思い切って広げた浴衣をバサリと政宗の肩に被せた。


「おお?!意外といけるじゃん?!」
「おいおい、俺に合うものを見繕ってくれたんじゃねぇのか?」
「あ、うん…まぁそのつもりだけどさ。なんつーかイメージ優先みたいな??」
「何だそりゃ?」
「まぁまぁ。別にこれじゃなきゃいけない訳じゃねーんだし。ほら好きなの選べよ政宗。」


複雑そうな表情を浮かべた政宗に苦笑いしてみせて、俺は政宗の肩をポンポンと軽く叩く。
正直、俺なんかより着物慣れしてる政宗の方がこういったのには詳しいと思う。
それに当人の好みってのもあるし。
少なくとも俺よりはここにあるどの浴衣もマトモに着こなせる筈だから、政宗がどれを選んでも問題ないように思えた。

「………OK。なら、俺はこれでいい。」

暫く逡巡してから、そう言って政宗が掴んだのは俺が選んだ昇竜柄のもので。
俺は予想外なその答えに思わず数回目を瞬かせた。
だってこれだけ種類があるんだから、いくらでも気になるものを羽織ってみて、気に入ったものを選べばいいじゃないか。
なのに政宗ときたら広げられた浴衣の数々をグルリと一瞥しただけで、手に取ろうとさえしない。
いや確かにこれがいいと言ったのは俺だけど、それは「どれがいいと思う?」と聞かれたから俺は印象的だったコレを選んだだけにすぎなくて。
俺が選んだものじゃなきゃいけないって意味ではないのだ。

「別に俺が選んだのじゃなくたっていいんだぞ?」
「いいんだよこれで。」

「そっかー?政宗がいいなら……まぁ別に構わねぇんだけど。」

何やら妙に満足げに笑う政宗の意図が理解出来なくて首を傾げつつも、俺は納得気味の政宗に腰紐と肌襦袢を手渡すと帯の方へ手を伸ばした。
角帯・兵児帯それぞれに色や柄の違うものが並ぶ中から、俺は黒が基調の白の柄の入った角帯を選ぶ。
正直な所、兵児帯の方が断然楽なのだが、浴衣との色のバランスが悪いのと、単色なのとがネックで仕方なく角帯から合いそうなものをセレクトせざるをえなかった。
肝心の政宗は――と視線を巡らせれば、手にしているのはやはり蒼を基調としたもので。
蒼とグレーと白のコントラストが意外に美しいその角帯を手に振り返ると、政宗は着ていたシャツをバサリと脱ぎ捨てた。
それからの政宗は凄かった。
いやはや、流石に着慣れていただけあって政宗は一人であっという間に浴衣を着てしまう。
その無駄のない流れるような一連の動きに、俺は思わず感嘆のため息を漏らしてしまった。


「何してる?アンタも早く着替えたらどうだ?」


きっちりと着こなした政宗が、姿見の鏡越しにボンヤリと立つ俺に訝しげな視線を向けてくる。
おいおい、そんなに早く祭りに行きたいのか――と内心で苦笑しながら、俺は政宗同様着ていたTシャツを脱いだ。
肌襦袢を着て、自分用にとよけていた浴衣を広げ袖を通す。
その段階で俺はハタ――とある事に思い至った。
…………………………あれ?俺、一人でマトモに浴衣って着れたっけ??
浴衣というよりも帯の締め方だ。
今まではオフクロなりオヤジなり友達なりが手伝ってくれてたので、一人で完全に着れたという記憶が皆無だった。


「…………………。」
?」

ピタリと動きを止めてしまった俺の姿に、政宗が何事かと本格的に眉根を寄せ始める。
それに困ったようにへにゃりと顔を歪めて、俺は政宗の訝しげに細められた隻眼を戸惑いがちにそっと見上げた。


「あー……その……政宗?」
「何だ?」
「えと……帯………結んでくんねぇ??」

「はぁ?!」


なんだそりゃ――と言わんばかりに目を見開く政宗。
うん。そりゃそうだよな。
こんだけ浴衣持っといて、マトモに帯締めらんないってどうなのよ?って俺自身思うし。
とはいえ、こういった事は不器用で何度教わってもその度にダメ出し喰らう身としては、もう人様に頼るしかないわけで。
俺は唖然とした様子でだらしなく浴衣を羽織ったままの俺を見詰めてくる政宗に、にへら――と冷や汗交じりの顔を向けるしかなかった。


「………やれやれ。アンタこんなのも出来ねぇのか?」
「仕方ねぇだろ?!浴衣なんてロクに着ねぇんだから!」
「OK。そういう事なら俺が手取り足取り教えてやるぜ。」


そう言って政宗がニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。
その表情に何故か俺の全身を震えが走った。
いやいやいや!何か物凄い嫌な予感するし!
いかにも何か企んでますって感じのオーラがこれでもかと伝わってくるのに、はいそうですかと頷く事が出来ず、俺は無言のままふるふると頭を振った。
何か俺、地雷踏んだ?!


「遠慮すんなよ?」
「いやいや!遠慮なんてそんな!」
「じゃあ何で後ずさってんだ?」
「えー…その……ほら、やっぱ俺普段着でいいかなー?とかッ!」
「何だ?俺一人だけに着させようってか?」
「ま、まままままッ政宗ぇッ?!何か凄ぇ悪どい顔してるぞッ?!」
「あーん?こりゃ生まれつきだ。」


何やら楽しそうに口の端を持ち上げて、政宗がじりじりとにじり寄ってくる。
その度に冷や汗をたらしつつ後ずさる俺。
やべぇ!今の俺と政宗って、捕食される前の獲物と肉食動物みたいな状況じゃねぇか?!
じわじわと縮まっていく距離にゴクリと喉を鳴らすと、政宗の笑みが更に深くなった。
うわ!こいつ、ぜってーSだ!!
声にならない悲鳴をあげつつ政宗との距離を保とうとする俺に出来た事といったら。
これ以上奴を刺激しないようにと引き攣った笑いを浮かべる事くらいだった。
だって戦国武将相手に逃げ切れる訳ねぇだろ?!

そして――
俺の背中に壁が触れたのと、政宗が俺を壁際に縫い付けたのはほぼ同時だった。




「さぁてlessonの時間だ。Are you ready(用意はいいか)?」

「Noぉーーーーッッッッ!!!!!」




…………手取り足取り腰取り顎取り、これでもかと散々弄り倒された俺がギブアップするまで政宗の浴衣着付け講座は続いたのでした……。
何をされたかは………コメントしたくねぇ……。


















で、結局の所俺の着付けはといえば。

「で、これがこうなって……。」
「Stop!そっちじゃねぇ!こっちから回すんだって言ったろうが。」
「ええええ?そーだっけか??」
「ああもういい。俺がやった方が早ぇ!」


てんでモノにならなかった俺に痺れを切らして俺の着付けは政宗が完璧にしてくれたのでした。




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