白銀(しろがね)のWizard 9







閃光と吹き荒れる爆風。
その向こうに魔力の篭ったクリスタルロッドを振り下ろした瞬間、キィン――という高い金属音が響いた。


「唸れ!シュトルム・シューター!!」


言葉と共にロッドの先から疾風が吹き荒れる。
爆風に煽られた木の葉と砂埃を吹き飛ばす勢いのそれが、火薬の臭いと煙をも飲み込んで彼方へと掻き消えていく。
シュトルム・シューターの疾風によって煙幕の如き爆風が消えた後には、俺のクリスタルロッドの矛先を刀で受け止めている1人の忍の姿があった。

「あれは?!風魔?!」

驚きに満ちた佐助の声が背後からあがる。
それを聞いて俺は微かに眉を顰めた。
確か風魔小太郎は元は小田原の北条氏と契約を結んでいた筈。
それが今こうして松永と共にあるという事は、やはり北条はどこかの軍門に下ったという事になる。
俺の想像通りであるなら、武田が小田原を平定した事になるのだが――
そこまで考えて、俺はハタと我に返った。
ボンヤリしてる場合ではない。
いくらエアーリフレクターとオートプロテクションの二重防御体勢を取っているとはいえ、相手は伝説の忍と戦国の梟雄と呼ばれる男だ。
そう簡単に、一筋縄でいく相手では無い事は分かりきっている。
俺は物凄いスピードで振り下ろされる小太郎の刃を、エアーリフレクターの効力を上げる事で弾きながら、手元のクリスタルロッドを地面へと向けた。


「来たれ鋼鉄の鎖!スチールバインド!!」


ビィィン――という音と共に、木々から地面から空から召喚された幾つもの鎖が小太郎目掛けて襲い掛かる。
大きさこそ小さいが無数に張り巡らされていくそれは、咄嗟にかわして体勢を整えようとする小太郎の行く手を幾重にも塞ぎ、その動きを封じ込めた。


「―――――ッ?!」


腕に、脚に、そして身体中に絡みつくその鎖が、小太郎を捕らえる。
空中に半ば磔の様な状態で固定された小太郎が表情を変えぬまま小さく息を呑んだのが分かった。

「…………暴れないで。暴れれば暴れる程、スチールバインドはその身に絡みつき締め上げてしまうから。」
「―――?」
「お前を傷付けたい訳じゃないんだ。お願いだから暴れないで。」

懇願するようにそう言えば、戸惑いを帯びた視線が向けられる。
それに無言のまま一つ頷いて、俺は松永の方へと向き直った。


「これがアンタの仕込んだカラクリの正体だろ?爆発に気を取られていたら風魔に足をすくわれる――ってね。」
「よくぞ見破ったものだ。これも卿の力の一つかね?」
「いや。ただおかしいと思ったんだ。目にした爆発の威力と、実際に襲ってくる爆発の威力がまるで違うからね。俺達が目にしていた閃光や爆発は、この風魔小太郎の幻術か何かだろう?そして実際の爆発はアンタが引き起こしていた。だからそこに誤差が生まれた。違うか?」
「いや、これは感服せざるをえないな。卿の冷静さと観察眼は敬服に値する。」


そう言って松永はくつくつと喉を鳴らして笑うと、小さく口の端を持ち上げた。


「松永!てめぇ何のつもりでこんな事をしやがる?!」

「独眼竜、そう目くじらを立てる事もなかろう?何、たいした理由はないのだよ。諸国の情勢を探らせていた風魔から、少々興味深い報告を受けたのでね。自分の目で確かめてみようと思っただけに過ぎんよ。」
「興味深い報告??」

幸村の問いに松永が更に笑みを深くする。
それに微かに眉を寄せて、俺は松永の言葉を待った。


「戦場の武田軍に、白銀の衣を纏った異界人を名乗る者が現れた……とね。それを聞いて直接卿に会ってみたくなったという訳だ。」

「戦場って……を拾ったのは昨日の事なんだけど?」


松永の言葉に眉を寄せて佐助がポツリと言葉を漏らす。
それもそうだろう。
俺がこの世界に落ちてきてからの時間を考えても、まだ1日経つか経たないかの時間しか経過していないのだから。
松永は佐助の言葉に満足そうに表情を緩めると、肩を揺らして笑った。

「なに、風魔の力がそれだけ優れていただけの事だ。」

そう言って松永は俺の目の前で拘束されている小太郎へと視線を向ける。

「とはいえ、その風魔も卿の力の前では赤子も同然か。なかなかに興味深い。卿の持つその異端の力は。」
「それで?俺に会う為だけにわざわざこんな手の込んだ事をしたって訳?」
「確かに主な目的は卿という男を直接この目で見る事だったのだがね。まぁ他にも色々とあったのは確かだ。」
「もしかしてついでに誰かの暗殺とか?」
「そんな無粋な事には興味は無い。」
「なら、家宝の品や骨董品で何かお気に召した品物でもあった?」
「いやいや。今は卿に勝る程の逸品はないな。」


そこまで言って松永は大袈裟に首を振ってみせる。
その言葉と素振りに誰よりも大きく反応したのは、俺の後ろで成り行きを見守っていた幸村だった。


殿をまるで物の様に論じるなど無礼千万!詫びられよ松永殿!!」

「ほう?虎の若子はこの白銀の異界人にご執心かね?」
「なっ?!何を申されるか!」
「聞けばこの異界人を助けたのも虎の若子だとか。それ程にこの異端の力を己がものとしたかったのかね?」


その松永の声に。
幸村を侮蔑するかのようなその物言いに。
俺の中でプツリと何かが弾けた。


「―――来たれ鋼鉄の鎖!スチールバインド!!!」


振りかぶったクリスタルロッドの先。
石灯籠のあたりに、召喚された鎖が幾重にも張り巡らされる。
小太郎さえも捕らえたその鎖は、数瞬の後には松永をその冷たい触手で絡め取っていた。


「………俺の事はいいよ。事実俺はこの世界の者から見て明らかに異端だ。物の様に扱われようと珍獣の様に見られようと構わない。でも――幸村を……幸村の暖かさを貶める事は許さない。」


そうだ。幸村は俺のこの力を得ようとして俺を助けてくれた訳じゃない。
そんな事すらも知らないまま、怪我する事を厭わずに身を挺して俺を助けてくれた。
俺の差し伸べた手を掴もうとしてくれた。
そして不審者である筈の俺の為に心を砕いて、俺を守るとまで言ってくれたんだ。
そんな幸村を――幸村の想いを、暖かさを貶めるような松永の言葉は、どんな理由や誤解があろうとも許せるものではなかった。


「……成る程。虎の若子だけでなく、白銀の異界人の方も虎の若子にご執心とみえる。」


囚われたままだというのに心底楽しそうに松永は喉を鳴らす。
まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだと思いながら、俺は小さく眉を寄せた。

「いや、ますます卿という男に興味が湧いて来た。本当に飽きさせないな。」
「そりゃどうも。」
「今更だが名前を聞いてもいいかね?」
「………………。」
か。次に会う時にはもう少し落ち着いて話をしたいものだ。」

どこか満足げにそう言って、松永は口の端を持ち上げると俺を見詰めていた目を細める。
まるで別れの挨拶のような言葉。
その言葉に、俺を含めその場の全員が怪訝な表情を浮かべた。
当然だろう。
俺のスチールバインドに拘束されている以上、そう簡単にこの場から立ち去る事など出来はしないのだ。
なのに、松永はそんな事は意に介さないとでもいったように満足そうに笑みを浮かべて、次の邂逅を口にする。


「何を言ってやがる。てめぇも風魔もに拘束されてんだろうが。」
「いかにも!それにたとえ自由の身であったとしても、某達とてそう容易く見逃すつもりもござらぬ。」


幸村と政宗が、松永の言葉にその表情を一層険しくさせる。
けれど、そんな2人の剣幕にも一切動じることなく、松永はその表情を緩めるばかりだった。
そんな悠然と構えている松永の姿に。
言い知れぬ恐怖と戸惑いと、そして一抹の不安が俺の脳裏をよぎる。
逃れられない筈なのだ。
しかし、この男なら――。
常に人の思考の遥か先を読み、他者と違う視点を持ち、人の心の光と闇を知るこの男ならば、あらゆる事態を想定し態勢を整えていてもおかしくはない。
だとすれば、この状況をひっくり返すだけの策が既に張り巡らされていると考えるべきだろう。
俺は手にしたクリスタルロッドをギュッと握り締め、ゴクリと息を飲み込んだ。

「容易く見逃すつもりはない………か。まぁ致し方ない。出来るだけ穏便に立ち去りたかったのだがね。」

やれやれといった様子で溜め息をついて、松永が小さく首を振る。
動く――!!
その様子に俺の中で渦巻いていた不安が確信に変わった。
次の瞬間、刃のような光を宿した松永の視線が俺を射抜く。


「又会おう。」


その向けられた言葉と同時に拘束されていた松永の指が鳴らされると。
俺の眼前で今までに無い程の激しい閃光が弾けた。



「―――――――――ッッッ!!!!!」



襲い来る爆風が。
身を焦がす激しい熱が。
俺の全身を包んだ瞬間、俺の身体は遥か後方へ吹っ飛ばされていた。
発動したオートプロテクションによって熱による表面的なダメージは防げたものの、エアーリフレクターの効力ではこの規模の爆発の威力そのものを弾き返すまでには至らず、俺の身体は制御を失う。
その時の俺に出来たのは、瞬間的に後方のエアーリフレクターの効果を強め、叩きつけられる際の衝撃を緩和させる事くらいだった。


殿!!!」


後方の壁に勢い良く叩きつけられた瞬間、悲鳴のような幸村の声が耳に届いた。
激しい衝撃と共に砕け散った壁の破片が、まるでスローモーションのように宙に舞う。
爆風に弾かれた俺の視界には、スチールバインドの拘束から逃れ、同じように爆風に煽られていく松永の姿が映っていた。

「大丈夫でござるか殿ッ?!」
「――っ!ゆ…き……む………ら………。」
「しっかりして下され!」
「動かすでない幸村!!頭を打っておるやも知れぬ!」
「お館様!」

叩きつけられた衝撃で床に崩れ落ちた俺を、駆け寄ってきた幸村が抱え上げてくれる。
その表情は泣き出す一歩前の子供のようで。
俺は、必死に唇を噛み締めて俺の顔を覗き込んでくる幸村の頬にそっと手を伸ばした。
そんな顔しないで。
俺なら大丈夫だから。
そう言いたいのに上手く言葉にならない。
幸村に辛い顔なんかさせたくはないのに、俺の喉は叩きつけられた衝撃のせいか、僅かな音を紡ぎだす事しか出来なかった。


「…ゆき……ら………だ…じょ…ぶ………?」
「某は大丈夫でござる!殿が某達をお守り下された故っ!」
「よ…か………た………。」


あれだけの威力の爆発だ。
マトモに喰らった俺がこれだけ吹っ飛ばされたとなれば、その煽りを受けた幸村達も少なからずダメージを受けていてもおかしくない。
普通であればこの部屋の一角も木っ端微塵に吹き飛んでいる所だろう。
念の為と掛けておいたオートプロテクションのおかげで被害は最小限に抑えられたようだった。

「ゆき…むら………まつな…が……は?」
「分かりませぬ。爆発に紛れて姿を消したらしく……。」
「そ………か。」
「ご安心下され。今頃佐助が後を追っておりましょう。」

そう言って幸村は静かに笑みを浮かべる。
その柔らかな笑みに、俺はようやっと張り詰めていた全身の力を抜いた。
幸村の腕の中に身体を預けたまま小さく息をつくと、気遣わしげな幸村の視線が向けられる。


「…………某………。」
「ん?」
「某、これ程までに肝を冷やした事はござらん。」
「ごめ…ん………。」
「苦しい所などありませぬか?」
「だい…じょぶ……。」
「何か欲しいものなどはあれば申して下され。」
「ホント…に…平気……だよ。」


必要以上に過敏に心配する幸村に、俺は思わず小さく噴き出してしまう。
壊れ物のようにそっと扱われるなんて今の今まで経験した事もなくて、俺はくすぐったい思いと共に僅かばかりの羞恥と、そして心地良さが身体を駆け抜けていくのを感じていた。




「すんません大将、見失いました。」

暫くの間、幸村の厚意に甘えてその腕の中に身を委ねていると。
不意に部屋の空気が揺らいで、姿を消していた佐助が申し訳無さそうに頬を掻きながら姿を現す。
表情が硬い所を見ると、直前までは追い詰めたのだろう。
何かしらの理由で松永を取り逃がしてしまったであろう事は容易に想像がついた。

「何か……逃走の為の……手段を講じてた?」

漸く喉の調子も整い始めた俺は、幸村に支えられながら身体を起こすと、信玄公に頭を垂れた佐助に声を掛ける。
あの男の事だ。
予め逃走経路に何かしらの仕掛けを施していてもおかしくはない。
その仕掛けを作動させつつ逃走を図ったのなら、優秀な忍である佐助を出し抜く事も可能だろう。


の予想通りだよ。松永の奴、この館のアチコチに予め仕掛けをしてたらしい。逃げる際に時差をつけて爆発を起こして俺様達の足止めをしやがったのさ。」


その上、逃走経路に屋敷の者達を誘導していたらしく、佐助達忍隊の者達も非戦闘員の救出と保護をしながら松永を追う事は容易な事ではなかったらしい。
俺は予想通りの展開に小さく首を振ると、クリスタルロッドを杖代わりにその場に立ち上がって元の面影のない庭に視線を向けた。


「………風魔は?」
「ああ、奴ならここに居るぜ?」


俺の疑問に答えたのは佐助ではなく、少し離れた所に居た政宗だった。
政宗の足元に転がるようにして倒れ伏している、ぐったりとした身体。
俺同様に至近距離であの爆発に巻き込まれ、その衝撃でここまで吹き飛ばされてきたのだろう。
身体のあちこちに刻まれた無数の傷は、かなりの重症のようだった。

「幸村、肩を貸してくれるか?」
「承知致しました。しかし一体何を?」

幸村に支えられつつ、おぼつかない足を進ませて俺は小太郎の傍に座り込む。
今ならまだ助けられるかもしれない。
このままではいずれ消えゆくであろう命も、今なら繋ぎとめられるかもしれない。
俺は目前まで迫りつつある死神を払うべくクリスタルロッドを強く握り締めた。




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