白銀(しろがね)のWizard 10







「本当に何するつもり?いくら手負いとはいえ風魔は伝説の忍と呼ばれる奴だよ?何があるか分からないから早くそこから離れな。」


俺の行動に訝しげな表情を浮かべて佐助が俺を手招く。
その言葉に、俺の隣で眉を寄せている幸村も、目の前で腕を組んだまま顔を顰めている政宗も同じように無言で頷いてみせる。
しかし俺は静かに首を振って倒れている小太郎を覗き込んだ。

「このままじゃ風魔は死んでしまう。」
「それは……。」
「だから助ける。俺が出来る事は………限られているけど。」

医療系魔術のスペシャリストではない俺では、せいぜい命の灯火をギリギリ繋ぎ止める位しか出来ないだろうけど。
それでも僅かでも可能性があるならやってみる価値はある。
何より1人の命が掛かっているのだ。
例え可能性が低かろうともやらなくてはならない。
それが、俺がこの世界で為そうとしている事の第一歩に繋がる筈だから。


「何を申される?!この者は敵にございますぞ?!殿のお命も狙ったばかりではござらぬか?!」

「真田の旦那の言う通りだよ。もし助かったら又を狙うかもしれないんだよ?」


俺の言葉に幸村と佐助が驚いたように声をあげる。
それは俺を気遣っての言葉。
俺を思うが故の忠告。
けれど俺は頷くつもりはなかった。


「それでも俺は目の前で消えようとする命を……そのままには出来ない。」
殿………。」

「政治的な問題とか、今後の危険性とか色々事情があるのも分かってる。でも、今は――今は俺に命を繋がせて。もし風魔が皆に…この国や同盟国、日ノ本に危険をもたらそうとするなら、完全に回復する前にでも拘束すればいい。だから……。」


俺はそこまで言ってその場の全員を見回した。
驚きと戸惑いとが入り混じった表情が俺を見詰めている。

「…………意志は固いようじゃな。」

成り行きを見守っていた信玄公にそう言われて俺はゆっくりと頷く。
そうだ。俺は俺の意志でこの道を選ぶのだ。
幸村は勿論の事だけれど、俺は幸村だけでなく佐助も信玄公も政宗も、そして小太郎もこの手で護りたい。
勿論俺が全ての命を護れるなんて事は思ってはいない。
ただ俺は、俺が思う大切な者達を――ほんの一握りの存在を護りたいだけ。
だから例え敵味方に別れていたとしても、この手で護れる可能性があるのなら、俺はその道を歩む事を躊躇いはしない。


「………………………分かり申した。」
「幸村?」
「真田の旦那?!何言ってんのさ?!」


思いもしなかった幸村の言葉に、流石の佐助も驚きのあまり目を見張る。
それを片手で制して、幸村は真っ直ぐな瞳を俺に向けてきた。
力強い覇気に溢れたあの褐色の瞳が、静かに俺の瞳を見詰める。


殿の決意、固いものとこの幸村理解致しました。そこまで申されるのであれば、殿のご随意に。」
「よぉ真田幸村、アンタ本当にそれでいいのか?」
「政宗殿?」

「本当はアンタが一番止めたいんじゃねぇのか?」


政宗の鋭い視線が幸村から俺、そして倒れたままの小太郎に注がれる。
それを感じながら、俺はすぐ隣の幸村の顔を振り仰いだ。


「……………政宗殿の申される通り、出来るなら殿にはこのままこの場を離れて頂きたい。しかしながら、それでは殿が殿で無くなるような気がするのも事実。某は、何より殿のお気持ちを尊重したいのです。」

「幸村……。」
「ご心配めさるな。何かあればこの幸村が全力で殿をお守り致します故。」


俺の背中と腕を支えたままそう言って、幸村は柔らかな笑みを浮かべた。
何よりも俺を――俺の想いを優先させてくれた幸村。
本当ならこの屋敷を襲った狼藉者として、誰よりも幸村自身が小太郎を処断したいであろうに。
それでも俺の心配をし、その上で俺の意志を汲み取ってくれた。
誰よりも俺を信じて、理解してくれた。
俺は幸村の緋色の着物をギュッと握り締めると、優しげに微笑む幸村の肩口に静かに顔を埋めた。

「あーもー………分かりましたよ。」
「佐助……?」
「そこまで言うなら俺様もこれ以上は言わないよ。」
「ありがとな……佐助。」
「でも、本当に風魔がや真田の旦那やお館様に害を為すようだったら、その時はが止めても今度は聞かないからね?」
「うん。分かってる。風魔が回復した後の事は…………俺が口を挟める事じゃないんだろうから。」

今でさえ充分に我が侭を通している自覚はある。
本来なら襲撃者の処分に関する決定権は、国主である信玄公にある筈なのだ。
それを、俺は信玄公が沈黙を守っているのをいい事に、己の信念とエゴの為に無理矢理に決定権を奪い取っている。
だからこれ以上は俺が口を挟んではならない。
そう思った。


「こう言ってるぜ?いいのかい?」


政宗の声に視線を巡らせれば、厳しい顔の信玄公と視線がぶつかる。

「お館様………。」
「……信玄公………。」
「…………………。」


無言のまま向けられる圧力。
それに、俺と幸村は表情を歪ませたまま、お互いの顔を見合わせる。
静かに流れる沈黙がこんなにも重く圧し掛かってくる事など今まで一度でもあっただろうか。
俺はそれでもこの重圧に負ける訳にはいなかかった。


「………………。」
「――ッ?!はい………。」


初めて呼ばれた名前に。
俺は一瞬、言葉が詰まる。
その向けられた信玄公の声には、酷く重みがあった。


「儂が否と申したら…………何とする?」
「………………信玄公は否定はなされないと……思います。」
「ほう?何故そう思う?」
「信玄公は仰いました。俺は俺の信じる道を進めば良いと。ですから俺がこの選択をした事を……否定なされないと思います。」
「しかし、儂も国主としてその思いを受け入れられぬ時もある。その時は如何様にするつもりじゃ?」

「その時は…………。」


どんなに手を尽くしても、どんなに縋ってもどうにも出来なかったら。
その時、俺は何を選び取るのだろう。


殿………?」


すぐ傍の幸村が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
その温もりに、俺は少しだけ勇気付けられる。
そうだ。俺は1人ではない。
ここにこうして俺を思い、心配してくれる温もりがある。
例え俺1人の力では乗り越えられなくても、俺にはすぐ傍で支えてくれる存在が居るじゃないか。



「………信玄公、もし俺の力だけで信玄公を納得させられないのなら、俺は俺を思い支えてくれる存在の力を借ります。1人がダメなら2人で。2人がダメなら4人でも10人でも。たとえ俺1人では乗り越えられないとしても、皆の…俺を信じてくれる人達の力があれば、少なくとも自分1人の力よりも可能性は大きくなる。俺は信じているんです。苦境を切り開く力は決して1人で生まれない事。皆で世界を創り上げていくのだという事を。」

「ほぅ……?何故、そう思える?」



「だって俺は………1人ではありませんから。」



そうだ。
幸村が俺を理解してくれたように。
佐助が俺を信じてくれたように。
俺を受け入れてくれる人達の思いが、大きな力になる。
だから例え俺の言葉が届かなくても俺は諦めはしない。


「…………それがお主が選び取った『護る』という道なのじゃな?」

「はい……。」


真っ直ぐに俺を見据える瞳が静かに細められる。
その信玄公の、全てを見定めようとするかのような視線を、俺は静かに見返した。

「………あい分かった。お主の思うようにするが良い。」
「ありがとうございます!信玄公!!」
「本当にいいんですか?大将??」
「うむ。万一風魔が再び刃を向けたとあらば、その時は儂らの力をもってねじ伏せるまでの事。案ずる事はない。しかし…………正直殿がそこまで強く己が思いを貫くとは思わなんだ。」


微かに表情を緩める信玄公の姿に、俺は込み上げる照れ臭さに微かに目元を赤くする。
確かにかなり大胆な事をしてしまったという自覚があるだけに返す言葉がない。
けれど、そのお陰で小太郎の身柄を預けてもらえる事になったのだから、今はそれで良しとしよう。
俺は変わらず俺を支えてくれている幸村の顔を見上げて小さく頷いた。


「じゃあこれから風魔の治療を始める。幸村は少し離れていてくれるか?」
「お1人で大丈夫でござるか?」
「うん。ここからは俺1人の仕事だから。」
「…………分かり申した。」
「俺様達はに何かあった時にすぐに対応出来るように、すぐ傍で控えてるしかないんだよ真田の旦那。」
「う、うむ……。」


佐助に宥められて渋々頷いた幸村は、どこか名残惜しそうに支えていた俺の身体から手を離す。
そのまま僅かに後ずさった幸村を目の端に捉えると、俺はクリスタルロッドを再び胸元の魔法石に近付けた。



「クリスタルロッド、モードチェンジ。スタンバイモードへ移行。」



ペンダントとロッドの魔法石が光り、バトルモードに形状移行していたクリスタルロッドが、待機状態に変わっていく。
完全に形状移行が完了したのを確認して、俺は静かに横たわる小太郎の胸元にクリスタルロッドを翳した。
幸村の時のような擦り傷と違って、小太郎の怪我は掌に集めた魔力だけで修復と活性化を促せるようなレベルのものではない。
クリスタルロッドは魔器であると同時に俺の力を増幅させてくれる増幅器でもあるのだ。
だから、死の淵を彷徨っている小太郎の命を繋ぎ止めるには、俺の全魔力とクリスタルロッドの魔力増幅機能を併せるしか方法が無かった。

「絶対助ける…ッ!」

俺は覚悟を決めてグッと腹に力を込めると、一気に体内の魔力を練り上げた。
その魔力がクリスタルロッドを媒介し、増幅されて小太郎の全身に流れ込む。
注ぎ込まれていく魔力の波は、小太郎の体内で幾重にも広がり絶え間なく全身の細胞へ染み渡っていった。

そしてどれ程の時が流れただろうか。
30分か、1時間か。
もしかしたらもっと長い時間が経過していたのかもしれない。
生命力の僅かな欠片しか存在しなかった小太郎の内部に、漸く生命維持に必要な最低限――ギリギリの命の灯が灯った所で、俺は小さく息をつく。
とりあえずここまで来れば、命に別状はない。
後は、このまま少しずつ回復の為の活性を強めてやれば、そう長くかからず意識も回復するだろう。
勿論、小太郎自身の生命力に――生きようとする力にかかっているのも確かだけれど。
俺は最後の力を振り絞って魔力を練り上げると、小太郎の体内に限界まで高めた高密度の魔力を注ぎ込んだ。
次の瞬間、眩い程の白い輝きが小太郎の全身を包み込む。

殿ッ?!」

小太郎の体内から溢れ出た高密度の魔力の光。
粒子状のそれが大気に触れた瞬間、弾け飛ぶようにして消える。
それが終了の合図だった。


「ふぅ………。」
………殿??」


張り詰めていた力と共に大きく息をつくと。
ずっと傍で成り行きを見守ってくれていたであろう幸村が、恐る恐る声を掛けてくる。
その声にゆっくりと振り向いて、俺は静かに微笑んだ。


「終わったよ………。」
「誠でござるか?!」

「うん。後は安静にさせておけば、自然と回復していく筈だ。もう命の危険は無い。でも、今はまだ最低限の生命維持が出来てる程度だから無理はさせられないけど。」


そう、俺が出来たのは小太郎の命を繋ぎとめる事だけ。
全身の怪我は――これ以上の回復は、活性化させた小太郎の自己治癒能力に頼るしかない。


「でもまぁ、あと数刻もすれば意識も戻ると思うけどな。」


小さく笑って立ち上がった時だった。


「――――――ッ?!」


不意に目の前が真っ暗になり、足から力が抜け落ちる。
まるで天地がひっくり返ったかのような感覚と共に、激しい耳鳴りが襲ってきて、俺はその場にガクリと膝をついた。
全身から一気に血が引いていくような感覚。
それが、必死で立ち上がろうと、踏み止まろうとする俺の意思を侵食していく。


「如何なされた殿っ?!」


まるで膜が張ったかのように遠く聞こえる幸村の声。
耳鳴りと鼓動の音が、更にそれを遠いものにしていく。
咄嗟に伸ばした腕が何がに触れた瞬間。
俺はその何かに縋り付いた。



「幸……村……。」



咄嗟に零れたのは幸村の名。
俺が護ろうと誓った存在。
俺を守ると言ってくれた存在。
この世界で誰より俺を支えてくれる、俺にとっての太陽。

ごめんな。こんな情けない所ばかり晒してしまって。
せっかく幸村の力になれると思ったのに。
幸村に俺を信じてもらえたのに。
又俺は幸村の表情を曇らせてしまうかもしれない。
優しい幸村――。
俺の事で心を痛めなければいいんだけど。

ドクドクと早鐘を打つ鼓動が、煩い程に高まって。
次第に意識を侵食していく闇に抗いきれず、俺は深い闇の中に意識を手放した。




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