白銀(しろがね)のWizard 8







「お館様、猿飛佐助ただいま戻りました。」

「おお!佐助、早かったのぅ?」
「はぁ……予想以上に独眼竜の旦那のお越しが早かったもんで。」


自分が迎えに出た時には国境はおろか、既に甲斐の城下を闊歩されてました――苦笑交じりにそう言って、佐助は隣に立つ政宗へ視線を向けた。
成る程、佐助が信玄公との謁見の前に言っていた同席出来ない仕事とは、どうやら政宗を躑躅ヶ崎館へ案内する事だったらしい。
本来ならもっと時間の掛かる任務だった筈が、政宗の到着が佐助の予想を遥かに超える早さだった為に、俺の謁見中に戻る事になってしまったのか。
俺は昨晩に使者が来ていたという話を思い出し、目の前の幸村の着物の袖口をそっと引いた。

「なぁ幸村?政宗殿が来られたって事は何か大切な話があるんだろ?俺、そろそろ下がった方が良くないか??」

同盟国の国主がわざわざ足を運んできたとなれば、それなりに重大な何かがあると考えるのが普通だ。
俺の話はひと段落着いたようなものだし、いつまでも部外者の俺がここに居たのでは幸村達の邪魔になるだろう。
俺は背中越しに振り返った幸村にだけ聞こえるように小声で囁くと、佐助の報告に耳を傾けている信玄公達へと視線を向けた。



「おいおい、いつまでそうしてるつもりだ真田幸村?大切な白銀(しろがね)の天上人殿は、俺みたいな人間にゃ見せるのも憚られるってか?」



俺を背後に庇った状態のまま神妙な表情で立ち尽くしていた幸村に、不意に政宗のからかいを含んだ声が向けられる。
その政宗の言葉とニヤついた表情に、幸村はまるで熟れたトマトのように一気に顔を紅潮させると、わたわたとその場で激しくうろたえた。


「なっ…!何を申される政宗殿ッ?!」
「いつまでもそんな風にしてるから、てっきり俺には会わせたくないのかと思ったんだがな。」


くつくつと喉を鳴らして笑うと、政宗は真っ赤になった幸村を指差して小さく肩を竦めてみせる。
その政宗の言葉にビクリと肩を揺らすと、幸村は慌てたように身を翻し俺を政宗の前へと誘った。

殿!こちら、奥州を治めておられる伊達政宗殿にございます!」
「ああ、奥州筆頭の。はじめまして伊達殿。と申します。」
「Ah…か。イイ名前じゃねぇか。」
「天下に名高い伊達殿にそう言って頂けるとは光栄ですよ。」
「ハッ!なかなか言うじゃねぇか。真田幸村よりは口は達者と見えるぜ。」
「お褒めに預かりまして。」

一癖も二癖もありそうな政宗の不敵な笑みに、俺はこれ以上ない位にっこりと笑ってみせる。
俺だって伊達に数年社会人をしてきたわけじゃないのだ。
社交辞令の一つや二つ、上手く使いこなせなければやってこれないような所に居たのも事実。
俺は政宗の強気な瞳をじっと見返して微かに口の端を持ち上げた。


「さっきの表情もいいが、成る程……流石は甲斐の白銀(しろがね)の天上人だ。イイ顔するじゃねぇか。」


俺の視線を受け止めた政宗は、満足げにそう言って笑みを深くする。
何が政宗のお気に召したのかは分からないが、どうやら政宗には俺の存在は比較的好意的に受け入れられたらしい。
俺は内心でホッと胸を撫で下ろして、俺と政宗に心配そうな視線を向けていた幸村に小さく微笑んで見せた。



「……さてと。それじゃ独眼竜の旦那も来た事だし、は部屋へ連れて行きますよ。」



向かい合っていた俺達の様子を窺っていたらしい佐助が、苦笑しながらやれやれといった様子で肩を竦めた――その時だった。
ズゥン――という突き上げるような振動と共に、佐助の言葉に答えようと口を開いた信玄公の言葉を遮る程の轟音が躑躅ヶ崎館を包み込む。


「な、何事ッ?!」


地震とも爆発ともつかない突然のそれにバランスを崩した俺を、咄嗟に幸村の力強い腕が支えてくれる。
その逞しい腕に捕まりながら頭上を見上げると、天井からパラパラといくつもの木屑が降り注いでいた。
明らかに異常事態だと分かるその状態に。
瞬時にその場の全員の意識が刃のように研ぎ澄まされた。


「お館様!!」
「うむ。佐助!」
「はっ!」


俺を支えたままの幸村が、上座側の信玄公を振り仰ぐ。
それに言葉少なに頷くと、信玄公は厳しい表情でその場の佐助を呼び寄せた。
その表情は先刻までの穏やかなものとはうって変わって、甲斐の虎と呼ばれる武将のそれに変わっていた。

「佐助、この異変の原因を探って参れ。」
「承知!」

信玄公の命に頭を垂れた佐助が踵を返す。


「待って!佐助!!!」


佐助が姿を消そうとした瞬間。
俺は咄嗟に佐助の名を呼んでいた。

嫌な――そう、とても嫌な予感がした。
俺の中の何かが、今この部屋を出てはならないと警鐘を鳴らしている。
俺は、俺の言葉に訝しげに俺を見詰めてくる佐助の瞳をじっと見返して、無言のまま小さくふるふると首を振って見せた。


「どうしたのさ?」
「…………佐助、この部屋から出ちゃダメだ。」
「何だって?」
殿??如何なされました?」
「幸村……何かおかしい。」
「おかしいとは?」


俺の言葉に、その場の全員が眉根を寄せる。
その4対の視線に晒されながら、俺は微かに目を眇めた。
この部屋の中と外の空気が――その空間を形成する要素が明らかに異なっている。
まるで障子の向こう側は別の世界であるかのような違和感。
一歩この部屋を出たら、その向こうにある強大な何かに飲み込まれてしまうような、そんな畏怖に襲われて、俺はぎゅっと唇を噛み締めた。


「おいおい一体何だってんだ?」

「……何か思う所があると申すのじゃな?」


信玄公の問いにコクリと頷いて、俺はすぐ傍の幸村の心配そうな顔を見上げた。
褐色の瞳が戸惑いがちに揺れている。
そうだ。俺はこの瞳を、この存在を護ろうとそう誓った筈じゃないか。
こんな時こそ、散々助けられ続けた俺が幸村を――そして幸村の大切な存在を護る絶好の機会だ。
やっとその機会が回って来たんじゃないか。
俺は胸元にしまっていた魔法石をあしらったペンダントを取り出すと、静かに目を伏せた。


「今この躑躅ヶ崎館で何かが起こってるのは確かだと思う。でも、このままこの部屋の向こうへ足を踏み出したら、何か得体の知れないものが待っているような……そんな気がするんだ。」
「得体の知れないもの??」
「それが何なのかは分からない。だから…………。」

そこまで言って俺は身に着けていたヒップバッグから掌サイズのクリスタルを取り出した。
魔力を流し込み軽く一振りする。
その瞬間、それは瞬時に展開し、俺の身長程のクリスタルロッドへと姿を変えた。


殿?!一体何を?!」
「皆はここで待っててくれ。この外へは………俺が行くよ。」
「何を申される?!そのような危険な事、殿にさせる訳には…ッ!」
「いや、危険だからこそ俺が行くんだよ。俺なら大丈夫。その為にクリスタルロッドを起動させたんだから。」

そう言って俺はロッドの先の魔法石をペンダントの魔法石へ近付ける。


「クリスタルロッド、モードチェンジ。バトルモードへ移行。」


ロッドとペンダントの魔法石がリンクし情報が書き換えられると、クリスタルロッドが戦闘モードへと形状を変えていく。
透明な輝きを放つそれに、幸村の表情が驚愕に彩られていくのを感じながら、俺は静かに形状移行したクリスタルロッドをクルリ――と頭上で反転させた。


「データコンプリート。バトルモード、スタートアップ。」


俺の言葉に反応して、クリスタルロッドの先端の魔法石が強く光を宿す。
それを板張りの床に向けると、俺はトン――と一つ床を叩いた。
瞬間、床に触れたロッドの先端を中心に光の輪が放射線状に広がる。
それは一定の速度で広がると、床から壁を伝い天井まで至って小さく弾けた。


「オートプロテクション発動!」

「この光は?!」
「念の為、この部屋の内部にもシールドを張った。一度きりのオートプロテクトだから、そう何度も外部からの衝撃に耐えられる訳じゃないけど。」
「しーるど?おおとぷろてくと??」

「Shieldってのは盾の事だ。autoは自動。protectは防ぐ………つまりは、一度っきりの自動防衛の盾って所なんだろ?」
「流石は政宗殿。まぁそんな所だよ。」


顔を顰めたままの政宗に小さく苦笑してみせて、俺はすぐ傍の幸村へと向き直った。
苦しげに歪められたその表情に。
俺は困ったように眉尻を下げる。


「俺自身にもこのオートプロテクションをかけておくし、その上に攻撃を跳ね返す効果のある術を重ねておくから。だから俺の事は心配しなくて大丈夫だ。」
「ですが…ッ!」
「多分……………この場を切り抜けられるのは俺のこの力だけだと思う。だから…………俺を信じて?」
殿……。」
「俺に幸村と幸村の大切な人達を護らせて……な?」


最善の方法ではないかもしれない。
もしかしたら、俺の行動で幸村達を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
けれど――
今この状況を一番理解しているのは、この状況を脱する術の一端を握っているのは何故だか自分であるような気がしてならなかった。


「…………必ず…………。」
「幸村??」
「必ず無事にお戻り下され。」
「…………うん。分かった。」
殿をお連れしたい所が……たくさんございますれば。」
「うん……。」
「食べて頂きたい美味も山の如く……。」
「うん………。」

何度も何度も言葉を探して俺を見詰める幸村に。
俺はゆっくりとその肩口に己の額を預けた。

「ありがとな幸村。………………いってきます。」

幸村の大きな手が俺の肩をギュッと掴む。
その手に込められた想いが。
伝わる暖かさが。
俺の中を隅々まで駆け巡る。
大丈夫、俺は必ずこの手のある所へ戻ってみせるから。
静かに向けられた幸村の眼差しを受けて、俺は湧き上がる想いを胸に、その場を駆け出した。


「オートプロテクション発動!エアーリフレクター急速展開!!」


クリスタルロッドの魔法石から発せられた光が俺の全身を包み、その上を空気の膜が通り過ぎていく。
それを見届けて、俺は閉じられた障子に手を掛けた。
この向こうに広がるのは恐らく躑躅ヶ崎館であって躑躅ヶ崎館ではない光景。
ゴクリと息を呑んで、俺は勢い良くその境界の扉を開いた。
途端に室内の空気にピシリ――と亀裂が走る。
次の瞬間、閃光が走り目の前が真っ白に弾けた。



「―――――ッ?!」

殿ーーーっ!!!」


瞬間的にクリスタルロッドを翳し、襲い来る衝撃を左右に受け流す。
爆風が左右に避けて流れていくのを感じながら、俺はロッドをギュッと握り締めた。
何かがおかしい。
この規模の爆発にしては襲い来る爆風の規模があまりに小さすぎる。
さっきの閃光と爆発は、エアーリフレクター程度の防御魔術で弾ききれる程の爆発では無かった筈なのに。
俺は治まった爆風の向こうに見える中庭の先を静かに睨んだ。


「ほう?この爆風をよくぞ耐えたものだ。」


不意に向けられた愉悦を帯びたその声に。
俺は微かに息を呑んだ。
政宗の時と同様、その声は確かに俺の聞き覚えのあるものだった。

「松永久秀…………。」

戦国の梟雄と謳われし異端の武将。
この戦国の世にあって、人を世界を――この世界の価値観に囚われず見定めようとする目を持つ男。
それが舞い上がる砂煙の向こうに、愉悦の表情を浮かべて立っていた。


「松永久秀!!」
「松永!!てめぇ!!!」


不意に現れた松永の姿に、幸村と政宗が眦を吊り上げる。
その様子に俺はハタ――とある出来事を思い出した。
そうだ。伊達と武田は一度松永とあいまみえている筈なのだ。
時系列的に言って、武田と伊達が同盟を結ぶ前。
俺の知る歴史の流れでいけば、それで間違いない筈だ。
帯刀したままだった政宗は、思わぬ人物の姿に咄嗟に抜刀してそのまま静かに刀を構えるとギリ――と奥歯を噛み締めた。


「政宗!!そこから動くな!!!」


今にも中庭の松永目掛けて切りかかりそうな政宗に、俺は咄嗟にロッドを持たない左手を向ける。
その俺の言葉に、踏み出し掛けていた政宗と、同じく飛び出そうとしていた幸村の足がピタリと止まった。

「2人とも動いちゃダメだ!まだ何か仕掛けられてる!!」
「What(何っ)?!」
「成る程……流石は異界人と言うべきかな?この程度の仕掛けでは目くらまし程度にしかならんと見える。」

「―――ッ?!何故俺が異界人だと?!」

俺の言葉にどこか満足そうに笑って、松永は右手を翳す。
パチンという指を鳴らす音と共に、再びあの閃光が俺の目前で広がった。



殿ぉーーーーーッ!!!!!!」



幸村の絶叫が背後から響く。
しかし、俺はその場を離れる事無くクリスタルロッドを大きく振りかぶった。
襲い来るこの程度の爆風はエアーリフレクターで弾き、受け流す事が出来る。
問題なのはその後に来るであろう物理攻撃の方だ。
俺はクリスタルロッドに一点集中で魔力を集めると、爆風の向こうに勢い良くロッドを振り下ろした。




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